地底の歌


 ザス ザス ザス 地底人
 ザス ザス ザス 掘れば領土
 ザス ザス ザス 地底人
 ザス ザス ザス 崩れて浄土

「…古い歌を知ってるなあ…」
「お! なんだ、誰かいたのか。灯くらいつけたらどうだ」
「そんなものはもう何年もつけてない」
「真っ暗じゃないか。何も見えん」
「それでいい。灯なんぞつけたら目がつぶれちまう」
「灯見てつぶれるような目じゃ、どっちにしろもう一生使えないだろうよ」
「それもそうだ」
「まさに地底人だな、あんた。掘れば領土…」
「おい若僧。若僧だろう、お前」
「ま、あんたよりは若いだろうな、じいさん」
「お前、なぜそんな歌を知ってる。それがどういう歌か、知ってるのか」
「いいや。何かいわれでもあるのかい、この歌に」
「ああ。その歌は俺がこの鉱山に来た頃……50年くらい前だな、その頃に流行っていた歌だ」
「へえ。そんなに古い歌だったのか」
「今はどうだか知らんが、その頃この鉱山に送られてくるのはたいていが罪人だった」
「それは今も同じだろうよ。誰が自分から来るもんか。毎日のようにどこかしら崩れて、何人か死ぬ。この鉱山に送られるのは死罪と同じだ」
「その通りだ。だが俺はここに来て穴の底にもぐった時、帰ってきた、となぜか思った。体が喜びで震えた。あんな思いは生まれて初めてだった」
「ふーん……変わってるな、じいさん」
「堀って、運んで、あの歌を歌う、どこが崩れて何人死んだという噂を聞く、そんな毎日が何年か続いた」
「…………」
「その日、俺がいつものように土を掘っていた時、あの歌が聞こえてきた」
「聞こえてきた?」
「そうだ。誰かが歌っているのが聞こえたんじゃない、まるで頭の中で何人もが歌っているように、あの聞き慣れた歌が響いた。地底人……掘れば領土」
「崩れて浄土、か」
「ああ。俺は一緒に掘っていた奴に、今歌が聞こえなかったかと聞いた。そいつは聞こえたと答えた。誰も歌っていないのに、2人ともがあの歌を聞いたわけだ。俺は気味が悪くなって、何かまずいことが起きる前兆じゃないかと言った。そいつは鼻で笑ったが、俺は1人で少しそこを離れた」
「…………」
「直後にそこが崩れた。俺は助かったがそいつは死んだ」
「ふーん……なるほど、そういう歌だったわけか」
「誤解するな、若僧。あんなのはただの偶然だ。崩れたのと歌とは何の関係もない」
「ああ?」
「俺はその時のことを他の奴らにも話した。おかしなもんで、それからちょくちょく、あの歌が聞こえたから逃げたらそこが崩れた、おかげで助かった、と言い出す奴が出てくるようになった」
「それでも偶然だって言うのかい」
「ああ偶然だ」
「なぜそう思う?」
「…最近になって、俺はあの歌をもう一度聞いた。最近といってももう5年くらい前のことだ。あの時とまるっきり同じだった。頭の中に、昔聞き慣れた歌が響いた」
「それで、逃げたのか」
「いいや。俺はそのままそこで土を堀っていた」
「なぜ」
「さあ。年を取ったからかもしれん。わざわざ逃げるのが面倒だった」
「ほんとに変わったじいさんだ。で、どうなった?」
「見ての通りだ。相変わらず俺はここで土を掘ってる。だからさっき言った、崩れるのとあの歌とは何の関係もないと」
「ああ、なるほどね。そういうことか」
「そんなことより若僧、お前はなぜあの歌を知ってる?」
「なぜって?」
「あの歌はいつのまにか崩れを呼ぶ歌ってことになって、誰も歌わなくなった。お前のような若僧が知ってるわけがないんだ」
「わけがないったって知ってるんだからしょうがない。そんなことよりじいさん、あんた地上に帰る気はないのかい」
「帰る? 俺のすみかはここだ」
「ずっとこんなところにいる気なのか」
「ああ。俺は、自分がいられるだけの穴があれば、他には何もいらない。掘れば後ろは土で埋まり、前には新しい穴ができて、そこが俺の領土だ。若僧、お前の言う通り、俺は地底人なのかもしれん」
「そうか。ま、それもいいだろうよ。けどじいさん、俺はあんたが望むなら、地上にでも、ここよりももっと下にでも、連れてってやることができるんだがな」
「…おい若僧」
「なんだじいさん」
「お前の声、聞き覚えがある。そうだ、あの時……俺はあの歌を聞いて逃げたが、お前はあそこに残って……」
「やっと気づいたのかい。耄碌したな、じいさん」

「…おっ。骨だぜ。人間の」
「ああ。ここらへん、前に一度崩れたらしいからな。5年前だったか」
「またそういう場所か。そんなのばっかりだな、やれやれ」
「ま、しょうがない。どんなとこだろうが掘るしかないんだし」
「まあな。……地底人……ザスザスザス掘れば領土……」
「あ? なんだそりゃ」
「いや知らん。けどなんか今、そんな歌が聞こえてきたような……」