たぬきの姫



 むかしむかしあるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。かわらぬ仲のよさが評判のふたりでしたが、ひとつだけかなしいことがありました。
「しかたのないことだけど、あの子が生きていたらねえ」
「よせよせ。うまれなかったものはしょうがないじゃないか」
「女の子だったから、いまごろは村いちばんの美人だったろうねえ」
「にほんいちさ。わしらもこんなふうにおちついてはいられなかったろうよ」
 以前、ふたりの間には子供ができたのですが、その子はうまれる前にしんでしまったのです。
「せかいいちだったかもしれないねえ」
 つらくて、かなしくて、それにそれからはもう子供はさずからなかったから、10年以上たつ今になっても、ふたりはその子のことがわすれられないのでした。

 この話をこっそりきいている影がありました。
「ううん。いい人たちなのにかわいそう。してあげられることはないかしら」
 たぬきでした。やまで罠にかかっていたところをおじいさんにたすけてもらい、以来ひそかにおんがえしの機会をうかがっていたのです。
「急に娘が現れて、じつは生きてましたと言っても、あのふたりは信じると思うの」
 のはらに帰ったたぬきは、ともだちのきつねとつるに相談しました。
「というと、その死んだ娘に化けるつもりかい」
「うん、化ける練習したのよ、ほら(ドロン)」
「手足に毛がびっしり生えてるじゃないか、しっぽもあるし顔もぶさいくだ」
「がんばったんだけど……だめかしら」
「つる、たしかきみも若い娘に化けられたよね。かわいい娘の見本を見せてくれよ」
「まあ見本だなんて、この程度よ、えい(ポン)」
「りっぱなもんさ、ほらたぬき、これだよ」
「ま、負けた……たぬきなのにつるに負けるなんて」
「しょうがない、これは特訓だな」
「たぬきさん、つるの私にできてあなたにできないはずがないわ」

 それから長い年月がたち、きつねとつるの厳しい特訓にたえたたぬきは、目をみはるばかりのうつくしい娘に化けられるようになりました。
「のはらにいるのが不自然なくらいだ」
「ほんと、とてもきれいだわ」
 かんしんされてたぬきはとてもうれしかったけれど、おじいさんの家に行かなければならないのは少しつらくもありました。
「にんげんにはおそろしいのもいるから、くれぐれもばれないように気をつけて」
「はい、ありがとう、きつね、つる」
 何年もの特訓のあいだに、たぬきはいつのまにかきつねのことが好きになっていたのです。もう会えないかもしれないと思うと、胸がしくしくといたむのでした。

 思っていたとおり、おじいさんとおばあさんはたぬきを娘としてうけいれてくれましたが、そのうつくしさのうわさがたつと大変なことになりました。
「いますぐにでも姫をわたくしに、ぜひわたくしに」
 つぎからつぎへと結婚の申しこみがさっとうします。かぐや姫と呼ばれるようになったたぬきは、それらをすべてことわりました。なぜなら化けていてもたぬきはたぬき、夫婦になればきっとすぐにばれてしまうからです。
「いつまでもことわりつづけるわけにもいかないよ、かぐや」
「でも……」
「すばらしいおかたばかりじゃないか」
 がんとして結婚を承諾しないうつくしい姫のうわさはひろまり、申しこみはふえるばかり、おくりもので家は大金持ちになりましたが、おじいさんとおばあさんは姫のことが心配です。たぬきは困ったあげく、くるしまぎれにこんなことをいいました。
「いいわ、くらやみのなかでも光る反物を持ってきたかたとなら結婚します」
 変なことをいいだした、とおじいさんとおばあさんは思いましたが、さっとうする申しこみをことわりやすくなるのはありがたいことではありました。

 くるしまぎれにたぬきが出したその条件はたいそう評判になり、申しこみはめっきりへりました。らくになったとたぬきはほっとしましたが、おじいさんとおばあさんはそれはそれで姫のことが心配です。
 しかしそんなある日、ひとりの男が結婚の申しこみにやってきました。やまの上の御殿にすむ、やまの上のお大尽とよばれる男でした。
 すっとお大尽がふところからだしたその反物は、月のない夜、あかりをけした屋敷の中でふしぎな光をはなち、あつまった人々はことばを忘れて見ほれました。
「いかがですか姫、まさか文句はありますまい」
 とうとうたぬきはお嫁にいくことになりました。

 これからどうしよう、きっとばれてしまう、でもいま正直に話せば、あとでばれるよりひどいことにはならないかも……。
「だいじょうぶかい、顔色がわるいよ。とめてくれ」
 お大尽はたぬきを心配して車をとめました。
「もうこれ以上だまっているわけにはまいりません、実はわたくしは」
 いいかけたとたんに車が消え、たぬきはじめんにころがりました。
「ま、まさか、あなたは」
「すっかりにんげんぼけしてたみたいだなあ、たぬき」
「きつね……きつねなの?」
「もうぼくの顔を見わすれたのかい」
 お大尽の正体はきつねでした。お大尽に化けたきつねは、やまの上の御殿を葉っぱやどろでつくり、車もつくってたぬきをむかえにきたのです。
「いやはや、まさかぼくだと気がつかないとはね」
「でも、あの反物は……あ、つるが織ってくれたのね!」
「すばらしいできだとつるも言っていたよ、ぼくたちをしあわせにするのにふさわしいってさ」
「しあわせに……」

 はなれてくらすようになってからも、たぬきはおじいさんとおばあさんをたびたびたずねましたが、あるときおじいさんとおばあさんがはやり病でそろって亡くなり、それを知らせに使いの者が行ったところ、やまの上の御殿はあとかたもなく、のはらがひろがっているばかりでした。
 いまはむかしのものがたり。







 「おはなし雑文企画」参加作品。
 3つの縛りを守って文章を書く、という企画でした。
 
・ルール1−登場キャラクター5人限定で、昔話や童話のパロディ。

 元ネタはかぐや姫と鶴の恩返し、あと微妙に色々。
 登場キャラクターはおじいさん、おばあさん、たぬき、きつね、鶴。

・ルール2−「むかしむかし」で始まり、「それから長い年月が」をあいだにはさみ、昔話らしい締めの言葉で終わる。

 締めは「いまはむかしのものがたり」。昔話らしい、と思う。

・ルール3−文頭の文字をつなげると、自分の地元の紹介になる。

 文頭作文→「昔幼女にわいせつ行為した野球の投手がつかまりました。その他には何も思いつかないですが、たいへん暮らしやすいとこだと思います。木も多いですし。はい」
 …こんな紹介いやだな。
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