君に贈る


「クリスマスさあ」
「うん?」
「何かくれる?」
 手足をこたつに入れて背を丸め、あごをテーブルにのせた状態で、彼はそんなことを言いました。
 私は少し驚いて、対面のその顔をまじまじと見ました。つきあい始めて8ヶ月。そういえば年末の恋人イベントを一緒に迎えるのは初めてです。今までクリスマスの話なんてしたことなかったなと考え、初めての話題の切り出し方としてこれはどうなのかと思いました。けれども彼の顔は妙に真剣で、私は「おいおい、物欲のみかよ」的な言葉を飲みこんだのでした。
「何かリクエスト? できる限りご希望に添うけど」
「や、そうじゃなくて」
 言いにくそうに下唇を少し突き出し、
「くれるんなら、クリスマスじゃなくてクリスマスの前か後にほしい。それでクリスマスプレゼントって言わないで渡してほしい」
「え? なんで?」
「うん、あのさ……」
 くだらないと思うだろうけど、と前置きをしてから彼はぼそぼそと言いました。
「俺、子供の頃から……クリスマスプレゼントって名目でもらった物、全部壊したりなくしたりしてるんだよね」
 私が馬鹿にすると思ったのか、彼はその実例を具体的に挙げ始めました。小学2年生の時にもらったキャラクターもののボードゲームを、正月に親戚一同と囲んでいたら、酒に酔った叔父がエキサイトしたあげくボードを4つに割ってしまった例。小学4年生の時にもらったサッカーボールが、友達と遊んでいる時に近くの林に飛びこみ、数日後なぜか林の中の木の枝にモズの早贄のような状態で刺さっているのが発見された例。6年生の時にもらった自転車がその日のうちに盗まれた例。中学2年の時に数学の先生が「僕からのクリスマスプレゼントだ」と言って配った冬休みの宿題のプリントに自宅で取り組んでいた時、換気のために開けた窓から突然カラスが入ってきて、呆然とする彼の前でくちばしにプリントをくわえて飛び去った、その黒く猛々しい後ろ姿が忘れられない、などという話になった頃には、なるほどクリスマスプレゼントは渡さない方がよさそうだと私も納得したのでした。
 話を終えた彼は、この上なく真剣な顔で付け加えました。
「クリスマスプレゼントは私、なんて冗談でも言ったらだめだぜ」
 ばかだなあと思いました。そしてそういうところが好きだなあと一人のろけをしました。

 数週間後、クリスマスイブの日。食事は彼の家ですることにしていたし、外に用はなかったのですが、せっかく街が恋人仕様だから、とよく分からない理由で、私たちはイルミネーションとジングルベルの中をふらふら歩いてみたのでした。
 プレゼントを渡したのはその前の週で、
「はい。お歳暮」
 そう言って渡すと、彼は笑いながら、少し申し訳なさそうな顔で受け取りました。
「ありがとう」
「包装がク……モガモガ……っぽいけど、それくらいは平気だよね?」
「や、別にNGワードとかじゃないから」
 お歳暮の中身はセーターで、彼はイブの日にそれを着ていました。手編み等の愛情オプションもなく、見た目も地味なものでしたが、なかなか似合っていて私は嬉しくなりました。
 彼から私へのプレゼントも先週でした。クリスマスに渡そうかと聞かれたのですが、どうせなら同じ日にと思ったのです。中身はシルバーのピアスで、私もイブの日にそれをつけていきました。目的もなく街を歩きながら、こういうのもいいな、と思いました。
 恋人仕様の街の空気を吸って、さてそろそろ帰ろうかという頃、何かの宣伝用らしい赤い風船を配っていたサンタクロースが、「メリークリスマス」と言いながら、風船を持つ手を彼の前にひょいと突き出しました。彼はそれを受け取り、けれども反射的に受け取ってしまったようで、歩きながら小さく苦笑いしました。
「こういうのは子供に渡すんじゃないのかな」
「中身を見抜かれ……あ、もらっちゃったね、クリスマスプレゼント」
「うん……でも……」
 彼が何か言いかけた時、ぱん、と破裂音がしました。道行く人々が振り返ります。多分私は一番驚いていたと思います。彼が受け取った赤い風船は、1分もたたないうちに割れてしまいました。
 彼の話を信じてなかったわけではないけど、実際に見るのとでは違います。私がぽかんとしていると、彼はもう丸くも浮いてもいない赤い切れ端と糸を、手の中にきゅっとまとめてコートのポケットにしまいました。ちっとも驚いていませんでした。
 何事もなかったかのように歩き出す彼に、私はあわてて追いついて、それからなぜだか2人とも、しばらく黙って歩きました。隣を歩く顔をそっとうかがうと、彼は少し寂しそうでした。
「来年も一緒にいられるといいね」
 思ったことをなんとなくそのまま口に出すと、返ってきたのは笑い声でした。
「来年も、お歳暮くれる?」
「うん」
 少し歩調をゆるめて並んで歩きながら、ああ私はやっぱりこの人が好きだなあと一人のろけをしました。








 クリスマス雑文祭参加作品。
 縛りはあまり厳しくない感じでした。

ルール1−空白、句読点、かぎかっこ等の記号を含み1000文字以上、2000文字以下であること
 1999字。削るのに苦労した覚えが。

ルール2−テーマはクリスマス
 そのまんまです。

ルール3−文中に必ず含むキーワード:「プレゼント」
 入ってます。
 2000字って意外に短いなあ、と思いました。
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