よろめきながら



「フランシス様、こんにちは」
「ああっ…レディ! 星々の彼方におられるとばかり思っていたのに…今、ここに、この手で触れることができるほどに近く…! 私の都合のいい幻では…ないのですね…?」
「え……あ、はい! さっき帰ってきたところです」
「あぁ、今日という日に感謝を捧げます…! 私の元にあなたを無事に送り届けたアウローラ号…そして来てくださったあなた自身にも…! 偉大なる使命をその愛らしくしなやかな体に帯びたレディ! お疲れでしょう、さ、どうかここでゆっくりとその身を、癒して…」
「いえ、大丈夫です。あの、帰ってすぐで申し訳ないんですが……サクリアの拝受をお願いしたくて……」
「拝受、ですか…。あぁ、常に新しい地平に向かうあなたの輝く瞳を前に、私の心は狂おしく震えます…。私にできることはここでのわずかな手助けと、遠い空にあなたのご無事を祈ることだけ…。今日、そのブレスレットにとどめられた闇のサクリアは…あなたのご不在の間に私が流した涙と、お思いください…」

「レオナード様、こんにちは」
「お、エンジュ。帰ってたのかよ」
「ええ、さっき帰ってきたところです」
「はーん、お疲れ。で? 帰って早々何か用か」
「はい、サクリアの拝受、を……お願……」
「? 何だよ。何笑ってんだァ?」
「いえ、なんていうか……これが普通なんだな、と思って……」
「あぁ?」
「さっき、ここに来る前に、フランシス様の執務室にも伺ったんですよ。そしたら」
「バカ、あんなのと比べんじゃねェよ。俺様にアレみたいなマネしろとか言うんじゃねェだろうな」
「言いませんよ! あれはフランシス様だから許されるんですから!」
「俺は許した覚えはねェがな。どうせまたクラゲみてェによろめきながら、レディとかよくぞご無事でとか言ってやがったんだろ」
「まあ、少し違うところもありますけど……」
「それを毎回だもんなァ。よくやるぜェ。アイツやっぱりマトモじゃねェっつーか絶対ヤベェよ」
「そんなことありませんよ。大げさだな、と思うこともあるけど、やっぱりねぎらっていただけると私も嬉しいし」
「俺だってねぎらってやってるだろうが」
「えー。お疲れ、だけだったじゃないですか」
「他にナニ言えっつーんだよ。大体お前だって、さっき帰りました、だけだったくせに」
「あ、そうか……そうでしたね」
「大げさにねぎらってほしいんなら、それなりに大げさな挨拶でもしろよ。すげェ疲れた顔でもしてりゃ、俺だって大丈夫かとか大変だったなくらい言うぜェ」
「そんなに疲れてたら来ませんよ。だいたいアウローラは私の家だから、航行中は寝放題で疲れようがないし」
「そういう盛り下がるコト言うんじゃねェよ、もっと被害者ヅラしてろ。眠りを司ってて寝放題のくせに、いつもよろよろしてるヤツだっているんだからよォ」
「……フランシス様は別に寝放題じゃないと思うし、あれは疲れてよろめいていらっしゃるわけでもないと思いますけど」
「元気でアレだとはあまり思いたくねェんだがな」
「うーん、でも、そうか……。帰ってきた時にフランシス様みたいに挨拶すれば、レオナード様もいつもよりねぎらってくれるってことですよね」
「ンなコト言ってねェよ!」
「えー。冷たい! 私ががんばって挨拶しても、いつもと同じ反応だったら悲しいですよ」
「がんばるって何をだァ? 大体、お前だってフランシスのアレに特に反応なんかしねェだろうが」
「それは、確かに……。そう考えると、フランシス様ってすごいですね」
「感心するトコじゃねェだろ」


 2週間後

「レオナード、様……」
「お、エンジュ。帰って……どうした?」
「はい……ちょっと前に、帰っ……て……」
「エンジュ!? おい、しっかりしろ!」
「だ、大丈夫、です……今度の航行は、ちょっと……大変で……」
「お前……」
「でも、帰って来れて……レオナード様に、お会いできて……よかっ……た」
「エンジュ、お前……こんなになるまで……! バカ野郎、無理するなって言ったじゃねェか!」
「う……レ、レオナード様……私、あなたに……言いたいことが……」
「バカ、しゃべるんじゃねェ」
「わ、私……ずっと前から、あなたのこと、が……」
「エンジュ!」

「オマエら、何やってるんだ?」

「…………」
「…………」
「ユ、ユーイ様! ちち違うんです、これにはわけが!」
「あれ、エンジュ。立てるのか? 具合悪いみたいだったから誰か呼びに行こうかと思ったんだが」
「やめてください! すごく元気です! ほら、こんなに元気!」
「ユーイ、人の執務室黙ってのぞくんじゃねェよ」
「だって開いてたぞ」
「あと、妙なトコで声かけんな」
「具合悪いのか悪くないのかわからなかったから、聞くのが早いと思ったんだ。何だったんだ?」
「話すのもバカバカしいぜ……おいエンジュ、笑ってんじゃねェぞ。元はと言えばお前のせいだ」
「でもレオナード様が乗ってくださるなんて思いませんでしたよ。途中から半笑いになってらっしゃいましたけど」
「お前だってひきつってたぜェ?」
「だけどレオナード様、最初の方はすごくうまかったのに」
「そんなにもつかよ。もう乗らねェぞ!」
「私ももうやりません。でも面白かったです! ユーイ様、実はこれは……ええと、どう話したらいいか……」
「おい、用がねェならとっとと出ろよ」
「はーい。今日はつきあってくださってありがとうございました。また来ますね!」
「……あークソ、くっだらねェ。最初10秒くらい本気にしちまったから、乗ってゴマかすしかなかったんだよなァ……」

「フランシス様、こんにちは」
「レディ! あぁ、遠い空からいつも突然舞いおりるあなたはまさに恵みの流星…! お帰りになっていたのですね? 同じ聖地にあなたがいらっしゃる…この喜びの大きさを、あなたはご存知ないでしょう、罪なレディ…! そしてあなたと離れていなければならなかった日々の、悲しみの深さ…」
「ううん……やっぱり本物は違うなあ」