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 ゴミ捨て場に大きなカボチャが捨ててあった。
 ゴミ袋に入っていたけど、透明に近い袋だったから一目で分かった。くりぬいて目や口の穴をあけるあれだ。ジャックなんとか……ハロウィンの。
(この近所にわざわざこんなの作る人がいるんだなあ)
 50センチくらいはありそうなカボチャだった。口のギザギザが複雑な形をしている。こういうのをきれいに切り抜くのは難しいんだろうなと思った時、その口から何かはみ出しているのが見えた。
(?)
 周囲に誰もいないのを確認してから、しゃがんでカボチャの口をのぞきこんだ。
 はみ出していたのはクッキーだった。そして口の中、カボチャの空洞部分に、さらにたくさんのクッキーや小さなケーキなどが詰めこまれていた。
(ええー…?)
 ハロウィンでお菓子と言ったらトリックオアトリートというやつだ。きっと余ったのだろう。けど、何も捨てることはないのに。
 なんだか、お菓子を用意して待ってたのに誰も来なくて泣きながらカボチャの口に押し込んでいる光景が浮かんでしまい、妙な気分になった。

 それが去年のことだった。思い出したのは、今年も同じゴミ捨て場に、見覚えのあるオレンジ色があったからだ。
 去年と同じくらい大きなカボチャだった。去年と同じように透明に近い袋に入っている。自分のゴミを置きながらカボチャの顔を見た。口のギザギザからは、今年は何もはみ出ていない。
 しかし去年を思い出してなんとなく気になった。周囲に人がいないのを確認し、しゃがんでカボチャの口から中をのぞきこんだ。
 からっぽだった。今年は何も入っていない。ちょっとほっとしながら立ち上がろうとした時、ぱん! と音を立ててカボチャの入った袋が破裂し、同時にけたたましい笑い声があがった。
 腰を抜かしそうになりながら、一目散にその場から逃げ出した。後ろから追いかけるように笑い声が聞こえてきた。
(そういえば、お菓子をくれないといたずらするんだっけ)
 ずいぶん走ってから、そんなことを思い出した。
10/7


「意識が戻ったんでしょう!? 会わせてください!」
「さっき戻ったばかりですよ。まだ混乱しているようです。もう少し待ってください」
「彼はあの事件の関係者なんですよ。30分、いや20分だけでも」
「だめですよ。今事件の話をするのは刺激が強すぎます。頭を打って意識不明になったということですが、なかなか目を覚まさなかったのは精神的な要因もある はずです。色々恐ろしい経験をしたようですし」
「まあ、それはそうでしょうが……。山の中の洋館に閉じこめられて連続殺人が起こるという極限状態で、しかも4人も死んでるわけですからね」
「…まさかそんな事件が現実に起こるとは思いませんでしたなあ」
「しかし、生き残りの中に犯人がいるに違いないんです。彼も容疑者の一人なんですよ。それにこういう事件では全員の証言をくわしく聞くのがセオリーです。 洋館に閉じこめられていた間に彼がどう動きどんなことを言っていたか、それによって見えてくるものがあるはずなんです」
「それはお察ししますが」
「もちろん、他の生き残りにも彼の言動がどうだったかは聞きましたよ。しかし自分でも話してもらって、他の証言とどう食い違うかを調べていって初めて分か ることも多いんです」
「いやそう言われても」
「ち なみに、他の生き残りから見た彼の言動は……。まず第一の殺人が起こった後に『け、警察に電話…っ! …こ、こんな…電話線が切れてる…』、徒歩で山を降 りようという提案があって洋館を出て『嘘だろ……吊り橋が…』、2番目の殺人が起こった後の暗い雰囲気の中で『この中に殺人鬼がいるかもしれないってのに 一緒にいられるか!』」
「そういうことを言うと死ぬものなのでは?」
「最近は裏をかいてくるんでしょう。…その後悲鳴が聞こえて全員で開かずの部屋の扉を強引に開けたところに死体があって『こ、この人は…館の主、甲村源治 朗じゃないか』、続く惨劇にとうとうヤケになったのか『へ、へへ、どうせ死ぬんだ、今のうちに楽しもうぜ』」
「そういうことを言うと死ぬものなのでは?」
「最 近は裏をかいてくるんでしょう。…さらに4番目の殺人が起こった翌朝に他の生き残りを指さしながら『お、俺は見たぞ、あんた昨日あの部屋に入っていった じゃないか!』、ようやく救出隊がかけつけてきたところに放心状態で『呪いだ……きっとこれは、あの18年前の…』、その後によろけながら歩いていたら転 んで頭を打ち、意識不明になったのです」
「ははあ……聞いている限りではさっぱり分かりませんなあ。彼の性格もそうですが、事件での役割というか…そういうものが」
「でしょう? どうしても本人の証言が必要なんです。会わせてください!」
「…ううむ……わかりました、少しだけですよ。負担になると思ったらすぐに出て行っていただきます。いいですね」
「ええ、もちろん」
 コンコン
「杉下さん。あなたに会いたいという方がいるんですが」
「あ、はい。どうぞ」
「はじめまして。警視庁捜査一課の中村です」
「ああ、刑事さんですか。ちょうどいい、お話ししたいことが」
「おお、そうですか!」
「すぐに関係者を全員呼んでください。分かったんです、犯人が」
「その役は違うだろう」

9/25


 どこかに地球とそっくりの星があって、地形も同じで、そこにいる生き物も同じで、当然人間もいて、まったく同じ歴史をたどっている。
 そういう夢を時々見る。
 地球と同じ歴史を持つその星には、当然私が知っている名前の国があって、知っている名前の人たちが住んでいる。私の家族も、友達もいる。
 ただ、私はいなかった。

 初めてその夢を見たのがいつだったのか、もう覚えていない。幼い頃から日常的に、何日かに一度その夢を見た。私には3歳年上の兄と、 2歳年下の妹がいる。夢で見る、私のいない星には、5歳離れた2人兄妹がいる。
 子供の頃にはよくケンカをしたが、私は兄とも妹ともそれなりに仲がいい。いつだったか、テスト勉強をしていた妹が、分からないところを聞きに来た。数日 後、「教えてもらったところテストに出たよ」と嬉しそうに言いながら、妹は私に返ってきたテストを見せた。
 その晩、夢を見た。私のいないあの星の夢だ。テストを返してもらっている妹がいた。私がいなくても、テストの点数は同じだった。

  いつだったか、椅子の背にかかっていた母のスカートに、兄がジュースをこぼしたことがあった。兄は証拠隠滅のため、そのスカートを庭に埋めようとした。し か しその現場をベランダから偶然目撃した私が「お兄ちゃん何やってるの」と大声を上げたため、母にそれがばれて兄はこっぴどく叱られた。
「お前のせいで怒られたんだ」
 兄は私にそう言った。
 その晩、夢を見た。私がいなくても、兄の行為はやっぱりばれて叱られていた。

 私のいない学校、私のいない教室の夢も見る。少し席順が違っていた。授業で私が当てられたところで、別の人が当てられている。昼時、いつも一緒に弁当を 食べている島が、私がいない分少し小さい。
 けれど小さな違いはあっても、夢の教室は私が通う教室と同じように見えた。毎日夢を見るわけではないから、見ない日に何があるのかは分からないけど、私 がいないことで何か大きく違うということはなさそうだった。
 当たり前なのかもしれない。夢に出てくるあの星は、地球と全く同じ歴史を持つ星なのだから。

 卒業して、就職した。配属されたのは、あまり忙しくない部署だった。夢を見る。1人少ない勤め先が、特に問題なく動いている夢だ。なんだか少しがっかり する。もっと忙しい会社に勤めればよかったかもしれないと思う。私に支払われている給料分、誰が損をしているのだろう。
 勤め先でも友達はできた。親友と呼べるような人もできた。ある時彼女が妙に沈んだ様子で、それが何日も続いた。どうしたのかと聞いてもごまかされるだ けだった。
 連休前だったので、私は彼女を旅行に誘った。泊まった旅館で彼女はようやく悩みごとを話し、私は慰めたり励ましたりした。
「ありがとう」
 たくさん泣いた後の深夜、彼女はようやく笑って言った。
「明日からはまた、元気になれそう」
 その言葉通り彼女は、翌日は吹っ切れた表情をしていて、休み明けには明るい顔で職場に戻っていた。
 その晩、夢を見た。彼女は一人旅をして悩みを吹っ切り、やはり明るい顔で職場に戻っていた。

 恋人ができた。彼と一緒に一日を過ごした後、時々あの夢を見た。私のいないあの星で、彼が違う形で休日を過ごしている夢だ。一人で過ごしていることも、 別の友人と過ごしていることもあった。
 心のどこかで、きっといつか別れることになるだろうと思っていたけど、私は彼と結婚した。それから2年経って、娘が生まれた。
 かわいくて大切で、同時にどこか不安になる。時々見るあの夢には、当然娘は出てこない。出てくるのは夫だけだ。
 夢には、毎回夫が出てくる。夢の中の彼は独り身だ。結婚前に住んでいたマンションにそのまま住んでいる。こちらの彼を知っていると、気楽そうにも寂しそ うにも見えた。

 夫が膝に娘を乗せてテレビを見ている。後ろから肩越しにのぞき込むと、娘はすやすや眠っていた。
「1分前にはあーあー言ってたんだけどなー」
 夫は目を細めて娘のおなかのあたりを優しくなでた。その様子を見て、私はふと聞いてみた。
「結婚して良かった?」
「そりゃもう」
 照れたように即答して、夫は笑った。娘は眠っている。娘も、私と同じような夢を見るのだろうか。自分も母もいない部屋で、一人で暮らす父親の夢を。