「ガキの頃俺はね」
「はあ」
「プロ野球選手になりたかったんだよ」
「……へー」
「何だその反応は」
「だって団体競技なんか向いてなさそうだし。というかスポーツ自体やらなそうだし」
「うん。やってなかったけど」
「?」
「やってなくたってなりたいと思うのは勝手だろ」
「はあ、まあねえ……」
「で、ガキの頃の俺は、自分がプロ野球選手になるまでの道のりを妄想して楽しんでいたわけだよ」
「なんだ。そういう話ですか」
「うん、そういう話。俺は野球はやってなかったけど、毎日近所にある工事現場で手伝いをしていたんで、自然と足腰が鍛えられていたんだよね」
「えっと……それは現実ですか」
「まさか」
「ですよね」
「そんなある日、そこで俺をかわいがってくれた兄ちゃんが『キャッチボールでもしようぜ』と言い出す。そして『お前コントロールいいなあ。球も速いし、プロになれるぜ』と……」
「というかなんで工事現場で子供が手伝ってるんですか」
「そこらへんはまあ、子供の妄想さ。そして俺の中にプロ野球選手、という職業が素敵な輝きをもって宿ったわけだ」
「第一部完」
「いやまだまだ。俺は現場にはもう時々しか行かなくなって、塀につけた印にむかって毎日ピッチング練習をするようになった」
「手短にお願いしますよ。早く甲子園行って下さい」
「ああ大丈夫、甲子園には行かなかったから。ある日、そんな俺に話しかけてきたヤツがいた。『1人じゃつまらないんじゃない? 私と一緒にやればバッティングも練習できるよ』」
「長くなりそうですねえ。しかし女の子とは……」
「後の展開上必須なの、女の子が。そして俺は彼女とかわるがわるピッチングとバッティングの練習をした。しかし俺たちはいつまでも互角だったから、自分たちがいつのまにかとんでもないレベルに達していることに気づいていなかった」
「いいかげん野球部入りましょうよ」
「入学した中学と高校、どこも野球部がなくてね。さてそんなこんなでもう高3、プロ野球選手になるにはテストを受けないといけない」
「それでなるつもりというのがすごいですね」
「しかしそのテスト、俺は驚くべき能力で他を圧倒する。プロもびっくり、今まで野球経験がないと聞いてなおびっくり。『すごいぞ、こいつは』」
「いろいろな意味でね」
「そして俺はドラフトで指名されてめでたくプロ入りした。その入団記者会見、俺は『産まれてくる子供のためにもがんばります』と発言してマスコミの注目の的に」
「そんないつの間に。ドラクエ5以上だ……」
「そしてここから怒濤のプロ編。俺は入団1年目から4割に迫るペースで打ち続け、3年目にはチームを優勝へと導いた。しかしその次の年、そんな俺を突然の悲劇が襲った」
「子供が死んだんですか」
「いや、妻がね。交通事故で即死だった」
「そんな遠い目されても」
「俺は悲しみを表には出さなかった。今までと同じペースでシーズンが終わるまで打ち続けた。しかしその年の契約更改、俺は姿を現さなかった」
「12月1日を11月31日だと思って家にいたとかですか」
「いや、関係者が家に訪れてみると、なんと家はもぬけのから。手紙だけが残されていた。『もう、野球はやれない。妻と野球を切り離すことは僕には不可能なのです。さようなら』」
「おやおや」
「関係者はあわてて行方を探したが、俺はどこにもいなかった。そして第一部完。第二部開始」
「短いプロ野球編でしたね。その調子で全編早く終わらせてください」
「それから1年後。4歳になった息子とともに静かに暮らす俺。しかしその瞳には、挫折を知らないプロ野球選手だった頃にはなかったある深い悲しみが常に宿っているのだった」
「あ、復活して終わるんですかもしかして」
「ある日、息子が突然言い出す。『お父さん、ぼく俳優になりたいんだ』」
「なんです。意外な展開だけど何の脈絡もないですよ」
「そして劇団に入りたいと言う息子。子供の頃からそんなことをすべきではないと思いつつも、押されてとうとう承諾してしまう俺」
「野球は?」
「あっというまに天才子役としてブレイクする息子」
「早……」
「しかし息子のブレイクは、親である俺の存在をプロ野球界に知らせることになったのだった」
「はあ、そういう展開ですか。テンション高そうなストーリーでまあ」
「息子は俺がプロ野球選手だったことは知っているものの、俺がその話にふれられたくないことに気づいているらしくそのことについては何も言わない。そしてプレーしている姿は覚えていない。そんな息子に、俺を探していた人々は俺の説得を頼む。しぶる息子に彼らは、俺の勇姿が映っているビデオを渡した」
「お、クライマックス?」
「ある夜、俺がふと目を覚ますと居間の電気がついている。『なんだ?』俺が行ってみると、息子が俺が来たのにも気づかずビデオに夢中だ」
「まーいい話ー」
「黙って俺は部屋に戻る。しかしそのビデオの中の俺は今の俺の何かに火を付けたんだ。結局息子は俺を説得しようとはしないんだけどね」
「はあ」
「その後チームの同僚が『今年で引退なんだ』と訪ねてきたり色々あるんだ。ま、省略するけど」
「はい、ぜひそうしてください」
「そしてとうとう俺は復帰する。ブランクは大きいが、俺の才能と再び目覚めた情熱による努力はそんなものをものともしない。開幕スタメンを勝ち取った俺、9回裏1点差で負けている場面で打順が回ってくる。ツーアウト1・2塁」
「なんか何とも言えない展開ですね」
「その頃、息子はドラマの収録中。楽屋にあるテレビで見ていた。『出番です』『ちょっと待ってください、あとちょっとだから』ベテラン俳優も言う。『ハッハッハッここで止めるような奴はドラマを作る前に死んだ方がいい』」
「何者ですかそれは」
「『えっお父さんがそんな場面で?』他の出演者やスタッフも楽屋に集まる。2ストライク2ボール。さあ、次が勝負だ。カキーン!」
「ホームラン?」
「うん、ホームラン。もう今までかかわった人とか大盛り上がり、楽屋も大盛り上がり。かわいがってくれてるセクシー女優に『よかったわね』とかいって抱きしめられる息子、でも息子の目は彼女の胸の谷間より画面の俺に釘付けだ。ダイヤモンドを1周する俺は今まで見たどの俺よりも輝いて見えた。『お父さん……すげえ』」
「感動しました。その都合のよさに」
「と、いうところで完」
「はあ、長かったですね。しかし子供っぽい妄想と子供っぽくない妄想が混ざってた気が」
「まあね。けっこう最近まで考えてたからね」
「うわ」
 7時過ぎ、通り道の横にあるグラウンドからやけに元気な応援声が。
 ドンドンドン、ドンドンドン、ドンドンドンドンドンドンドン(3・3・7拍子)。ピー、ドンドンドン。ワー。
 暗い中グラウンドがぼーっと明るく浮かび上がり、妙に元気な声が聞こえたりするのははたから見るとちょっと不気味な印象です。何か妙なことが行われてそうな。

幽霊チーム「よし、勝負だ。お前たちが勝ったら我らは約束通り成仏しよう」
人間チーム「ああ。そして俺たちが負けたらお前たちの仲間になる」
幽「グッド!」
 バットすら握ったこともないような連中も多い幽霊チーム。勝利を確信する人間チーム。ところが。
幽「いいだろう、バッティングは大体覚えた」
 カーン。
人「なにイー伸びる! ぐんぐんボールが伸びるぞッ!」
人魂(実況)「ホームランッ」
人魂(客)「ワーワーワー」
人魂(花火)「ドンドンドン」

 それで場外に飛んでいったボールが偶然通りがかった人間(私)にぶつかったりするんですが、展開上関係ないので放っておかれる私でした。
「ラブ イズ ペイン! こんばんは。正解すれば痛みがダウン、不正解なら痛みがアップ。己を賭けた悲壮なギャンブル、痛みアップダウンクイズのお時間がやってまいりました。さあ、今週のテーマは!」
 デデデデデデ バーン
「歯痛! 歯痛です。人体で最もつらいと言われる痛みの1つ、それが歯痛。おや、絶望的な虫歯を抱えた回答者の皆さん、すでにボックスで鬼気迫る表情だ。それではさっそく第1問、ラブ イズ ペイン!」

「……第15問、ラブ イズ ペイン!」
「野球ファンに人気の歯痛といえば、日本ハム歯痛ーズ。では、子供に人気の歯」
 ピローン
「おや、赤の方が早かったが、これは?」
「あっ。う……キ キッチン歯痛ー」
 ブー
「ワハハハハ、いやー残念そちらへ行ってしまわれたか。正解はミニ四歯痛ーでした。はい、痛みアップ〜」
「てめっそれいつの話いぎゃああああ」
「それでは続いて第16問」
 ポヨンポヨンポヨンペリロラピロリロポヨヨ〜ン
「おっとここでモルヒネチャンスだ」
 カフカの「変身」にただよう雰囲気はなんか中学の時の国語の授業でやった「この話の続きを書いてみよう」という課題でできあがった妙な作文たちに似ているような気がする今日この頃。朝起きたら虫になっていたというのはやはりオチにふさわしい状況なのか。

「あがったようだな。雨も」
 下人は立ち上がりながら言った。
「ではおれは行く。悪かったな。怪我がなくてなによりだ」
「いいや。まさかお前が戻ってくるとはの」
 老婆は目を細めて下人をつくづくと見た。
「なぜじゃ。なぜ戻ってきた」
「さて」
 下人はしばらく考えていたが、
「においのせいかもしれぬ。その衣の」
「におい、じゃと」
「ああ。おれにも母親がいた」
 下人はそれだけ言って歩き出したが、突然振り返って笑った。
「見ろよ、ばあさん」
 老婆が驚いて目を上げる。
「虹だぜ……」
                       (「羅生門」 完)

 ザムザの行方は誰も知らない。
「長ネギを細かくきざみまーす」
「はい、きざみまーす」
 痰痰痰痰痰痰痰痰
「これまでの材料と合わせて炒めまーす」
「はい、炒めまーす」
 獣〜
「ここでフタをしまーす」
「はい、フタをしまーす」
 痔痔痔……痔痢痔痢痔痢……
「さきほど作ったソースをからめてできあがりでーす」
「わあおいしそう。それにとってもヘルシー」
「こういう性格の人は嫌だな、と思う性格は実は自分の性格だとかよく言うじゃないですか」
「へえ。そうなんだ」
「私は言葉遣いは妙にていねいなのに図々しいオーラを放ってる人がもう嫌で嫌で」
「あっ! へえー! 当たってるー」
「いやそんなに納得されると」
「あ、うん。でもさ……なるほどねー。気づいてないのかと思ってたけど心のどこかでは分かってるもんなんだ」
「だからそんな言い方って。そういう自分はどうなんですか」
「私? 私は嫌いなのは自分よりバカな人だけど」
「……えーと」
「あれっ。これって私は私よりバカってこと? いや待って。私が私よりバカってことは、バカになった私より本当の私はさらにバカってことで、さらにそれよりもっとバカで、わあ! 考えれば考えるほど私が無限にバカに! あっ今この瞬間も! あっまた! さらに!」
「なるほど。よく理解できないけど当たっているらしいことは分かりました」
「もうだめだね、なんかさ。大人になるにつれて何もかも色褪せてきたよ。芽が伸びるにつれてヨウ素液反応が薄れてゆくジャガイモのように」
「何言ってるんだよ……まだまだこれからじゃないか。たった1滴の酢で見違えるように色を変えた、あの夕日のように鮮やかなリトマス紙の赤を思い出せ」
「は……ただひたすらに失い続ける日々だった。今の俺は二酸化炭素を取り出せるかどうかという実験に使われた後の炭酸飲料さ」
「馬鹿野郎! 忘れたのか、アルコールランプの芯を伸ばすと炎が大きくなることを。俺たちだって心の芯を伸ばして生きていけるはずだ。違うか?」
「……くっ(泣)……ありがとう……そうかもな、まだ終わりじゃない。俺だってきっといつか、誰もが驚くような輝きを放ってみせるぜ。火をつけて酸素の中に入れたスチールウールのように」
「そうだ、その意気だ。突っ走れ! 石綿金網の粉を吸うとガンになるんだぜ? などと言いつつもそのリスクを全く気にとめなかったあの頃のように」
 夢の中の私は富も名声も権力も欲しいままにしたこの世の王様。体育館に絨毯をしきつめて高級家具を置いたような部屋の中、体が埋まりそうなフカフカのソファーに腰かけ紫色の液体を口にする。
 さてそこで室内のステージ上に置いてある巨大なステレオから激しい音が鳴り響き、1人の男が袖から登場、歌い始める。しかしこの歌は実は私が作詞作曲したもので、彼は私の権力によって歌いたくもないのに無理矢理それを歌わされているのだった。

 (サビ)
 サイパン〜
 メートル〜
 5000メートル〜


 ペニシリンのボーカルの人みたいな歌い方の彼は「5000メートル」の「メ」の部分に力を入れて微妙に声を裏返らせつつ、こんな歌を歌っている悲しさと屈辱で泣きそうな顔になっていた。私はそれを見て満足そうにまた紫色の液体を飲むのだった。

 そして目覚めた私は夢の中の自分の残虐行為に慄然とするのでした。あと作詞作曲能力に震撼するのでした。
 ピチピチ☆半魚人コミュニティー

「やあ。聞いたかい?」
「いいや。何の話さ」
「海原さんとこ、とうとう生まれたらしいよ」
「えー。そりゃあおめでたいなあ」
「しかも双子らしいよ」
「えー。そりゃあ2倍のお喜びだなあ」
「しかも男の子と女の子の双子らしいよ」
「えー。そりゃあなんとも絵に描いたような素晴らしさだなあ」
「しかも魚と人間の双子らしいよ」
「えー。そりゃあどうやら半魚人の定義について何か勘違いがあったようだなあ」
「きみはいつもその指輪をしているね。でもその指輪ってさ、なんか……」
「うんこみたいだと言いたいんでしょう? 当然よ、うんこをかたどった指輪なんですもの。これはね、うんこ女だった母の形見なの。今日のようなうんこが吹きすさぶ嵐の日には、うんこ山からうんこ女たちが大挙してうんこを、いえ私を迎えに来るのだけど、でも母は私に人として生きろと言ってくれた。この指輪が私をうんこ女たちから守ってくれる。あの日……父が若い頃に目撃したうんこ女の殺人の話を母にしたりしなければ。そしたら私たち家族は今もあたたかいうんこを囲んで。
 ……あら。いつのまにいなくなってたのかしら。ひどい人。これも私にうんこの血が流れているからなのね」