「もういい年なんだからいいかげんうんことか出すのやめなさいよ」
「えっそんな! 破裂して死んでしまうよ!」
「ばか。話題に出すのやめろって言ってるの」
「えっそんな! 破裂して死んでしまうよ!」
 自分の力じゃないものを
 自分の力と思ってたんだ
 世界を世界という単位で
 歩いていけると思ってたんだ
 こんなちっぽけな街にも埋もれる
 これが本来の姿なのに
 風に吹かれる紙屑よりも不自由な
 あせってもあせってもどこにも行けない
 引きずられるように動いている
 これが本来の姿なのに

 パンクした自転車を押しているとセンチメンタルが止まらない。
「ガキの頃俺はね」
「はあ」
「ミュージシャンになりたかったんだよ」
「ふうん」
「信じてないだろ」
「は? いえ、どうでもいいです」
「なりたかったんだ。本当に」
「そうですか」
「よくダンボールをギターの形に切り抜いたりしてたもんだよ」
「はあ……そうですか」
「そしてカリスマミュージシャン俺の伝説を思い描いたりしてたもんだよ」
「で、今それを聞かそうとしてるわけですか。そしてこういうパターンでのシリーズ化をもくろんでるんですか」
「そんなことはどうでもいい。俺の伝説に比べればささいなことだろ?」
「いや、同意を求められても」
「俺は子供の頃から歌うのが何よりも好きだった」
「うあ。始まっちゃった。でもカラオケとか嫌いだって言ってませんでしたっけ」
「それは現実の俺だろ。伝説の俺とは微妙に違うさ」
「微妙かなあ」
「空を渡る鳥の鳴き声、風にそよぐ木々のざわめきが俺の歌の師匠だった。彼らに俺は自分の魂を歌うことを教わったんだ……」
「正気とは思えない設定ですね」
「世界に満ちあふれる、他の誰にも聞こえない歌を聞き、また自分も歌って育つ俺。そんな俺が高校生になったある日のことだ」
「お。ずいぶん飛んだ」
「ちょっと柄の悪かったこの高校で最も勢力のあった不良グループと他校の不良グループがとうとう激突することになった。放課後の校庭、殺気立つ生徒たちが夕日に染まる。『今日こそ決着をつけてやるぜオラア!』『それはこっちのセリフだオラア!』」
「はあ」
「一触即発のその場面、突然聞こえてきた歌が彼らの時間を止める。そう、それは彼らの争いのことなど知る由もない俺の歌だった」
「なんか想像すると気色悪いんですけど」
「『俺たち……何やってたんだろう』『学校同士で争う意味なんてないよな』しばし聞き惚れた後、仲良くなる彼ら。歌の力って素晴らしい」
「根本的な間違いがあることを指摘させてほしい」
「その不良グループの中にいた1人の生徒が俺の運命を変える。彼の名はタケシ。ギターを趣味としていたが、才能の限界を感じて自暴自棄になり不良グループに身を投じていたのだった」
「何ですかその行動は」
「俺の歌を聞き、心の底に無理矢理押し込めていた情熱がよみがえらせるタケシ。『行ける! この男とならどこまでも!』」
「果てしなく遠い所に行ってほしいですよ」
「不良グループが立ち去った後、タケシは俺に駆け寄る。『オレと組んでくれ!』『ねえ、私と組まない?』驚くタケシ。同時にもう1人、同じことを言った者がいたのだ。それは同じく不良グループに入っていたミドリだった」
「それはまた」
「2人に同じことを言われ、しかも組むの意味が分からずきょとんとする俺。しかし結局その日のうちにファイアーソウルは結成されたのだった。バンド名実在してたら申し訳ない。あとミドリはドラムね」
「そこからサクセスストーリーですか?」
「残念ながらすぐにはそれは始まらない。こんな結成をしてしまったため、タケシとミドリがしばらくぎくしゃくしたりとかするからね。でも結局、俺という天才の足手まといにならないかと不安に思うミドリ、その気持ちをふとしたことから知るタケシ、彼も実は同じ不安を抱えていた。『2人で力を合わせればきっと大丈夫さ』『うん……』後の話になるが、結局この2人はくっついてしまう。ま、ある意味俺がキューピッドだったってわけよ」
「はあ。そうですか」
「そして団結力の増した我々は初ライブを決行、これが伝説の始まりだった! さあいよいよファイアーソウルの初ライブ。ブレーメンとのシンクロが気になるが、まあ気にするな」
「別にしてませんよ」
「会場はミドリの親戚がやってた地下のレストラン。がつぶれた跡の、がらんとした何もないところを運良く借りることができた」
「客はファイアーソウルの迷惑行為に怒った人たちですか」
「違うって。結成のいきさつを思い出せ。あの時俺の歌に聴き惚れた連中はむしろ前々から『早くライブやってくれよ。そして魂を根底からゆさぶってくれよ』とくりかえし言ってきてたくらいなんだ。さらに人通りの多いところで歌いながら宣伝。初ライブにして客は200人を越えていたね」
「なんか聞いてて恥ずかしくなってきたんですが」
「そしてこのライブはちょっと変わっていたんだ。舞台はなく、演奏する俺たちが会場の中心に位置していた。不思議に思う客。ジャギャーン。いよいよ開始。『1曲目! 今日のライブのために作ってきた曲だ! 「ランナーズハイ〜孤独〜」!』ワー」
「ジャギャーン?」
「曲が始まる。この曲は走っているうちにどんどん脳内テンションが上がっていくランナーの様子をエキサイティングに歌い上げたものだ。曲が進むにつれ、どうだろう! 聴衆が1人、また1人と俺たちのまわりを走り始めたじゃないか!」
「へー。すごいですねー」
「実はすでに床には白線が引かれ、会場は疑似トラックになっていた。1曲目が終わっても聴衆は走ることをやめない。人波に押されて走り、走りが人波を生む。それはブレーキのない現代社会の縮図そのものでもあった」
「何ですかそれ……」
「俺たちの演奏に酔わされてわけも分からず走り、走ることでテンションが異常になってますます演奏に酔うという相乗効果。まさに阿鼻叫喚、あれはまるで別次元だった」
「阿鼻叫喚?」
「もちろん、演奏している俺たちだって異常に高まった。ラストあたりでは号泣しながらの演奏になったが、それでも俺の声には曇り一つなかったというのも伝説の一部だね」
「はあ」
「『お前らから漏れるエンドルフィンで俺たちはもうどうにかなってしまうぜ!』ワー。まあそんなこんなで失神者続出、終了と同時に倒れ込む者多数の伝説のライブは幕を閉じた。しかし床にへたりこんでゼーゼーと息を整える者の中に、あるレコード会社の社長がいたことからファイアーソウルのサクセスストーリーは加速をつけて進んでいく」
「社長……社長ですか」
「数年後、世界でも有数のバンドとなった俺たちに、オリンピックの聖火ランナーの話が来た」
「は? 何? 唐突すぎですよ何もかも」
「こういう話は突然来るものなんだよ。そしてそれは、数々の伝説を作ってきた俺が最後に目標としていた舞台だった」
「そうだったんですか。また珍しい目標で」
「そして俺はそのオリンピックのあちこちで姿を見せる。聖火ランナーの俺、インタビュアーの俺、テレビ中継のゲストの俺、解説者にも挑戦の俺、マラソンの沿道を日の丸を振りながら併走する俺」
「誰か止めろ」
「そして閉会式。俺はタケシとミドリに言う。『ファイアーソウルのファイアーってのはさ、聖火のことだったんだ』」
「ふーん」
「『だから、好きなようにやらせてくれ。俺の最後のわがままだ』2人はそれだけで、何が起こるかを薄々察したようだった……」
「察せますかそれで」
「つつがなく進む閉会式。そして聖火が消えるその瞬間! 世界中の人々が一度は聞いたことのある歌声が、つまり俺の歌声が空から響いてきた。どよめく世界」
「はあ?」
「空には俺が浮いていた。しかしそれは全く不自然な光景には見えなかった。なぜなら俺の歌の響きがあまりにも神々しすぎて、とても人ののどから出る声とは思われなかったからだ。完全に動きが止まる閉会式。そして歌は終わり、俺は言う。『ありがとう……世界』そして空中で発火し、聖火と時を同じくして……消えた」
「何が消えたんですか」
「俺がだよ。そして俺は伝説になったのさ」
「はあ……そりゃ伝説にもなるでしょうけど。なんか根本的に違うような」
「いや、俺は伝説になんかなりたくなかったんだ。みんなの心の中に生きていたかっただけさ」
「たいして変わらないでしょ……。迷惑な自殺だなあ」
「自殺? 死んだかどうかなんて分からないだろ? ま、状況的には死んだと見て間違いないけどね」
「何ですその意味ありげな含み笑いは……妄想の話で」
「もしもし」
「もしもし。大原さんですね」
「はい、そうですが?」
「あなたの娘さんをお預かりしています」
「なっ」
「無事に帰してほしければ、5億円支払っていただきましょう」
「そ、そんな大金……」
「払えないと? 大切な娘さんの代金としては安いくらいだと思うがね」
「そんな。そんなことを言われても……とても集められない」
「ほう。……冷たいお父さんだね、払えないそうだよ。あんたがどうなってもいいらしい」
「おい! そこに娘はいるのか。出してくれ、声を聞かせてくれ!」
「金は払えない、声は聞かせろとは虫がよすぎるんじゃないのかい。……まあいい、娘さんの悲鳴を聞けば気も変わるかもしれないからな」
「悲鳴だと。何をする気だ。やめろ!」
「出てやりな、娘さん。そして今どんな目にあっているかをじっくりお父さんに説明するんだ。いいな」
「おいっ何を……」
「お父さん!」
「おお、しず子! 大丈夫か。何もされていないか」
「今はまだ大丈夫よ、お父さん。でも何やら始まりそうな雰囲気……ああっ!」
「しず子! どうした、何があったんだ」
「犯人グループの1人が液体の入ったコップを持ってこっちにやってくるわ! やめて、その液体は何? そしてそれをどうするつもりなの!」
「しず子! 大丈夫かしず子! その液体はどんな様子だ! 色、におい等」
「無色透明よ、お父さん! そして無臭……少なくとも2メートル離れている現在の状況においては。あっ。今犯人グループの別の1人がテーブルの上にある砂糖入れから角砂糖を1つ取りだしました。そしてなぜかこっちに向かってきます! いやあ! やめてー!」
「しず子! しず子どうしたんだ! 何があったんだしず子!」
「ただいまわたくし、犯人の1人に角砂糖を口に押し付けられております! 甘い! 甘い! これはたしかに角砂糖! しかしこの行動に何の意図があるのでしょうか犯人グループ」
「やめろー! 娘に何をする!」
「あっ。そして今、わたくしの口から角砂糖が離れました。そしてその角砂糖を……? あっなんとこれは! さきほどのコップに入れた! 入れました!」
「液体の入ったコップか! しず子!」
「そう、液体の入ったコップです。角砂糖はみるみるうちに溶け……。えっ! なんと! これはどうしたことでしょう! 溶けません、角砂糖が液体の中で原型を保っております!」
「なんだって。そんなバカな」
「そうです、こんな不思議なことがあるでしょうか! この信じられない光景を目の前に、わたくしただ言葉を失うのみであります! 自分の舌で確認したので間違いありません、あれはたしかに角砂糖! つまり秘密はあの液体の方にあると……ああっいけません! これはいけません!」
「どうしたしず子!」
「犯人グループの1人がコップを持ってこちらにやってきます! あの謎の液体をわたくしに、わたくしに飲ませるつもりのようです! 人体にどのような影響があるか等まったく謎のあの液体、やめて! やめて! ああっどうやら最後までお伝えすることは不可能に」
「しず子! しず子おお」
「どうだい、大原さん。娘さんにこれ以上正体不明の液体を飲ませてほしいかい」
「……う……うう……ふざけるな!」
「何?」
「正体不明だと? くだらないことを言うな! 角砂糖が溶けなかったのは、事前に砂糖を水に溶かしてそれ以上砂糖が溶けない状態になっていたからだ。つまり謎の液体の正体は……砂糖の飽和水溶液だ!」
「く……。フッフッフ。あんたを甘く見すぎていたようだな。砂糖だけに。だが次はこうはいかん。おい、娘をもう一回連れてこい。……それでは第2問です」
「しず子! しず子おぉ」
「……それでは試験を始めさせていただきます。再度申し上げますが、本日の試験は当ファイナル社のファイナル筆記試験。開始前に何か質問はおありですか?」

 CM。
 廃墟と化した都市。穴だらけになったビル、ひび割れが走る道路。聞こえるのは土ぼこりを巻き上げる風の音のみ。
 しかし画面の端に異質なものがある。崩れかけたように見えるビル、だがその窓からは光がもれ、その中で動く人影が見える。ビルについている看板は傾いているが、はっきりと「ファイナル社」と読むことができる。
 画面にゆっくりと白い文字が浮かぶ。
「ファイナルステージ」

「……あれ、村井は? ファイナル電車ぎりぎりまで飲む約束してるんだけど」
「あ、あいつならファイナル筆記試験の試験官やってるよ」
「え? だって試験は昼までだろ」
「いや、それがな。まだ始まってもいないみたいなんだ。試験前の質問がずっと続いているらしい」
「なんだって。あいつ時間制限もせず質問を募ってしまったのか」
「そうらしい。まさかあの村井がそんなことをしでかすとはなあ。ファイナル試験に残るような学生なら、誰も彼もファイナル質問者になろうとするのは目に見えているのに」
「驚いたなあ。ま、あいつならこんな大失敗はこれでファイナルだろうけど」
「いや……どうやら今日があいつのファイナルステージになるみたいだぞ。あまりに大きな失態に早々にクビ決定だとか」
「そんな。なんてことだ……いいやつだったのに。俺と一番気が合う同僚だった村井。あんなにいい友達にはもう二度と出会うことはないだろう。さようなら村井。俺の、ファイナル親友」
 今朝目が覚めると私は右手になっていました。ちょうど吉良吉影が持ち歩いてた手みたいなものに変身していたのです。
(他のパーツは)
 寝ている間に何があったのかは分からないけど、とにかく早く元に戻らなくては。半泣きになりながら他のパーツを探してうろうろしていると、リビングに積み上げられた洗濯物の下にあやしいものが見えました。
(あれは……もしや指?)
 するとそれはもぞもぞと動いて洗濯物の下からはい出てきました。手! 手だ!
「手!」
「!? あっ!」
「よかった、やっと他のパーツに会えた」
「こっちもだよ! さっきからずっと探してたんだ!」
 大喜びで駆け寄り、こちらに指を広げる手。迷わずそれを握り返す私。がっちりと握手する手と手、それはこれから先の他パーツとの出会いをも予感させる感動の。
「…………」
「…………」
「……あれっ」
「どうしたの?」
「いや、握手……」
「……あっ」
 両方右手でした。
 お寒うございます。この秋一番の冷えこみだそうで。

 私は子供の頃、このような「この冬一番の冷えこみ」という言い回しと「観測史上最も寒い」というのを混同していました。つまりテレビで「この冬一番の……」と言っているのを聞くたびに、また記録が更新されたと思っていたわけです。
 夏はより暑く、冬はより寒く。厳しさを増し続ける地球の気候。一体原因は何なのか。そして人類はそれにどう対処すべきなのか……。

 環境問題に興味を持ち始めたのはそこからでしたね(談)
「ガキの頃俺はね」
「はあ」
「消防士になりたかったんだよ」
「へえー」
「やっぱ人命救助だろ?」
「はあ……そんなこと言われても」
「窓から激しい炎を吹き出す家、そこに到着する俺。『消防士さん!』涙で顔をぐしゃぐしゃにした子供が駆け寄ってくる。『妹が! 妹がまだ中に!』『大丈夫』子供の肩に手を置き、視線を子供の高さに合わせ、力強くうなずく俺。『必ず助ける』ザバー。そばにあったバケツの水をかぶり、俺は子供の見つめる先にある火の海の中へ……」
「ザバーって……消防士はそんなことしないでしょ」
「そうなんだよ。おかげで夢はそれ以上広がらなかった。あの時は本当に悲しかったね。想いが純粋で真剣なものだっただけに」
「はあ?」
「ま、そういうほろ苦い思い出もあるということさ。それじゃ」
「あ、さよならー。……何だったんだ?」
「ねり消しゴム殺人事件」 登場人物

加藤隆二
 最初の被害者。他人の消しゴムのカスの所有権を主張したために殺される。熱血漢。

村岡周吾
 2番目の被害者。赤チョークの粉の所有権を主張したために殺される。本編の主人公。

寺井芳雄
 3番目の被害者。犯人のねり消しを鼻に入れ、「ハナクソ」と言いながら出したために殺される。IQ300。

東郷寺光男
 キンケシコレクター。ねり消しを嘲笑したため、コレクションを字を消すのに使われ真っ黒にされる。画廊経営。

金森昭子
 4番目の被害者。犯人のねり消しを机の穴につめたために殺される。寺井にひそかな思いを寄せる。

高山悟
 警察犬。現場にあった消しゴムのにおいに不審を抱き、事件解決のきっかけを作る。100m12秒。

遠藤大地
 5番目の被害者。液状のりのフタの裏についていたガビガビを犯人のねり消しに混入したために殺される。悪気はなかった。

片桐孝一
 犯人。暗黒をさまよう孤独な魂。
「痛かったら言ってくださいねー……」
「…………アガ」
「痛いですか?」
「唇裂けた」
 
 歯医者で言いにくい一言