連続爆発事件日記
7月16日  ナナ

みんなギアを探している。でも、もう間に合わないような気がする。
ケイに会った。珍しくシンと一緒じゃなかったので「シンは?」と聞いたら
「昨日爆発しちゃった」
しょうがないなあという感じで言っていた。なんか、もうだめかなと思った。
残りの人口は約1500人。昨日の爆発は205。
絶滅。なぜだろう。前は爆発するのあんなにこわかったのに、今はそうでもない。
7月16日  カイ

エネルギーの補給をしに外に出た。
みんなギアを探しに行って町はカラになっているかと思ってたけど、そうでもなかった。
最初の一体の話などあてにならないと思っているのか、あるいはもうあきらめてるのか。
爆発か。オレにはこのまま絶滅するとは思えないんだけどな。
7月16日  ギア

マスターのご命令には逆らえず、ロボットは増えた。
自分もロボットのくせに、わたしはロボットが嫌いだった。増えてうじゃうじゃといるのを見ると腹が立った。こんなものがいくら増えても、マスターはいない。
そのうちにわたしは姿も名前も変えた。ユリだった頃には他のロボットとろくに話もしなかったが、姿とともにそれも変わった。結局わたしは、1人でいるのは苦手なのだ。
「おまえ1人では寂しいだろう」
認めたくはなかったが、それが正しいと認めざるをえなかった。さすがはマスターだと思った。何度か姿を変えながら、わたしはそこそこ楽しく暮らしてきたと思う。
それが、爆発が始まってまた変わった。爆発があったと聞くたびに、なんとかしなければと思う心のどこかで「もっと消えろ」と思った。わたしがどんな気持ちであのご命令に従ったか。そのご命令によって増えたロボットたちが今次々と消えてゆく。痛快な気分になった。
友人になったロボットたちは再び、あの頃と同じように不快なものに見え始めた。昔の気持ちがふくらんでいった。

最初の一体の話も、最初はただばかばかしいと思うだけだった。しかし昔の気持ちに戻るにつれ、それも変わっていった。
わたしの記憶を他人に分け与えることで爆発が止まるかもしれないのなら、なおさら教えられない。絶滅するといい。終わりになるといい。本当ならマスターが亡くなったあの時に終わりになるはずだったのだ。そう思った。
けれど、それと同時に、友人が死んでゆくのが悲しいとも思っていた。
それと同時にマスターのことは自分だけが知っていたいと思っていた。
それと同時に、最初の一体の話など何の信憑性もないと思っていた。
それと同時に、もし爆発が止まった場合には、今までと同じように暮らしていけるようにしなければと思っていた。
色々なことを同時に思って、わたしは自分でも自分が分からなくなっていた。
しかし、今は分かる。これから爆発が止まっても、わたしはもうこれまでと同じように暮らしてゆくことなどできないのだ。みんなわたしが最初の一体だということを知ってしまったのだから。
だから絶滅すればいい。今はそれだけ考えていることができる。
7月17日  ナナ

テラスはギアを探さない。今日も地面に座って空を見ていた。
私も空を見てみた。別にいつもと変わらない。同じ星がある。
「何してるの?」
「俺さあ……。いつのまにか、これでこの星は終わりだと思ってたんだ」
何を言ってるんだろう。
「終わりって? 爆発で全滅するってこと?」
「ん。なんでだろう、そう決めつけてたよ。そんでさ、なぜか少しわくわくしてた」
少しだけ分かる気がした。でもなぜ分かるのかは分からなかったので、何も言わなかった。
「爆発が増えて、どんどん増えて、ずっと生きてくはずだった俺も、他のみんなも全部終わる。楽しく生きてきたはずだったのに、どっかでそのことを喜んでた。長い間生きてるうちに、いつのまにか飽きてたのかもしれねえなあ」
笑うような嘆くような話し方だった。何かあったのかと聞こうとしたら、テラスはぽつんと言った。
「昨日の爆発、203だってさ」
ふうん、と言ってからびっくりした。203。たしかおとといは205。減ってる?
けどあの数字はそんなにあてにならないものだし、それにこれだけ人口が減れば爆発だって減って当たり前で。でも。
「今まで減ったことがなかったのが初めて減ったんだと。それ聞いてさ、バカみたいだけどやっと気がついた。絶滅しない可能性もあるってこと」
爆発が減った。やっと減った。
私は立ち上がって町の外に走っていった。広くて岩山がごつごつとあって。
このどこかに、ギアは隠れているのだろうか。
私は走りながら大声でギアの名前を呼んだ。何度も呼んで、それから言った。
「爆発が減ったよ! 最初の一体の記憶がなくても絶滅しないかもしれない!」
なぜこんなことを言ってるんだろう、何の意味があるんだろう。
でも言わずにはいられなかった。ギアはカイを殺そうとしてまで自分が最初の一体なのを隠そうとした。
人を殺そうとするってどういう気持ちなのか私には分からない。多分、この星のロボットの中で、それがわかるのはギアだけだ。
そこまでしなければならない理由を考えると、なんだか私は苦しくなる。
けど爆発は減った。これからもっと減ると思う。

だからきっと、もう大丈夫だよ、ギア。
7月17日  ギア

遠くから、わたしを呼ぶ声が聞こえた。
「ギア。ギア。爆発が減ったよ。きっともうすぐなくなるから、だから大丈夫だよ」
ナナの声だった。うれしそうだった。
そうか、爆発は減ったのか。絶滅は回避されたのか。
ナナは、わたしが逃げたのは装置にかかりたくないからだと思っているのだろう。
爆発がなくなればむりに装置にかけられることもなくなる、だから大丈夫だと言っているのだろう。
そういえば、ナナは最後の一体だった。わたしの気持ちが分かるはずがない。
最初の一体と知られて、その上爆発も止まってしまったら。
きっと誰もがわたしにマスターのことを聞くことだろう。わたしは何も答えないだろうが、聞かれるたびに昔の気持ちに戻るだろう。すべてのロボットたちがいまいましいゴミに見え、そのゴミがまたマスターのことをわたしに聞くのだろう。

マスター。わたしがいなくてもロボットは増える。あなたのご命令は果たせます。
もういいでしょう? 今回のことで、わたしは知ってしまった。
わたしはロボットなのに、ロボットの仲間にはなれないということを。
5000体いたロボットの中で、わたしだけが知っていたマスター。
わたしのすべてはマスターのためにあり、他のロボットはそうではなかった。
5000体のロボットの中で、わたしだけが違っていた。
わたしだけが、すでにないもののために存在していた。だから……
ナナの声がまた聞こえた。ずっと走り回っているのだろうか。
ごめん。でも、ありがとう。さようなら。
7月18日  ナナ

昨日遅くにギアが見つかって、装置にかけられたそうだ。知らなかった。
「でも、死んでたんだってさ」
ヨツバは暗い顔で言った。もう人が死ぬことにはなれていたけど、やはり驚いた。
「爆発で?」
「それだったら装置にかけられないよ。体のあちこちが溶けて壊れてたんだ。ギアがわざとオーバーヒートさせて自分で壊したみたいだよ」
なぜそんなことを。ギアのすることは何もかも分からなすぎる。
「でも、装置にかけられるってことは脳は残ってたんだよね?」
「うん、でも修理はできない」
「どうして?」
「地面に書いてあったんだって。『装置にかけるのは勝手だが、終わったら廃棄するように』って」
何も言えなくなって黙ってしまった私に、ヨツバは暗い顔のまま言った。
「ナナ。僕があの時何も言わなければ、ギアは死ななくてすんだのかな」
そんなことを言うなら私だってそうだ。ギアが何を考えていたのかはよく分からないけど、最初の一体を探そうなんて私が言い出さなければ、ギアは死ななくてすんだ。
昨日の爆発は164だったそうだ。何かしても何もしなくても、同じくらいの爆発で止まってたのかもしれない。それなら最初から何もしなければよかった。
その後、カイの家に行った。カイは話を聞いて笑った。
「殺人の次は自殺かー。さすが最初の一体はやることが違うな」
ひどいことを言う、と思ったけど、でもやっぱりカイもさびしそうだった。
7月18日  カイ

ナナが来た。ギアが死んで見つかったそうだ。
そうか。なんとなく、もう2度と会うことはないような気はしていた。
最後までよく分からないやつだったな。
廃棄してくれと地面に書いてあったという話をした後、ナナは言った。
「くやしいよ。脳が残ってるのにもったいないとは思うんだけど、地面に書いてあった文章なんか無視して修理すればいいという気にはどうしてもなれない」
それはそうだろう。オレたちは基本的には、他人が望まないことはしないようにできているのだから。例外は非常事態の時。それ以外の時には……

ふと思った。
ギアが聞かないでくれと言っても、周囲が人間のことを根掘り葉掘り聞く、という状況になる可能性はあったのだろうか。
人間に近づくという目的はオレたちの根幹だ。たとえ非常事態ではなくても、それに近い状態にはなったかもしれない。今となっては知りようもないことだが。
7月19日  ナナ

昨日の爆発は81。すごい勢いで減っている。
ギアの記憶の板ができる頃にはすっかりなくなっているかな。
記憶の板……どうしよう。見てはいけないもののような気もするけど……。
7月20日  カイ

「カイの家ってのはここか?」
そう言いながら入ってきたのは久しぶりに見る顔だった。
800年以上たつのに昔とまったく同じ顔。テラスだった。
「あんたが2体目だって聞いたんだけど。俺のこと知ってるか?」
「テラスだろ。覚えてるよ」
「じゃあ会ったことはあるんだな。待て、言うな。当てるから」
「難しいぞ」
「ケンだろ。どうだ」
「……よく分かったな。まだ全然話もしてないのに」
「分かるよ。声が同じだし、顔もたいして変わってない」
そうか。それじゃギアにも分かって当然か。
それにしても、800年前と同じ顔が目の前にあるのは妙な気分だ。
テラスは笑いながら言った。
「まあ、昔話でもしよう」
「覚えてないんだよなー」
「俺もだ。じゃあ最初の一体の話をしようか」
どっちにしても嬉しくない話になる。だから会いたくなかったんだ。
「最初の一体って結局誰だったんだ?」
「聞いてないのか。ユリだよ」
「ああ。あの無愛想な。へえ、全然話したことねえや」
「オレもあんまりないけどね」
「ふうん。俺、最初の一体はあんたなんじゃないかと思ってたんだけどな」
「なんで」
「はっきりとは言えないけど、どこか違うように見えたんだ」
そんなこと言われてもなあ。
7月20日  ナナ

カイの家に行った。話し声がしていた。珍しいなと思ってのぞいたら、「おおよく来たな、手間が省けた上がれ上がれ」と言われた。カイにじゃなくてカイの家にいたテラスにだ。昔話をしに来ていたのだろうか。
カイはテラスに会いたくないと言っていたけど、やっぱり思い出話はあったんだなー。ほのぼのするような、なんだかうらやましいような。
「手間が省けたって?」
「後であんたにも会いに行くつもりだったんだよ。俺今日帰るから」
「え? ああ、元の町に。もう帰るの」
「もう終わりだろ。昨日の爆発は35だってさ。終わったらあっちでやることもあるし」
「何するの?」
「知り合いのバカがエネルギー切れで作動停止してんだよ。止まってりゃ爆発しないだろうから、爆発止める方法が見つかったらエネルギー入れて起こしてくれとかフザけたこと言いやがってよ」
「へー! そうか、その手があったんだ」
「爆発で絶滅してたら1人だけエネルギー切れ死だけどな。ははは」
「今まで、昔の話をしてたの?」
邪魔してしまったかなと思って聞いてみた。
「まあね。1体目、ユリってやつの話だよ。無愛想なやつでさあ」
「へええ、意外。ギアは誰とでも仲よかったのになー」
「そうなの? 俺はギアと2回くらいしか会ってないけど、わりと無愛想だったぜ」
「無愛想なギアなんて見たことないよ。何かあったのかな……」
言いかけてバカなことを言ったと思った。何かも何も、色々あったのだろう。
まだあまり実感がない。ギアが最初の一体だったってこと。
「ねえカイ、どうしてそんなに違うのに、同じ人だって分かったの?」
「んー。なんていうか、話し方とか仕草の端々が似てたんだよ。どこかで見たことあるなと思って、ま、そのうちにだんだんと」
「へえー。俺なんか話し方どころか声も覚えてねえよ」
テラスが感心した。
ふうん、そんなに無愛想だったんだ。あのギアが。やっぱり気になる。
なぜそんなに変わったんだろう。記憶の板を見れば分かるかな……。
7月22日  カイ

ナナが来た。
「ギアの記憶の板ができたら、見に行こうと思うんだ」
そう言ってオレをじっと見た。なんでオレに断るんだ?
「オレは行かないぞ」
「うん」
「別にそんなこと言いに来なくたっていいだろ」
「でも、そんなもん見るなって言うかなと思って」
「言わないよ。そりゃ見ない方がいいとは思うけど。いやがってたみたいだから」
本当にいやなら脳を残しておいたりはしないと思うが、それは言わなかった。
言わないけど、そんなもん見るなと思うことは思う。
7月22日  ナナ

昨日の爆発は4だったそうだ。今爆発するのだけはいやだな。
終わったと思ったのにーとか思いながら死ぬのかな?
それはそうとギアの記憶だ。やっぱり見よう。見ちゃいけないかな。でも見る。見ないといけないような気もするから。
という決意表明をしに、カイの家に行った。いやそうな顔をされたけど、やめろとは言われなかった。
「もう爆発終わるのに無意味だと思う?」
「別に。オレはもともと最初の一体の記憶見ても爆発止まると思ってなかったし」
そういえばそんなこと言ってたっけ。
「てことは、人間についての知識が増えるのは無意味だってこと?」
「無意味ではないと思う。でも最初の一体の記憶を見るのは無意味だと思う」
「どうして? 人間を直接知ってるのは最初の一体だけなのに」
「けど、最初の一体が知ってる人間は1人だけだろ」
? 1人だとどうして無意味なんだろう。
「人間は自分の故郷の星で、他の人間たちと一緒に暮らしてたわけだよな。でもそこがどんな世界だったのかは多分ギアだって知らないよ」
それはそうかもしれない。思い出話とかはしたかもしれないけど、ギアにとっては見たことのない世界なのだから。
「1人の人間についての知識があったって意味はないよ。人間だけの世界で人間同士がどんなつながりを持っていたかが分からないとさ」
言われてみればそうかもしれない。1人の人間と1体のロボットにそれほど差はなくても、人間だけの世界とロボットだけの世界はきっと全然違うという気がする。
人間はギアに、故郷の星のことをどれだけ話したのだろう。
ギアは、それをどれだけ理解できただろう。
「人間の故郷の星を知るには、言葉から考えていくしかないんじゃないかな」
「言葉?」
「そう。意味は分かってても、この星では使わない言葉があるだろ」
ある、とは思ったけどとっさには思いつかない。使ってないのだから当たり前だ。
「ええと。ええと。食べ物とか? エネルギーと似たようなもの」
「そう。他にはそうだな、貨幣とか紙幣とか」
「お金だね。ものを交換する時の仲立ち」
「法律。裁判」
「きまりごと。きまりごとを破った人を裁くこと。で、裁くというのは……」
「というふうにさ。この星では使わない言葉から、人間の世界がこことどう違うのかを想像していけるんじゃないかと思うんだが」
「はー」
妙に感心した。使わない言葉なんて脳の奥の方におしこめられるだけだと思ってたのに、使わないからこその使い道があるんだなあ。
そしてふと気づいた。私はこういう話が聞きたいからこの家に来るんだ。ここは73年前に初めて来てからずっと、私にとって特別な場所だった。他のところにはない何かがあった。
「カイはすごいね。他の人と違う」
「違わないよ」
「でも他じゃこんな話聞けないよ。それなのにあんまりこの家お客さん来てないよね。なんで?」
「オレに聞くなよ」
「ミヤがね、爆発する前に……カイのこと気難しいって言ってた。そのせいかな」
「さあね」
「ねえカイ、知ってる? 私は最後の一体なんだよ」
「話がどんどん飛ぶなー。知ってるよそりゃ」
「私は先月まで知らなかった」
「うそだろ?」
「ほんとだよ。カイは気難しいけど、最後の一体だから私には甘いんだって」
自分でも変なことを言ってると思った。カイは「そうか?」と言って苦笑いしていた。
7月23日  ナナ

ヨツバとケイに会った。ついに昨日、爆発はなかったそうだ。
「生き残ったわね」
ケイがしみじみと言った。残ったのは約1000体。5分の1になってしまった。
でも、1体でも残ればまた増えることができる。ロボットの製造に関わったことはなかったけど、今度は私も作ることになると思う。というより、作りたい。
「わくわくするなあ。ロボット製造のこと、私ほんとに何も知らないんだもん」
「そのことなんだけど」
ヨツバが首をひねりながら言った。
「ロボットの構造、変えた方がいいんじゃないかと思うんだよ」
「は?」
「もう2度と、爆発なんかしないようにさ」
ヨツバはひどく真剣な顔だった。爆発した4000人のことより、爆発しなかったのに死んでしまったギアのことを考えていたのかもしれない。私がそうだからそう思うだけかな。
「どこを変えれば爆発しないか、知ってるの?」
そう聞くと、ヨツバのかわりにケイが首を振った。
「まさか。作り方……というか部品の組み立て方はみんな知ってるだろうけど、どこがどうなって動いたり思考したりするとか、そういうことを知ってる人なんて誰もいないんじゃない?」
そう言って、ケイは簡単にロボットの作り方を教えてくれた。

1.体格や性格などを決める。
2.ロボットの部品を製造する機械があるので、その機械に1で決めた体格・性格に
  合わせた部品を一通り出してもらう。
3.配線つないで組み立てる。
4.外側を好きな色の皮膚で覆い、顔を作って髪を植える。
5.完成。

もっと細かいところから自分で作るんだと思ってた。これなら私でも作れそうだ。
作り方はわかっても構造は知らないってそういうことか。
「やっぱり人間に近づくという目的のせいかしら。みんな機械を避ける傾向があるのよね……」
「でも、避けてばかりもいられない。誰も知らないなら最初から調べよう」
ヨツバはそう言って、しばらくしてから付け加えた。
「絶対変えるんだ」
その言葉はなぜか、私の脳のとても深いところまでしみていくようだった。
7月24日  カイ

ナナとケイが来た。ロボットの構造について教えてほしいそうだ。
作り方は知っているけど、構造は知らないと言うとがっかりされた。
「2体目のカイが知らないとなると、絶望的かもしれないわね」
「みんな機械のくせに機械音痴すぎるよ」
何の話かと思ったら、これから作るロボットを今までと違う構造にしようと考えているらしい。
なんだかそれ聞いて2秒くらい思考停止してしまった。
人間が最初の一体に教えたのと、違う構造のロボットを作る。
爆発からこういうことになったのか。
人間に近づくという目的があるのに、その人間はどこにもいない。
目的はないも同然だが死ぬこともない。死なないから新しいロボットも作らなくなった。
それが73年続いた。そしてあの爆発。何かの限界があったのだろうか。

それにしても、新しいロボットか。面白そうだな。
7月24日  ナナ

みんなロボットの構造を知らない。信じられない。自分もロボットのくせに。
そりゃ私も知らないけど、知ってる人は知ってるんだと思ってた……。
調子悪ければ点検の機械が、どの部品を取りかえろとか指示してくれる。
取りかえるのは別の機械がやってくれる。機械の修理も機械がやってくれる。
私たちは機械を機械にまかせることで人間を気取ってはいなかったか?
自分も機械なのだということを今こそ直視すべきである。
なんて。
7月25日  ナナ

ギアの記憶の板ができあがった。行ってみたらけっこう人が来てた。17人。
みんな知りたいんだな、人間のこと。当たり前か。
800と何十年分の記憶の中から人間の記憶をみつけるのは大変かと思ったけど、意外にみんなよく釣れていたようで、いくつか見せてもらった。
初めて見る人間は、やっぱり私たちとは違っていた。皮膚がざらざらしてるように見えたし、表情も動きもだいぶ違う。前にカイと見に行った、あの服を着ていた。
この人からこの星が始まったんだな。不思議な気持ちになった。
私は人間の記憶は釣れなかったけど、その頃のギアを見た。
「髪が長くて、身長はお前と同じくらい。もう少しやせてたかな。ユリという名前で」
カイの言ってた通りだった。本当に全然ギアと違う。
ユリは、鏡で自分の姿を見ていた。そして嬉しい気持ちになっていた。
「マスターは、この姿が好きなのだ」
そう思って嬉しくなっていた。
この姿に作ったということはこの姿が好きということに違いない、という意味かな。
ちょっとよく分からなかったけど、でもその気持ちはすごく強くて、ユリは人間のことがとても好きなのだなと思った。なぜか少しうらやましかった。
7月25日  カイ

ロボットの構造は、知ってるやつがいなくても調べようと思えば調べられる。
自分たちのことだもんな。点検する機械もあるし。今までは知ろうとしなかっただけだ。
問題はそれをどう変えるかなんだけど。さて、どうなるのかな。
ナナに会った。例の記憶の板を見に行っていたらしい。17人来ていたと聞いて驚いた。
この町の生き残りのほとんどじゃないのか?
「そうでもないと思うよ。ほら、他の町から来てまだ帰ってない人もいるから。記憶を見るために残った人もずいぶんいるみたい。これから来る人もいるんじゃないかなあ」
そうか。あいつの記憶、ずっと見られ続けるのか。死んだとはいえ、気の毒だな。
と思ったら、ギアはまだ廃棄されてないらしい。
「終わったら」廃棄してくれ、と書いてあったから、だそうだ。終わるっていつだよ。
終わったらというのは、記憶の板ができたらって意味じゃないのか?
「そういう気もするんだけどね……」
ナナは少し笑った。誰もギアを廃棄したくないのだろう。修理すれば生き返らせることができるのだから。それなのに修理しない。修理できるのに修理できない。
「ねえカイ。新しいロボットは、ギアを直してくれるかなあ」
そうなるかもしれない。みんながそれを望んでいるのなら。
なんだかこの星、これからものすごく変わるような気がする。
7月26日  ナナ

今日も記憶を見に行った。いろんなことが分かってくる。
記憶を記録するあの装置は、人間が作ったものだった。もともと人間の記憶を記録する装置があって、それを見たユリがロボットの用のも欲しいとか言ったらしい。その場面は出てこなかったのだけど、多分そんなとこだろうと思う。
でも失敗作だった。人間用のは自分の思い浮かべた場面だけを記録したり、時間を指定したりできるのに、ロボット用の方は今までの記憶を全部記録してしまう。おまけに時間もやたらかかる。
「これじゃ使えないな。ごめんごめん、いつかちゃんとしたの作るよ」
人間はそう言っていたけど、その装置は今使われているのと同じだった。ちゃんとしたのは結局作られなかったらしい。
それにしても、ユリは本当に人間のことが好きだ。ずっとそばにいたいと思ってる。人間が死んだ時どう思ったのかと思うと、なんだか悲しくなってしまう。
帰りにカイと会った。2日連続で外で会うなんて珍しいと思ったら、なんとロボットの構造を調べるためにロボットの部品を作る機械のところに行っていたらしい。そういえばこないだその話をした時、やけに面白そうに聞いてたけど。
お前もギアの記憶なんか早く切り上げろ、と言われた。うーん。
でもたしかにいつまでも見続けるわけにはいかない。きりがないし、悪いと思う。
今月いっぱいでやめることにした。きりがいいところだ。うん。
7月26日  カイ

新しいロボットがどんなものになるのか、ぜひ自分の目で見届けたい。
これからは機械のくせに機械に無関心ということもなくなるだろうし、どんな世界になるのか、これは家の中にじっとしているわけにはいかない。
ナナに会った。記憶を見てきた帰りらしい。そんなもん早く切り上げろと言ったら、
「じゃあ今月いっぱいで終わりにする」
またずいぶん急だ。あと5日しかない。
「いいのいいの。暦はこういうのに区切りをつけるためにあるんだから。連続爆発事件は今月で終わり。来月からは新世代ロボットの製造が本格化ってことで」
連続爆発……事件? 事件どころの騒ぎじゃなかったと思うけど。
間違いなく滅亡の危機だったし、生き残りは生き残りで、何百年も変わってなかった世界を変えるようなことを始めている。それなのに事件。連続爆発事件。
ま、過ぎてしまえばそんなもんか。オレが大げさに考えすぎているだけかもしれない。
7月27日  ナナ

人間は何を考えていたのだろう。ユリに内緒で2体目のロボットを作ってたらしい。
断片的な記憶だからよく分からないのだけど、ユリは「マスターが亡くなった」ということで頭をいっぱいにして歩いていた。
「ご命令に従わなければ」
部屋の扉を開けると、妙なものがある。よく見ると作りかけのロボットのようだ。
きっとあれが脳であれは背骨だ。ご命令って、これを完成させろってことかな……と私が思っていると、ユリがひどく絶望した。見ているこっちの目の前が暗くなるほどだった。
「こんなものを作っておられたのですね。わたしだけでは不足だったのですね」
こんなもの、壊してしまいたい。でも命令にはさからえない。
それは私の知らない感情だった。どろどろした黒いものが流れていくようだ。
これが人間を知っているロボットの感情なのだろうか。怖かった。
ギアはずっと、こんな気持ちだったのかな。私たちをこんな気持ちで見ていたのかな。
仲良くしてると思ってたのに。すごく悲しい。もう記憶見に来るのやめようかな……。
7月28日  カイ

新しいロボットを作るために調べたことは、まとめて役所に持っていく。
でも今はギアの記憶を見に行ってるやつがほとんどのようで、おとといも昨日も誰もいなかった。新しいロボット作りはそんなに急には進まなそうだな、と思っていたが、今日はケイがいた。
「見に行かないのか? 記憶」
「昨日で終わりにした。もう見てられない、かわいそうで」
かわいそう? 何を見たんだろう。気になったけど聞かなかった。
「そういえばヨツバは戻ってこないねー」
「ヨツバ? あいつ記憶見に行ってんじゃないの」
「ううん、見ないってさ。他の町に新しいロボット作ろうって話を伝えに言ったのよ」
「へえ」
「それにしても、爆発の時に他の町に行ったりしたのは全然意味なかったよね」
「だな。時間もなかったし、行ったやつが爆発したりもしただろうし」
「あれは本当にむなしかったわ。もうあんなことがないように、もっと速く移動できる手段とか、他の町とすぐ連絡取る手段とか、そういうのをなんとかするべきだと思うのよね」
なるほど、そうかもしれない。なにしろ今は徒歩しかないからな。
7月28日  ナナ

結局記憶を見続けている。
ギアは他のロボットを嫌って憎んでいて、爆発が始まってからはこれで絶滅することを願っていた。そのことがはっきり分かってくるのがつらい。
でも、今日見た記憶には私が出てきた。私と話して楽しい気持ちになっていた。
どうしてだろう。どうしてこんな気持ちとあんな気持ちを同時に持てるのだろう。
私には分からない。ただ、仲良くしていたのが嘘だったわけじゃないのは嬉しい。
ギア。やっぱりまた会いたいよ。
7月29日  ナナ

人間が死ぬ少し前らしい記憶を見た。
人間は前と顔が違っていた。やせていた。死ぬ時はこういうふうになるのかもしれない。
「ユリ。オレはもう死ぬよ」
そう言われてユリがどう思うか、人間には分かっていなかったのだろうか。
ユリは人間が死ぬなんて、考えたこともなかったのだ。自分が壊れて人間のそばにいられなくなることばかり心配していたのに。
記憶の中の人間は信じられないくらい残酷で、あまり好きにはなれない。
「ロボットを増やしたい。実は少し前から新しいロボットを作り始めてたんだ」
しかもこんなことを言う。なんてやつ。
「オレが死んだらそれを完成させて、それからもっとロボットを作って、みんなで暮らしてくれ。作り方は教える」
こないだ見た記憶にあった「ご命令」というのは、どうやらこれのことだったようだ。
そういえば、この星はそうやって始まったんだっけ。それだけは私も知っていた。
人間のことを誰にも話さなかったギアだけど、そのことはちゃんと話してくれてた。
きっと誰かに聞いた話のようなふりをして話したのだろう。人間のその言葉からこの星は始まったらしいよ、とか、そんなふうに話したのだろう。
7月30日  カイ

役所に行ったらテラスがいた。
「よう。久しぶりだな」
「そうでもない。なんでお前いるの?」
「面白いことやってるって聞いたから。そりゃ来るさ」
ヨツバが行ったのはテラスのいる町だったようだ。
「まったくありがたいもんだ。生き残ってよかったよ」
テラスは上機嫌だった。
「なあカイ。この前、わざとエネルギー切れになってるバカがいるって話したろ?」
「ああ、言ってたな」
「あいつ爆発しちまったんだよ」
「へえ?」
「爆発がなくなったみたいだからもういいかと思ってエネルギー入れてやったらさ、次の日ドカンだよ。また始まったのかって一騒動だった。こっちの町からも見えなかったか?」
「いや……」
そんな話は聞いてないな、と思っていると、ケイが話に入ってきた。
「見張りは5日前にやめちゃったのよ。見てたらこっちも大騒ぎだったかもね」
「それでその次の日にヨツバが来て、新しいロボット作るなんて話をするだろ? 俺はこれ運命だと思ったね。爆発するやつはする、しないやつはしない、爆発後には新しいことが始まる。死んだやつには悪いが生き残ってほんとよかった」
「お前、まるで爆発があってよかったと思ってるみたいだな」
「思ってるさ。死んだやつには悪いけど」
ケイがあきれたような顔をした。オレは笑っておいた。
オレも爆発があってよかったと思っている方だろうけど、ここまではっきり言う気にはなれない。
7月30日  ナナ

記憶を見た帰りにテラスに会った。びっくりした。こないだ帰ったばかりなのに。
と思ったらこれからまた別の町に行くところだそうだ。
「他の町に、新しいロボット作ることを知らせに行くとこだよ」
「あれっ。テラスもあれに参加してるの?」
「もちろん。きっと星中のロボットが参加するぞ」
「えー。そうかな?」
「するさ。最後の一体作った時もあんなだったし、今度はもっと盛り上がるに決まってる。ここからこの星は変わるんだから」
私を作った時と言われても、どんなだったか私が知るわけないんだけど。
「そんなに変わるかな、この星」
「ああ。きっともう人間に近づくとかそういうの、どうでもよくなるだろうな。人間なんて関係なく、俺らが自分の世界を作ることになる。人間のことを知ってる最初の一体がいなくなって、俺らも人間から離れる時がきたってことだ」
少し嫌な気持ちになった。ギアが死んだことをそんなふうに言ってほしくない。
でも、人間に近づくのなんてどうでもよくなったら、私たちはどうなるんだろう。
人間を見たことないのに人間に近づくという目的がある。それはいつも、私たちの心のどこかで重荷になっていたと思う。それがなくなる。この星は人間と関係ない、私たちの世界になる。
そう考えるとわくわくした。なんだか、すごく楽しいことになりそうな気がする。
7月31日  カイ

これからこの星はどうなるのか。予想できるようで予想できない。
新しいロボットというのは1種類なのか、それとも何種類かできるのか。
それができたら古くなったオレたちはどうするのか。
しかしなにはともあれ、変わるというのはいいことだ。
長い間、変わらない毎日をずっと過ごしてたけど、まさかこんな日が来るとはなー。
生きてるってのはいいもんだと思う。こんなに長く生きてても、やっぱりそう思う。
これからもずっと生きていきたい。この星でずっと。
7月31日  ナナ

ギアの記憶を見るのも今日が最後。
明日からは私も新世代ロボットの製造とかをがんばろうと思う。自分に何ができるか見当もつかないけど、がんばろうと思う。新型の人たちがギアを直してくれるかもしれないし。
あ、それとも私を新型に改造したりとかもできるようになるのかな。そうすれば自分でギアを生き返らせることができる。でもギアは怒るだろうな。私、記憶見ちゃってるし……。
記憶といえば、ちょっと残念なのは人間の記憶が入っている板のことだ。ギアはきっとその板を見ただろう。一体どんな内容だったのかな。最終日の今日、それを見れないかと少し期待してたんだけど、見れなかった。残念。
まあ、これからは人間とは関係ない星になるからいいんだけど。

連続爆発事件は今日で終わり。あと43分。
そう思うと、この何ヶ月かのことが次々に思い出される。特に先月からは色々あったなー。
反芻しているうちにふと、おかしなことに気がついた。
こないだ見たギアの記憶。死が近いらしい人間が、ロボットを増やしたいと言うところ。
「ロボットを増やしたい。実は少し前から新しいロボットを作り始めてたんだ」
何かおかしい。実は少し前から新しいロボットを。何かひっかかる。
そうだ、どうしてギアは、いやユリは、それまでそのことを知らなかったんだろう。
人間が秘密にしてたんじゃなきゃ知ってるはず。なぜ人間は秘密にしてたんだろう。
新しいロボットを作ったらユリが悲しむことを知っていたから?
だったら自分が死んだら続き作れなんて言わないはず。死んだら自分は関係ないんだし。
「お前1人では寂しいだろう」とか言ってたけど、ユリが1人になるのはかわいそうだと思って作ったのなら、秘密にして自分だけで途中まで作るのは変だ。これからユリはたくさんロボットを作らなきゃいけないんだから、教えながら一緒に作った方がいいに決まってる。
分からないなあ。ロボットには理解できない人間の複雑な感情なんだろうか。
いや、とりあえず仮説くらいは立てよう。今日は連続爆発事件の最終日なんだし。
その後人間は死んで、ユリは命令に従う。扉を開けると作りかけのロボットが……

作りかけの2体目。
できていたのはたしか、背骨と……脳。

人間は、なぜ記憶の板を作ったんだろう。ユリに見せたいものがあったから?
それとも。もしかして。
2体目のロボットの脳に、自分の記憶を入れるため?
人間が、人間と同じ姿の、人間に近づくという目的を持ったロボットを作ったのは、きっとさびしかったからだろう。故郷を離れてひとりぼっちだったのだから。
でもロボットはやっぱりロボットで、人間にはなれない。仲間にはなれない。
じゃあ自分がロボットになったらどうだろう。そう思ったのだとしたら。
「もっとロボットを作って、みんなで暮らしてくれ」
あの言葉はユリのためじゃなくて、自分のためだった。
それから人間はロボットになって、でもそのことを誰にも秘密にして生きていった。
だって、それがバレたらロボットのみんなと仲間ではなくなってしまうから。

2体目。2体目のロボットは、カイ。カイが人間?
何の証拠もないけど、なんだか考えれば考えるほどそんな気がしてくる。カイは初めて会った時から、どこか他の人と違ってた。
もし、もし本当にそうだったら。
ユリは何も知らなかった。あんなに好きだった人間が生きていることも、「人間のことは話したくない」と言った相手がその人間だったことも、殺そうとした相手が人間だったことも。
カイだってきっと分かっていない。800年以上もユリがどんな気持ちでいたのか。
それとも分かっていてずっと黙っていたの? だとしたらひどいよ……。
ねえカイ。どうなの? どんなことを思ってるの? 何を考えてるの?
聞きたい。聞いてみたい。たくさん聞いてみたいことがある。
「故郷の星はどんなだった?」
「私たちと人間はどういうとこが違う?」
「爆発の時、どんなこと思ってたの? 今は?」
聞いてみたい。聞いてみたい。
でも、きっと聞いてはいけないことだ。だから聞かない。何も言わない。
多分、これからもずっと。
0時を回って今は8月。連続爆発事件はもう、終わったのだから。
これからは、人間とは関係のない星になるのだから。

連続爆発事件日記  終