連続爆発事件日記
7月1日  ナナ

昨日はなんだか頭がごちゃごちゃしてたけど、今日になったら直っていた。
今日から7月。この暦というものだって、人間が使っていたのをそのまま使っている。
24時間に1回転、それを365回で太陽のまわりを1周、そういう星だったのだろう。
この星の自転も公転もそれとは全然違うけど、私たちの時計はやっぱり1日24時間、1年365日だ。

そしてこの星には目立った衛星はないけど、30日か31日で月が変わる。
こんな時に月が変わるなんて、なんだか人間が私に気持ちをきりかえて元気出せと言ってくれているみたいだなあと思う。なんだかちょっと嬉しい。
7月3日  ナナ

町の人口が倍になった。とても楽しい。
7月3日  ギア

他の町から62人もの来訪者があった。そのままここに住むつもりらしい。
「こんな時だから、まとまって住んでいた方がなにかと便利かと思ってね」
だそうだ。時間の省略のために予告なしになってしまったらしい。
別に誰も反対しないだろう。この町の人口もだいぶ減って、場所に困るということもない。
7月4日  ナナ

知らない人に声をかけられた。
「ナナ! 久しぶりだなあー」
でも、もう驚かない。この人はできあがる前の私を見ているのだろう。
「懐かしいよ。うちの町に来たのを見て以来だ」
「えっ。ここの町で見たんじゃないの?」
「ん、知らないのか? あんたできあがる前に星中回って顔見せしてたんだぜ」
うわあ。そんなことされてたなんて。見せ物だ…。
私が怒ったらその人は笑った。よく笑う人のようだ。
「俺はテラスっていうんだ。よろしくな」
それからやっぱり爆発の話になった。私は前から不思議に思ってたことを言った。
「あのさ。どうして人間がどんな人だったのか、誰も知らないのかな」
「そりゃあ、最初の一体が言わなかったからじゃねえの」
「でも、他の人は興味なかったのかな。あったら聞くと思うし、聞かれれば最初の一体も少しは話すと思うんだけど」
するとテラスは、私の顔をじっと見てからまた笑った。
「あんたにゃ分からんよ。あの頃のことはな」
「あの頃? あの頃って、テラスはその頃から生きてるの?」
「ああ。多分30体目くらいだ、俺は」
びっくりした。そんな昔から生きてる人に会うのは初めてだ。
「驚くこたないだろ。その頃から生きてるやつだっているよ、そりゃ」
「でも、会うのは初めてだよ」
「どうかね…。会ってたってその頃の話なんか普通しねえからな。それに今はこんなことになってるから、年ごまかしてるやつも多いんじゃねえの」
私は今記憶を抽出されている人のことを考えた。さぞいやな気分だろうと思う。
もし自分がその頃から生きてても、きっと何百年か年をごまかすだろう。
「でも、テラスはごまかしてないんでしょ。なんで?」
「ああ、俺1度も名前と顔変えてねえからさ。ごまかしても絶対バレるわけよ。だったら最初から、800年以上生きてるよ、それが何か? って言ってた方がいいと思ったの」
そういえば今例の装置につながれてる人も、嘘がバレたから疑われたんだっけ……
いや、今はそれよりもその、昔の話を聞きたい。たくさん聞きたい。
「ね、その頃のこと教えてよ。私には分からないかもしれないけど、聞きたい」
「んー? その頃のことなあ……。あれか、最初の一体になんで人間のことを聞かなかったのかとか、そういうことか?」
「うん、それも」
「それも、か。ははは。あのな、そもそも俺は誰が最初の一体だったか知らんのよ」
「え。だって30体目くらいなんでしょ? 少ししかいないのにどうして」
「そこが時代の差だな……。その頃は仕事があったから、それどころじゃなかったの」
「仕事って? 何をするの?」
「難しいな、説明は。生きてくために必要な機械を作るために、その部品を作る機械を作るような仕事……分かるか?」
分かるような、分からないような。人間が乗っていた宇宙船がこの星に来て、この星に5000体のロボットが暮らすようになる、きっとその間のことなのだろう。
「んーごめんなあ、うまく説明できれば分かると思うんだけど。ま、とにかく。その頃は安定してエネルギーが供給できるかどうかもあやしかったんだよ。いろ んなことを急いでやらなきゃいけなくて、人間なんていう見たこともないもののことなんかどうでもよかったの。誰が何番目に作られたとかそういうこともどう でもよかったの」
なんだか聞いていると不思議な気分になる。そんな時代があったんだ。
ロボットの寿命はほとんど無限、それはずっと変わっていないはずなのに、何かを急いでやらなきゃいけないなんて時代があったんだ。
「そのうちだんだん余裕が出てきて、星のあちこちに町を作ることになって、で、今度はそこでまた色々やって。やっと何もしなくても生きていけるようになっ て、俺も人間てのはどんなものだったのかと興味を持つようになったけど、でももう遅かった。人間のことを知ってるはずの最初の一体が誰で、どこにいるの か……」
そこで言葉が切れて、テラスはまた笑った。
「つまんねえだろ、こんな話」
私はあわてて首をふり、テラスは少し肩をすくめた。
「……今、どこにいるんだかな」
「最初の一体?」
「ん。一番遠い町まで徒歩1ヶ月ってとこだから、どこか遠い町で名乗り出てるけどこっちにはまだ連絡が来てないって可能性もあるんだよなあ」
「うん」
「けどなんでだろな……どうも簡単には名乗り出てこない気がする」
私もそんな気がする。なぜそう思うのかはよくわからない。人間とはどんなものだったか、あまり他人に話さないというイメージのせいかもしれない。
7月5日  ギア

1人でぼんやり地面に座っているやつがいた。もしや爆発の前ぶれかと思い、距離をとってながめていたら、むこうもこちらに気づいて声をかけてきた。
「何か用かー。言いたいことでもあんのかー」
どうやら爆発ではなかったようだ。よく見たらそれは2日前の62人の来訪者(もう何人か減っているだろうが)の先頭にいたやつだった。
「あ、おとといも会ったなあんた」
何がおかしいのか笑いながら近づいてきた。
「あんた、迷惑そうな顔してるな。人口増えていやかよ」
「別に。ただ、当然爆発も増えるから、巻き込まれないように用心しているよ」
そう言うとまた笑う。なんとなく気にさわった。
「俺もうあきらめてんだよ。こりゃ絶滅だよなあー」
何なんだ、こいつは。
「じゃあ何のためにここに来たんだ?」
「だってどんどん人が減って寂しいからさあ。きっとみんなもそうだと思うぜ」
そうなのだろうか。もうみんなあきらめていて、寂しいのだろうか。そうなのか?
7月6日  ナナ

カイの家に行った。おとといテラスに聞いた話をして、そんな時代があったんだよ、すごいでしょと言うと、カイはあっさりうなずいた。
「そうなんだよ、その頃はそうだった」
あ然としてしまった。
「じゃ、カイもその頃から生きてるの?」
「うん」
思わぬところでまた昔の話が聞けた。カイも色々なことを話してくれた。
「多分宇宙で遭難しないためのものだろうけど、人間の宇宙船には色々な機械が積まれてて、それを複製したんだよ。部品から作らなきゃいけなかったんだけど」
やっぱり想像のつかない話だった。どうやって部品を作るんだろう。
今何かの機械が故障して、直したり新しいのを作ったりしなければならなくなったら、部品は別の機械が出してくれる。ボタンを押せばすぐ出てくる。そういえばテラスも「部品を作る機械を作る仕事」って言ってたっけ。
「そういえばカイ、テラスって人知ってる?」
ふと思いついて言ってみた。
「テラス?」
「おととい私に昔の話してくれた人。顔も名前も変えたことがないんだって」
「テラス……赤い髪の?」
「そう!」
「細い目の、笑ったような顔の?」
「そう! すごい、ほんとに2人ともその頃から生きてるんだ」
「へえー。あいつか」
「明日にでも連れてきていい? 見たいなあ、久しぶりの再会」
「やだよ。むこうは顔も名前も変えてなくてもオレは変えてるもん」
「そんなの、昔の名前を言えば……」
「いやだ。それにその頃のことよく覚えてないし、むこうだってそうだよ。気まずいだけだ」
「その頃の記憶も消してるの? そんな貴重な体験を」
「消したってわけじゃなくてね。その頃のオレたちは今よりずっと機械だったの」
また分からないことを言われた。機械だったって何? 今だって機械じゃないの?
やっぱりその時にいないと分からないことなのかな。
7月6日  カイ

ナナが来た。昔のことをつい話してしまった。どうものせられたような気がしてならない。
あんなこと言ったら最初の一体なんじゃないかと疑われるかな。
まあいいか。例の装置にかかるやつは3人まで決まったとギアは言っていた。
あと2週間。その頃にはこの騒動も少しはおさまっていると思う。
オレにできることなんてないみたいだし、なるようになるだろう。
それにしてもテラスの話を聞いた時には驚いた。あいつ、今もあのままなのか。
7月6日  ギア

記憶の記録が1人終わった。ただちに次の1人をかけた。
7月7日  ナナ

記憶の記録ができたそうなので行ってきた。ずいぶん人が集まっていた。
大勢で探さなければ間に合わないそうだ。
長さ5メートル幅1メートルくらいの板があって、それが記録だということだった。
全員にひもが配られた。片方に吸盤、もう片方に針のようなものがついている。
「今配ったものを、自分の頭のこの部分、押すと少しへこむところにつけてー」
吸盤を頭につける。みんなまぬけな姿になった。
「そしてこの針のような方の先端を、この記録のどこかに触れてみてー」
やってみた。すごい。記憶が頭に流れこんでくる。
みんなでわあわあ言いながら板を囲んであちこち触れた。
「人間に関する記憶、あるいは彼が最初の一体ではないと分かる記憶が出てきたら言って。あと人間に関する記憶以外はプライバシーに関わるので後で忘れるようにね」
ええっ。うまく忘れられるかな。記憶消す練習をしておけばよかった。
それにしても人の記憶を見るのって疲れるし、なんだか後ろめたい。
いきなり、横にいたヨツバがぼそっと言った。
「今この中の誰かが爆発したら大惨事だね」
そういえば! 大変だ……。
今日はそんなこともなく無事に帰ってこれたけど、明日はどうかな。怖いなあ。
さあ、記憶を消さないと。午前5時から午後10時までを消せばいいかな……
えい。あっ。消えた。なんか変な気分だ。
7月7日  ギア

今日は手がかりになる記憶は見つからなかった。
7月8日  ナナ

記憶の記録ができたそうなので行ってきた。ずいぶん人が集まっていた。
大勢で探さなければ間に合わないそうだ。
長さ5メートル幅1メートルくらいの板があって、それが記録だということだった。
全員にひもが配られた。片方に吸盤、もう片方に針のようなものがついている。
何だこれと思っていたら、みんなそれを頭につけてまぬけな姿になっていた。
まごまごしていたらヨツバが付け方を教えてくれて、苦笑いしながら言った。
「ナナ。記憶は後でまとめて消せばいいんだよ」
あっ。そうか。
それにしても人の記憶を見るのって疲れるし、なんだか後ろめたい。
「ほんとに最初の一体なのかな、この人」
「うーん。嘘ついたから疑われたらしいけど、600年は生きてるみたいだよ」
「600年? その程度で……」
思わずそう言ってしまった。確実に800年は生きている、カイとテラスのことを考えてしまったからだ。
「その程度? 600年てけっこう長いよ」
「そりゃそうだけど、ほら、人間が来たのってもっとずっと前でしょ?」
なぜかごまかしてしまった。まああの2人は違うと思うし。うん。
7月8日  ギア

今日も手がかりになる記憶は見つからなかった。
7月9日  ナナ

今日も記憶を見ていたのだけど、一緒にやってた人がいきなり爆発した。
びっくりした。でもミヤの時もそうだったように、寸前に様子がおかしくなったので、他のみんなで板を持って避難できた。ほんとにびっくりした。
「しかしよくあんなにとっさに動けるよね」
その後でヨツバは感心したように言った。
「何の話?」
「爆発した時のこと。みんなで反射的に板持って逃げただろ」
「あー。そういえばそうだね」
「毎日こんなことしていると、自分の中に今までと何か違うものを感じるよ」
「違うものって?」
「落ち着くんだ。やらなきゃいけないことをやってると、ああ自分は機械なんだなと思う」
そういえば、私も少しそんな気持ちだった。そして気づいた。
「その頃のオレたちは今よりずっと機械だった」
あれはそういう意味だったんだ。私たちは機械、そしてきっと機械はこういうふうに、やらなきゃいけないことをやるのが本当なんだ。だから落ち着くんだ、きっと。
空っぽの自分が、何かに動かされているような。自分と何かが1つになっているような。
カイがその頃のことを覚えてないのはきっとそのせいなんだろう。
7月9日  カイ

役所からシンが来た。何しに来たのかと思ったら、いつ生まれたのかと当時の名前、制作者の名前を申告しろと言われた。そういえばこの前はいつ生まれたかしか聞かれなかったっけ。
「昔の記憶は消しちゃっててよく覚えてないんだ」
「大体でいいよ」
「600年はたってるけど、最初の一体ではない。制作者の名前と自分の名前は忘れた」
「そうか。分かった」
それであっさり帰っていった。あんなのでいいのかな。
7月10日  ナナ

今日も記憶を探索。でも、今日が最後になった。
「あった!」
いきなり声があがった。この人が生まれた直後の記憶を見つけたらしい。
「どれどれ」
「どれ?」
みんなでそのあたりを触った。少しでもずれると別の記憶になってしまう。
でも私も見た。生まれた後にご近所を回ってあいさつしている記憶だった。
この人は、最初の一体ではなかったのだ。
というわけで板は処分されて、この仕事は終わった。
何日かして次の人の記録ができるまで、もうやることはない。
なんだか寂しいような気がするなー。
まあいいや。さあ、記憶を消そう。
7月10日  ギア

次に装置にかける予定だったエスという男が最初の一体ではないことが判明。
1週間前の来訪者の中に、エスがいつ作られたか知っていた者がいたそうだ。
「じゃあ、誰を代わりにかけようか」
「カイがいいんじゃない?」
「うん、あいつがいい」
「そうしよう」
あっという間に決まった。あいつ、こんなに疑われていたのか。
7月11日  ナナ

ギアに会った。爆発はまだ増えてるかと聞くと顔をゆがめた。
「1日の爆発が10を超えた日から、1度も減ったことはない。たくさん増えるか少し増えるかの違いがあるだけだ」
「今、どれくらいなの?」
「この1週間は128、132、140、152、153、161、169」
本当に増えてる。何もできないと分かっていても、この焦燥感はどうしようもない。
ギアはぽつりと付け加えた。
「昨日でこの星の人口は半分を割った」
あてにならない数字だとは知ってるけど、でも。でも。
7月12日  カイ

殺されそうになった。まだ頭がうまく働かない。
7月12日  ナナ

人口が半分になったこととかを話しにカイの家に行ったら、ドアが開いていた。
どうしたのかと思ってのぞいてみたら、いきなり飛び出してきた人とぶつかった。
走っていく後ろ姿を転びながら見た。大きな体。ギアだった。
なんだなんだと思っていたら、さらにまた家から3人飛び出てきて私につまづいてばたばた転んだ。
「何だよナナ! こんなとこで何座ってるんだ!」
「ヨツバ。あんたこそ何やってんの?」
「つかまえるんだ、あいつを! あいつが最初の一体なんだよ!」
え? え? なんで? ギアが?
混乱してたら3人はギアを追いかけて行ってしまった。私は家に入った。
カイが頭をおさえてうずくまっていた。
「どうしたの? 何があったの? ギアが最初の一体ってどういうことなの?」
「いっぺんに聞くなよ」
「頭をどうかしたの?」
「殴られた。腹も」
ぎょっとした。頭とおなか。どっちにも脳が入ってる。
「ギアに?」
カイは黙っていた。
頭が熱くなるような気がした。信じられない。床には鉄の棒が落ちていた。
これで殴られたんだろうか。こんなもので脳を殴ったら死んでしまうかもしれない。
「この星で初めての殺人事件になるところだった」
カイは少し笑ってそう言った。
「どうしてなの。どうしてギアが?」
「多分、最初の一体が誰なのかを知ってたのは、オレだけだったからだろうな……」
どういうこと。どういう意味。知っていた? 1人だけ?
「オレ、2体目だからさ」
カイは今までに見たことないような疲れた顔をしていた。私は何が何だか分からなかった。
一体何なんだろう。ギアが1体目で、カイが2体目? 一体何なんだろう。
カイはそれ以上のことは言わず、ただ黙っていた。カイも混乱しているみたいだった。
7月12日  ギア

殺しそこねた。
こんなこと予想してないに決まってるから、壊れるまで殴るのは簡単なはずだった。
現にカイは驚いたような表情のまま抵抗もできずにいた。
それなのに、2回くらい殴ったところで人が入ってきたのだ。ケイとシン、それにヨツバ。
ケイとシンの顔を見た瞬間、気がついた。これは罠だ。
あの2人は役所で働いている。なぜ気づかなかったんだろう。たしかにカイは疑われていたが、あんなに簡単に装置にかけることが決定するほど疑われていたわけではなかったはずだ。そんなことにも気づかないほど動揺してしまうとは。
これからどうしようか。近くの町へはきっと先回りされるだろう。町のないところに隠れていれば見つかる可能性は低いが、エネルギーの補給はできない。
それにもっと後。もし爆発がおさまったら、その後どうすればいいのだろう。
7月13日  ナナ

ヨツバに昨日のことを聞いた。そもそもの発端は私なのだそうだ。
「600年? その程度で……」
5日前、記憶の板を触りながら私は言った。ヨツバはそれを聞いて思ったらしい。
「ナナはカイの家によく行ってたっけ。カイはもっと年上なのかな」
そしてなんとなく気になって、カイが何年前に作られたのかを役所に聞きに行った。
カイの申告はこうなっていた。作られたのは497年前、当時の名前はコウ、制作者の名前はヤト。
「497年前か。そんなに昔でもないな」
「何? おかしいところでもあった?」
申告内容を教えてくれたケイが聞いたので、ヨツバは役所に来た理由を話した。
「ふうん。もしかして嘘の申告だったりしてね……」
ケイは冗談のつもりで言ったのだろうけど、そこでシンが話に入ってきた。
「そういえば、たしかカイは申告に来なかったよな」
「そうよね。ギアが家まで聞きに行ったのよ」
「うーん」
シンはしばらく考えていた。
「オレ、カイの家に行ってもう一回聞いてくるよ」
「なあに? ギアが間違えたかもってこと?」
「いや。まさかとは思うけど、もしギアがわざと嘘の申告をしていたら……」
ヨツバとケイは顔を見合わせた。
「結局、その通りだったんだ。シンがカイに聞いたら、カイはその申告と全然違うことを言ったそうだよ。カイが疑われては困る理由が、ギアにはあった」
それで、最初の一体はギアなんじゃないかって話になったそうだ。
なんだか話がいきなり飛躍したように思えたので私は反論してみた。
「あの装置にかけられれば全部の記憶が記録されるんだから、何か他の、人に知られたくないギアの秘密をカイが知ってたとか……」
「ギアがカイの申告を持ってきたのは先月の19日。まだ装置の話が出る前だ」
あ。そうだった。
「ギアは記録装置とは関係なく、カイが最初の一体だと疑われることを恐れていた。そしてカイ本人と口裏を合わせることもなく、嘘の申告を持ってきた」
この非常時にそんなことをする理由となると、たしかに最初の一体絡みとしか思えない。
「ギアが最初の一体で、カイはそのことを知っている、というのは仮説の1つだった。もしそうなら……カイはああいうやつだから、自分からそれを言い出すことはないだろうけど、自分が疑われたらきっと話すだろう。ギアはそう考えて、疑われないようにしたんじゃないかって」
「うーん」
「もちろん他にも色々仮説はあった。だから役所の人たちで『次に装置にかけられるのはカイになった』と一芝居打って、ギアがどういう行動に出るか見張ることにしたんだよ。まさか、あんなことするとは思ってなかったけど……」
そうだ、ギアはカイを殺そうとしたんだ。どうして? どうしてそんなことを。
7月13日  カイ

脳がしびれてるみたいだ。何かぼんやりしている。
ギアはオレが2体目だってこと、気づいてたんだな。
名前も顔も変えても分かってしまうものなんだな。
オレだってギアがあいつだってこと、分かったもんな。見た目全然違うのに。
でもなんで殺そうとしたんだ? 分からないのは、ぼんやりしてるせいだろうか。
7月13日  ギア

2体目。あいつはわたしが初めて作ったロボットだった。
カイは何度姿を変えたのだろう。変わってはいたのは顔と名前だけだった。
声も話し方も体格も変わっていなかった。だから分かった。
わたしは違う。何度も姿を変えているし、そのような簡単な変え方でもない。
それなのに、なぜ気づかれたのだろう。
気づいているとはっきり言われたことはない。だが態度のどこかにそれが表れているように思えた。
確かめたいと思ったが、へたなことを言えばそれまで気づかれていなかったのに気づかれてしまうことにもなりかねない。
結局はっきり確認することはできなかった。
先月の1日、まだ最初の一体なんてばかげた話が出る前、あいつの家に行った。
「やはり製造過程に問題があるロボットが爆発するのではないかな」
そう言ったら、カイはぎょっとしたようにわたしの顔を見てから言った。
「おいおい、勘弁してくれ。そんな怖いこと言うなよ」
やはり気づいている。いや、気のせいかもしれない。
遠回しな確認の仕方ばかりだった。しかし、気づいていた。そう思う。
カイが疑われてわたしのことを話すかもしれない。その不安から嘘の申告をした。
カイは家にこもってろくに人と話もしない。嘘がばれるとは思えなかったのだが。
7月14日  ナナ

カイの家に行った。扉の前でなんとなく気が重かった。こんなことは初めてだ。
でも家に入ってみたら、カイはいつも通りだった。ほっとした。
「ギアはつかまったのか」
どうでもよさそうに聞かれた。なぜか腹が立った。
「逃げたらしいよ。町の外に」
「ふーん」
「カイはギアが最初の一体だって知ってたんだよね?」
「そうなのかなとは思ってた」
「じゃあどうして誰にも言わなかったの?」
「あいつと約束したんだよ、誰にも言わないって。それにもともとオレは、最初の一体の記憶が役に立つとは思ってないし」
「約束って……いつしたの」
「オレが生まれてすぐ」
じゃあ800年以上前。そんな前から。一体なぜ?
「なんかよく分からない理由だったよ」
カイは首をかしげた。
「人間のことを誰にも話したくないから、とかなんとか」
話したくない? なぜだろう。それに、そんなことで人を殺そうとするなんて。
一生懸命考えていると、カイが少し笑いしながら言った。
「でもあいつ、あの頃とは見た目も全然違うからなあ。実は別人かもしれないぜ」
「え、でも」
「うん。多分本人だろうけどさ」
「昔はどんなだったの?」
そんなことどうでもいいと思ったけど、つい聞いてしまった。
「女だった」
「ええっ」
「驚くことないだろ。最初の一体が女だってことくらいは予想しろよ」
「どうして? あっそうか。人間は男だったっけ」
「そう。人間が作ったのは最初の一体だけだから、最初の一体が男だったら、今この星は男だけの星になってたかもしれないな」
うーん。なんかやだなあ。
「そうか、女だったんだ……。どんな人?」
「髪が長くて、身長はお前と同じくらい。もう少しやせてたかな。ユリという名前で」
想像できない。ギアのイカツイ顔と体が邪魔をして頭の中が大変なことになった。
7月14日  カイ

ナナが来た。ギアがオレを殺そうとするまでの経緯を教えてくれた。
つまりこういうことか。ギアは人間のことを誰にも話したくないので、自分が最初の一体だと知られたくなかった。だから、それを知っているオレが装置にかけられる前に殺そうとした。
……なんかおかしいな。他にも方法はありそうに思う。
たとえばオレにその頃の記憶を消すように頼むとか……いやそれは無理か。
この町であいつに再会してからもう200年以上たっていて、オレはその間に「あいつユリじゃないか?」と思ったことが何度もあった。だからここ200年の記憶もまとめて消さなければならない。
昔の記憶ならば消すのを承知するかもしれないが、最近200年の記憶を消すのを承知する者などいそうもない。少なくともきっとあいつはそう思っただろう。
じゃあこの町から逃げるとか。オレだって装置にかかるのなんて絶対いやだ。
「次に装置にかかるのはお前になった」
もしあいつが来てそう言ったら、オレはすぐにどこか装置のない町に逃げただろう。あんなもの、ある町の方が少ない。追う方だって徒歩だ、ずっと遠くに逃げればなんとかなるだろう。
残りの人口は2000人を切ったそうだ。絶滅するにしろ、爆発がおさまるにしろ、もう終わりは近い。終わってしまえばあの装置にかけられることはないはずだ。
そうだ、オレじゃなくてあいつが逃げるという手もある。ま、見張られてたみたいだからどっちも無理だったと思うけど、あいつは見張られてたことは知らないはずだ。
なのになぜ殺すことを選んだのか。

わからない。一体、ギアは何を考えていたのだろう。何を恐れていたのだろう。
自分が最初の一体だと知られることが、そんなに嫌だったのだろうか。
最初の一体だと知られること自体避けようとするなら、逃げるわけにはいかない。オレを逃がすわけにもいかない。
この騒動が終わっても滅亡していなかったら、「あの時なぜ逃げたのか」という疑問から、きっとみんなが最初の一体が誰なのかを知ることになっただろう。
でも、オレの脳を殴って壊して、この家にある鉄のオブジェかなんかの下敷きになったようにでも見せかければどうだろう。知られなくてすむ。そう考えたのかもしれない。すごい迷惑だけど。

しかし、なぜ知られたくないのかな。
「人間のことは話したくない」
オレを作ってすぐに、あいつはそう言った。
「人間のことを聞かれたくない」
そんなふうにも言っていた。
最初の一体が誰だか分かっていたら、そりゃ確かにみんなそれを聞くだろう。
爆発がなくても、オレたちに人間に近づこうという目的があることには変わりない。
それに昔と違ってみんなヒマだ。星中の注目の的になってさぞ色々聞かれることだろう。
姿形を変えても、それだけ注目されていればすぐ正体もバレるにちがいない。
それがいやだったのか? 少しは分かる気もする。
けど人殺しをするほどか? やはりよく分からない。
7月14日  ギア

生まれて初めての悲しい出来事は、あの時のマスターの言葉だった。
「もう2〜3体ロボット作ろうかな」
ショックだった。わたしだけでは不足なのかと思った。悲しかった。
「お前1人じゃ大変だろう」
「いいえ、そんなことはありません」
わたしはそう言って、マスターも納得してくださったと思っていたのに。
それから時が経ち、病の床についたマスターはまたおっしゃった。
「ロボットを増やしたい。実は少し前から新しいロボットを作り始めてたんだ」
わたしはショックだった。悲しかった。
「オレが死んだらそれを完成させて、それからもっとロボットを作って、みんなで暮らしてくれ。作り方は教える」
「なぜですか。あなたがいないのにロボットが増えるのは無意味です」
「おまえ1人では寂しいだろう」
「そんなことはありません、私はあなたのために生まれてきたのですから」
「まあ聞け。お前はオレ以外の人間を知らないから、いくつか顔や体のパターンを作っておいた。それを組み合わせて作ってくれ。いくつか作ればだんだん分かってくるだろう」
マスターはまもなく亡くなり、わたしはご命令に従って次のロボットを作った。
でもこのご命令は、マスターのためのものではない。わたしはそれが悲しかった。
「おまえ1人では寂しいだろう」
そんなことはありません。そのご命令はわたしのためのものだったのですか?
わたしにとっては、他のロボットなどいてもいなくても同じだったのに。
脳の中には人間に近づくという目的がある。でもそれは何のためのものですか?
あなたがおられた時には意味があった。故郷を失ったあなたの孤独をなぐさめるという意味があった。でも、今はあなたはいない。わたしには分かりません。
ロボットが増えても、わたしは誰にもマスターの話をしなかった。したくなかった。
あなたのことは、わたしだけが知っていればいい。違いますか?
できあがった2体目に、わたしは言った。
「わたしが最初の一体だということ、誰にも言わないで」
「え? どうして」
「人間のこと聞かれるの、いやなの。話したくないの」
「別にかまわないけど……」
2体目は理解できないという顔をしていた。その顔を見てわたしは満足だった。
この気持ちはわたしだけが知っていればいい。わたしだけが。
7月15日  ナナ

テラスに会った。いきなり言われた。
「昨日、1日の爆発が200を超えたそうだ」
まだ増えてるのか……。
7月15日  カイ

昨日からいろいろ考えたけど、やっぱり分からない。
それにしても、ギアはこれからどうするつもりなんだろう。
あいつが最初の一体だということは、もうみんな知っている。
他の町に探しに行ったやつもいるだろうから、星中に知れわたるのもそう遠いことではないだろう。
もし爆発が止まったら、その後あいつどうするんだろう。
7月15日  ギア

カイは約束を守り、わたしが最初の一体だということを誰にも言わなかった。
それなのにわたしはカイを殺そうとした。悪いことをしたと思う。
あの装置がなければ、あそこまでしようとは思わなかった。
皮肉なものだ。元はと言えば、わたしがマスターにお願いして作っていただいた装置だった。

マスターはよくわたしに、故郷の星の話を聞かせてくださった。
しかしわたしには理解できないところも多かったので、時々もどかしそうにしていらした。
「おいユリ、ほらこれ」
ある日、外の探索から宇宙船に戻ってきた私に、マスターは大きな板を指さした。
それはマスターの記憶の板だった。
「これをつけて、見てみろ」
一端が吸盤、一端が針になっているひも状のものを渡された。それを頭につけると、板の記憶を見ることができた。
「どうだ。オレの故郷の星はこんなだったんだ。分かったか」
「はい、分かりました」
わたしは夢中で見たが、それとともにこの記憶の板のことも気になった。
「マスター。この板はどうやって作るのですか」
「星から持ってきた装置でだよ。遭難したやつが死ぬ前に記憶を残しといてな、後で誰かが見つけて家族に持ち帰ったりするわけだ。人間はお前みたいに板から直接は見れないけど、モニターに映したり色々できるんだぜ、これ」
「その装置は、わたしの記憶も板にできますか」
「できないできない。人間用だよ」
「そうですか」
わたしは少しがっかりした。
「なんだ、作りたいのか? 作ってどうするんだ」
「はい。もしもわたしが外で事故にあって壊れたら……」
「おい、外はそんなに危険なのか」
「いいえ。でも、万が一のことです。もし壊れたら、マスターは新しいロボットをお作りになりますね」
「縁起でもないな。ま、作るかもしれないし作らないかもしれない」
「その時、わたしの記憶がその板になって残っていたら、便利だと思うのです。できあがった直後より、わたしはずいぶん賢くなりました。新しいロボットにその記憶を入れることができれば、と」
「ああ、なるほどね」
マスターは感心したようだった。
「よし、お前用のも作ってやろう」
「本当ですか」
「うん。人間用のより簡単だと思う。でもな」
「はい」
「これでいつ壊れても平気だなんて外で無茶なことするんじゃないぞ」
「はい」
マスターに心配されると、わたしはいつも嬉しかった。