連続爆発事件日記
6月17日  ナナ

爆発はますます増えているようだ。やっぱりやれることは全部やらなきゃ。うん。
最初の一体探しは本格的になり、星全体にこのことを知らせることになった。
でも星の裏側まで行くには1ヶ月くらいかかる。なにかいい方法ないかな。
というわけでカイの家に行ってみたのだけど、やっぱり全然興味なさそうだった。
まったくもう。
6月17日  カイ

ナナが来た。みんなで最初の一体を探しているのだそうだ。
ううん。オレが家に閉じこもっている間にそんなことになったのか。
誰がそんなことを言い出したんだと聞いたら、困ったように「私」と言っていた。
あいつが最初の一体を? よりによって……。なんだか因縁めいてるなー。
6月18日  ナナ

他の町に行く人をくじ引きで決めた。私はハズレ。行きたかったな。
コリーとヨツバはアタリだった。ミヤはハズレ。一緒に居残り。
くじ引きに来ない人もけっこういる。カイも来てなかった。
出かける人はその前に、自分が何年前に生まれたか、制作者の名前、その時に付けられた名前を申告しなければならないということで、役所はずいぶんと混んでいたようだ。
そういえば私は制作者の名前覚えてないなー。どうしよう。
6月19日  ギア

カイの家に行った。本当にいつも家にいる。エネルギーの補給以外では外に出ていないのではないだろうか。時間というのは他者との交流に使うべきものだと思うが。
もっとも、考え方は人それぞれだ。こんな時にも情報を欲しがる様子がないところを見ると、カイの個性はそういう考え方とは相容れないものなのだろう。
そういえば昔この家に来た時、完全な球形の何かが50個ほど並んでいたことがあった。
これは何かと聞いたら、カイは石を磨いてみたんだと笑っていた。
次に行った時にはもうなくなっていた。聞くと、削って粉にしてしまったと笑っていた。
そんなことをふと思い出した。
部屋のすみに妙なものがあった。あの形、上空に打ち上げるものじゃないか?
あいつが外で遊ぶものを作るとは意外だ。それとも誰かに頼まれたのだろうか。
6月19日  カイ

ギアが来た。何の用だったんだろう。最初の一体の話でもなかったようだ。
のろし代わりにと作っていたおもちゃのロケットを見て変な顔をしていた。
途中までしかできていないが、もう完成させるつもりはない。
最初の一体を探すのに協力することになってしまいそうだからだ。
なんて偉そうなことを言うほどのものじゃないけど。ただのおもちゃだ。
6月19日  ナナ

みんないろんな町に出発して、ずいぶん静かになった。
役所に生まれた年を申告しに行ったのだけど、知ってるからいらないと言われた。
制作者の名前を覚えてないのも別にいいらしい。自分の若さを感じた。
ギアはいなかった。カイが年齢の申告に来ないので、訪ねて行ってるらしい。
まったく。
6月20日  ギア

今日の爆発は55。
6月21日  ナナ

やることない。ひまー。
6月21日  ギア

他のロボットを作ったことがある、とか、近所で生まれたのを見たことがある、という証言を取るためにあちこちを回った。
しかし顔や名前を変えてるやつは住む場所もたいてい変えているから、聞いたことのない名前ばかりが集まる。当然の結果だ。
ナナに会った。協力したいと言っていた。
気持ちはありがたいが、あいつにやれることなんて多分ない。
6月22日  ナナ

なんと。他の町から人が来た、らしい。まだ会ってないんだけど。
どうやらその町でも最初の一体探しが行われている、らしい。
ここの町と同じようにその町でも、年齢の自己申告や他のロボット誕生の目撃情報なんかを集めたらしい。
で、今日来た人はその資料をこの町に持ってきた。情報交換だ。

今日は役所で色々話し合ったりしてるらしくて会えなかった。
他の町は今どんなふうなんだろう。早く会って色々聞いてみたいな。
6月23日  ナナ

例の人に会った。名前はコロナというそうだ。
初対面だと思うのだけど、なぜか私のことを知っていた。懐かしいとか言われた。
人違いかと思ったけど、私の名前も知っていた。私の記憶が壊れてるのかな?
つい適当に話を合わせてしまったけど、どこで会ったんだろう。気になる。

でもそれはそれとして、むこうの町のことを聞けたのでよかった。
ここに来るまでの経緯はほとんどこっちと同じみたいだ。
この町から行った人とは会っていないそうだ。すれ違いになってしまったらしい。
あと、コロナのいた町には、ロボットのこれまでの記憶を全部掘り起こして外部の記憶媒体に記録する装置があるのだそうだ。最初の一体が見つかったら、その装置を使って人間に関する記憶を記録して、他のみんなも閲覧できるようにすると言っていた。
なんかちょっと怖いなあと思った。最初の一体がそんなのいやだと言ったらどうするんだろう。
私がそう言うと、コロナはちょっと考えて「滅亡するかどうかの瀬戸際だから、なんとか説得するしかないね」と答え、それから付け加えた。
「もしかしたら、もう自分で記憶を消しちゃってるかもしれないけどね。そうなってたらもうどうしようもないな」
「人間に関する記憶を? そんなことするかな」
「古い記憶はどんどん消すってやつはけっこういるよ。最初の一体が生まれたのはもう800年以上前だし、消しててもおかしくないよなあ」
驚いた。そんなこと考えたこともなかった。生まれた頃の記憶を捨ててしまうなんて。
まだ100歳にもならない私には理解できない境地だ。
人間に関する記憶って、すごく特別なもののような気がするけど、それでも消してしまうなんてこと、あるのかな……。
6月24日  ギア

コロナが帰った。爆発がますます増えているので、念のために3人ついていった。
6月24日  ナナ

カイの家に行った。昨日聞いたことを話して驚かせようと思ったのだけど。
「昔の記憶消す人がいるんだって。どんな人なんだろ」
「オレもけっこう消してるよ」
逆に驚かされてしまった。なるほど、こういう人が消すのか。少し納得。
「あとね、その町には記憶を記録する機械があるんだって」
「それならこの町にも昔あったぞ」
また驚かされてしまった。300年くらい前にはあったのだそうだ。
「どうして今はないの?」
「必要ないから壊れても誰も直さなかったんだろ」
当たり前のように言う。そんなものなのだろうか。
そういえば、昔はあったけど今はない機械はたくさんあると聞いたことがある。
今身の回りにある機械といえば……。エネルギーを作り出してくれる機械。
それを私たちにくれる機械。あとはなんだろう、そうだ、水を作る機械。
それから布を作る機械もある。それから……。
昔は必要だったけど、今はいらない機械ってどんなものなのだろう。
6月24日  カイ

ナナが来た。よその町から誰か来たとかで興奮気味だった。
記憶を記録する装置がその町にはあるのだそうだ。
そんなものがまだこの星にあったとは意外だ。使われてるとも思えないのに。
それにしても昔に比べると本当に機械は減った。どんどんなくなっていく。
自分たちも機械なのに、機械の使用は必要最小限。
きっと例の、「人間に近づく」という目的と関係があることなんだろうな。
6月25日  ナナ

昨日のことが頭にひっかかっているせいか、昔のことを思い出した。
たしか52年前。歩いて1週間くらいの所にある町に、人間が着ていたという服があると聞いた。
すぐ見に行った。1人で行くのもつまらないので、気の進まなそうなカイに無理に一緒に来てもらった。
「身長170cm前後の男性だったようだよ」
その町の人にそんな話を聞いた。私はその服を長い間見ていた。
私たちが知っている布ではない布でできた服だった。細い糸を織ってできた布。
「人間は皮膚から体液を出すから、服にも通気性が求められたらしい」
町の人はそんなふうに言っていた。
私たちは人間と全然違うのだな、とその時初めて思った。
この星に来て、ロボットを作った人。一体どんな人だったのだろう。
どんなふうに暮らしていたのだろう。どんなことを言っていたのだろう。
私はその人のことを何も知らない。私の周りにも、知っている人はいないようだ。
そう、その時に思ったんだっけ。最初の一体は人間に会ってるはずなのに、どうしてどんな人だったか他のロボットたちに教えなかったのだろう。
教えていたら、私たちはもっと色々知っていたはずだ。
「いやなやつだったから黙ってたのかもよ。みんなをがっかりさせないように」
カイはそんなことを言っていたけど。
6月26日  カイ

ギアが来た。来ていきなり言った。
「最初の一体探しのことをどう思う?」
どうって言われても。
「そうだな、オレは人間についての知識が増えても事態が変わるとは思えないから、ばかばかしいと思ってるよ。でも他にすることもないし」
「じゃあお前も、人間に近づくという目的が爆発の原因ではないと思ってるんだな」
「いや、原因はそれかもしれないと思う。ただ、人間というのは多分……」
そう言いかけて気づいた。
「今『お前も』って言った?」
「ああ。俺はそれが原因じゃないと思ってる」
「へー。他に何か心当たりがあるのか」
ギアはしばらく黙っていた。
「この間、他の町から来たやつがいる。知ってるか」
「ああ、ナナに聞いたよ」
「そこの町に記憶を記録する装置がある」
「らしいな」
「爆発は増える一方だ。もう人口の14%は消えてる。その装置にあやしいやつをかけることなんか、誰もためらわない。たとえ本人がいやがっても」
「おい、オレは最初の一体じゃないぞ」
「あやしいと思われてる。古いやつはあまり人とつきあわない傾向があるそうだ」
そうなのか? 思わず笑ってしまった。
「そんなことで疑われちゃたまらないな。信憑性があるとも思えないし」
「で、どうなんだ。装置にかかれと言われたらどうする?」
いやだと言うしかないな。しかし……。
「あの装置、脳に電極つけて1週間くらいその状態でいないと結果が出ないんじゃなかったっけ。そんなに早く番が回るとは思えないけど」
「まあな。今はその町の装置も順番待ちらしいし」
「順番待ち? もう誰かかけられたのか」
「そう言ってた。時間は無駄にはできないってさ」
思わず黙ったオレに、ギアはさらに言った。
「知ってるだろう。この町にもその装置はあるんだ」
「昔の話だろ」
「いや、今だ。忘れられてただけだ。思い出されて出てきたよ」
「使えるのか」
「まだ使えない。少し故障してたから、今直してる」
「直ったら、その装置にオレをかけるのか」
「お前よりもっと疑われてるやつもいるよ」
やれやれ。いやなことになったな。
「いるけど、お前がその装置にかかってもいいと言えば、お前が先になるかもしれない」
「いやだよ」
「だろうな。記憶なんて時系列順に並んでいるわけじゃないから、町中総出でその中の古い記憶を探すことになるだろう。ま、見られて困る記憶は消しておけばいいんだが」
「消したくもないし、人に見られるのも困る記憶もある」
ギアは少し意外そうな顔をした。
「お前にもそんなものが……いや、あって当然だ。誰にだってある。俺はな、こんなことはこの星であってはならないと、そう思うんだ。人の腹の底をのぞきこむなんて、殺すのと変わらないだろう」
ギアがそんなふうに思っているとは意外だった。殺すのと変わらないとまでは、オレには思えないけど。
6月26日  ギア

カイの家に行った。あいかわらずどうでもよさそうな顔をしていた。
色々と話したが、あいつはちゃんと聞いていたのだろうか。
話のついでに、いつ生まれたのかも聞いてみた。
「覚えてないよ。そのあたりの記憶は全部消したみたいだ」
「だいぶ古いだろ、お前」
「まあね。600年はいってるだろうな」
装置にかかるのはいやだと言っていたが、これでは疑われない方がおかしい。
6月27日  ナナ

カイの家に行った。ほんと、我ながらしょっちゅう行ってると思う。
他の人はカイのことを、気難しくて何もしゃべらないと思ってるみたいだけど、そんなことはない。
話しかければ答えてくれるし、この星のこと色々知ってるし。
家の中にばかりいるくせに物知りだよね、と言ったら笑われた。
「お前が知らなすぎるんだ」
その後で、新しいことを覚えるのには時間がかかるから、知らない方が退屈しなくていいと言っていた。
そんなものかな。
もしかして自分の記憶消す人は、退屈だから消すのかもしれない。
そういえば、カイは何歳くらいなのだろう。
6月28日  ギア

装置はもうすぐ直るそうだ。これでこの町でも始まってしまう。
この星にかつてなかった、何かを強制されるという状況。
直ったらすぐに使われるだろう。時間を無駄にはできないのだから。
6月29日  ナナ

ヨツバが戻ってきた。無事でなにより。
「コリーはまだ戻ってないの? 僕より近いところに行ったはずだけど」
そういえば。それってつまり……。
思わず無言になってしまった。しばらくしてしみじみとミヤが言った。
「死にたくないね」
本当にそうだ。死ぬというのはよく分からないことだけど、とても怖いことだ。
私がそう言ったら、ミヤとヨツバは顔を見合わせた。
「あんたが死ぬのは当分先じゃないの?」
「もしかしたら生き残るかもよ」
?? どうして?
「だって、あんたは特別だもん」
特別? 私のどこが?
「ま、構造とかは同じだろうけどさ……なあ」
「ねえ。今回のことは精神的な問題みたいだもんね」
「要するに、君は他の連中よりのんびりしてるってことだよ」
そうだろうか。分かったような分からないような。
でも今思い返すとやっぱりおかしい。明日、ちゃんと聞いてみよう。
6月29日  ギア

装置が直ったのでさっそく1人がかけられた。一番疑われているやつだ。
327年前に生まれたと申告したが、本当は700年以上前に生まれていたらしい。
「前に自分でそう言ってたよ。700年たってる年寄りだって」
他人の証言によってそれが発覚した。疑われたくなかったからつい嘘をついてしまった、と本人は言っているが、そんなことをするからよけい疑われるのだ。
装置にかけられる候補は現在3人。全員嘘が発覚してその立場になっている。
3人。1人1週間。3週間後にはこの星はどうなっているだろうか。
6月30日  ナナ

ミヤに昨日のことを聞いた。
「私が特別ってどういうこと?」
「どうって。そういう立場なら少しくらい他のみんなと違って当たり前じゃない」
「立場? 立場って何?」
ミヤは変な顔をしてしばらく黙っていた。
「まさか知らないわけじゃないよね。自分の生まれた頃のこと」
「知ってるよ。知ってるけど、他のみんなと同じように生まれてるよ」
「え! 本当に知らないの?」
何だろう。何だろう。何だろう。そればかりが頭の中をぐるぐる回った。
「当然知ってると思ってた。みんなそう思ってたから誰も言わなかったのかな」
「何。何なの」
「うん。あのね、75年前、人口が5000人を超えたらしいということで、新規ロボットの制作が禁止されたの。これは知ってる?」
「禁止されてることは知ってるけど……75年前? 私は73歳だよ」
「禁止されたんだけど、その2年後がこの星に人間が来てちょうど800周年で。星全体で何かやろうってことになって、1体ロボットを作ろう、800周年記念の最後の一体だ、ということになったの」
「じゃあ、それが……」
「そう、それがあんたなのよ。あの時はほんと盛り上がった。くじ引きして、その結果ここの町で作ることになって。でもいろんな町から人が来て、どんな外見 にする、性格はどうする、なんてみんなたくさん意見出してたっけ。あんたほどていねいに作られたロボットは、多分他にはいないと思うよ」
ふと、コロナに懐かしいと言われたことを思い出した。
「あんたのことはこの星のみんなが知っている。あの気難しいカイだって、あんたには甘いみたいだし。でも、あんたが特別って言うのはそれだけじゃないの」
カイは私に甘かったの? 私が最後の一体だから?
「あたしね、本当は最初の一体なんか探したって無駄なんじゃないかと思うの。頭の中には『人間に近づけ』と言う声が確かにあるけど、あたしたちは機械で、 人間は機械じゃないんだもの。あたしたちは、自分が機械であることを知っている。どんな材料でどうやって作られるか知ってるし、作ってるところ見たり、見 なくたって新しいロボットが生まれたと聞けばそのたび機械キカ自分も仲間やっぱり私は機械なんだと頭のどこかでキカイキカ思うの思思思うの」
ミヤの声に雑音が混じる。驚いて顔を見るとひどく目をむきだしていた。
なにかおかしい。まさか。
その場から逃げ出そうとしたら、ミヤが私の腕をつかんだ。
「ナナあんたあんた1人だけロボット生まれるとこ見てない知らないない機械キカ1人だけ自分のこと機械だと思ってないののの思ってないの機械キカイ」
私はその手をふりはらって逃げ、地面に伏せた。背後で爆発があった。
怖かった。今でも怖い。あれが死ぬということなんだ。
ミヤはなんで私をつかんだんだろう。爆発するって分かってなかったんだろうか。
爆発の後には機械がたくさん落ちていた。あれがミヤだったんだ。
私もああいうものでできているんだ。爆発するんだ。怖い。怖い。
みんな知っていた。私だけが知らなかった。
「お前が知らなすぎるんだ」
怖い。
でもとりあえず爆発が一番怖い。ミヤの言った通り私が特別だったらいいと思う。
6月30日  カイ

またギアが来た。例の装置にかかるやつがとりあえず3人決まったそうだ。
オレは入ってないらしい。ありがたいことだ。
それにしても、このペースで行けば来月中に絶滅という状況で、1人1週間かかる取り調べというのもすごい。他に方法はないのだろうか。
なんだかんだ言って、みんな状況の深刻さが分かっていないんじゃないかと思う。
身の回りに死人が出るなんて経験、したことがないやつがほとんどだろうからな。
6月30日  ギア

とうとう1日の爆発が100を超えた。