00. エンジュ



「お誕生日おめでとうございます!」

 寝起きの不機嫌な顔をものともせず、エンジュが笑いかけてきた。
「誕生日?」
 理解するのにしばらく時間がかかる。
「あ……俺のか」
「忘れてたんですか?」
 ケーキ作って来たんですよ、と小さめの箱がテーブルに置かれた。
「へェ、どれどれ」
「あ、あまり上手には……」
 フタを開けると、中には器用にデコレートされた丸くて小さなケーキ。
「お、うまそうじゃねェか」
 正直な感想を言うと、エンジュは少し赤くなった。
「冷蔵庫お借りしますね。後でご一緒に、食べながらお祝いしていいですか?」
「カワイイこと言ってくれんじゃねェの。いつでも来いよ」
「わ、よかった。それじゃ、お仕事終わる頃にまた来ます」
「終わる前でもゼンゼンかまわねェぜ」
「だめです!」
 厳しい顔を作ったつもりらしいがまるで厳しくなっていない。
 こちらをにらんでいるエンジュを見て、レオナードは笑いをかみ殺した。
「聖地に来て初めての誕生日か」
 というより、聖地に来ていなければ誕生日のことなど思い出すこともなかっただろう。
(誕生日なんてモンとは無縁な暮らしだったからなァ)
 ここでの生活にもだいぶ慣れたが、改めて環境が激変したことを思い知らされる。

「それじゃ、また後でお邪魔します」
「ああ。どうせ今日もあちこち回るんだろ? ついでに今日がナンの日かってことを、宮殿中に宣伝してこい」
 何気なく軽口を叩くと、エンジュは嬉しそうに笑った。
「そうですね。そうします!」
「あ?」
「それじゃ、また後で!」
 笑顔を残してエンジュは身軽に去っていった。
 朝も早い執務室で、レオナードは一人首をかしげる。
「まさかホントに触れ回るつもりじゃねェだろうな?」
 ……エンジュなら、やりかねない。
 まあ、触れ回ったところで何があるというわけではないだろうが。

 なぜか、いやな予感がした。



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来客の多い1日の始まり。