01.ローレシア


 俺のひいじいさんは、ローレシアの初代国王。そのひいじいさんが有名な勇者ロトだ。
 初代国王がアレフガルドで竜王を倒したのが大体100年くらい前で、そこからさらに100年くらい前に、勇者ロトが闇の大魔王を倒した。
 だから、俺はちょっとだけ思ってた。また何か来るとしたらそろそろで、そいつを倒しに旅に出るのは俺なんじゃないかって。

 けどそう思ってたのはもっと子供の頃の話だ。だんだんと、それはないかなと思うようになった。もしまた何か……ナントカ王みたいなのが現れても、ご先祖みたいに俺が1人で旅立つなんて思えない。なにしろ俺は一応ローレシアの王子だ。王子だけでそんな旅に出るなんておかしいし、もし行くことになってもいっぱいついてくるに決まってる。
 それに……。
 初代国王と勇者ロト。伝説になってるご先祖2人には共通点があった。
 借金だ。借金があったのが共通点だった。昔はこの話、秘密だったらしいけど、今は普通に知られている。2人が冒険の旅に出たのは、借金がきっかけだった。ほんとは旅に出るの嫌だったらしい。でも金を返さなきゃいけなかったから旅に出て、魔物を倒したり色々やって金稼いで、それで魔王も倒して世界を救ってしまった。
 ちょっとかっこ悪いけど、やったことはすごい。2人ともすごく強かったんだ。だから俺はご先祖のことを尊敬してる。そういう旅をしてみたいとも思う。
 けど、王子らしくないとよく怒られてても、やっぱり俺は一応王子だ。借金がいきなりできるなんてことは、まあ絶対ないとは言えないが、払えないってことはないだろう。だから少し残念だけど、俺がご先祖と同じような旅をするようなことはありえない。
 今日までは、そう思っていた。

「ロトの血を引く方々は、ハーゴン様にそれぞれ十万ゴールドをご返済ください」
 ロンダルキアからの使者とかいう奴がそんなことを言ったから、俺も親父もポカーンとした。いきなり何言ってるんだこいつ? けどそいつはほっほっほとか笑って続けた。
「ロトの子孫ならばご存知でしょう。『とりたて』……すでにこの世界では過去の遺物で、使える人間はいないそうですな。しかしロンダルキアの大神官ハーゴン様は、この術を使える者を異界から呼び出したのです」
「なんと…!」
 親父は驚いて玉座から立ち上がった。周りもざわざわしている。
「あの術を、我らにかけたというのか!?」
「仰せの通り。返済が終わるまで、一切金を使えない。歴史は繰り返されるというわけですな」
「だが、大神官ハーゴンだと? わしはその者を知らぬ。金など借りようもない」
「それはそうでしょう。借りたのは今は亡きムーンブルク国王陛下です」
「何……?」
「その額、百万ゴールド。負債は同じロトの血を引く方々に分割されて引き継がれております」
 使者が袖の中から紙を何枚か取り出した。大臣の1人がそれを受け取って親父に渡す。親父は黙って紙を見た。何が書いてあるんだろう。
「契約書の写しでございます。ロトの子孫の人数分ご用意いたしました。この国は4人でございましたな?」
 親父は紙から顔を上げて使者を見た。
「今は亡きムーンブルク王、と申したな」
「はい。お亡くなりになりました。いたましいことです」
「殺したのか」
 俺は驚いて親父と使者を見比べた。ムーンブルクの王様を殺した? まさかと思ったが、使者は否定しない。肩が揺れている。顔の表情が全然変わらないからよくわからないが、笑っているらしい。親父は使者を指さして言った。
「この者を牢に入れておけ」
「おお、他国からの使者に対してなんと乱暴な。しかし多勢に無勢、おとなしくいたしましょう」
 使者はそんなことを言いながら連行されていった。親父はまた紙を見た。
「親父!」
 俺が思わず声を上げた時、王の間の扉が勢いよく開いた。
「陛下!」
 入ってきたのは顔見知りの兵士だった。今日は城門を守っていたはずだ。
「ムーンブルクより、火急の報せを持った者が参りました!」
 通せ、という親父の声と同時に、別の兵士に支えられて、傷だらけの男が入ってきた。傷だらけというか、体に穴があいてるんじゃないのかというくらいにボロボロだ。けど、膝をついて床に座った男は、そんな体から出たとは思えないような大声を出した。
「ローレシアの王様! 大神官ハーゴンの軍団が、我がムーンブルクの城を!」
 それで力を使いはたしたのかもしれない。そこからの声は小さくなって、床に崩れながらの言葉になった。 
「ハーゴンは禍々しい神を呼び出し、世界を破滅させるつもりです……。王様……なにとぞ、ご対策を……」
 俺はあわてて駆け寄った。
「おい、しっかりしろ!」
 かかえ起こしたが、反応はない。息も止まっていた。横で支えていた兵士が言った。
「こんな体で……よくここまでたどり着けたものです。気力だけで動いていたのでしょう……」
 王の間がしーんとした。俺も男の傷を見て、ムーンブルクはどんなことになったんだろうと考えていた。その沈黙を破ったのは親父だった。
「王子ゼロよ」
「へっ? ああ」
 いきなり話しかけられて顔を上げた。親父はいつもの親父らしくない、おごそかな声を出した。
「話は聞いたな? お前も勇者ロトの血をひきし者。その力を試される時が来たようだ」
 何だ。何言い出したんだ一体。まさか。
「これはかつての先祖と同じ試練である。お前に勇者の称号をさずけよう。旅立ち、邪悪なる者を倒してまいれ!」
「陛下!?」
「そんな無茶な…!」
 静かだった部屋の中が騒然とした。声をあげたのは大臣や兵士たちだ。
 俺は、驚いたけど別に嫌じゃなかった。子供の頃からそんな旅をしてみたかった。無理だろうと思ってたけど、今だって行きたいことに変わりはない。でも本当にいいのか? 俺が一人で行っても。
 親父は部屋のざわめきを制して言った。
「騒ぐでない。我らは、1人で竜王を倒した初代国王と同じ、ロトの子孫なのだ。同じ術までかけられて、同じようにできぬとは言えん」
「そうだな、まったくだ! 俺、行くよ!」
 急いでそう言ったら、みんなはまたちょっとどよめいて涙ぐんだりしていた。親父はしばらく俺を見てから、「よく言ってくれた」と言った。
「さて、わしらにかけられたこの術……勇者ロトとローレシア初代国王の伝承にもある『とりたて』のことだが……。金目のものを集めては売り払い、借金の返済にあてずにはいられなくなるという術と聞く。確かに、わしも今その術に縛られているようだ。王として命じたいことがあるのだが、それを口にしようとすると、言葉が止まる……あー……うー…」
「では、わたくしが申し上げてみましょう」
 親父のうなり声がさえぎられた。と思ったら、玉座の後ろからおふくろが出てきた。俺のおふくろ、つまりローレシアの王妃だ。
「その術をかけられたために口に出せなくなったご命令……つまりそれを口にすれば、金銭を手に入れることができなくなるということでございますね?」
 親父の頭がゆらゆら揺れている。どうやら、うなずこうとしてるのにうなずけないらしい。この『とりたて』って相当不便みたいだな。おふくろは親父の反応を見て少し笑った。
「具体的な内容は……まず、この城の宝物庫を封印。そうしなければ、大神官ハーゴンに術をかけられたこの国の王族が、これを売却してしまうからです。それからこの城で王族の目につくところにある金目の物は全て撤去。いかがでしょうか」
 親父がまた頭をゆらゆらさせてから、笑顔で親指を立てた。それを見て、何人かが王の間を出て行った。すぐに封印と撤去を始めるらしい。
「また、術をかけられている王族が、政治資金や王家の資産を現金化する命令を下しても、術が解けるまでは従ってはならない、という緊急のおふれを出すこと……」
 お袋は考え込むように首をかしげてからまた言った。
「……大神官ハーゴンへの借金返済のために、国民に負担をかけない。たとえ、寄付の申し出があっても断ること。ひとまずはこれでよろしいでしょうか、陛下」
 親父がまた親指を立てた。
(何だ何だ?)
 どういうことだろう。びた一文返さないってことかな。けど返さなくていいもんなのか? ご先祖は返すために旅立ったのに。その前に大神官ハーゴンを倒そうってことなのか? 
 親父が何度か咳払いして言った。
「……このローレシアに、ロトの血を引く者は4人。この場にいない2人……父と姉には、わしから伝えよう。では、王子ゼロよ。さっそくそなたに勇者の称号をさずける」

 いろんな儀式をはしょったような感じであっさり称号をもらい、すぐに俺は旅立つことになった。その前に、今回のことについて少し話しておきたいと親父が言ったので、2人で王の間から階段を下りて、空いている部屋に入った。親父はちょっと考えてから「さて」と言った。
「まず、これがお前の分の契約書だ。持って行け。お前のことだからろくに読みもせぬだろうが」
 渡された紙を見る。うえええ。細かい字がびっしりだ。とても読む気になれない。
「先程確認したが、皆同じ内容だった。持っていてもあまり意味はないが、一応持って行け」
「それより親父、さっきの何だよ?」
 あっという間に旅立つことになって、いろんなことが分からないままだ。やっと聞ける。
「俺は旅しながら金稼ぐんだろ? けど、さっきの。あれじゃ親父とじいちゃんと伯母さんはずっとそのままじゃねーか」
「ずっとではない。大神官ハーゴンが倒されるまでだ。その後は……まあ何とかなろう」
「先に返しちまった方が楽なんじゃねーの? じいちゃんも伯母さんも面倒だろうし、親父だってそんなんで政治とかできんのかよ」
「……ゼロよ。お前は今の状況をあまり理解しておらんようだな」
 え、なんで? 何が? 理解していないと言われるのが理解できない。
「ムーンブルクがロンダルキアの軍勢に攻められたことも、我らロトの子孫があの術をかけられたことも、国民に隠し通せるものではない。すぐ知れ渡るであろう。いや、先程のロンダルキアの使者のような者たちが、すでに情報を国中に撒いていてもおかしくない」
 そんなことして何になるんだ? やーい借金借金みたいな感じか? 俺が考えていると、親父はがっかりしたような顔で続けた。
「よいか。この国の根幹にはロトの伝説がある。勇者ロト、そしてその子孫の初代ローレシア王。借金を負って旅立ち、それを返済する過程で強くなり、巨悪を倒した2人の伝説だ。ローレシアとサマルトリアは、その伝説の続きで建てられた国なのだ。分かるか?」
「……ああ」
「今また倒すべき者が現れ、おあつらえ向きにロトの子孫が借金を背負ってあの術をかけられた。倒す前に王家の財産や国庫の金でそれを返済したりすれば、この国はそれだけで崩壊しかねん」
 あー、そういうことなのか。分かったような気もする。けど……。
「崩壊ってのは大げさだろ」
「大げさではない。この国の王族とはそういう立場なのだ」
 真面目な顔で言われた。そんなもんなのかな。てことはハーゴンはそれを狙って金を貸したってことなのか?
「なあ、親父。ムーンブルクの王様はなんでハーゴンに金借りたのかな」
「想像はつく。ここ最近、ムーンブルクは災害が多発していた。そのくらいは知っておるだろう?」
 知らなかった。そう返事をする前に顔に出たみたいで、親父はため息をついた。
「お前も少しは次期国王として……」
「今はそれどころじゃねーだろ。話の続き」
 説教になる前に急いで言ったら、親父は顔をしかめてから続けた。
「災害は長く続き、国民の生活は苦しくなっていた。むろんローレシア・サマルトリアからも援助したが、それでも足りなかったのであろう。ムーンブルク王は復興活動に王家の財産を投じていた」
「それで金借りたのか」
「そうであろうな。ロンダルキアはわしらにとっては馴染みのない国だが、ムーンブルクにとってはそうではない。元は一つの国であったし、ムーンブルクが独立し、ロンダルキアが国を閉ざしてからも交流はあると聞いた」
 また俺がよく知らない話になった。ロンダルキアについて俺が知ってるのは国の名前と場所くらいだ。ロンダルキアから来たって奴も今日のあいつ以外に見たことないしな。けどここで何か言うとまた説教が始まりそうだから黙ってうなずいておいた。
「ちなみに、ローレシア王家からも兄弟国のよしみでかなり援助した。そのため、実を言うと今の王家の財産では、今回の借金は返しきれぬと思う」
 親父がさらっとそんなことを言った。
「へ? 大丈夫かよ」
「まあ、何とかなるであろう。どちらにしてもこの戦いが終わるまで、王家の財産をそれに使うことはない。あってもなくても同じことよ」
「じいちゃんと伯母さんの借金もそのままなのか?」
 ローレシアにいるロトの子孫は4人。あとの2人はじいちゃんと伯母さんだ。じいちゃんは親父の親父、隠居した先代国王で、伯母さんは親父の姉ちゃんだ。
「うむ。協力してもらうつもりだ。今回はロトや初代国王のような、1人での戦いではない。大神官ハーゴンが術をかけたロトの子孫全員での戦いだ。父や姉にも同じ立場で一緒に戦ってもらう」
「ええっ、戦うって」
 無茶すぎるだろう。じいちゃんはもう90過ぎてる。年の割には元気だけど、若者に比べると全然元気じゃない。伯母さんはダンナさんが死んだ後は城内の修道院に入って毎日お祈りばかりしてる生活だ。魔物と戦ったりなんてできるわけがない。
「誤解するな。旅に出て魔物と戦うのは、お前の役目だ。勇者の称号は1人にしか与えられぬからな」
「なーんだ」
「そして、称号を与えるわしはこの城にいなければ意味はない。父と姉の役割は……」
 親父はそこで言葉を切って俺をじろじろ見た。
(この顔はあれだな。俺に話しても理解できないと思ってる顔だな)
「……旅を続けるうちに、いずれ分かるであろう」
 やっぱりそうだった。
 まあこういう時に無理に聞いても本当に分からないのは経験で知ってるから、もういいことにした。
「まずはサマルトリアに行け。あちらでも勇者の称号を誰かに与えているであろうから、仲間となって同行するがよい。おそらくはサマルトリアも王子であろうな」
「へええ」
 仲間か。いいな。サマルトリアの王子とは年も近かったはずだ。最近は会ってないからどんな顔だったかも覚えてないけど。
「それじゃ、もう行くよ」
「うむ、頼んだぞ」
 一緒に部屋の外に出たら、扉の前でおふくろが待っていた。困った顔をしている。
「あれ、どうしたの? 何かあった?」
「ゼロ……お母さん、ちょっと焦ってたみたい。あなたの装備のこと忘れてたわ。城内の金目の物はもうみんな隠されて、出すことができなくなってしまったの」
「ああ、平気だよ。素手でなんとかする」
「さすがに素手よりはましなものがあったけど……これ」
 おふくろが俺に差し出したのは、俺が剣の稽古で使ってるかわのよろいと、素振りの練習で使っているどうのつるぎだった。
「あ、あるんじゃん。ありがとう」
 受け取ってさっそく装備した。強くなった気がする。
「しっかりね。くじけないで。疲れたらいつでも帰ってくるのよ」
「わかった、大丈夫。行ってくる!」
 親父とおふくろに手を振って、城を出た。

 城下町を通る。買い物できないと寄るところもないからまっすぐ門に向かうしかない。つまらないな。
(そういや、今日は城下で買い食いでもしようと思ってたんだっけ)
 それどころじゃなくなったから忘れてた。ポケットに手をつっこんだら、指の先にゴールド貨幣が触れた。50ゴールドある。じいちゃんに小遣いもらったんだよな。なのに今は使えない。それどころか借金返済にあてるしかないってわけか。なんか嫌だなあ。
「王子!」
 手の中の金を見てたら、声をかけられた。気がついたらみんながこっちを見ていた。
「旅立たれるのですね、ゼロ王子」
「どうかご武運を!」
 すごい勢いで応援され始めた。親父が言ってた通り、もう事情は知られてるみたいだ。
「ゼロ王子! かっこいい!」
「王子! 行ってらっしゃい!」
「おう、行ってくる!」
 俺は嬉しくなってそう答えた。
「2度あることは3度ある! 伝説の勇者ロトの子孫の実力、見せてやるからな!」
 拳をあげて言ったら拍手が起こった。すげえ気分いいな、これ。歓声の中を歩いて町を出る頃には、俺はすっかり興奮していた。

 よーし、頑張るぞ! まず強くなる! それからハーゴン討伐!
 ロトの伝説を継ぐのは、俺だ!


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ゼロ : ロトのしそん
レベル : 1
E どうのつるぎ
E かわのよろい

財産 : 50 G
返済 : 0 G
借金 : 100000 G