02.サマルトリア


「おお、ゼロよ! 死んでしまうとは情けない」
 気がついたらまた王の間にいた。
 戦ってるうちにどんどんダメージがたまっていって、痛くて苦しくて死ぬかと思ったらほんとに死んだ。それでほんとに生き返った。これが勇者の称号の力か。すごいな! 勇者の称号を持ってると魔物がやたら襲ってくるらしいから、死んだのも称号のせいみたいなもんだけど、それにしてもすごい。
「やはり、苦難の多い旅なのだな……」
 短い説教を終えた親父が眉間にしわを寄せて言った。俺は首を振った。
「いや、今んとこそうでもなさそうだぜ」
「死んでおいて何を言うか」
 まあ確かに死んだけどさ。魔物が強かったとか全然かなわないとかじゃなかった。ちゃんと倒せる。けど向こうだって攻撃してくるんだから無傷じゃいられない。戦うたびにHPが減っていけば、そりゃいつかは死ぬに決まってる。
(苦難が多いっていえばそうなんだろうけどなあ)
 ふと自分の腕を見た。たくさん攻撃されて傷だらけだったはずなのに、旅に出る前と同じように戻っている。
 なんだかちょっと嫌な気分になった。さっきまで傷は増えていくだけだったのに、死ねば全部治るのかよ……。こういうのどうかと思う。いや治らなかったら困るけど、そういう意味じゃない。死ぬってのは大変なことのはずだ。本当ならそこで終わりだ。ボロボロになってムーンブルクから来たあの兵士だって、あのまま生き返らない。
 いくら称号があるからって、こんなこと繰り返すのはよくないと思う。慣れてきたら、ケガして痛いからちょっと死ぬか! なんて考えるようになるかもしれない。駄目だろう、そんなの。
「どうした? 再び旅立つ前にしばし休むか」
 考え込んでいる俺に親父が言った。
「いや、もう行くけどさ。……なあ親父。俺、死ななきゃ治らないのかな?」
「な、何を申すか」
 親父は驚いた顔をして、それからなんだかしみじみと話し始めた。
「確かにお前は昔から、力が強い代わりにそういう面はあった。だが、人とは成長し続けるものだ。旅は人を成長させるとも言う。サマルトリアにはお前の仲間もいる。学べることは多いはずだ。そもそも、そのように向上心を持ったことも、成長した証ではないか」
「……?」
 何の話だよ。どう考えてもHP回復の話じゃない。何か勘違いされてる気がする。しかも妙に優しいというか、哀れみがこもっているというか、バカにされてるような……バカ……バカは死ななきゃ……。
「そうじゃねーよ!」
「お? おお、どうした」
「誰がそんな話したんだよ! 体の傷! HPの話だよ!」
「…ああ、そういうことか。わしはてっきり」
「もういい! 行ってくる!」
「あ、おいゼロ……」
 俺は憤慨して王の間を飛び出した。
 くそー。あれでも親か!

 何はともあれ、とにかく回復だ。死んで回復するのが気に入らないとかそれ以前に、死んだら城に戻るわけだから先に進めないもんな。先に進むなら、死なないで回復する方法を見つけないといけない。
(ご先祖は、どうやってHP回復したんだろう)
 俺はご先祖の冒険の話が好きで何度も聞いたり読んだりしたけど、それにはHP回復の話なんか出てこなかったと思う。ご先祖にとっては簡単なことだったのか?
(……あ!)
 分かった。魔法だ。多分そうだ。魔法にはケガを治すやつがあるって聞いたことがある!
 だとするとまずい。すごくまずい。俺は魔法を使えないんだ。今使えないってことじゃなくて、これから先も使えるようにはならないらしい。

「ゼロ王子よ、あなたには魔法使いの資質はありませんな」
 子供の頃、ムーンブルクの魔法使いに見てもらったらそう言われた。ムーンブルクは魔法の研究をたくさんやってて、どれくらい魔法の素質があるかを調べる方法なんかもあるから、それで見るっていう話だった。ロウソクの炎を見つめろとか言われたり、なんか色々やって最後に白い布に向かって念じろと言われたのでそうした。けど、何も起きなくて、それで魔法使いはそう言った。
「資質があるとどうなんの、これ?」
「この布に、呪文の名が浮き上がります。これから先の修行で会得できる可能性のある呪文の全てが」
「これから先? まだ覚えてないのに分かるのか?」
「魔法を使うには資質が重要です。ある意味では全てと申してもよろしい。呪文を覚えることができるのは、少なくともその材料が身の内にある者だけです。呪文を覚えることは自分の中にある力を目覚めさせることです。もともとないものは目覚めようがありません」
「なんだ…。じゃあ俺はいくら修行しても駄目なのか。つまんないなあ…」
 魔法にそこまであこがれてたわけじゃないけど、手からバーッて何か出して爆発したりするのがかっこいいとは思ってた。無理だと言われるとけっこうがっかりした。
 魔法使いの資質がない奴は珍しくない、というよりない奴の方が多いらしいけど、ロトの子孫では珍しいらしい。だから親父が念のために他の魔法使いも呼んで、また見てもらった。やっぱり同じ結果だった。魔法を使えるようになることは絶対にありません、と断言された。
 がっかりはしたけど、そんなには気にしなかった。やっぱり剣振ってる方が面白いもんな。むしろ、資質がないってことで魔法学の講義の時間がほとんどなくなったのが嬉しかった。

 参ったなあ。
 今さら使えないと駄目だなんて言われても困る。どうしたらいいんだろう。と思ったが、そんなに考えることでもないと気づいた。さっき親父も言ってたじゃないか。
(サマルトリアにはお前の仲間もいる)
 ご先祖と違って、俺は一人旅じゃないんだ。ロトの子孫で魔法使えないのは珍しいってことは、多分サマルトリアの仲間は使えるだろう。使えなかったらその時考えよう。よーし、改めてサマルトリアに出発だ! というかさっきまでも目指してて、それで死んだんだけど。
 城門を出る前に、思い出して金袋を開けた。勇者の称号をもらう時に、死ぬと金が半分になると教えてもらったんだ。そういう意味でも死ぬのは駄目なんだよな。入っていたのは35ゴールド……じいちゃんにもらった50ゴールドが、使いもしないで減ってしまった。

 また戦ってるうちにHPが減っていく。これじゃさっきと同じだ、と思ったらレベルが上がった。なんかちょっと強くなった気がする。魔物が攻撃してきてもダメージがないことがある。
 そうか。レベルが上がればダメージが少なくなる。もしサマルトリアの仲間が回復の魔法を使えなくても、どんどん強くなればダメージ0で進めるかもしれない。なんだ、そんなに深刻に考えることなかったな! 喜んだらその直後に死んだ。
「おお、ゼロよ! 死んでしまうとは情けない」
 親父にまた言われた。実際、今はあまり強くないから情けないかもしれないけど、ちくしょう。
 まあ、いい方に考えれば、死んだのがレベル上がった後でよかった。全部治ってHP満タンで改めてサマルトリアを目指せる。また金を数えてみたら、35ゴールドあった。あれ、前にも35ゴールドだったよな。レベル上がったのに大体同じくらいで死んだってことか?
 あ、違うか。最初50ゴールドで、それが増えて、半分の35ゴールドになって、また増えたわけだから……。
 まあいいや。

 またサマルトリアを目指して出発した。やっぱり強くなってる。ダメージはあるけど進める。途中からあまり魔物が出てこなくなったのもあって、今度はサマルトリアに着いた。やった。
「これはゼロ王子。よくぞまいられた。やはり、ローレシアの勇者はそなたであったか」
 サマルトリアの王様に会うのも久しぶりだ。こっちにもロンダルキアから使者が来ていたらしい。説明とかはしなくてすんだ。
「サマルトリアからは誰が行くの?」
「我が息子、パウロだ。すでに旅立ち、今頃は勇者の泉にいるはずだ。後を追い、仲間にしてやってほしい」
 やっぱり王子か。そうだろうと思ってたけど嬉しい。一緒に旅するんだったら同年代の方がいいしな。
 けど、ここにいないのか。しかも勇者の泉かよ……。けっこう遠い。勇者の泉はローレシアの北、サマルトリアの東にある洞窟の奥にある泉で、冒険者は旅立つ前にそこで身を清めるならわしがある。こんな時なんだから先にローレシアに来てくれればいいのに。
「そなたに会う前に、泉のことを確かめておきたいと言っていた」
 俺が不満顔をしたら、サマルトリアの王様がそう言った。
「確かめるって何を?」
「ゴールドが使えなければ、HPやMPの回復もできない。それでは旅を続けることも困難であろう。だが勇者の泉の水には、回復の効果があるらしいのだ」
「え! ほんとに!?」
「本当かどうか、それを確かめに行った。水をくんで持っていけば、旅先で回復できるかもしれぬと言ってな」
 すげえ。それができるなら問題は一気に解決だ。旅立つ前にそんなこと考えるなんて、ひょっとしてパウロは頭いいのかもしれない。昔会った時はなんかぼーっとしてる奴だったけど。
「じゃ、これから追いかけてくる!」
「うむ。頼んだぞ。パウロにはあまり力はなくてな、魔物とは戦えぬから逃げているようだ。が、逃げそこねて死んでしまい、ここに戻ってきたこともあった。またそんなことがあれば、入れ違いになってしまうかもしれぬが……」
 やっぱりあっちも死んでるのか。お互い苦労するよな。
「それじゃ、今度もし戻ってきたら、ここで待ってるように言っといて」
「わかった。そう言ってくれると助かる」
 王様はちょっとほっとしたみたいに言った。いくら生き返るとはいっても、息子が死んだりするのは嫌なもんなんだろうな。うちの親父もやっぱりそうなのかな。
 そう思ってふと気づいた。俺が死んだらローレシアに戻る。パウロが死んだらサマルトリアに戻る。てことは……。
「王様! 質問!」
「何だね」
「俺もパウロも、死んだら国に戻るんだよな? てことは片方死んだらバラバラになるのか?」
「いや、そうはならない。ローレシア、サマルトリア、ムーンブルクは、有事の際にはともに力を合わせて戦うことを誓い合った兄弟国だ。勇者の称号もまた、ともに戦うことができるように3つで1つになっているのだ」
「……? じゃあ死ぬとどうなるんだ?」
「ともに旅をすれば、最後の1人が死んだ時に、初めてここに戻ることになる。いや、わしではなくローレシア王のところでもよい。それはそなたたちで話し合って決めればよい。片方だけが死んだ時には教会で蘇生できる」
 へえ。面白いな。
「ただし、1人で死んだ時もそうだが、蘇生の時には手持ちの金が減る」
 ううん、世の中甘くない。使えなくても、金は何かと減るようになっているみたいだ。

 さて、今度は勇者の泉だ。でも泉で回復できるとしても、今だいぶHPが減ってる。死なずに着けるかなあ。


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ゼロ : ロトの子孫
レベル : 3
E どうのつるぎ
E かわのよろい

財産 : 51 G
返済 : 0 G
借金 : 100000 G