03.勇者の泉


 勇者の泉で本当に回復できるのか? 分からないけどとりあえず進む。体中傷だらけで、すでにHPは半分以下だ。しかもサマルトリア近くの魔物はローレシア周辺よりもちょっと強い。ドラキーとかゆうれいとかがどんどん襲ってくる。やっかいだなあ、勇者の称号ってやつは。
 それでもなんとか洞窟を目指して進んでいったが、洞窟の入り口が見えてきたあたりでやまねずみに体当たりされて噛みつかれ、
「おお、ゼロ! 死んでしまうとは情けない」
 くそー死んだ! またローレシアに逆戻りだ。もし泉で回復できるとしても、着けないんじゃ何の意味もない。手持ちの金を確認したら、40ゴールドあった。前より増えた。ってことは前よりはたくさん魔物と戦えてるってことだ。よし、次こそ。
 勇者の泉まではサマルトリアからの方が近いが、ローレシア周辺の方が魔物は弱い。だからローレシアから行った方が楽みたいだった。しかし結局、洞窟に近づくにつれてだんだんと厳しくなって……というか今回やまねずみがやたらと3匹まとまって襲ってくる。一回の戦闘でめちゃくちゃにHPが減る。これはさすがにと思って逃げようともしてみたが、全然逃げられない。俺こんなに足遅かったっけ?
「おお、ゼロ! 死んでしまうとは情けない」
 一応、今度は洞窟までは着いた。中で死んだ。どんな魔物が襲ってくるかとか、あれは運もあるだろう。今回は運が悪かった! 次だ!

「勇者の泉へ、よくぞまいられた!」
 なんかあっさり着いた。極端すぎる。俺の気合いに魔物が恐れをなしたのか? いや、それなら最初から何も出ないだろう。
 泉には番人のじいさんがいた。旅人が身を清めるという一種の聖地だから、荒らされないようにちゃんと見てる係がいるのだ。きっと俺はあまり長居しない方がいいだろう。勇者の称号持ってるからどんどん魔物がこっち来てえらいことになるかもしれない。早いところ用件をすませよう。こんにちはとだけ挨拶してじいさんの前を通りすぎ、面倒なので服のまま泉に飛びこんだ。水しぶきがあがった。
「ひゃー! 冷てー!」
 ずっと戦闘続きだったせいもあるのか、ひんやりした水がやけに気持ちいい。そういや最近泳いでないな、とばしゃばしゃやってたら、じいさんが口を開けて俺のことを見ていた。いけね、ここ聖地だった。泳ぎに来たわけでもなかった。
 水底に足をつけて立ち、体の傷を見てみた。HP回復したかな。変わってないような気がする。なんだただの水か、と思った瞬間だった。俺の体の、水に濡れたところがバーッて光った。光ったのは短い時間だったけど、まぶしくて閉じた目を開いたら、その時はもう傷は全部なくなっていた。
 驚いて何度も見たけど、ほんとに治ってる。痛みもない。何だこれ。何だこれ。すげえ! これだよ! こういうのがよかったんだ俺は! 死んで治るとかじゃなくて!
 急いで泉から出た。ここの水を持っていけばどこに行っても回復できる。けど水をたくさん入れるようなものを持ってない。番人のじいさんに聞いた。
「なあじいさん、樽か何かないか?」
「樽……? 何じゃ、いきなり」
「ここの水を持っていきたいんだ。見てくれよ、傷が全部治った」
「ああ、そういうことか」
 じいさんは納得したように言ってから苦笑いした。
「残念じゃが、この水は泉から離れれば消えてしまう。持ってゆくことはできんよ」
「消えるって……どういう」
 言いかけて気づいた。泉につかってずぶぬれになっているはずの俺の体は、泉から少し離れただけですっかり乾いていた。
「なんだ……くそー、そういうことは早く言ってくれよ……」
 俺が不平を言ったら、じいさんは困った顔をした。
「早く言えと言われてものう。訪ねてきたかと思えばいきなり飛び込んで泳ぎ、あがってきたら今度は樽はないかと言い出す。どの時点で何を言えばよかったんじゃ」
 そう言われればその通りだった。じいさんはやれやれと言ってため息をついた。
「少し前、サマルトリアの王子が来られた。やはり、ここの水を持って行けないかと考えていたようじゃが、そなたのようなふるまいはしなかったぞ」
「え! 来たのか、あいつ」
 逃げ回ってるって話だったけど、よく来れたなあ。
「あいつ、じゃと?」
「俺も王子なんだよ、ローレシアの。パウロとはこれから一緒に旅することになっててさ。あいつがここに向かったって聞いたから追ってきたんだ」
「なんと……ローレシアの王子……」
 じいさんは俺をじろじろ見てまたため息をついた。
「同じ王子でもえらい違いじゃのう……」
「パウロはもうサマルトリアに帰ったのか?」
「いや、ローレシアに行くと言っていた。同じロトの血を引く仲間がいるから、とな」
 うわ、すれ違いかよ。俺だってローレシアから来たのになあ。
 けど、仲間か。パウロも俺のことを仲間って言ってたのか。なんか嬉しいな。早く合流したい。さっさと城に帰ろう。
「じゃ、俺もローレシアに帰る。ありがとうな!」
「うむ。気をつけて行かれよ」
 見送られて泉から離れて洞窟を歩き、しばらくしてまた泉に戻った。
「おや、忘れ物かな?」
「違うよ。もう一回入らせてくれ」
 洞窟の魔物と戦ってたら、城まで帰れるか不安なくらいHPが減ったのだ。また泉に飛び込んでケガを治した。ほんとに便利だここは。

 やっとローレシアに帰ってきた。結局、かなり長い間洞窟をうろついてしまった。
 けど、無駄な時間じゃない。レベルも上がった。魔物が宝箱をやたら落として、持ちきれなくなるんじゃないかというほどやくそうが手に入った。本当ならこれでもHPは回復できるけど、使うことはできない。『とりたて』のせいだ。身につけるもの以外のアイテムで金に換えられるものは使うことができず、体が勝手に売りに行ってしまう。これがご先祖もかけられていた、『とりたて』という術だ。
 魔物が落としていったのはやくそうだけじゃなかった。ドラキーがこんぼうを落としていった。これは身につけるものだから売らなくていい。一応取っておこう。パウロが今どんな装備なのか分からないしな。逃げ続けてるって話だし、ひょっとしたら手ぶらかもしれない。
「ただいまー!」
 王の間に入る。ちゃんと歩いて帰ったのは旅に出て以来初めてだった。
「おお、よくぞ死なずに戻った」
 親父も同じことを思ったらしく、そう言って何度もうなずいた。ちょっといい場面だったが、親父の次の言葉でそれはぶちこわしになった。
「そうそう、サマルトリアのパウロ王子が訪ねてきたぞ。だがお前がサマルトリアに行ったと知って、また戻って行ったようじゃ」
 おい、またかよ。
「何だよ。ひきとめといてくれよ」
「お前がすぐに戻ると分かっていればそうしただろうが。あまり死ななくなったようだし、いつ戻るかわからんのでは止めるわけにもいくまい」
 そりゃそうかもしれないけどさ。すれ違いが続くなあ。何度目だろう。

 まあ、合流が少し先に延びただけだ。今のレベルならサマルトリアまでなんて楽勝だろう。出発前に城内の教会に寄った。この教会とくっついてる修道院に、俺の伯母さんがいる。親父の姉ちゃんだ。俺は昔から伯母さんとも仲いいけど、今回いきなり旅に出てしまったから、借金仲間なのにそのことを全然話してない。こんなことになって落ち込んでるかもしれないし、そうだったら元気出せって言いたい。
「おお、これはゼロ王子」
 教会に入っていったら、修道院長がいた。いつもいる神父さんはいなかった。
「こんちは。伯母さんいる?」
 聞いたら変な顔をされた。
「もう、旅立たれましたが」
「へっ?」
 旅? 何のことか分からずにぽかんとしてたら院長も驚いていた。 
「……ご存じなかったのですか? 先代国王様も一緒です。と言っても行き先は違うそうですが」
 じいちゃんまで? おいおい、何だよそれ。大丈夫かよ。
「全然知らない。どこ行ったんだ?」
「いえ、そこまでは……。しかし、王子の旅を助けるためということでしたよ」
 てことは、旅先で会ったりするのかな。そういや親父がそれっぽいこと言ってたっけ。なんだか知らないけど2人とも無茶するなあ。勇者の称号がないから俺みたいにやたら魔物に襲われたりはしないだろうけど、絶対襲われないってわけでもないだろうに。
 あ、そうだ、称号といえば。これから先は俺も教会の世話になることもあるかもしれないんだった。事前に言っておいた方がいいよな。
「院長。俺これから、サマルトリアのパウロと一緒に旅するんだよ。そうなったら、片方が死んだ時は教会で生き返らせるんだってさ。その時はよろしく」
 だが、院長は困ったように首を振った。
「申し訳ありません、ゼロ王子。今、ここの教会では蘇生はできないのです。蘇生ができるのは神父だけですから」
「え……神父さんどっか行ったのか?」
「先代様と王妹様に万一のことがあった時のために、同行していきました」
 うわ。死んだら生き返らせるってことか。
「勇者の称号がなくても生き返れるの?」
「ええ。しかし、その身にまだ生命力が残っていればの話です……先日ムーンブルクから来られた方にも蘇生を試みていましたが、あの方は……」
 あの兵士のことか。ここまでたどり着けたのが不思議なくらいにボロボロになってた。気力だけで動いてたんだろうって言われてたな。自分が何回も死んだ後でそんな話を聞くと、なんか悲しくなる。院長はそんな俺をじっと見て言った。
「行く先々の教会を訪ねなされ。神父が不在の教会など滅多にありません。きっと助けになることでしょう。正しき神は、正しき者の味方なり。心をまっすぐにお持ちなさい」

 さてと、またサマルトリアに向かおう。これでまた俺を追って勇者の泉に向かったとか言われたらさすがに怒る。けどサマルトリアの王様にはパウロをひきとめておいてくれって頼んだから、多分大丈夫だろう。


----------------


ゼロ : ロトのしそん
レベル : 6
E どうのつるぎ
E かわのよろい

財産 : 510 G
返済 : 0 G
借金 : 100000 G