今度は入れ違いにはならなかった。けど会えたわけでもなかった。
「パウロにはまだ会えぬのか? ここには戻ってないぞよ」
たいしたダメージもなくサマルトリアに着いた俺に、王様は不思議そうな顔で言った。
あれ? なんでだ?
パウロはローレシアからサマルトリアに向かったはずだ。どこかで追い抜いたのか?
だとしたらいずれはここに来るはずだ。死んだ場合もここに戻ってくるわけだし、待ってた方がいいのかな。けど待ってるだけってのもなあ。暇だ。
俺は城をぶらぶらして、通りがかった兵士と話をしたりして時間をつぶした。パウロの話もちょっと聞いた。やっぱり、というのも変かもしれないが、パウロは魔法が使えるらしい。勇者の泉の水は持ち出せなかったから、傷治す魔法使えるといいな。
ハーゴンのことも聞いた。サマルトリアにもやっぱりロンダルキアからの使者が来て、ロトの血を引く者は十万ゴールドずつ払えと言ったそうだ。
「まだ幼い王女様まで……おいたわしいことです」
その話をした兵士はそう言ってため息をついた。
「あなたは、ローレシアのゼロ王子?」
その王女にも会った。うわ、大きくなったなー。前に見た時はまだ赤ん坊だった。というかこの旅が始まる前に俺がサマルトリアに来たのは王女が生まれたお祝いの時だったから、赤ん坊だったのは当たり前だ。7年くらい前だっけ?
「いいな…。私も行きたかった」
なんだか一人でむくれていた。
「まあしょうがねーよ。勇者の称号は一つずつしか出せないらしいからさ」
口ではそう言ったけど、気持ちは分かる。俺だってもし兄貴がいて、今回みたいなことになって兄貴だけ冒険の旅に出たら不満で爆発するだろう。そして多分こっそり抜け出す。けどこの場でそんなことを言わない良識くらい、俺はちゃんと持ってるんだ。
「でも、大叔父様もおじ様も、やっぱり旅に出たのよ」
「へえ」
その人たちも借金持ちになった人かな。ローレシアと同じようなことしてるんだな。何なんだろう。
「ゼロ王子は、お兄ちゃんが帰ってくるのを待ってるの?」
「そうだよ。俺より先に出たはずなのに、あいつ何やってんだろうな」
「うーん……お兄ちゃん、ちょっとのんきものだから。どこかで寄り道でもしてるのかも」
「寄り道……」
寄り道ったってなあ。遠回りしたら魔物に襲われる回数が増えるだけ……。
「あ!」
思わず声をあげたら王女が目を丸くした。
「どうしたの?」
「忘れてた!」
すっかり忘れてた。ローレシアとサマルトリアの城下町の間には、リリザという町がある。間といっても一直線に来たらちょっと外れている場所だ。金使えなければ意味ないから忘れてた。町の中なら魔物にも会わないし、寄り道するならきっとそこだ。
「よし! 俺、パウロを迎えに行ってくる!」
「…そうなの? がんばってね」
王女は不思議そうな顔で俺に手を振った。
待ってればいずれはサマルトリアの城に帰ってくるだろうけど、リリザにいるかもしれないとなるとやっぱり行きたくなる。パウロは弱くて魔物から逃げてるらしいし、HPが1とかになって町に逃げこんで、出たら絶対死ぬからどうしようか迷ってるのかもしれない。
城を出て南に進めばすぐにリリザだ。さっそくパウロを探す。金が使えないと行く場所も限られるからすぐに見つかるはずだ……と思って店とかは素通りしてあたりを見ながら歩き回った。が、いない。
途中で、店なのか何なのかよく分からない建物があったので入ってみた。
「こちらは預かり所でございます。送金の窓口にもなります。どうぞご利用ください」
送金。そうだ、忘れてた。返さなきゃいけないんだっけ、10万ゴールド。
手元の金を確認してみた。ずいぶん増えてる。589ゴールドあった。最近死んでないもんな。
「じゃ、これ」
そう言ってカウンターに置こうとしたら、受付の人は困った顔をした。
「申し訳ありません、送金は千ゴールド単位でしか承れないんです」
なんだ。じゃあまだしばらくかかりそうだ。
それによく考えたら金の送り先も知らない。どうやって送ればいいんだろう。
「大丈夫です。あなたにかかっている『とりたて』は商人の伝説の特技です。商人ならば誰もが自然にその意に従います。どこに送金すればいいのかも、自然に分かるんです」
へえー便利だ。けどこれ、踏み倒そうとしたら世界中の商人に追われてる感じになるんだなあ。ある日突然他人の借金返せとか言われてこんなことになるなんて、やっぱりずいぶん理不尽だ。まあ俺みたいな状況なら別にいいんだけど。
(……変だな)
パウロが見あたらない。金を使う場所にはいないはずだから、探す場所もそんなにないはずだ。なのにいない。
俺は子供の頃のパウロしか知らないから、もしかしたら見逃したのかもしれない。だけど、もしいたら目立つと思うんだよな。金使えなくて魔物からも逃げてるらしいから、旅人なのに手ぶらみたいな変な感じになってるんじゃないかと思う。
(リリザじゃなかったのか…・?)
やっぱり城に戻って待ってようか、などと考えながら歩いていたら、横の建物の中にいる人と窓越しに目が合った。
「!?」
そいつは飯を食っていた。目が合ったのは偶然外を見ていたからだったらしく、すぐに視線をテーブルの上の料理に戻してまた食い始めた。
けど、俺はその顔に見覚えがあった。子供の頃に会ったきりだから会っても分からないかと思ってたけど、こいつパウロじゃないか? 多分、いや絶対そうだ!
建物にかかってる看板を見た。「宿屋」と書いてあった。絶対、と思ったけど自信がなくなった。道具屋なら何か売りに来たのかとも思うけど、宿屋。どう考えてもない気がする。しかも何か食ってるし……。まあ考えててもしょうがない。入り口に回って聞いてみることにした。
「すいません」
「はい、いらっしゃ……こんにちは」
言い直された。商人は『とりたて』かかってるの分かるらしいから、きっと俺が客じゃないのが分かったんだろう。
「今、中で飯食ってる奴……」
「僕のこと?」
声がして、さっきの奴が顔を出した。ゆっくりこっちに歩いてくる。
黄色い逆毛、眠そうな目。窓越しに見た時よりはっきり分かる。やっぱりパウロだ。俺が声をかけるより先に、パウロは宿の主人に挨拶した。
「ごちそうさまでした。助かりました」
「いえいえ、大変な旅をされているのですから、せめてこれくらいは」
何の話だろう。俺が2人を見比べていると、宿の主人がそれに気がついてパウロに言った。
「あ、それではもしやこの方は……」
パウロは改めて俺を見た。
「君、ローレシアのゼロ王子?」
「ああ。お前、パウロだよな」
「そうだよ。まったく、合流するだけでずいぶんてこずらせてくれたね。僕は弱いんだ。あまり苦労をかけないでほしかったな」
えええ。何だよそれ。せっかく迎えに来たのに。
言い返そうとしてるうちに、パウロは主人に会釈して宿から出ていった。あわてて後を追う。そういえば、パウロはなぜここにいたんだろう。
「なあ。おい、なあ」
「何?」
「お前、なんで宿屋で飯食ってたんだ? 金は?」
「あるわけないし、払えるわけもないだろう。宿の主人が、行き倒れていた僕におごってくれたんだよ」
行き倒れ? 何やってんだこいつ。じろじろ見たら、逆に不思議そうな顔をされた。
「君、今まで食事どうしてたの?」
「は? 魔物の肉食ってたけど……あ」
そうか。こいつは魔物からは逃げてたんだっけ。じゃあ腹も減るよな。
「サマルトリアの城から日持ちしそうなものをいくらか持ってきてたし、ローレシアのお城でごちそうにもなったけど……さすがにそこから先は、木の実や草だけじゃ足りなくてね。餓死して戻るのも嫌だったから、町に寄って食べ物を恵んでもらおうと思って来たんだけど、入り口で動けなくなってしまって、通りがかったのがあの人だったんだ」
のんき者だから寄り道したとかいう話とはずいぶん違ってた。結果的には同じだったけど。
「そういや、宿屋に泊まるとHP回復するんだっけ? じゃあ今満タンか」
「お金払わないと回復しないよ。でももともとHPは減ってないから大丈夫。ちゃんと全部逃げてきたから」
「すげえな。俺なんかしょっちゅう回り込まれるぞ」
「僕だってそうだよ。今回は運が良かっただけさ。僕の場合、1回でも逃げられなかったら確実に死ぬからね。HP満タンか死んでるかどちらかなんだよ」
変な旅してたんだなこいつ……。にしてもサマルトリア、勇者の泉、ローレシア、リリザと回ってきてずっと逃げ続けたってもすごい話だ。運がいいとかいうレベルじゃない。それとも、最初から逃げるつもりでいるからスタートダッシュがいいんだろうか。まあこれから先はそういうわけにもいかないけど。
「さて! じゃあ出発しようぜ」
「…君、なんでそんなに元気なの」
「お前は何でそんなに元気ないんだよ。あんなうまそうなもん食ってたのに」
「おいしかったけど、こんな無茶な旅をしているという状況は変わらないよ」
情けない顔でパウロは言った。あれ、こいつは旅するの嫌なのか。へえー。
「嫌々旅に出るってご先祖と一緒だな。俺よりお前の方がちゃんとロトの伝説を受け継いでるのかもな」
そう言ったらあきれたような顔に変わった。
「君は嫌じゃないのか、こんな旅」
「俺は子供の頃から、ご先祖みたいな旅がしたかったんだよ。だから今は嬉しいんだ」
「ふうん……それは、うらやましいね」
「お前、そういうのなかったのか? 初代ローレシア王は勇者ロトのひ孫で、俺は初代ローレシア王のひ孫で、百年ごとに来るとしたらそろそろだし、もしかしたらってちょっとは期待してたんだ」
「……僕は別に。初代のひ孫は僕じゃなくて父だしね」
あ、そうか。一代違うんだな。親父はじいちゃんがけっこう年いってからできた子だからなあ。
「まあ何でもいいや。やっと合流したし、いよいよハーゴン討伐だな!」
「……うん、まあ最終的な目標はそうだけど」
なんか歯切れが悪い。
「だけど何だよ」
「君、ロンダルキアに行く方法知ってるの?」
「方法? ムーンブルクから行けばいいんだろ? 近いんだよな、確か」
「……全然近くないよ……。いや、直線距離なら近いと言えば近いけど、そもそもロンダルキアは国を閉ざしていて、出入りすることはできないはずなんだ」
俺はしばらく黙って考えた。
「……出入りできないのに攻めて来るっておかしいよな?」
「うん。何か方法があるんだろうから、まずそれを探すところからだ。国を閉ざしているといっても、ロンダルキアとムーンブルクは以前から親交があったらしいし、案外簡単なことなのかもしれない。ムーンブルクの王様は亡くなったけど、王女ならロンダルキアとムーンブルクを行き来する方法を知っているんじゃないかな」
何だ、けっこうややこしいんだなー。別に旅が長くなるのが嫌なわけじゃないけど、色々考えなきゃいけないのは面倒だ。まあ王様が金借りたりしてるくらいだからけっこうしょっちゅう行き来してたんだろうし、ムーンブルクの王女に聞けばすぐに……あれ? 王女?
「ムーンブルクの王女って生きてんのか?」
「生きてると思うよ。借金の契約書読んだだろ」
「読んでない」
「……ちょっとは読みなよ。自分に降りかかってることなんだから」
「契約書に王女が生きてるって書いてあるのか?」
「直接書いてあるわけではないけど……」
パウロは契約書を取り出して「ほら、ここ」と指さした。借りた金を返し終わる前に死んだら誰が残りを払うか、みたいなことが書いてあった。
『……ローレシア・サマルトリア・ムーンブルクの王室からロトの血を引くと認められており、かつその時点で存命の者が、分割して相続する。また、相続した者がこれを残して死亡した場合、また残りの者が分割して相続する……』
その下には『とりたて』のこととか書いてあったけど、今は関係ないらしい。何でこれで王女が生きてることになるんだ? 考えてたら、パウロがため息をついた。
「サマルトリアに来たロンダルキアの使者は、ムーンブルク王は百万ゴールドを借りたから、一人十万ゴールドずつ返せと言っていた」
「ああ、ローレシアでもそう言ってたぞ」
「ロトの子孫は実際にはアレフガルドにもいるらしいけど、国に認められているとなると初代ローレシア王の血を引く者だけになる。初代ローレシア王の血を引いていて今も生きている子孫は、ローレシアには4人、サマルトリアには5人いる」
ローレシアは俺と親父とじいちゃんと伯母さん……サマルトリアは王様とパウロと王女と……あと旅に出てるっていう2人で5人か。
「ムーンブルクで初代ローレシア王の血を引くのは、元々国王陛下と王女しかいなかったはずだ。ロンダルキアからの使者が言っていた、『百万ゴールドを分割して十万ゴールドずつ』……あれがおよそとか約とかではないのなら」
パウロはそこで言葉を切って俺を見た。何だよ。最後まで言えよ。ええと、ローレシアが4人でサマルトリアが5人……あとムーンブルク……。
「ああ! 人数的に考えて生きてるはずってことか!」
「……ずいぶん間があったね、今。まあ何にしても、王女の行方はまだ分かっていない。城から脱出したのならもう見つかってもいいはずだけど、サマルトリアの捜索隊もまだ見つけていないらしいし……」
話しているうちに町の入り口を通りすぎた。これからどっち行くんだっけ。南でいいのかな。町を出たところでパウロが立ち止まってぼやきだした。
「まったく、馬鹿馬鹿しい話だよ。そもそもご先祖がかけられた『とりたて』は、一応かけられる本人の了解あってのものだったはずだ。遠い親戚が勝手にかけられるなんて、こんなことがまかり通ったら経済なんてめちゃくちゃになる」
へえ。ご先祖の時とはやっぱりちょっと違うのか。パウロはぶつぶつ文句を言い続けた。
「大体、ムーンブルクが攻められて、いずれはサマルトリアにも来るからハーゴンを討伐するというのなら分かるけど、ムーンブルク王の借金までこっちに押しつけられちゃたまったものじゃないよ。そんなものは国内でなんとかしてほしいね。王女が生きてるんならなおさらだ」
俺は改めてパウロの顔を見た。
(こんなやな奴だったっけ?)
言ってることは正しいのかもしれないけど、言い方ってもんがあるだろ。子供の頃とあまり変わってないと思ったけど、中身はけっこう変わったのかもしれない。
「おい」
「ん?」
「お前王女に会った時、そういうこと言うなよ。親父とか城のみんなが死んでんだぞ。その後でそんなこと言われたら、ますます悲しくなるだろ」
パウロはちょっと驚いたように俺を見て、それから顔をしかめた。
「それなら、君も王女の前では態度をつつしむべきだろうね」
「は? 俺?」
「君はさっき、昔からこういう旅に出たかったから今は嬉しいと言っていた。その言葉を王女が聞いたら、ムーンブルクが攻められたことを喜んでいると感じて、悲しむかもしれないよ」
俺は黙って考え込んだ。もちろん俺は、ムーンブルクが襲撃されたことを喜んでなんかいない。けど周りから見れば、特に王女の立場から見れば、確かにそんなふうに見えるかもしれないな。考えたこともなかったけど……。
俺が何も言い返さないでいたら、パウロはつまらなそうに横を向いた。その時、俺ははっとした。
こいつひょっとして……俺にこれを教えるためにあんな言い方を?
「なーんだ!」
俺は嬉しくなってパウロの肩を叩いた。
「痛い。何だよ」
「いい奴だな、お前」
「はあ?」
「けどこれからはそういうの、はっきり言ってくれよ。俺もちゃんと聞くからさ」
「君は一体何を言ってるんだ?」
とぼけることないのに。照れてんのか?
けど、よかった。やな奴と一緒に旅するなんて疲れそうだし。
「じゃ、とりあえず次の行き先……ムーンブルクでいいのか?」
「いや、その前に」
パウロはちょっと肩をすくめて言った。
「もう一度勇者の泉に行かないか。一人では戦えなかったから、僕はまだレベル1なんだ」
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ゼロ : ロトのしそん レベル : 6 E どうのつるぎ E かわのよろい |
パウロ : まほうせんし レベル : 1 E こんぼう E かわのよろい |
財産 : 589 G 返済 : 0 G 借金 : 200000 G |