重要なことがやっと分かった。パウロはHP回復の魔法を使えるらしい!
だったら泉に行かなくていいんじゃないかと思ったけど、魔法を使うにはMPが必要で、魔法を使うとMPが減ってしまうそうだ。そういやそんな話聞いたことあった気もするなあ。もう何年も魔法の勉強してなかったからすっかり忘れてた。
で、MPも勇者の泉で回復できるから、あの洞窟なら死ぬ心配せずにレベルを上げられるというわけだ。HPと同じで、MPもレベルが上がれば増えていく。
「今の僕じゃ、2回しかホイミを使えないからね」
ホイミというのが回復の魔法の名前なんだそうだ。変な名前だな。魔法ってみんなそうなのか?
何はともあれ、仲間と一緒の旅が始まった。やっぱり一人でいるのとは全然違う。俺は嬉しくて色々話しかけたけど、パウロは話すたびにどんどん不機嫌になっていくみたいだった。勇者の泉に向かって歩いている時、なんでロンダルキアは国を閉じたんだろう、とふと頭に浮かんだ疑問を俺が口に出したら、パウロは引きつった顔で俺をじろじろ見た。
「何だよその顔」
「……あきれているんだよ。君、一応ローレシアの次期国王だろう? 歴史くらい知っていて当然じゃないのか?」
「えー」
「えーじゃないよ」
「お前、城の講師みたいなこと言うなあ」
「君みたいな生徒を持つ講師に同情するね」
そんなこと言われても、歴史の講師はもぐもぐしゃべってこっちを眠くさせるじいさんだったんだ。しかも次期国王たる者……みたいな説教するし、それも長いしもぐもぐしてるからついさぼってたんだよな。
「じゃあお前教えてくれよ」
「何が『じゃあ』なんだ? まあ、知らないままでいられても困るけど、どこから話せばいいのか……」
パウロはしばらく黙って考えてから話し始めた。
「…百年前、この大陸には国はなかった。南の大陸には一国だけ、ロンダルキアだけがあった。人々は常に魔物におびやかされていたけど、ロンダルキアの神官たちだけは魔物と戦うすべを持っていたから、国を保つことができていたんだ」
ふんふん。そういやご先祖が来る前は、この大陸も魔物がわんさかいて大変だったとか聞いたっけ。
「その戦うすべとは、召還術だ」
「召還術……?」
「魔法の一種みたいなものだけど、異界から魔物を呼び出すんだよ。そして自分に従わせ、この世界の魔物と戦わせるんだ」
へえ、魔物同士で戦うのか。
「で、この召喚術だけど。召還そのものより呼び出した相手を従わせる方が難しいらしい。召還しても従わせるのには失敗するなんてこともあるし、そうでなくても、時間が経てば術の効果は薄れる。つまり、魔物と戦わせるために異界から呼び出した強い魔物が、結果的にはまた人間の敵に回ることが多かった。かつて南の大陸やこの大陸に魔物がやたらと多かったのは、それが原因だったとも言われている」
「はあ? 駄目じゃないか。なんでそんな術使うんだ」
「だから、その頃は他に方法がなかったんだよ。理解力ないな」
パウロは嫌そうな顔で続けた。
「…ただその頃にも、先のことを考えて魔物を召還すべきではない、という考えの人たちもいた。ムーンブルクは当時、ロンダルキアの一部だったんだけど、そういう人たちが集まっていたらしい。本来なら、召還術を使わなければすぐ魔物に滅ぼされてしまうんだけど、その時はそうはならなかった」
「へえ……?」
「ちょうどその頃に、僕らのご先祖、初代ローレシア王がアレフガルドから来たからだ」
おお! 思わず食いついてしまう。こうやってご先祖の話とか混ぜてくれれば、城でももっと真面目に歴史勉強したのになあ。
「彼は強かった。土地を支配していた強い魔物でさえ、彼自身の力で倒すことができた。未来に禍根を残す形でしか魔物を倒せないと思っていた人々にとって、その存在ははかりしれないほど大きかった。彼が短期間に国を2つも建てたのは、人々がそれを望んだからだ」
すげーなあ。竜王倒したのは知ってるけど、やっぱりめちゃくちゃ強えんだよな、ご先祖。この大陸でも南の大陸でも、長い間戦ってたって言うもんなあ。
「初代ローレシア王はロンダルキアの魔物も倒しに行くと申し出たけど、ロンダルキアはそれを断った。自分たちが呼び出して国内にいる魔物たちだし、神官は魔物を配下にしている。召還術と関わりのない部外者が介入すればもめごとの元になるからという理由だった」
「ふうん」
「けど魔物との戦いに召還術を使えば、結果的にまたこの世界に強い魔物が増えてしまう。ロンダルキアへの批判はそれなりにあったらしい。そしてロンダルキアは、他国は巻き込まないと宣言して国を閉ざしたんだ。それからは魔物も含めて、誰も行き来はできなくなった……はずだったんだけどね」
なんだかなあ。そこまでして召還し続けたいのか? よく分からないな。
「国を閉ざす前に、魔物との戦いに召還を使うべきではないという考えの人々はみんなムーンブルクに移り住んだ。ロンダルキアでは召還以外でも魔法の研究が栄えていたから、ムーンブルクは魔法で名高い国になった……だいぶ省略したけど、こんなものかな。理解できたかい」
「おう、分かったぞ。分からないところもあったけど」
そう返事をしたら、パウロはまた嫌そうな顔をした。しょうがないだろ、分からないんだから。
「なんでロンダルキアがムーンブルクを攻めたのかがよくわからなかった。お前、それも知ってるのか?」
「ああ……それは知らない。ムーンブルクが国として独立した時もその後も、ロンダルキアともめたりはしてないらしいしね。知ってるとしたら、これもムーンブルクの王女かな」
「そうか、最近仲悪くなったのかもしれないんだな。ひょっとして、金返さなかったからか?」
「……それはないと思うけどね」
俺もないと思うけど。もしそうだったら嫌だよな、なんか。
そんな話をしている間にも泉の洞窟は近づいていく。当然、魔物とも戦うんだけど、パウロが本当に弱いので俺はちょっとびっくりした。これじゃ確かに逃げるしかない。装備がこんぼうのせいもあるだろうけど、全然ダメージ与えられてない。
「これじゃだめだね。僕、防御してるよ」
「ええ!?」
せっかく一人旅じゃなくなったのに戦うのは一人って何だよ!
「レベルが上がったら参加するよ。前にも言ったけど、ホイミは2回しか使えない。泉に着くまでに僕の回復で使い切ったら何の意味もないだろう?」
釈然としない。けど、まあしょうがないか。今の俺なら一人でも泉に行けるもんな。
防御してたってダメージはある。パウロはさっそく自分にホイミをかけていた。傷がぱーって消えていた。いいなあ。俺もけっこうHP減ってるけど、あれの世話になるのはまだ先になりそうだ。
洞窟に入った。泉はもうすぐだ。ちゃんと死なずに着けそうだと喜んでいたら、バブルスライムに毒攻撃をくらってしまった。何もしてないのにHPが減っていく。
「うわー何だよこれ!」
「毒だよ」
「知ってる!」
「何だ、君のことだからそれも知らないのかと思った」
おい何だひどいな! いやそんなことより。
「これ、泉で治るかな」
「無理だろうね。あの水で回復するのはHPとMPだけのはずだから。まあ、一度死ねば治るよ」
「嫌だよ。他に方法ないのか」
「一番簡単な方法だと思うけど。今までだって何度も死んでるだろう」
「死ぬのに慣れるのはだめだ。俺はなるべく死なないようにしてるんだ。お前もそうしろよ」
「…………」
パウロはなんか妙な顔をして黙ってしまった。何か変なこと言ったかな、と思いながら付け加える。
「いや、ほんとに他に方法がなければ死ぬけどさ。できるだけ」
「解毒の呪文がある」
「生きたままで……え?」
聞き返すと、パウロは妙な顔をしたまま言った。
「キアリー、という名前の呪文だ。毒を解除できる」
「ほんとか!? じゃあそれ頼む!」
「使えたら使ってるよ。まだ覚えてないんだ。けど、以前ムーンブルクの魔法使いに、僕がこれから先に覚える可能性のある呪文の一覧を見せてもらった。その中にキアリーもあったんだ」
「へえ!」
俺も見てもらったあれか。俺は真っ白だったけど。
「じゃあレベル上がったら覚えるんだな! よし、泉で回復してレベル上げようぜ」
「まあそれでもいいけど、泉までもつの?」
「何とかなる!」
とは言ったものの、けっこうきつい。歩くだけでHPが減るってよく考えたら絶望的だ。しかもその状態で戦わなきゃいけない。こんな時に限って大勢で襲ってくるし。
戦いが終わって肩で息してたら、パウロが「しょうがないな」と言ったのが聞こえた。大丈夫だ、と言い返そうとしたら何か光って少し体が軽くなった。
「? 何だ今の」
「ホイミだよ」
言われて、傷がなくなってるのに気づいた。泉に飛び込んだ時と同じだ。すごい。すごいけど。
「いいのか? これお前の分だろ」
「そんなこと誰が決めたんだよ。僕は毒を持ってるわけでもないし、魔物と戦う時は防御してるから、そこまで回復は必要じゃないよ。それに君がここで死んだら、僕一人で死なずに城に帰れるとは思えない。僕だって、できれば生きていたいからね」
そう言われて、俺は嬉しくなった。
「だよな! やっぱり死なないで進みたいよな!」
「そうだね。さあ、泉までもうすぐだからがんばって戦ってくれ。僕もたまには攻撃するから」
よーしがんばるぞ! 毒でHPが減るといっても、これだけ残ってれば大丈夫なはずだ。あとはパウロが死ななければいい。はりきって戦ってたらパウロのレベルが上がった。
「ギラの呪文を覚えたよ」
「すげー、もう覚えたのか!」
「キアリーじゃない。ギラ。攻撃の呪文だよ。まあ今はMP空だから使えないけど」
攻撃の呪文か。爆発したりするやつかな。それも早く見てみたいな。
レベル3になったからどれくらい攻撃力が上がったか試すと言って、次の戦闘にはパウロも参加した。でもあまり変わってなかった。おおなめくじ1ターンで倒せないって相当だよな…。
「着いたー!」
やった。死なずに泉に着いた。番人のじいさんの前を通って飛び込む。光ってHPが回復する。やっぱり毒は治らなかったけど、これで一安心だ。
「別に飛び込まなくていいんだよ。ちょっと浴びれば同じだ」
後から来たパウロが手ですくった水を頭に少しかけていた。ふーん、そうなのか。
「けどどうせ少し離れたら乾くぜ」
「それはそうだけど」
パウロの体も光って傷が消えていた。それだけじゃなくてパウロの場合は、MPも回復してるわけだ。
「なあ、いつキアリー覚えるんだ?」
「さあね。けどあの時見た呪文の一覧は、覚えやすい順に並んでると聞いた。確かにホイミが1番目で、ギラが2番目だった。キアリーは3番目だったから、多分次だろう」
「そうか、すぐだな!」
「言っておくけど、次にレベルが上がったらってことじゃないよ。レベル2に上がった時は何も覚えなかった。呪文が上がるたびに何か覚えるわけじゃない、というか覚えないことの方が多いだろう」
じゃあ次の次か、その次くらいかな。まあ覚えるんなら何でもいい。
「相変わらず騒がしいのう」
番人のじいさんに言われながら泉を離れる。相変わらずHPは歩くたびに減るけど、今はあまり気にならない。
ここなら回復の心配がないから、とパウロは防御をやめてギラを使っていた。けっこう強い。けど攻撃呪文と聞いてイメージしたようなのじゃなかった。俺が攻撃するのと大差ない。なのにMPは減る。
そんな俺の心の中を読んだみたいにパウロが言った。
「この洞窟の外ではあまり使わないよ。MPはほとんど回復にあてることになるだろうから」
そう言われると、せっかく使えるのにもったいないと思う。ギラを使えば戦闘はすぐ終わる。MPが無限にあればいいのになあ。
相変わらず魔物はどんどん襲ってくる。泉に戻ってまた離れてを繰り返しているうちに、パウロのレベルは4になった。けど呪文は覚えなかった。またしばらくうろうろして、5になった。しかし、パウロは黙って首を横に振った。2連続で何も覚えないこともあるんだな。そりゃそうか。
3から4になる時より4から5になる時の方が時間がかかった。5から6になるのはもっとかかるだろう。俺も6から7になったけど、それから長いこと上がってないもんな。パウロが本当にキアリー覚えるかどうかも分からないし、俺の毒のためにそんなに長くここにいるのはまずいかな。次に覚えなかったらやっぱり一度死んだ方がいいのかな。
そんなことを考えてたらパウロのレベルが上がった。どうだろうと思いながら見てたら、パウロが息をついてから言った。
「…覚えた」
「え、キアリーを?」
パウロは嬉しそうなほっとしたような顔でうなずいた。そんな顔今までしなかったし、実はちゃんと覚えるかどうか不安だったのかなーと思って見てたらすぐ真顔になった。なんでだよ。
(にしても、呪文てすげーよなあ)
さっそく毒を解除してもらって、つくづく思った。そんな呪文を使えるパウロもすごい。相変わらず普通の攻撃だとおおなめくじに2ターンかかってるけど。
「さあ。泉で回復して、ここを出よう。ずいぶんな長居になったね」
まったくだ。いつのまにか手持ちの金が千ゴールドを超えてる。リリザで初めての送金をしなければいけない。
前に言われた通り、送金は簡単に終わった。こっちからは何も言わなくてよかった。
次はいよいよムーンブルクだ。サマルトリアのちょっと西にあるローラの門から、地下通路を通って南の大陸に渡れるらしい。さっそく行ってみたら、2人の兵士が迎えてくれた。パウロとは顔見知りらしくてすぐ通してくれたけど、その時に年寄りの方の兵士が俺に言った。
「ローレシアのお城の南にあるほこらに、わしの弟が住んでおります。数年前はお城にも顔を出して王子様にもよくお会いしておったそうで、またお話ししたいなどと申しておりましたわい」
へえ、誰だろう。気になったけど今はとりあえずムーンブルクを目指す。地下通路に入って南に進んだ。別に迷路になってるわけでもない道だ。けど、魔物は出てきた。しかも強い。
「帰りのことも考えると、ここまでだね」
向こう側の階段が見えてきたところでパウロが言った。MPがもう危ないらしい。しょうがないか。また泉に逆戻りだ。歩きながら考えた。
「なあ。先に進むたびにどんどん泉が遠くなるから、戻るのもそれだけ大変になるよな」
「今頃気づいたのか」
パウロがあきれたように言った。
「何とかする方法あるのか?」
「まあ少しはましになる方法、という程度だけど……。ルーラという呪文があるんだよ。今は覚えてないけど、例の一覧に入っていたからこれもおそらく覚えるだろう」
「ルーラ? どういう呪文なんだ?」
「瞬間移動。といっても場所は限られているけどね。この呪文を唱えると、僕らが死んだら戻るはずの場所に一瞬で飛んでいけるんだ。今はローレシアかな。父に頼めばサマルトリアに変更もできる」
「…………」
「今の説明じゃ分からなかった?」
「いや、分かった。お前すごいな」
「はあ?」
「そんな呪文使えるなんてさ。瞬間移動だぜ。ほんとすごいな」
俺が感心していたら、パウロはそっぽを向いて「まだ使えると決まったわけじゃないよ」と言った。
勇者の泉で回復して、改めて出発した。せっかくだからとローラの門に戻る前に、ローレシア城の南にあるというほこらの方に行ってみた。俺と会ったことがあるらしいし。誰だろう。ほこらに着いて、知ってる顔をいくつか思い浮かべながら扉を叩いた。
「おお、ゼロ王子ではありませぬか」
出てきたのは、全然予想してなかった顔だった。でも確かに会ったことは何度もあった。
「おなつかしい。噂は聞いておりますぞ。やはり次期国王たる者……」
昔俺がさんざん授業をさぼった歴史の講師だ。さすがにこの状況では眠くならないけど、もぐもぐしたしゃべり方は全然変わってなかった。ちょっと懐かしかった。
「ところで王子。わしは王子にお話ししたいことがございますのじゃ」
「何? 長い話?」
「いやいや。鍵の話ですじゃ」
「鍵…?」
「さよう。この世界には金の鍵と銀の鍵という2種類の鍵がございます。それを手に入れれば必ず役に立ちましょう」
謎を解く鍵、とかいう話じゃなくて、本当にそういう鍵があるらしい。
「まず銀の鍵を見つけなされ。サマルトリアの西、湖の洞窟の中に隠されているという話ですじゃ」
話は長くならず、それで大体終わった。このほこらにも扉があったが、それは金の鍵でなければ開かないそうだ。どこかで見たような扉だった。
多分あの地下通路にまた行ってもムーンブルクには着けないだろうし、今度は湖の洞窟に行ってみようということになった。行ってみたら魔物もそんなに強くなかった。宝箱もたくさんあった。
地下からさらに下って通路の一番奥の部屋の宝箱に銀の鍵が入っていた。何の役に立つかは分からないけど、まあいいや。開けられない扉が開くんだから、きっと悪いことじゃないだろう。
さっさと引き上げることにする。泉で回復して、またローラの門から先に挑戦だ。
「金の鍵はどこにあるんだろうな」
そう言ったら、パウロが首をかしげた。
「金の鍵なら、ローレシアにもサマルトリアにもあるはずだよ」
「へ?」
「ほら、宝物庫とかの扉を開ける鍵だよ。あの老人がいたほこらにあった扉もそうだけど、開閉に国の責任が伴う扉は全部あの鍵で開けるようになっているはずだ」
「ああ! あれか」
それであの扉に見覚えがあったんだな。その鍵なら見たことある。こんなことになる前にだけど。
「じゃあ、金の鍵は手に入れるの無理そうだな。今ローレシアでは、金目の物はロトの子孫に渡さないようにおふれが出てるんだ」
「ローレシアもか。サマルトリアもだよ」
パウロが力なく笑った。
「あれはちょっと早まったな…。もう少しまともな装備を確保してからでよかったのに」
そういえばパウロの装備は、俺のどうのつるぎより攻撃力が低いこんぼうだ。そして今でもそのままだ。ここの洞窟はたくさん宝箱あったのに、装備は一つもなかったなー。
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ゼロ : ロトのしそん レベル : 9 E どうのつるぎ E かわのよろい |
パウロ : まほうせんし レベル : 8 E こんぼう E かわのよろい |
財産 : 769 G 返済 : 2000 G 借金 : 198000 G |