パウロが強くなった。多分この前のレベルアップの時からだ。何か急に強くなった。おおなめくじを1ターンで倒せるようになったし、さらにすごいことにゆうれいを2ターンで倒せるようになった。
これはかなり大きい。ローラの門から南に向かう地下通路では、よろいムカデとかの手強い魔物が、なぜかゆうれいと一緒に出てくることがよくあるんだ。俺がよろいムカデに攻撃している間にパウロがゆうれい倒してくれれば助かる。2人同時に魔物倒して、戦闘が早く終わる。そういうのもあって、今度はわりと余裕で地下 道を抜けることができた。
「着いたー!」
俺は地上に出て歓声をあげた。やっと着いた。南の大陸に到達だ。
けど、そこからがきつかった。地下道の魔物にも苦戦したのに、さらに魔物が強くなった。
「これじゃろくに進めないな。そろそろ引き返そうか? レベルが上がるまではこのあたりで引き返しての繰り返しかなあ……」
パウロがそう言ってため息をついた。ちょっと待てよ、まだ着いたばっかりだぞ。せっかく新しい陸に来たんだから俺はもっと進みたい。
「もう一戦いこうぜ! まだいけるって!」
「うーん…」
「ほら、次に来る時のために、ここの魔物との戦い方をもっと……あれだよ、色々さ」
「無理に理由つけなくていいよ、元気でうらやましいな。……それじゃもう少し進もうか。でも、あと一戦が限界かな」
やった。嬉しかったので走り出しそうになったけど、あんまり意味ないと思ったので我慢して歩いた。後ろでパウロが「ほんとに元気だね…」と言ったのが聞こえた。
あと一戦、のつもりだったんだけど急に魔物に会わなくなった。どんどん南に進む。進みすぎると戻れなくなるとパウロがぼやいてたけど、結局魔物と会わないまま、南にある町に着いてしまった。ムーンペタという町だった。
俺たちは宿屋に泊まれないから、いつもなら町に寄る意味はない。けど今は行方不明になってるムーンブルクの王女を探すっていう目的がある。さっそく聞き込み捜査だ。
そう意気込んでみたものの、新しい情報なんか全然なかった。町の人はムーンブルクが滅ぼされたことは知っていて不安そうだったけど、何が起こったのか詳しいことまでは知らないみたいだった。当然王女がどうなったかも誰も知らない。
「やっぱり城に行った方がよさそうだな」
「そうだね。なんにせよ、一度戻ってからだけど」
そうだった。やれやれ、この勇者の泉との往復が面倒なんだよな。この調子でほんとに進めるのかって気分にもなるし……。げんなりしながらも町の外に出ようと歩き出したら、目の前に一匹の犬が座っていた。黙って俺を見上げてしっぽを振っている。
「ん? 何だよ、おい。わん。わん?」
「とうとう人間やめたの? 元からあやしいとは思ってたけど」
「ちょっと声かけただけだろ!」
しゃべってる俺とパウロを見比べて、犬はやっぱり座ったまましっぽを振っている。
毛の長いモコモコした犬だ。色は茶色のような灰色のような……けど多分汚れてるせいなので、本当の色はよくわからない。頭をちょっとなでてから横を通り過ぎた。が、後ろをついてきた。
「ついてくるぞ」
「エサくれると思ってるんじゃないの」
「あー、そうか。悪いな、何も持ってないんだよ」
通じなかったみたいで、犬はまだついてきた。まいったなあ。犬には分からないだろうけど、俺たちだって腹減ってるんだ。魔物の肉と木の実ばっかり食べてるし。金は持ってても使えないし。ローレシアやサマルトリアに行けば王子特権でちゃんとした食事もできるからまだ恵まれてるんだけど、これからどんどん遠出しな きゃいけないから、そういう機会も減るんだろうな。
そんなことを考えながら町を出る。振り返ったら、犬は町の門のところで立ち止まって座っていた。けっこう賢いんだな。エサ持ってないって言ってるのについてくるのはバカだけど。
ムーンペタにたどり着けたのは運良くだったからちょっと不安だったけど、意外とギリギリというほどでもなく泉に戻れた。回復して、また長々歩いて南の大陸に行く。一回行くと同じ道のりなのに行けるのが当たり前になるのが不思議だ。今回は別にレベルが上がったわけでもないのにな。それなりに戦いながらムーンペタか らさらに南に進んだところで、俺はパウロに聞いた。
「なあ。お前、ムーンブルクの城の場所知ってる?」
「知ってる」
「そうか、よかった。俺行ったことないんだよな」
「行ったことないとかいう問題じゃないと思うよ。君にはいちいち驚かされるけど、もう何も言う気になれないな」
驚くって何がだろう。場所知らないことか。いや、一応ぼんやりとは知ってるんだぜ。だから迷ってもいつかは着けると思う。ちゃんと知ってるやつがいた方が早くは着けるだろうけどさ。
そういうことを言ってやろうかと思ったけど、パウロが進んでいく方向が俺が思ってたよりずっと西よりだったから言うのをやめておいた。
「なんだよ、これ……」
ムーンペタからかなり進んで、ようやく着いたムーンブルクの城はひどいことになっていた。外側はまだ城の形をしていたけど、中はがれきだらけで毒の沼地もあって、とても建物の中とは思えない。魔物も出てくる。しかもけっこう強い。
これで生き残りなんているのか? 見回していたら、視界の端で何かが光った。
「おい、あれ!」
赤く、青く光っている。火だ。誰かいる、と思って寄っていったが、誰もいなかった。でも、そこに火だけは浮いていて、人の声もした。
「……助けて……くれ……攻めてきた……」
声は火から聞こえる気がする。これはもしかして、ご先祖の冒険話にも出てきた亡霊ってやつか。
「おい、大丈夫か!」
そう声をかけてみて、大丈夫なわけがないと気づいた。
「君の頭こそ大丈夫か」
パウロに冷たい目で見られた。けど、だったらなんて話しかければいいんだよ。
よく見たら同じような火があちこちに飛んでいた。すすり泣きの声なんかも聞こえる。パウロは火に近づいて、王女の行方について聞いていた。そういえばそれを調べに来たんだった。俺も聞いてみたけど、火はたいてい悲鳴をあげたりするばかりであまり会話にはならなかった。
「あっちに行ってみよう。王の間があるはずだ」
パウロがそう言って歩き出したので、俺も後を追った。
「お前、ムーンブルクの城には来たことあるんだっけ」
「あるよ。ずいぶん前だけど」
「やっぱりその時と今と、だいぶ違うんだよな?」
「馬鹿なことしか言えないんなら黙った方がいい。人魂が怒るよ……ここだ」
一瞬、何がここなのか分からなかったけど、床に絨毯の切れ端が残っている。ここが王の間だったらしい。玉座の残骸みたいなのもある。そしてその玉座の残骸のところに、また人魂が一つ浮いていた。
「えーと、こんにちは」
話しかけてみたら、人魂はゆらゆらと反応して声を出した。
「わしはムーンブルク王の魂じゃ……」
あ、いた! 王様だ! 王様ならきっと色々知ってるはずだ。俺は勢いこんで聞いた。
「王女は今どこ?」
「我が娘プリンは魔物の軍勢に殺され……」
「えっ!」
王女は死んだのか。この城の様子を見ればその方が自然だと思っても、やっぱり驚くものは驚く。一応、俺たちは死んでないと思ってここに来たんだ。
「殺され……」
王様が同じことを繰り返した。
「殺され……殺され……」
まだ続く。どうしたんだよ。無念なのは分かるけど王様しっかりしろ。無理か。
「……犬にされたという……おお、口惜しや……」
終わった。と思ったら犬? なんだかさっぱり分からない。まあ、でもやっぱり亡霊だもんな。まともに話を聞こうとというのが間違いだったのかもしれない。
「なあ、パウロ」
どうしようか聞こうと思って横を見たら、パウロはやたらけわしい表情でじっと王様の人魂を見ていた。
「どうしたんだよ。王様の言ってる意味、分かったのか?」
「意味、というか……多分、言葉通りのことが起こったんだと思う」
「?」
「プリン王女はここで殺された」
「けど、それなら」
「そして蘇った。僕たちと同じように」
「同じ……ってまさか」
パウロが小さくうなずいた。
(勇者の称号!)
そうだ、王様は城が落ちる前に王女に称号を授けたんだ。姫を無事に逃がしたいと思ったら、死なないようにするのが一番確実だもんな。やるなあ、王様。
……あれ?
感心してから気づいた。
「ちょっと待て。死んだ後で生き返るのって、王様の前だよな」
「そうだよ。王女が殺されたら、ここで生き返ることになるね」
ここで? 殺されたのと多分ほとんど同じ場所だ。そこで生き返ったってまだ魔物の目の前だ。それじゃすぐまた殺される。それでまた生き返って……。
そこまで考えて、俺はやっと王様の言葉の意味に気づいた。
(魔物の軍勢に殺され……殺され……殺され……)
げっ、そういうことか!? 何てことすんだよ。ひでえ。俺だってあんまり間おかないで何回か死んだことあるけど、そんなのとはわけが違う。あちこちで人魂がゆらゆらしてるこの城が、一段と気味悪く見えてきた。
「……けどそれより、重要なのは王女が今どこにいるのかだよ」
パウロが言った。確かにそうかもしれない。勇者の称号を持ってるってことは少なくとも生きてはいるんだろうし。
「殺しても生き返るから、殺すのあきらめてさらってったんじゃないか?」
「それにしては、ここの様子はおかしいな。魔物はいるけど、特別に監視されているわけじゃなさそうだ。死んだらここに戻ってくるのなら、見張りくらい置いておくんじゃないかな」
言われてみればそうだ。それじゃ、王女はどこに……。
「……犬にされたという……おお、口惜しや……」
王様の人魂がまたつぶやいて、パウロはそっちに目を向けた。
「……これも、言葉通りなのかもしれないね。呪いで犬に変えられた、とか。それなら殺せなくても無力化することはできる。犬じゃ呪文も唱えられないだろうし」
「犬に変える? そんなことできんのかよ」
「できると思うよ。呪いのことはあまりよく知らないけど、動物に変えるというのは呪いの中でもメジャーな方みたいだし。呪いは毒なんかと違って死んでも解けないから、この状況で使うには適しているとも言える」
死んでも解けない、か。そういえば俺たちにかかってる『とりたて』も呪いみたいなもんだっけ。じゃあプリン王女は二重に呪われてるってわけか。なんか悲惨すぎる。同じロトの子孫でも俺は喜んでこの旅に出たのになあ。なんとか助けたい。
城の中にいるのは魔物と亡霊ばかりだった。情報集めも亡霊相手ということになる。ロトの冒険話でもそうだったけど、亡霊は基本的に襲いかかってきたりもしないし、知っていることを何か教えようともしてくれる。
「ここから東の地……4つの橋が見える沼……そこにラーの鏡が……」
「え? ラーの? 何、鏡?」
「それを伝えるまで……私は死にきれぬのだ……」
ただ、やっぱり会話はいまいち噛み合わない。ロトもこんな苦労をしたのかな。他の亡霊にも聞いて、ラーの鏡というのが真実の姿を映し出すことができるというすごいアイテムなのは分かった。
「真実の姿……つまり、王女が犬になってたとして、どの犬が王女かわかるってことか」
「そういうことかな。多分そうだろうね」
パウロは少し考え込みながら答えた。
「よし、じゃあその東にあるっていう沼に行こうぜ!」
「うん。でも、一度勇者の泉に戻ってからだよ」
そう、それがあるんだよな。けっこううろついてたからギリギリかもしれない。なんとかやりすごして戻ろう、と思ったのだが。
「おお、ゼロよ! 死んでしまうとは情けない」
やっちまった。2人して死んだ。戻ろうとしてたところにリビングデッドが大勢来てやられてしまった。
ローレシアに戻るのは、というか死ぬのはずいぶん久しぶりだ。なんだかんだ言って、2人旅になってからは死んでなかったし。どれだけパウロの回復呪文に助けられてたか分かる。それを本人に言おうと思って振り返ったら、そこにパウロはいたけど死体だった。
「親父! パウロ死んでる!」
「うむ、早く教会で蘇生させてやるがよい」
「やるがよいじゃねーよ! なんで俺だけ生き返るんだ? パウロだって称号持ってるんだぞ」
「同行している場合、生き返るのは一人だけだ」
えええ。聞いてねーぞそんなこと。前にサマルトリアの王様に、2人で旅してる時には両方死なないと城には戻らないとは聞いた。けど、生き返るの片方だけだなんて言ってたっけ。どっちが生き返るかはどうやって決まるんだ? 後で死んだ方とかか。
まあそんなことどうでもいい。俺は急いで王の間を出て城の教会に駆け込んだ。しかし、修道院長はパウロを見て困った顔をした。
「申し訳ありませんが、今この教会では蘇生は……」
あ、そうだった! 今は神父さん出かけててだめなんだっけ。じゃあリリザまで行かないと……うわあ勘弁してくれよ腐っちまうだろ! 背負っていくと魔物と戦う時にやっかいそうだ。何か入れるもの……。
院長にパウロを預かってもらい、俺は急いで城の台所に行った。顔見知りの料理長がいたので、大きいもの運ぶのに使えるような、引いて歩ける箱なんか余ってないかと聞いた。そしたら車輪付の木箱を持ってきてくれた。けっこう頑丈そうだ。
「これ、ほんとに余ってたやつ? 使うんじゃないのか?」
「大丈夫です! ちょうど捨てようと思ってたんですよ。なあ?」
料理長がそう言って、周りのみんなも「はい」「そうなんです、王子」と口々に言った。
俺は昔からつまみぐいとかで台所にはよく来てて、ここのみんなとは仲がいい。みんな、俺のために嘘ついてるのかもしれない。金目の物を王族に渡しちゃいけないっておふれがあるから、本当はゴミくらいしか俺には渡せないはずなんだ。いい奴らだな。素直に受け取ることにしよう。俺は箱を戸口から出しながら力強く言っ た。
「ありがとう、みんな! 俺絶対ハーゴン倒すからな!」
「王子!」
「がんばってください、王子!」
声援を浴びる。色々大変なこともあるけど、がんばらないとな。料理長がにこにこしながら言った。
「しかし王子、さすがですね」
「? 何が?」
「お金使えない旅なのに、そんなものが必要になるほど荷物があるなんて。冒険で色々手に入れなさったんでしょう?」
「え? ああ、うん……」
隠してたわけじゃないけど、死体を入れるとは言いにくくなってしまった。まあいいや。冒険をしてるのは嘘じゃないしな。
教会でパウロを引き取ってローレシアを出て、箱を引いて歩く。ここらへんはもう魔物と戦ってもダメージも全然ないんだけど、久しぶりの一人旅はつまらないというか物足りない。話す相手がいないってこんなだったかな?
ご先祖の勇者ロトや初代ローレシア王は最後まで一人旅だったと聞いた。俺も最初はそうだったけど、今になってみると大変なことだったんだなと思う。俺だったら途中で嫌になると思う。ご先祖様はそうじゃなかったのかな。それとも、嫌になっても旅を続けたんだろうか。
一人だと色々考えてしまう。けど、リリザにはあっさり着いた。教会で神父さんに蘇生を頼む。箱を開ける時はちょっと緊張した。ムーンブルクの城で俺たちを殺したリビングデッドみたいになってるかもしれないと思ったからだ。けど別にそんなことはなくて、ローレシアの王の間で見た時と変わらなかった。これも勇者の称 号を持ってることと関係あるのかもしれない。
神父さんが天に祈りを捧げると、勇者の泉の水を浴びたみたいにパウロの体が光って、目を開けた。
「あっ生き返った! ありがとう神父さん! おいパウロ大丈夫か、何日も死んでたけど」
声をかけるとパウロは起きあがり、変な顔をして箱のふちを軽く叩いた。
「これ、何」
「もらったんだ。いいだろ。他の荷物も入れられるし」
「……うん、そうだね。持って行くの? まあいいけど」
パウロがいつもと変わりなくて俺はほっとした。これでまた元通りに旅ができる。
前にサマルトリアの王様に聞いた通り、教会で生き返る時もいつのまにか金は減っていた。200ゴールドは持ってたはずなのに59ゴールドになっていた。王の間に戻る時は手持ちの金が半分になるけど、それよりも厳しいのか、別のルールがあるのかはわからない。まあ生き返れるならなんでもいい。生き返れるならいくら だって安いもんだ。
そんなことを考えてたらふと思い出した。
「なあパウロ。生き返るって言えばさ」
「何」
「ムーンブルクの王女も勇者の称号を持ってるんだろ? てことは、もし見つかったら仲間にして一緒に旅できるってことだよな? 死んでもこうやって生き返れるわけだし」
ムーンブルクは滅びたって聞いてたから、王女が称号を持ってるなんて思ってなかった。だから3人で旅できるなんて、今まで考えたことなかった。でもあの城で聞いた話だと王女は称号を持ってる。だったら仲間になれるはずだ。2人より3人の方がいいに決まってる。
しかし、パウロは顔を曇らせて首を振った。
「やめた方がいい」
「なんでだよ」
「勇者の称号は、授けた王が死んだり代が替わったりすれば無効になる。だから、本来なら王女は生き返ることはできないはずだ」
え? でも生き返ったからなんかややこしいことになったんじゃないのか?
「確かに、あの城での話を聞いた限りでは、生き返っていたようだけどね……」
「亡霊になってるけど、王様がまだあそこに残ってるから大丈夫、とか?」
「さあ……あるいは、ムーンブルクの称号がローレシア・サマルトリアの称号と3つで1つになっている、というのも関係しているのかもしれない。けど何にせよ、王女が持っている称号はあてにしていいものじゃなさそうだ。いつ効果がなくなるかわからない。死ぬのが当たり前の旅になんて連れていけないよ」
そうか。それじゃしょうがないけど、ちょっと残念だ。プリン王女もパウロみたいに魔法使えるのかな。だとしたらもっと残念だな。
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ゼロ : ロトのしそん レベル : 9 E どうのつるぎ E かわのよろい |
パウロ : まほうせんし レベル : 8 E こんぼう E かわのよろい |
財産 : 59 G 返済 : 3000 G 借金 : 197000 G |