07.ムーンペタ


 またムーンペタに向かう前に、サマルトリアに行くことにした。
 死んだ時には、勇者の称号をくれた王様の前に戻る。だから、俺たちみたいに勇者が2人いる場合は好きな方を選べるらしい。ローレシアのままにしてると、 また同じことがあった時に死体入りの箱を引いて旅することになるから、サマルトリアに変えといた方がよさそうだ。サマルトリアの方が魔物が強いけど、今の俺たちにとってはもう同じようなもんだし、勇者の泉までの距離だってたいして変わらない。
「そうか。では今後はここをそなたたちの拠点とするがよい」
 サマルトリアの王様はそんなことを言っていた。拠点かあ。死んだら戻ってくる場所、とかいうよりちょっとかっこいいな。
 しかし、今回初めて経験したけど、二人して死ぬって嫌なもんだ。一人で死ぬのの何倍も嫌だ。拠点なんて言ってみたってやっぱり嫌なもんは嫌だし、なるべく死なないようにしないとな。

「おお、ゼロ王子! 死んでしまうとは情けない」
 そう思ったのにすぐこれだ。またやってしまった。
 ムーンブルクで聞いた、ラーの鏡を探しに東に向かってたんだけど、ムーンペタから東に向かう途中でマンドリルに襲われてパウロが死んだ。戻ろうかとも思ったんだけど、ほんとに沼地があるのか見て来た方がいいかもしれないと思い直して少し進んだら俺まで死んだ。
 しかし、親父じゃない王様に怒られるのってなんか変な感じだよな。そんなことを考えながらサマルトリアの王様の顔をじろじろ見てたら、王様は怒るのをやめてため息をついて、少し黙ってから言った。
「我が息子パウロをよろしく頼むぞよ」
 後ろを振り返るとこの前と同じく、やっぱりパウロは死んでいた。やばいやばい。家族にこんなのを見せたらいけない。俺は急いで例の箱にパウロを押し込んで、王様に「すぐ生き返らせるから」と言って王の間を出た。
(沼は見えたよな。あれだよな、多分)
 死ぬ前に前方に見えたものを思い出しながら考えた。沼地が本当にあったんだから、きっとラーの鏡も本当にそこにあるんだろう。次こそは見つけたい。早くパウロを生き返らせてまた行こう。
 サマルトリアの教会は城の外だ。箱を引いて教会に駆け込んで蘇生を頼んだ。この前のリリザの教会の時と同じように神父さんはあっさりうなずいて神に祈りを捧げた。……が、パウロは生き返らなかった。
「おい、嘘だろ! なんでだよ!?」
  俺はすごく焦ったし慌てた。冗談じゃないぞ。背中とか手のひらとか、やたら汗が出てくる。こないだ聞いた、ムーンブルクの王女の勇者の称号はあてに ならないという話とか、ローレシアまで来たあのムーンブルクの兵士が教会で生き返らせようとしても生き返らなかった話とかを、どんどん思い出す。
 けど、神父さんはあまり慌てていなかった。
「これは……おそらく……今、持っておられるお金が足りないのでしょう……」
 ええー!?
「金が足りないと生き返れないのかよ!」
 思わず大声で言ったら、神父さんは困った顔をした。
「教会への寄付金ではありませんので、わたくしどもではどうにもならないのです……」
 え? でもこないだ教会で生き返らせた後で金が減ってたぞ。あれは教会に払われたんじゃないのか? 教会だけが使える何か特別な術で吸い取ったんだと思ってた。
「黙って寄付金をいただくようなことはしません。それに、勇者の称号をお持ちの方の蘇生は奇跡的なことではありませんので、教会でも寄付を求めたりはしないのです……」
「なんかよく分からないけど、だったらなんでパウロは死んだままなんだ?」
「称号を持つ方が生き返る時には、自動的に何かに対価を支払うようになっていると聞いたことがあります……それが足りないのでは?」
 手持ちの金を確認した。110ゴールドあったけど、そういえばこないだパウロを生き返らせた時はもっとたくさん減ったような気がする。
 手持ちの、余ってるアイテムを確認した。かわのよろいとこんぼうとひのきのぼうがある。魔物が落としていったやつだ。道具は手に入れたらすぐ売りに行ってるけど、身につけるものは別にそうしなくてもいいからそのまま持っている。これを売ればなんとかなるかな。持ってたってしょうがないし。
(ムーンブルクの王女が一緒に行けるんなら、これ使うかもしれないな)
 また、ちょっと思った。でもそれは駄目だからしょうがない。
 こんぼうだけ売ってもう一回教会行ったら、今度は生き返った。よかったよかった。

 サマルトリアからムーンペタへ、でムーンペタを素通りしてまた東に向かう。
 前回はもうちょっとだったんだ。いけるだろ、今度は。そう思ったんだが、やっぱりまだ厳しかった。魔物に遭えば必ず苦戦する。そのたびにパウロが呪文で回復してくれるけど、あれはそんなに何回も使えないはずだ。ここは泉に戻った方がよさそうだ。
「駄目だ、一回戻ろうぜ」
 俺がそう言ったら、パウロはあきれたような顔をした。
「何を言ってるんだ? 残りMPが少ないから戻るのは無理だよ。進もう」
「無理って、おい」
「ラーの鏡さえ手に入れば、もうここまで来る必要はなくなる。王女は多分ムーンブルクかムーンペタにいるだろうし」
 何だよそれ。それじゃ死んで戻るってことじゃないか。
「お前、最初からそのつもりだったのか」
「最初からって……当たり前だろう。泉からあの沼地まで生きて往復なんて、今の僕たちには無理だよ。分かってなかったのかい」
 分かってなかった。いや、分かってなかったけど、そういう問題じゃない。
「無理なら途中で戻ればいいだろ。うろうろしてるうちにレベル上がるんだから、今は無理でもそのうち往復だってできるようになる」
「それはそうだけど、馬鹿馬鹿しいよ。あんな遠くまで何度も何度も。うんざりだ。別に死んだっていいじゃないか。何回か死んでみて、どうってことないってよく分かったよ」
「だめだ」
 俺は怒った。沼に向かって進みながら怒った。今回はもうしょうがない。魔法のことはよくわからないし、パウロがMPが足りないというならそうなんだろう。だけど、これから先またこういうことがあるのはだめだ。
「死ぬのが当たり前みたいになるのはだめだ。よくない」
「君が憧れてる勇者ロトだって、何十回も死んだっていうよ。当たり前になるくらいでちょうどいいんじゃないの」
「死んだ数が多いからって、いいかげんな気持ちで死んでたとは限らないだろ」
 パウロが顔をしかめ、「いいかげんな気持ちってそれは」と言いかけた時、よろいムカデが襲ってきた。なんとか倒したらかわのよろいが出てきた。道具袋に入れてまた進む。進んではいるんだ。またダメージがあったから、死ぬのにも近づいたけど。
「やっぱり、死ぬのが当たり前になるのはだめだ」
 俺はもう一度言った。パウロがまたかという顔をしたが、かまわず続けた。
「ムーンブルクからハーゴンのこと知らせに来た人は、王の間で報告した後に倒れて死んで、そのまま生き返らなかった」
「…それは気の毒だけど、それとこれとは話が別だ。僕らは生き返れる。だったら、死ぬことも計算の上で進むベきだよ」
「死ぬことに慣れて当たり前になっても、旅が終わったら勇者の称号は返すんだ。返した後で、持ってる時みたいな軽い感じで死んじまったら、もう生き返れないんだぞ」
「旅が終わったら…? そんなこと今考えてどうするんだ。それに、旅に出る前は僕たちだって勇者の称号を持たずに生きてきた。今、称号を持っていることに慣れてきたように、持ってないことにもまた慣れていくさ。大体、今だって死にたくて死ぬわけじゃないよ」
 俺は黙った。うまく言えない。というより、何が言いたかったのかよくわからなくなった。結局、嫌なものは嫌だというだけの話かもしれない。何を言おうか考えていたら、パウロは考えている俺をながめてなんだか妙な顔になり、ぽつんと言った。
「……旅が終わったら、か」
 それから少し考えて続けた。
「まあ、何も言わなかったのは確かに悪かったよ。これからは、戻れなくなる前にちゃんと言う」
「ああ。そうしてくれ。絶対だぞ」
 前方にある沼らしきものが、やっと沼だとはっきり分かるようになってきた。

「もうホイミは使えないよ」
 やっと着いた沼の中に入ってラーの鏡を探している時にパウロが言った。
 毒の沼地だ。中にいるとHPが減る。魔物と戦って死ぬのも嫌だが、探し物してて死ぬのも情けないな。そう思ったが、そこまでHPが減る前にそれらしいものが足に当たった。引き上げてみた。丸くて平べったい。手で泥を拭うと、空の青さが映った。
「パウロ! 鏡があった」
 少し離れたところを探していたパウロに鏡を掲げて見せた。
「これか?」
「ああ、きっとそれだ」
 パウロが安堵の息をつく。これでもう、この後死んでもここまで来なくてよくなった。
 見つかってよかった。鏡を覗きこんだ。俺が映っている。泥だらけだと思って鏡をもう一度拭ったけど変わらない。あ、俺が泥だらけなのか。うわあひどいなこれ。見る影もないな。一応王子だってのに。
「おいパウロ、見ろよこれ、ほら! きったないな俺」
「うん、すごく汚いね。あのね、わざわざ鏡見せてくれなくても見えてるよ」

 帰り道で死ぬと思ってたけど、遭った魔物から全部逃げることができて、生きたままムーンペタに着いてしまった。やればできるじゃないか。嬉しいもんだ。リビングデッドとよろいムカデが持っていたかわのよろい2つを換金したらぎりぎりで千ゴールドになったので返済した。
「あっ。まずい」
 手元に残った8ゴールドを見てから気づいた。
「どうしたの」
「金が足りない。かわのよろい、全部売っちまった」
「足りないって何に。僕らは金は使えないよ」
「教会で生き返らせる時のだよ。持ってる金が足りないとだめなんだ。泉に着くまでに死んだらまずい」
 もうホイミは使えないってパウロは言ってた。沼からここまでは全部逃げてきたけど、ここからローラの門までもずっと逃げるのは厳しい。
「……ああ。そうか」
 今まで教会に死体を持っていくのは俺で、パウロは死体だったから、あまりそのことを考えてなかったらしい。パウロは肩をすくめて言った。
「まあ向こうで何とかお金ためて、よろしくたのむよ」
 勘弁してくれよ。
 なんで全滅した時に生き返るの、毎回俺なんだろう。サマルトリアよりローレシアが先にできたからそういうことになってんのかな。
 俺が死ぬの嫌だって思うのは、パウロが死んでるのを何度も見てるからかもしれない。パウロだって俺が死んでるところ見たら、もっと死ぬの嫌がるんじゃないかな。たまには交代してくれてもいいのに。

 まあ、沼からムーンペタまでだってなんとかなった。泉までもなんとかがんばろう。気合いを入れて町の門に向かう途中、前方から犬がやってきた。この前ついてきた犬だ。俺たちに気づき、しっぽを振って近づいてくる。
「食いもんは持ってないって言ったのになあ」
「犬……」
 パウロがつぶやいて、道具袋からラーの鏡を取り出した。
 ああ、そうだった。これから犬を見かけたら、手当たり次第にためしていかなきゃいけないんだ。まず一匹目。
 犬に向けられた鏡をのぞきこむと、そこには犬はいなかった。映っていたのは、俺たちと同年代の女の子だった。
「えっ」
 振り返り、犬と鏡を見比べる。当たりか? 一発目で?
 鏡が光り、犬がその光に包まれた。と思ったら鏡の方はひびが入って砕け、犬がいたところには、さっき鏡に映っていた女の子が立っていた。
「ああ……元の姿に戻れるなんて。もうずっとあのままかと思いましたわ」
 自分の手を見てつぶやいている。ムーンブルクのプリン王女だ。探すの苦労すると思ってたけど、あっさり見つかった。
 人間に戻ったとはいえ、プリン王女の表情は硬かった。ここまで色々あったんだし、そりゃそうだろう。硬い表情のまま目を上げ、パウロに言った。
「お久しぶりです、パウロ王子。ハーゴンを討伐するために旅立たれたのですか? それに……」
 そこまで言って俺を見る。あ、そうか。俺とは初対面だけど、パウロは前にも会ったことがあるんだな。
「俺はローレシアのゼロだ。俺もパウロと同じで、ハーゴンを倒すために旅に出たんだよ」
「ゼロ王子ですね。はじめまして。私はムーンブルクの王女、プリンです。どうか私も、あなたがたの仲間にしてくださいませ。ともに戦いましょう」
 仲間。
 プリン王女の言葉を聞いて、俺はパウロを振り返った。そう、たしか仲間にするのはまずいんだ。王様が死んじゃって、ムーンブルクの勇者の称号がちゃんと役に立つかわからないから。
 なんて言えばいいんだろうと思ってたら、パウロがあっさり言った。
「悪いけど、連れていくわけにはいかない」
「……なぜ、ですか。私にも魔法の心得があります。お役に立てると思います」
「そういう問題じゃないんだよ」
 パウロは勇者の称号のことを説明して、死ぬのが前提の旅には連れていけないともう一度断った。プリン王女はそれを聞いても表情を変えなかった。
「父が死んだ後も、私は何度か死んで生き返っています」
「知ってる。でも、これから先もずっとそうとは限らない」
「かまいません」
 プリン王女の声が少し低くなった。
「どうしても、仲間にしてはいただけませんか?」
「だめだよ。当面はこの町にとどまって……」
「パウロ。仲間にしよう」
「な」
 口を挟んだ俺を、パウロとプリン王女が見た。パウロは驚いてて、プリン王女も驚いてた。でもプリン王女は驚いた後嬉しそうになった。
「ありがとうございます、ゼロ王子」
「何言ってるんだよ、ゼロ!」
「だってさ、仲間にしなかったら一人で行きそうじゃねーか。だったら一緒に行った方がいいよ」
 もし俺が勇者の称号をもらえなかったら? 多分、それでも旅に出たと思う。元々そういう旅がしたかったからだ。プリン王女にはそれどころじゃない、ハーゴンを倒しに行く理由がある。なにしろ城ごと滅ぼされてるんだからな。止めようったって無理だろう。
 パウロがプリン王女を見た。プリン王女はうなずいた。パウロはため息をついた。
「……わかった。一緒に行こう」
「ありがとうございます、パウロ王子」
「礼を言われるようなことじゃないよ。危険な旅なんだから」
「まああれだよ。なるべく死なないように注意していこうぜ」
「注意すればなんとかなると思うかい」
 全然思わない。
 黙った俺を見てパウロはまたため息をつき、地面に散らばっているラーの鏡のかけらをひとつ拾いあげた。 
「でも……そういえば、死ぬ以外にも心配が増えたね」
「え、何が?」 
「人を動物に変えるという呪いのことだよ」
 パウロの手の上でラーの鏡のかけらはさらに崩れて、砂みたいになってぽろぽろ落ちた。
「死んで生き返っても呪いは解けない。ラーの鏡ももうない。ハーゴンにあんな呪いをかける力があるんじゃ、これから先どうなるか……」
 そう言われればそうだ。強い動物ならなんとかなるだろうか。武器が持てないから駄目か。動物の種類はどうやって決まるんだろう。
「それは、そこまで心配することはないと思います」
 俺が考えていたら、プリン王女が小さな声で言った。
「私にあの呪いをかけたのは、軍勢を率いてきたハーゴン自身でした。あのような、人が人でなくなる呪いは、大神官であるハーゴンにしかかけられないようです」
「でも、いつかはハーゴンにも会うんだぜ」
「それに……私があの姿になるまでに、あの呪いは何度か失敗しました。城の王の間で殺されて、生き返って、また殺されて。それを何度か繰り返してからまた呪いをかけられて、それでようやくあの姿になったのです」
 話の内容はひどいもんだったが、プリン王女は話しながら表情を変えなかった。
「犬になった私を見て、ハーゴンは言いました。このような呪いは、希望を持つ者にはかからないのだと。お前は絶望したのだと。あの王の間で生き返るたびに殺されて、私は希望を失っていたのでしょう。だからあの呪いにかかった。再びあの呪いにかかることがあるとすれば、それは」
 プリン王女はうつむいて、ぽつんと言った。
「この旅の行く末にも、希望を失った時です」
「そうか。じゃあこれから先は大丈夫だな」
 俺がそう言ったら、プリン王女は顔を上げて俺を見た。そのまましばらく見ていた。
「何?」
「いいえ。何でもありません、ゼロ王子」
「ならいいけど。あ、そうだ。仲間になったんだから呼び捨てにしてくれよ。俺もそうするから」
 プリン王女はそう言われてパウロを見た。パウロはうなずいた。
「うん、僕もそうしてほしいな。気を使いたくないし」
 プリンもうなずいて、少し笑った。
「わかったわ。よろしくね、ゼロ、パウロ」
「おう! よろしくな、プリン」
「よろしく。ま、これで合計の債務は増えたけどね。合計30万ゴールドだ」
「債務? 何のこと?」
 プリンが不思議そうな顔をした。そうか、それも説明しないと。


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ゼロ : ロトのしそん
レベル : 10
E どうのつるぎ
E かわのよろい
パウロ : まほうせんし
レベル : 9
E こんぼう
E かわのよろい
プリン : まほうつかい
レベル : 1
E ひのきのぼう
E ぬののふく
財産 : 8 G
返済 : 4000 G
借金 : 296000 G