「お父様がハーゴンに……百万ゴールドを……」
話を聞いて、プリンは呆然とつぶやいた。
「そういえばあの時……ハーゴンはお父様に、お前と交わした契約を使うとか……そんなことを言っていたわ。お父様も心当たりがあるようだった」
ああ、やっぱり借金自体はでっちあげじゃなかったんだなあ。それで親戚みんなに『とりたて』をかけるのは滅茶苦茶なことだとしても。
「ごめんなさい……ローレシアやサマルトリアとは無関係のことなのに。この旅が終わったら、そちらの方たちが被った負債分、私が必ず返すから」
プリンが悲愴な顔で言う。父親の借金百万ゴールドなんてどっかで聞いたような話だよな、とかふざけたことを言える雰囲気じゃなかった。
「いいって別に。気にすんなよ。ご先祖だって自分の借金じゃないの返したんだから同じだろ。なあ?」
「え、ああ……同じかどうかはともかく、この旅の過程で返済される分は気にしなくていいんじゃないかな。そういうものだと思うし」
俺とパウロがそう言っても、プリンは深刻な顔のままだった。まあ気にすんなったって無理だよな。だけど正直なところ、今そっちの方は本当にどうでもいいんだ。
「そんなことより。問題は金使えないから宿屋で回復ができないってとこなんだ」
「……では、どうやって回復を?」
「ローレシアの北に勇者の泉ってとこがあってさ、そこの泉で回復できるから、HP減ってきたらそこに行くんだ。今もこれから行く」
ほんと面倒だよな。ご先祖もこんな苦労してたのかな? してないような気がする。パウロが難しい顔で首を振った。
「ただ、今はMPがなくてHPを回復できない。死なずに戻るのは厳しいかも……」
「…ベホイミ」
プリンが変なことを言った、と思ったら俺の体が光りだした。これ、回復呪文をかけてもらった時になるやつだ! 光が消えたら体の傷も消えていた。
「お前も使えるのか!」
「ええ。まだこれしか使えないけど」
プリンはそう答えて、パウロにも同じ呪文をかけた。パウロの傷もみるみるうちに治っていく。すげえ。これなら死なずに泉に行けるんじゃないか? やった!
「これパウロが使うやつと違うのか?」
「ベホイミはホイミの上位呪文だよ」
パウロも少しほっとしたように言った。
「消費MPはそんなに変わらないけど、回復するHPはホイミよりずっと多い」
「そうなのか! すごいな!」
「……ありがとう」
俺が感心したらプリンはそう言ったが、なんだか妙な顔をしていた。なんだろう、と思ったらパウロが言った。
「ゼロは呪文を使えないんだよ。これから先も使えるようにはならない。知識もないから、呪文を覚えたら内容を説明してやって」
「ああ、そうなの」
それでプリンは納得したようだった。呪文を使える奴にとっては常識みたいな話だったのかもしれない。そういえばロトの子孫で呪文の資質が全然ないのは珍しいらしいし、プリンも俺がそうだとは思わなかったんだろう。ちょっと情けない気分になった。
「その代わりゼロは、腕力なのか剣の腕なのか知らないけど、呪文を使わなくても攻撃力が高いからね。どうのつるぎで攻撃してもギラよりずっと強い。そのあたりは実際に見ればすぐ分かると思うけど……どうしたの?」
口を開けて見てたら、パウロが話を途中でやめた。プリンが俺とパウロの顔を見比べている。俺はプリンに言った。
「パウロが俺のことほめるなんて多分初めてだからびっくりしたんだ」
「そうかな? いや別に今のはほめたわけじゃなくて説明しただけだけど、MPの消費なしであの攻撃力を維持できるのは大したものだとはいつも思ってるよ」
そうだったのか……知らなかった。確かに魔物をたくさん倒してるのは俺の方だけど、俺は普通に攻撃してるから、なんだかそれは当たり前のような気がしてた。俺はちゃんとやってるんだな。
ちょっと感激している俺にかまわず、パウロはプリンに続けた。
「それにHPも守備力も高い。だからプリン、君は最初のうちはゼロを壁とか盾だと思って、後ろで身を守ってるといい。戦いに参加するのはある程度レベルが上がってからでいいさ」
「おう! 壁だと思ってくれ!」
俺が勢い込んで言うと、プリンは少し首をかしげて俺を見てからうなずいた。
「おおーい、ゼロよ!」
町の出口に行く途中で、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。振り返って驚いた。そこにいたのはじいちゃんだった。俺の親父の親父、ローレシアの先代国王だ。教会のわきの木陰で手を振っている。
「じいちゃん! なんでここに?」
俺が駆け寄ると、じいちゃんは満足そうにうなずいた。
「やっと来たか。待ちくたびれたぞ」
「待ちくた……?」
「さて、どうする。ここを拠点とするか?」
? 何言ってんだろう。
「何の話だよ?」
俺が聞き返すと、じいちゃんは妙な顔になった。
「あやつに聞いとらんのか。国王に。国王陛下に。わしらが城を出たことも知らなかったのか」
「それは知ってたけど、何しに行ったのかはじいちゃんに聞けって言われたぜ。その方がわかりやすいって」
「まったく、あやつらしいのう。面倒なことはすぐ人任せじゃ」
じいちゃんは顔をしかめてから話し始めた。
「……王族はな、勇者に対して、ある程度は王の代理ができるのじゃ。かつて我が母ローラ姫がしたように、レベルが上がるまでにどれくらいかかるかを教えたり、そして勇者の拠点となることもできる」
拠点。死んで生き返った時に飛ばされる場所。今はサマルトリアがそれだ。
へえ、王族なら拠点になれる……。
「あ! それじゃ、じいちゃんがここにいれば」
「そうういうことじゃ。わしはそのためにローレシアから来た。そなたたちの旅は、おそらく世界を巡るものとなろう。拠点がローレシアとサマルトリアだけでは、あまりにも不便じゃからのう」
おおお。これはひょっとして、すごく便利なことなんじゃないか!?
と一瞬盛り上がったけど、どうなんだろう。死んだら戻る場所がここになるのは便利だけど。
(何か忘れているような気がするな……)
しばらく考え、思い出す。そうだ、あれだ。
「なあパウロ。前にさ、拠点に一瞬で戻れる呪文があるとか言ってたよな」
「ああ、ルーラだね。まだ覚えてないけど、多分次に覚える呪文だ」
「そうか、次か」
もうすぐ使えるようになる……。俺はちょっと考えて、パウロとプリンに聞いた。
「拠点、サマルトリアのままでもいいかな」
「僕はかまわないよ」
「私は……まだこの旅の状況がよくわかっていないし、任せるわ」
俺はじいちゃんに向き直って言った。
「じいちゃん。せっかくだけど、今はいいや」
「なんじゃ。そうか」
「うん。回復できるのが勇者の泉だけだから、あそこに近いところを拠点にしときたいんだ。勇者の称号があるから死んでも生き返るけど、できれば死にたくないからさ」
「そうか。うん、それがいい。わしも孫にはできれば死なないでいてもらいたい」
じいちゃんはそう言って笑った。せっかく旅先で会ったのに、なんか悪いな。
(あ、そういえば伯母さんも城を出たんだったよな)
伯母さんもこの町にいるのか? あたりを見回したが、見当たらなかった。
「何をきょろきょろしとる」
「じいちゃん、伯母さんは一緒じゃないの?」
「同じ町にいるわけがなかろう。拠点にできる場所はなるべく多くせねばならん」
「え、じゃあどこ行ったの」
「ふふん」
じいちゃんはなぜか嬉しそうに鼻を鳴らして、もったいぶってから言った。
「アレフガルドよ。本当はアレフガルドにはわしが行きたかったんじゃがのー。年寄りは近場にしろなどと言われてこの町になってしもうた」
アレフガルド! ロト伝説の生まれた場所だ。アレフガルドを拠点にして旅するなんて、ご先祖の旅みたいだな。といっても拠点にするかどうかはわからない。勇者の泉みたいなやつがそっちにもあればなあ。
「そなたたちもいずれはアレフガルドに行くことになろう。その時は……」
じいちゃんはなんだかしみじみとした調子で続けた。
「わしの兄に会いに行くといい」
「兄?」
じいちゃんは初代ローレシア王の長男で、だからローレシアの2代目の王になったはずだ。また俺だけ知らない話かと思ってちらっとパウロを見たが、今度はパウロも知らないらしく、首をかしげていた。
「兄って? 兄貴分みたいなもん?」
「まあそんなところじゃ。わしの自慢の兄じゃ。わしのように老いぼれてもおらんしのう。きっとそなたたちの力になってくれよう」
兄貴分なのにじいちゃんより年取ってない? 年のわりに若く見えるとかそういうのだとしてもじいちゃんは90超えてるし、何か変な話だな。
「アレフガルドのどこにいんの、その人」
「王都ラダトームの、海をはさんで対岸にある島じゃ。そこに建つ城の主がわしの兄よ」
「……それは」
パウロが何か言いかけたが、じいちゃんはさえぎるみたいに手を振った。
「まあいいから会いに行け。きっと喜ぶぞ」
会いに行けったってアレフガルドは海の向こうだ。とりあえずは泉に戻って回復しないと。
ベホイミなんて呪文使えるけど、プリンはまだレベル1だった。でもさっきベホイミを2回使ったのに、まだベホイミを使えるMPが残ってるらしい。レベル1なのに。すげえ。
プリンには戦闘中防御してもらって先に進む。ローラの門を越えた。ここから先はもう死ぬ危険は少ない。やった。あんなボロボロになったのに死なずに戻れるのか。
勇者の泉に向かいながら、プリンにロンダルキアに行く方法を聞いてみた。ムーンブルクとロンダルキアには交流があったはずだから、プリンなら知ってるんじゃないかというわけだ。前にパウロがそう言ってた。
「確実な話ではないけど……」
プリンはそう前置きしてから言った。
「年に一回、ロンダルキアから友好使節が来ていたの。お城から西に行くとほこらがあるのだけど、そこにある旅の扉を通ってこちらに来ているとは聞いたわ」
旅の扉。ローレシアの城にもあるからどういうものかは知ってる。いつも渦巻いてる小さい泉みたいなやつで、飛びこむと遠いところに一瞬で行けるんだ。
ローレシアにあるやつは、小さな無人島につながってる。どこだかは知らないけど、気候もだいぶ違ってるからすごく離れたところにあるんだろう。たまにあっちの海で泳いだりもする。
「じゃあ、そこの旅の扉から、ロンダルキアに行けるってことか?」
だとしたら、国を閉ざしてるわりには簡単に行けることになる。プリンは難しい顔で首を振った。
「わからないわ。行って確かめてみないと……あ、でも」
プリンははっとしたように俺たちを見た。
「あなたたち、金の鍵を持っている?」
俺はパウロと顔を見合わせた。パウロが答えた。
「持ってはいない。城にはあるけど、持ち出すのは難しいね」
そうなんだよな。ちょっと前にそんな話をしたっけ。宝物庫やなんかの鍵だから、「とりたて」がかかってる今の俺たちには渡してくれないんだ。
「そう……」
「無いと駄目なのか」
「旅の扉のある部屋には、金の鍵がなければ出入りできないの。毎年、ロンダルキアからの友好使節が来る時期には、出迎えの者が金の鍵を持ってあのほこらで待機することになっていたわ。今年もその時期が来て、迎えの者が出発して……お城では歓迎の準備をしていたのだけど」
プリンはそこまで言って黙った。俺はなんとなく、ほこらで起こったことを想像した。ロンダルキアの友好使節です開けてくださいとか扉の向こうから言われて、開けたら軍勢がワーッて出てくる光景だ。ふざけたことしやがってと腹が立った。
「……だけど、それなら」
考えていたパウロが言った。
「今は扉は開いたままになっているはずだね。鍵がなくても大丈夫じゃないかな」
「あ、そうか。そうだよな!」
「いいえ」
俺は勢いづいたが、プリンはあっさりと否定した。
「見に行ったけど、扉は閉まっていた。きっと鍵を奪って……元通り閉めたんでしょうね」
え? 俺は思わずプリンをじろじろ見た。
「見に行ったって、いつ?」
「あなたたちと会う少し前」
「だって……犬だっただろ」
「ええ。犬だった」
俺は犬だった時のプリンを思い出した。猛犬でも猟犬でもなんでもない、わりと小さい犬だった。人の言葉を話せないなら魔法も使えないだろう。
「よく行けたな。魔物に襲われなかったのか?」
「襲われたし、何度か死んだわ。一度だけ、全部運良く逃げることができて、ほこらまでたどりついた時があったの。扉が閉まってたからそのまま帰って、帰りにはまた死んだけど」
俺たちはいつのまにか立ち止まって話していた。俺はプリンが言ったことを考えた。死んで生き返った時に戻るのは、あの人魂が飛んでるぼろぼろの王の間なんだろう。今さらだけど、プリンは本当にひどい目にあったんだな。自分が旅立った時に喜んでたことが本当に後ろめたくなってきた。
「金の鍵……なんとかして取った方がいいよな」
俺はパウロに言った。パウロもうなずいた。
「そうだね。城にあるのは確かだし、場所をさぐってどうにか……」
「まだ、無理に手に入れる必要はないと思う」
プリンがさえぎるように言った。
「後々面倒なことになるのでしょう? 他の方法を試してからでもいいんじゃないかしら」
「けど、ロンダルキアにつながってるかもしれないんだぜ」
「…つながっていたとしても、今の私たちが行ったら無駄に死ぬだけよ。私はハーゴンの軍勢を……ハーゴンが率いていた魔物の強さを見た。せめて、ムーンブルクの周辺の魔物くらいは無傷で倒せるようにならなければ、ロンダルキアに行く意味はない」
行きましょう、とプリンが歩き出した。と思ったらすぐ立ち止まり、後ろを歩く俺とパウロを振り返った。魔物でも出たのかと思ったけど別にそんなこともなく、プリンはなんだかすました顔をしていた。泉の方向を知らないから止まっただけだったらしい。
またムーンペタに戻り、次はどこに行こうかとうろつく。泉までの道中でレベルが上がったプリンは、さらにたくさんベホイミを使えるようになった。今までは勇者の泉からムーンペタまで歩いてきたら、もう泉に戻ることを考えなければいけないような状態だったけど、プリンのベホイミのおかげでそれがだいぶ変わった。今までよりは長いことうろつけるようになった。
戦いにも余裕が出てきた。マンドリルとリザードフライ2匹ずつに襲われて、まずいと思ったけど勝てた。でもやっぱりHPがだいぶ減って、今回はこれで泉に戻る頃合いになってしまった。
強くはなってると思うけど、なかなか進まない。ムーンブルク周辺の魔物くらいは無傷で倒せるようにならなければ、ロンダルキアに行く意味はないというプリンの言葉が身に染みる。無傷でというのがポイントなんだよな……無傷で進めればどこまでも行ける。そこまで強くなるのにどれくらいかかるだろう。
泉に戻る途中で、プリンのレベルがまた上がった。
「……覚えた」
プリンが拳を固めて言い、俺とパウロを見た。
「新しい呪文か?」
「ええ。バギという呪文」
「へえ!」
声をあげたのはパウロだった。すごいね、と嬉しそうだ。すごいのか。
「どんな呪文だ?」
「攻撃呪文。これで私も戦いに参加できるわ」
その威力は次の戦いで披露された。本当にすごかった。空気をズバズバ切り裂く見えない攻撃が、魔物に襲いかかるんだ。何匹もいっぺんに倒せる。
すげえ!と騒いでたらプリンが言った。
「でも、出てきた魔物全員にではないわよ。固まってるグループにだけ」
「そりゃそうだろ」
「全員にダメージを与える呪文も、いつか覚えるわ」
はあー……。
俺は感心して、また羨ましくなった。いいなあ。呪文てすごいよな。俺なんで使えないんだろ。
プリンがバギを使えるようになったのは大きい。マンドリル3匹が出ても焦らなくなった。どんどん進む。
「おい、あれ何だろう」
ちょっと高い丘にのぼって遠くを見たら、山と山の間に高くそびえるものが見えた。
「塔みたいだけど……」
何の塔だろう。行ってみよう、ということになったが、山があるから行けない。大回りすれば行けるかなとまたうろついた。こんなにうろうろできるなんて、ずいぶん変わったよな。
それでもパウロとプリンのMPは減っていく。そろそろ戻らないとまずいか、という時にパウロのレベルが上がった。
「あ」
そしてパウロが短く声をあげた。おお! これはあれか!
「なんか覚えたのか!」
「覚えたの?」
俺とプリンは同時に身を乗り出した。パウロはなぜか咳払いをしてもったいつけてから言った。
「……ルーラを覚えた」
やったー!
ついにきた。拠点に飛んで行ける呪文。サマルトリアまで一瞬で行ける呪文だ。泉への往復がこれでほぼ片道で済むようになる! まだ少しは余裕があったけど、さっそく使ってみようということになった。
「ルーラ」
パウロがそう言うと、一瞬まわりが空の色になって、その次の瞬間には地面に立っていた。あたりを見回した。サマルトリアの城門の前だ。いつもならあんなに長々歩くのに。なんだか現実じゃないみたいで、ちょっとぼんやりしてしまった。
「さあ、泉に行こう」
パウロがさっさと歩きだした。こんな呪文使えるようになったのに、なんだかあまり嬉しそうじゃなかった。俺も歩きだしながら、ちょっと振り返った。サマルトリアの城がある。本当に一瞬でここに来たんだと思った。
「すげえなあ……」
「すごいわね……」
思わず出た言葉に、隣を歩くプリンが相槌を打った。俺たちは顔を見合わせて、なぜだかうなずき合った。パウロが振り返って変な顔をした。
泉で回復して、ムーンペタへ向かう。歩く距離が約半分になったから楽になったはずなんだけど、なんかこう、逆にあれだな……ムーンペタに行くのは歩かなきゃいけないのか、みたいな気分になる。サマルトリアに飛んできた時にはあんなに感心したのに、慣れとか欲とかは恐ろしい。
ともあれムーンペタに着き、ここまでの行ったり来たりでたまった2千ゴールドを返済した。金の入るペースも上がってきた。いいことだ。とりあえず俺たちの分の30万ゴールドの返済が終われば、宿屋とかも使えるようになるんだろうし。当分先の話だけど。
例の塔に入るための道を探してうろついた。行く手をふさいでいる山脈に沿って歩いていたら、塔は南にあるのに北に向かって進んでいた。まあそっちにはまだ 行ったことないし、塔に行きつけなくても何かあるかもしれない。とりあえず進んでみる。
どんどん出てくる魔物と戦いながら進む。少し前までと違って死にそうになることはほとんどなくなった。プリンのバギがあるからだ。けどそれは、プリンのMPが勢いよく使われるということだ。そんなわけでプリンのMPがなくなり、パウロのルーラでサマルトリアに戻って泉に向かう。回復して、また泉からムーンペタに歩く。千ゴールド返済した。
泉に戻るたびに誰かレベルが上がってるから、その次は前よりは進めるようにはなる。今度はできる限りバギを節約して進もうということになった。頼りすぎちゃいけない。プリンのMPは回復にも必要なんだ。俺だってレベルは上がったし、俺は攻撃しかできないんだから、しっかりやらないとな!
山脈に沿って北へ進むと海岸に出て、そこから南へと進めた。やたら遠回りになったけど、ついに例の塔にたどりついた。近くで見るとずいぶん古ぼけた塔だ。壁に穴があいてるのも見える。特に目的があってきたわけでもないけど、何の塔なんだろう。
中に入る。塔だからとにかく上を目指して進んだ。が、行き止まりだったりやたら狭い部屋に行きつくだけだったりとあまり収穫はなかった。
階段を昇り降りしているうちにプリンのMPがなくなった。今回はここまでだ。バギを節約したせいか、前に比べたらずっと長く進めた。でもやっぱり泉からここまでは遠いよなあ。
泉で回復し、ムーンペタに戻る。また2千ゴールド返済し、塔へと向かった。距離は長くても、もう遭遇する魔物とも危なげなく戦える。塔に入り、今度は前回行けなかった場所を目指す。
「あ、呪文覚えた」
そんな探索中にパウロが言った。レベルが上がったのだ。
「何の! どんな!」
俺はあわてて聞いた。パウロやプリンが何か呪文を覚えるたびに行動範囲が広がってるような気がする。覚えたと聞けばどうしても盛り上がってしまう。
「リレミト、という呪文だよ。役には立つ……ええと、唱えると、建物とか洞窟から脱出できるんだ」
なんかの冗談かと思ったけど、冗談ではないらしい。そんな都合のいい呪文があるのか? 呪文て本当に何なんだろう。
「でもここは塔だからね。適当なところで飛び降りれば、わざわざこの呪文を使う必要もないよ。主な使いどころは地下の洞窟とかになるだろうなあ」
「この塔、飛び降りたりできそうなところなんかあったか?」
入ってから、まだ外の景色を見てないと思う。
「今のところはないけど。外から見た時に、壁の穴とか壁の外の通路らしきものがあったよ」
そういえば穴あいてたな。そうか、その意味でもやっぱりこの塔、まだ行ってない場所があるんだな。
「壁の外側かあ」
1階に戻り、今度は壁際を探索してみる。気づかなかった場所に階段があった。のぼったら、まさにそこが壁の外側の通路だった。またその先の階段をのぼる。また壁の外側だ。これならどれだけ進んでも、戻りたい時にぱっと戻れそうだ。
前に来た時には行けなかった、上の方の階までのぼれた。一番上の階には宝箱があって、中には指輪が入っていた。
「祈りの指輪だ」
パウロがなんだか顔を曇らせて言った。
「装備できるやつか?」
「いや、道具だよ。指にはめて祈ると、MPが回復するんだ。……換金できるから使えないけどね」
ああ、そういうことか。MP回復……そんなことできる道具があるんだなあ。これから先の旅、泉からの距離がどれだけ長くなっても、これ使えたらずっと進めるのにな。やっぱり「とりたて」ってけっこう大変だ。
来た道を戻り、さっき行かなかった方の階段にのぼったりして探索を続ける。最後にたどりついた部屋にも宝箱があって、開けたら布が入っていた。
「なんだこれ」
広げてみたらマントだった。空みたいな色のマントだ。さっそく装備してみる。上から羽織れるからちょっとでも守備力が上がればありがたいと思ったのだが。
「どう?」
「……うーん」
守備力は全く上がらなかった。しかしそのことにがっかりする前に、装備した時の軽さに驚いた。本当に着たのか自信がなくなるほどだ。端を握って軽く振ってみた。何か、普通の布と違う。身に着けたままその場でジャンプしてみた。なにか体がフワッとした。何だこれ。何だこれ。もしかして。胸がわくわくしてきた。
「……どうしたの?」
プリンが不思議そうに言った。俺はこぶしを握りしめて、頭に浮かんだことを言った。
「空を飛べる気がする」
パウロとプリンが顔を見合わせた。プリンが首を振り、パウロがため息をついた。
「早く戻ろうよ」
「ちょっと待て! ほんとに飛べる! 絶対! 絶対だ!」
俺は主張しながら何度かジャンプした。また少しフワッてなった。絶対飛べる。
けどパウロやプリンには、俺がフワッてなったことがわからないみたいだった。困った顔をしている。ちょっと焦った。俺がいきなり変なこと言いだしたみたいに思ってるんだろうか。こうなるとなおさら、本当に飛べるんだということをわかってもらわないといけない。
どっちにしても、今回は呪文を使わずに飛び降りて帰ることには変わりない。俺たちは来た道を戻って壁の外側にある通路に行った。
床のふちに立って地面を見下ろす。高い。これなら絶対にいける。飛べる。俺は自信を持って言った。
「よし、パウロ、プリン。両側からしっかり俺につかまってくれ」
二人は同じようなきょとんとした顔をして、それからパウロは顔をしかめ、プリンは微妙な笑い顔になった。
俺としては一緒に飛んでもらいたい。別々に飛び降りたら、きっと俺だけ遠く離れて飛んで行ってしまうだろう。そういうことを言おうと思ったが、その前にプリンが肩をすくめてからうなずいた。
「これでいい?」
少しかがみこみ、俺の体の左側から胴に腕を回した。
「そうそう、しっかりつかまってろよ。絶対飛ぶから。パウロは右側な。ちょっと重さ違うだろうけど、ちゃんと俺がバランスとるから」
「……ああ、そう」
「まかせとけって!」
「わかったよ」
パウロも渋々ながら俺の右側についた。重さは3倍になるけど、それでも相当飛べるような気がする。また地面を見た。遠い。高い。風が強い。わくわくしている俺の左右から、プリンの少し面白がってるような声と、パウロのため息まじりの声がした。
「いつもこうなの?」
「多分ね。僕も別に長いつきあいじゃないから、よく知らないけど」
いくぞ、と声をかけると、左右からの俺の体につかまる力が強くなった。床を蹴り、飛び出す。
体が、上に弾き上げられる!
さっきその場でジャンプしてた時とは比べものにならない。すごく大きなやわらかいもので、勢いよく殴り上げられたみたいだ。急いで左右のバランスをとる。遠くへ、長く飛びたい。
「わあ」
「うわ」
俺の体の両側で、プリンとパウロが声をあげた。
「すごい……」
「飛んでる……」
ほらな、ほらな! 飛べるって言っただろ? 俺は嬉しくなった。本当に飛んでいる。
「飛んでるぞー!」
大声で宣言した。
「言わなくたって分かってるよ」
パウロが言ったけど、お前だって「飛んでる」って言ったじゃないか。分かってたって言いたくなるんだ、そうだろ?
体が落ちていかない。不思議だ。ああ、気持ちいいな。飛ぶっていいなあ。
俺たちはゆっくりと高度を下げ、丘を一つ越えたあたりでふわふわ降り立った。着地の衝撃はまるでない。プリンとパウロは俺から手を離し、遠くに見える塔をながめて、ほとんど同時に深く息を吐いた。
「こんなに飛んだの?」
「驚いたな……」
本当に不思議なマントだ。
端をつかんで改めて見る。重さをちっとも感じないのが妙だけど、見た目は普通の布みたいなのにな。見ているうちに、俺の頭にひらめきが走った。急いでプリンに言った。
「そうだ! これを使えばロンダルキアに飛んで入れるんじゃないか?」
「え……ああ」
プリンが少し笑って答えた。
「いいアイデアかもしれないわね」
「だろ!」
俺は勢いづいたが、プリンは笑ったまま首を振った。
「でも、行くのがロンダルキアでなければの話。あの国は、世界で最も高い場所にあると言われているの」
「なんだ……そうなのか」
がっかりした。そういえばムーンブルクの南の山脈、すごい高さだったもんな。雲の上まで伸びてた。飛んでいくにはまずあれに登らないと駄目ってことか。
(これをバタバタさせて飛べたらなあ)
もう一度マントを見た。そういうのが無理なのはなんとなくわかる。
でも、また高いところに登る機会はきっとあるだろう。これはそのまま着ていよう。空気みたいで全然邪魔にならないし。
ムーンペタまで徒歩で帰り、塔で手に入れたものを売った。祈りの指輪は1950ゴールドで売れた。金もどんどん返してるな。
その後はいつものようにルーラでサマルトリアに飛び、回復のため泉に向かう。てくてく歩いて、たまに襲ってくる魔物を倒しながら、3人で次にどこに行くかを話した。
塔にはもう何もないだろう。今度行くのはまた別の場所だ。金の鍵があれば、ムーンブルクの西にあるほこらからロンダルキアに行けるのかもしれないが……。
「でも、金の鍵がなくても、あのほこらからさらに西には行けるはずよ」
「じゃあ行ってみるか」
とりあえず、今行けるところだよな。金の鍵はローレシアとサマルトリアにあるはずだから、どうにかして手に入れることはできるかもしれないけど、色々めんどくさそうだ。へたしたら王子のくせに自分とこの城で強盗みたいな真似しなきゃいけないかもしれないし。けど、ロンダルキアに行く方法がどうしても見つからなかったらそれもしょうがないのかな…。
「あっ」
その時、俺は唐突に思い出した。
そうだ。ロンダルキアにどうやったら行けるか、知ってそうな奴がいる。あいつに聞こう。あいつならきっと知っている!
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ゼロ : ロトのしそん レベル : 14 E どうのつるぎ E かわのよろい E かぜのマント |
パウロ : まほうせんし レベル : 12 E こんぼう E かわのよろい |
プリン : まほうつかい レベル : 8 E ひのきのぼう E ぬののふく |
財産 : 319 G 返済 : 14000 G 借金 : 286000 G |