11.竜王の城


  ラダトームの対岸の城は、昔竜王の城があった場所と同じだそうだ。こんなすぐそばにある城に行くために、ロトの勇者はアレフガルド中めぐってアイテムを集めたり色々苦労したのだ。
 けど今は、ラダトームから船を出して最短距離を渡ってすぐだ。変われば変わるなあなんて思いながら上陸して近づいてみて、あれっと思った。対岸の城はぼろぼろだった。ラダトームの城壁どころじゃない。まるで廃墟だ。対岸の城主様という人はこんなところに住んでるんだろうか。
 城門から中に入ったら、外から見るよりさらにひどかった。あちこち崩れてて、城の形をしてる部分ははりぼてみたいなもので、見上げると何の邪魔もなく空が見える。瓦礫が転がってて、毒の沼地もある。いよいよおかしいと思った。本当にこんなところに住んでるのか?
「こんにちはー」
 大声で呼んでみた。響いたけど、返事はない。
「どうしよう」
 俺が言うと、パウロがちょっと離れたところを指さして「あれかな」と言った。瓦礫に隠れて地下への階段があった。

 階段を下りると洞窟だった。普通の土壁の洞窟だ。けっこう広くて、非常用の通路とかそういうものでもなさそうだった。
「ロトの勇者は竜王の城の隠し階段を見つけて、そこから地下の迷宮を抜けて竜王のもとに着いたのよね」
 プリンが言った。ちょっとわくわくしてるみたいだった。
「このお城が竜王の城と同じ場所に建っているのなら、ここがその迷宮なのかも」
 おお。俺もそれを聞いてだいぶテンションが上がった。ロトの勇者が挑んだダンジョンだと思うとなんだか違って見える。がんばって制覇しようという気になった。
 普通の洞窟と同じように、ここも魔物が出た。ラダトームの大臣が言ってた通り、たくさん出た。しかも地上にいる敵より強い。普通の洞窟ならわかるけど、主のいる城の地下だと思うと変な気もする。
 まあいいや。ロトの勇者が制覇した地下の迷宮なら、ちょっとくらい苦労したっていい。それに今の俺たちはちょっと前の俺たちとは違う。MPを回復してくれるじいちゃんがすぐ近くにいるのだ。残りMPが少なくなったら気軽に出直せるからパウロとプリンは惜しまず魔法を使えて、強い魔物が出てきても堂々と渡り合える。
 なんて思ってたら油断したのだろうか。プリンが集中攻撃をうけて死んだ。あわててラダトームに戻る。近場で蘇生もできるのはいいことだけど、やっぱり蘇生しなきゃいけないような状況になるのはいやだ。
「ごめんなさい。私やっぱり守備力低いわね……」
 生き返ったプリンはそんなこと言いながらもけろっとしてたけど、やっぱり仲間が死ぬのはだめだ。それにプリンには、勇者の称号を与えた王様がもう死んでるからいつまで蘇生できるかわからないという不安要素もある。もっと慎重にならないといけない。

 何度か出直しながらもだんだんと先に進めるようになった。強くなって先に進めるようになるっていいもんだ。こうなるとちょっと目的を忘れて、進むこと自体が楽しくなってくる。地下へ地下へと進んだ。
 地下に進むとまた少し強い魔物が出てきたりする。それでも戦えることは戦えるはずだという自信はあった。ところがいきなり、一目で無理だとわかる魔物が出てきた。めちゃくちゃでかくて、強そうだった。こっちに気づいて振り向いた時に腕が壁にぶつかり、壁に亀裂が走った。今まで戦ってきた魔物とはけたが違う。
 なんでいきなりこんなやつが。どう考えても勝負にならない。隙を見て逃げようとじりじり後ずさった時、突然その魔物がふっとんだ。後ろからまた別のやつが現れた。同じくらい大きな、一頭の竜だった。
 竜が魔物と戦い始めた。その隙に逃げるべきだったんだろうけど、俺たちは唖然として、そのままその戦いを見ていた。
 魔物の攻撃を尾であしらった竜が激しい炎を吐き、勝負はあっさりと決まった。倒れた魔物に背を向けて、竜がこちらを向いた。大きな金色の目がぎろりと俺たちを睨む。やばい、と身構えた時だった。
「こんなところで何をしている! 今はこちらに来てはならぬと伝えたであろう」
 竜は俺たちを見下ろし、叱りつけるように言った。
「え……」
 色々意味が分からなくてぽかんとしていたら、竜は怒った口調で続けた。
「しかもこの地下は一番危険な……ん?」
 その言葉が途中で止まり、見下ろしてくる目がぱちぱちと瞬いた。竜は首をかしげ、少し黙ってから言った。
「そなたら、ロトの子孫か」
「へ、あ、うん」
「おお、そうか。ロトの剣を取りに来たのじゃな?」
 そう言った竜の姿がぼんやり光って薄れた、と思ったら、そこに一人の男が立っていた。人間とあまり変わらない姿だけど、肌の色が空みたいに青い。俺は驚きながら聞いた。
「ひょっとして、あんたが対岸の城主様?」
「そうじゃ」
 男は軽くうなずき、
「さあ、剣を渡そう。こちらだ」
 と先に立って歩き始めた。あわてて後を追う。城主様はちょっと振り返り、俺たちがついてきてるか見てから言った。
「すまぬな。手間をかけさせた。少し前まではわしも地上におったのだが、ここのところあのような客が増えてのう。地下から湧くのでこちらを離れられぬのじゃ」
「いや、俺たちもレベル上がったしちょうどよかったよ」
 答えて、少し考えた。ここに来たのはロトの剣のためだけど、それよりこの城主様に聞きたいことが色々ある。さっきの竜の姿は何だろう。すごく強そうだった。そういえばラダトームが魔物が攻められたのを助けたって聞いたな。そうだ、じいちゃんの兄貴っていう話もあるし、それから……。
 後ろについて歩きながら、俺は城主様に話しかけた。
「なあ城主様。俺はローレシアのゼロだ。こっちはサマルトリアのパウロ、ムーンブルクのプリン」
「おう、これはこれは。わしは名を持たぬゆえ名乗りを返すことはできぬが」
 城主様は振り向いて会釈した。
「城主様、なんで俺たちがロトの子孫だってわかったんだ? ラダトームのじいちゃんも一目でロトの子孫って言いあてたけど、なんかぱっと見てわかるような、目印みたいなものでもあるのか?」
「さて、ラダトームのじいちゃんとやらのことはわからぬが、わしがそなたたちをロトの子孫と見たのは何も特別なことではない。そなた……プリン王女だったか」
「はい」
 突然呼ばれて驚いた顔をしたプリンに、城主様が笑いかけた。
「よく似ている。生き写し……とまではいかぬが、ローラ王妃にそっくりじゃ」
「ローラ王妃、ですか。初代ローレシア王のお妃の?」
「うむ」
「城主様は、ローラ王妃とお知り合いなのですか?」
「知り合い……まあ、そうだな。ローラ王妃には大変に世話になったのだ」
 俺は我慢できなくなって聞いた。
「城主様、あんた一体何者なんだ?」
「何者、とはまた。何と答えればよいのかのう」
 階段を下った先のつきあたりに大きな扉が現れた。城主様がそれを押し開ける。きしんだ音がして、中から光が漏れた。入っていく城主様の後に俺たちも続いた。
 地下の奥底だというのに、妙に明るい空間だった。それに広い。なんだろう、ここ。ついきょろきょろと周りを見回した。床には石畳が敷き詰められていて、でもあちこちひび割れていた。壁も天井も古びていて、長い間使われていなかったように見える。
「かつて、この地に竜王を名乗る者が現れ、アレフガルドを支配せんと企んだ。しかし伝説の英雄ロトの血を引く勇者が現れ、竜王を倒した」
 歩きながら城主様が言った。何かを読んでいるような調子だった。
「だが、その偉業の影で、世に知られぬままになったこともある。竜王は、その死の間際に卵を産んだのだ」
「卵……?」
「そうじゃ。そして自分を倒した勇者に涙ながらにそれを託した。お人好しの勇者はほだされてそれを承知し、アレフガルドを旅立つ時にその卵も連れて行った」
 城主様は立ち止まり、振り返って俺たちを見回した。
「わしが何者かという問いへの答えはこれでよいかな? つまり、その卵から産まれたのがわしだというわけじゃ」
 俺も、パウロもプリンも、しばらく無言だった。俺はさっきまで不思議に思ってたことにいっぺんに納得した感じになったけど、今まで全然知らなかったことを知ったので、やっぱりわからないことだらけだった。
 城主様が、まだ聞きたいことはあるかというふうに首をかしげたので、俺はやっと言った。
「じゃあ、城主様は……竜王の子供?」
「そういうことじゃな。もっとも、父の『竜王』はただの自称で、まことの竜王はさらに先祖にさかのぼる。わしは正しくは竜王のひ孫じゃ」
「その、卵からかえった後は」
 今度はパウロが口を開いた。
「初代ローレシア王の元で育ったのですか?」
「そうじゃ。人と竜の違いはあるが、初代ローレシア王とローラ王妃は、わしを実の子同様に扱った。二人の間に生まれた子供たちは、わしを兄と呼んでいたものだ」
「そう、そうなんだよ」
 俺はなぜか嬉しくなって言った。
「俺のじいちゃん、ローレシアの先代の国王だけど、この城に兄がいるから会えって言ってたんだ」
「おおそうか、今も元気でいるのだな」
 城主様は目を細めた。
「弟や妹は、わしが竜であることは知っている。卵のわしを、初代ローレシア王が拾って育ててくれたのだとは話した。アレフガルドの竜王の子だとは言わなかったが、薄々は感づいていたかもしれぬな。それでも、わしのことを兄と呼んでくれた……なつかしいのう」
 しんみりとした調子で話す城主様に、パウロが少しためらってから言った。
「しかし……失礼ですが、僕はこれまで、あなたのことを全く知りませんでした」
「それでよい。なるべく口外せぬように、そして記録にも残さぬようにと、わしが頼んだのだ。種族も違い、寿命も違う。その上、竜王を倒したロトの勇者の身内に竜がいるのでは、余計な憶測も呼ぶであろうからな。今回は非常の事態であるからそなたたちにも話したのだろう」
 城主様は頭を振り、「さあ、もうすぐそこだ」と言ってまた歩きだした。俺は城主様の横に並んで歩きながら聞いた。
「なあ。ローレシアのじいちゃんとは最近会ってないのか?」
「うむ……父や母はまだ良いが、弟や妹が老いていくのを見るのはどうも妙な気分でな。ここ何十年かはそちらに顔を出してはおらんのじゃ」
 城主様はちょっと悲しそうだった。寿命が長いというのはそういうものなのだろうか。俺は、城主様のことを話している時のじいちゃんの嬉しそうな顔を思い出して言った。
「今度会いにきてくれよ。じいちゃんまだまだ元気だしさ。城主様のこと、自慢の兄だって言ってたよ」
「そうか……うむ……」
 城主様は神妙な顔をして言葉を濁した。俺はなんだか不思議な気分だった。竜ってもっと偉そうというか、人間のことを気にしたりしないイメージだったけど、この城主様はそういうのとはだいぶ違うみたいだ。人間に育てられたからかな。

「ここだ。少し待っておれ」
 廊下のようなところを抜けると、広く区切られた部屋があった。特別な場所らしく、ちょっと高いところに玉座がある。けどやっぱりなんだかおかしかった。玉座は背もたれのところが欠けてひしゃげてるし、玉座の前に敷いてある絨毯はぼろぼろで、周囲の石畳はめちゃくちゃに割れていた。
「ここはな、かつてロトの勇者と竜王が戦った場所じゃ」
 玉座の裏側に行ってしゃがみこんだ城主様が軽い口調で言った。
「え」
「父竜王が倒された時、父の魔力で維持していた地上の城が崩れ、ここも埋もれてしまった。だが消え失せたわけではなかったのでな。わしがここに来てまた城を建てた時に、瓦礫をどけて元に戻した。ろくに掃除もしておらぬが……お、あった」
 玉座の裏側から城主様が出てきた。手に剣を持っている。
「さあ、持っていくがよい」
「あ、ありがとう」
 話の内容に驚く暇もなく、差し出された剣を受け取った。鞘から抜いて確認する。
 これがロトの剣か。さすが伝説の武器、比べるのもおかしいが今装備してるくさりがまよりずっと強そうだ。実物を見るのは初めてだけど、挿絵とかで見た形と同じで、なんだかわくわくした。ただ、想像していたよりは小ぶりな剣だった。それにずいぶん軽い。
 これならパウロも使えそうだな、と思ってちらっと見たら、パウロは手のひらを上に向けて小さくあおぐような仕草をした。俺に使えってことらしい。
 いろんな角度から剣を見ていて、ふと周囲の明るさが気になった。この光はどこから来てるんだろう。あたりを見回すと、城主様が不審そうに俺に聞いた。
「どうした。その剣に何か?」
「や、そうじゃなくて。城主様、このフロアなんでこんなに明るいの?」
「ああ。それはあれじゃ」
 城主様は玉座の後ろの壁を指さした。壁もひび割れていてわかりにくかったけど、よく見たらぼんやりと光る玉が埋め込まれていた。
「一見わからぬだろうが、その玉がこのフロアの光源なのじゃ。周囲一帯が明るくなる。便利なものだ」
 へえ、と俺が感心していたら、パウロがぎょっとした顔になってその玉を見上げた。
「もしかして、その玉」
「うむ。光の玉じゃ」
「ええ!?」
 俺は驚いて声をあげた。ここに来て城主様と会ってから驚きっぱなしだ。光の玉って、あの光の玉か? なんで光の玉がここに? 光の玉はラダトームから竜王が奪っていって、ロトの勇者が取り返したんじゃなかったっけ?
「わしが独り立ちしてここで暮らすことを決め、ローレシアを発つ時に、初代ローレシア王が餞別にくれたのじゃ」
 城主様がなつかしそうに目を細めて言った。
「じゃあ、初代ローレシア王は、アレフガルドを旅立つ時に光の玉を持ってったってこと? ラダトームに返したんじゃなかったのか」
「らしいな。わしもその時まで知らなかったのだが。まあ、光の玉はもともと竜の一族の宝で、それが勇者ロトに授けられたものだ。別にラダトームに置いておく必要もない。初代ローレシア王にも思うところがあったのだろう。単に返し忘れただけかもしれぬが」
 よくわからないけどそんなもんなのか、と俺はもう一度光の玉を見上げた。すると城主様が思い出したように言った。
「なんならそれも持っていくか?」
 思わず城主様の顔を見た。平然とした表情だった。
「そんなこと軽く言っていいのかよ。竜の一族の宝なんだろ」
「それはそうだが、これを巡って色々あったのでなあ……。あまり執着したくないのじゃ。必要ないのならば是非にとも言わぬが、かつて勇者ロトが闇の魔王と戦った時には大いに助けになったものだ。闇をまとう者と戦うことがあるならば、持っていった方が良い」
 そう言われて俺はパウロとプリンにどうしようかと聞いた。換金できるものじゃないせいか、持っていかないということもできるみたいだ。プリンが沈んだ顔で言った。
「ハーゴンは……魔物のような雰囲気はあったけど、あれは人間の魔法使いだと思うわ。少なくとも闇の魔物ではないはずよ。もちろん、ハーゴンが召喚する魔物の中にはそういう魔物もいるかもしれないけど」
 どうしても持っていかなきゃいけないというわけではなさそうだ。持って行った方がいいのかなとも思ったけど、俺はさっき城主様が戦ってたでかい魔物のことを思い出した。
「なあ、城主様はさっきの魔物みたいなのが来るたびに戦ってるんだろ? どんなやつが来るかわからないし、やっぱり城主様が持ってた方がいいんじゃないのか」
「まあ、それはそうかもしれぬ」
 城主様はそれ以上勧めようとはしなかった。俺はふと思いついて聞いた。
「城主様がここに暮らすことにしたのって、ああいう魔物からアレフガルドを守るためなのか?」
「うむ……まあ、少しはそれもある。元々この島は、異界より力ある者を呼び寄せるらしいのでな。かつて勇者ロトが倒した魔王も、わしの父も、あのように異界からここの地下に現れたそうじゃ。抑えとなる者はいた方が良かろう。父の償いも兼ねてと言ったところか」
 城主様はそう言いながら、なにやらそわそわしていた。照れてるのかな。
「とはいえ、本来はここまで頻繁に来客があるわけではない。わしもそれなりにのんびりと、時には長く城をあけて出歩いたりもしていた。だが、先日遠出して戻ってきたら、ここの地下から湧いた魔物がラダトームを襲っておってのう。被害は城壁だけで済んだようだが、あれは肝が冷えたわい」
 そうだったのか。こっちの城の地上部分がめちゃくちゃになってたのも、多分その時にやられたんだろうな。
「以来、わしはここに貼りついておる。この千客万来の状態は、大神官ハーゴンの影響であろう。実に不愉快じゃ」
 言葉通りの表情で、城主様は吐き捨てるように言った。
「ロンダルキアでは昔から、魔物の召喚自体は行われていたはずだ。だがこれまではこんな状態になったことはない。何かとてつもないものを呼び出すために、天地を歪めているのかもしれぬ。愚かなことを。そんなものを呼び出して、意のままにできると思っているのか」
 それを聞いて、俺はなんだか不安になった。やっぱり光の玉を置いていくことにしてよかったと思う。俺たちは死んでも生き返れるけど、城主様はそうじゃないだろうし。
「さっきのより、もっと強いのが出てきたりするのか?」
「何だ、心配してくれるのか。こう見えてわしはなかなか強いのだぞ」
 こう見えても何も、強いのはさっき見たから俺だって知ってるけど。そう思った時、城主様はまた意外なことを言った。
「そなたたちも知っているであろう。初代ローレシア王はアレフガルドを旅立った後、今度はあの大陸にはびこる魔物を倒し、それによりローレシアとサマルトリアを建てて王となった。その冒険に、わしも途中から一緒にいたのじゃ」
 またご先祖の伝説に新事実だ。この旅が終わったら、もう一回全部まとめて聞きたい。そんなことを思いながら、俺は続きを聞いた。
「アレフガルドの何倍もの広さの大陸だからのう、一人で駆け回って魔物を相手にするなどさすがに無謀な話よ。そこで、わしも力になろうと思った。竜の成長は人より早い。卵から出て数年で今と変わらぬ大きさになり、初代ローレシア王を乗せて飛ぶことができるようになった」
 俺はさっきの竜の姿を思い出した。背中に大きな翼があった。
 そうだったのか、と思った。ロトの勇者、初代ローレシア王、俺のひいじいさんは、竜に乗って飛び回ってたのか。ずっと一人旅だったわけじゃないんだな。なんだか俺はとても嬉しかった。
「ともに魔物と戦うことも多くあったので、そこそこ鍛えられた。今のわしはおそらく、父竜王よりもだいぶ強くなっているだろう。あのような客相手に後れをとることはない。多分な」
 強気なのか弱気なのかよくわからないことを言って城主様は胸を張り、それから思い出したように眉間にしわを寄せて言った。
「しかし……初代ローレシア王には困らされたものじゃ。先ほども言った通り、わしは己の存在を身内以外の者には隠していた。初代ローレシア王もそれを了承していたはずだが、旅をしている間はどうもそれが緩むというかおろそかになるというか……旅先で会う者にすぐにわしを引き合わせようとする。何度かそのことで喧嘩になったこともあった」
 昔話というより、今もまだ怒っているようで、俺は少し笑ってしまった。
「アレフガルドじゃないんだし、そこまで気にしなくていいんじゃないの?」
 そう言うと、城主様は顔をしかめた。
「同じことを言うのじゃな。似ていないようでやはり血筋か。あの大陸にもアレフガルドから来た者はいたし、行き来ができるようになればアレフガルドと関わることもあろう。国を建てて王となるのならばなおさらだ。親父殿はそういうところが甘い」
 親父殿。ぽろっと変な呼び方が出てきた。ひいじいさんのことだよな。そんなふうに呼んでたのかとちょっと面白かった。城主様は気づいていないようで、まだぶつぶつ文句を言っていた。
「おおかた、わしの功績が報われておらぬとか、わしのことも認められねばならぬなどと考えていたのだろう。しかし、わしはそんなものはどうでもよかったのだ」
「ひいじいさんだって別にそんなこと考えてたわけじゃないと思うけどな」
 俺は思わず笑いながら言った。城主様はちょっと驚いたようだった。
「どういう意味だ」
「だってさあ」
 俺には、ひいじいさんの気持ちがわかるような気がした。
 ひいじいさんは、ロトの勇者として竜王討伐の旅をしていた時は、ずっと一人だったはずだ。それがアレフガルドを出て、また別の冒険の旅が始まって、今度は一緒に旅をする仲間ができた。
 俺も、短い間だったけど最初は一人での旅だった。その後パウロに会って、それからプリンに会って、三人での旅になった。一人の旅と、仲間と一緒の旅は全然違う。ひいじいさんもきっと、こんなに違うのかと思っただろうし、こんな仲間と旅をしているんだと誰かに言いたかったんじゃないかと思う。言いたかったわけじゃないとしても、隠すのはきっと嫌だっただろう。俺だって、パウロとプリンと一緒の旅だということを隠して一人旅のふりをしろって言われたら嫌だもんな。
「……そうか。お前はそのように思うのか」
 思ったことを話したら、城主様は黙って聞いていて、それからぽつんと言った。
「わしは、そんなふうに考えてみたことはなかったな。親父殿はわしに無用な気を使っているのだと……そのようにしか考えなかった」
 城主様はうつむいてため息をついた。俺はなんかまずいこと言ったんだろうか。
 しかし城主様はすぐに目を上げ、俺の顔を見て笑った。
「まあよい。今となっては同じことだ。おお、そうじゃ。そなたたちの旅に役立ちそうなものが他にもあったな。待っておれ」
 そしてまた玉座の裏側に行った。あそこを物置にしてるのかな。すぐに布にくるんだ大きなものを脇にかかえ、もう片方の手に筒状に丸めたものを持って戻ってきた。
「別に伝説の装備でも何でもないが、今よりはましであろう」
 布を取ると、出てきたのははがねのよろいだった。おお。守備力が大幅に上がる。俺しか装備できないけど。
「それからこれじゃ」
 筒状に丸めたものを広げながら渡された。地図だった。ここはローレシアかな。これがアレフガルド……ということは。
「これ、世界地図?」
「そうじゃ」
「やった!  助かるよ、ちょっと前に船を貸してもらって……あれ?」
 地図の一点がぴかぴか点滅してるのに気づき、俺はそこに触れてみた。凹凸はなく、熱くもなかった。
「何だろ、ここなんか光ってる」
「それが今いる場所じゃ。移動すればその点も動く」
 当然のように言われて驚いた。普通の地図ではないらしい。
「えっ……ええ!? すげえ便利だ!」
「そうとも。わしの愛用の地図じゃ。大切にするのだぞ」
「うわあ! ありがとう城主様!」
 礼を言うと城主様はふふと含み笑った。
「あとそなたらの助けになりそうなことといえば……そうじゃな。精霊ルビスの5つの紋章というものを知っているか」
 俺はパウロとプリンを見た。二人は首を振った。パウロが「いいえ」と答えた。
「精霊ルビスはアレフガルドの創造主だが、すでにこちらを去って今は別の世界にいるという。しかし、こちらを去るにあたって5つの紋章を残した。これを揃えることで、精霊ルビスの力を借りることができるらしいのだ」
「力を借りる……?」
「それについてはわしもよくわからぬが……。で、その紋章の一つが、メルキドの南の……ちょっと今の地図を出せ……そう、ここだ。この島にあるらしい。まずここに行ってみよ」
「わかった。行ってみるよ」
「うむ。他にそなたたちの役に立ちそうなことは……もうないか。今はわしもここを動けぬからな」
 いやもう十分だよ、と言いたかったけど、例によってそういう言葉は口から出てこない。会うまでにはちょっと苦労したけど、会ってみれば城主様はすごい親切で至れり尽くせりで、今まで知らなかったけど親戚みたいなもので、色々な話を聞かせてくれた。なんだか名残惜しいような気もする。そんなことを考えていてふと、俺はさっき聞いた城主様の話の中に、ちょっと引っかかったところがあったのを思い出した。
「そうだ。城主様、話はすげー戻るんだけど、さっき城主様が言ってたことで、気になるとこがあったんだ」
「何だ」
「竜王……前にここにいた竜王は、城主様の父親なんだよな」
「うむ」
 城主様はちょっと表情を改めてうなずいた。
「さっき、卵を産んだって言ってたけど、父親が卵産むのか?」
「……そこか? 気になるところとは」
 城主様はあきれた顔をしてから笑いだした。だけど俺はそこが一番気になったんだ。
「種族の違いじゃ。竜も人と同じで、本来は男女がつがいになり女が子を産む。ただ、産もうと思えばひとりでも産めるのだ」
「へえ!」
 ひとりでも、男でも産めるのか? よくわからないけどなんかすごいな。
「城主様も産んだことあるの?」
「いや、わしはまだない。産もうと思えば産めるが」
 産めるのか……すげえ。でも産んだことはないのか。そんな軽いノリで産んだりするようなものじゃないのかな。というかこんなこと聞くのは失礼だったか、と俺が内心反省したところで、さっきから黙っていたプリンが口を開いた。
「私も、城主様におたずねしたいことがあります」
「何かな」
 城主様はのんびりと聞き返したが、プリンは硬い表情で言った。
「城主様は、初代ローレシア王に実の父を殺されたことを、恨む気持ちはありませんか?」
「ない」
 城主様はその問いにあっさりとそう答えた。
「プリン王女よ。わしもムーンブルクに何が起きたかは知っている。そなたはわしを疑っているのか? そなたの故郷を滅ぼしたハーゴンの侵攻は、わしが裏で糸を引いていると」
「見当違いな考えならば、申し訳ありません」
「見当違いだ。わしには初代ローレシア王やロトの子孫たちを恨む気持ちは全く、微塵もない」
 きっぱりとそう断言して、城主様は苦笑した。
「ここまで言い切ると逆に怪しく思われるかもしれぬな。疑われるのもやむを得ぬかのう。父に対する態度がちと薄情すぎたかな」
 そう言って城主様は、なぜか俺の顔をじっと見た。
「そなたたちにならば、父とわしの少々こみいった事情についても、いつか話すかもしれぬ」
 それから小さく息をついてつけ加えた。
「だが、それもこれも今となっては、さほどの意味はないものだ」

 城主様に別れを告げ、リレミトで地上に出た。
 色々もらったなあ。ロトの剣、はがねのよろい、世界地図。ありがたいものばっかりだ。ハーゴンのせいで地下から魔物が湧いているなら、城主様のためにも早くハーゴンを倒さないとな。
 城門に向かって歩きだす。視界の端で、折れた柱に太陽の光が当たっていた。あれっと思って俺はそっちに顔を向けた。折れた柱に太陽の光が当たっている。けどそれは、たった今俺が見たものとは違っていた。俺が見たのは、木漏れ日とか、窓から射しこむ光とかそういう、そこだけ照らすような光だった。けど空を見上げても、今は雲もなく鳥も飛んでいない。太陽の光を遮るものは何もなかった。
 変だな。俺は立ち止まり、その場所をしばらく眺めていた。
「どうしたの?」
 パウロが俺を振り返って聞いた。
「いや、今さあ」
 言いかけたが、なんて説明したらいいのかわからなかった。
「……なんかちょろっと、変なものがあったような気がしたんだ」
「変なもの?」
「まあ気のせいだな。行こう」
 瓦礫をよけて歩きながら、もらった地図を広げた。パウロとプリンと一緒に改めて見る。さっき城主様が言っていた場所、5つの紋章の一つがあるという南の小島。よし、次はここに行こう。


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ゼロ : ロトのしそん
レベル : 16
E ロトのつるぎ
E はがねのよろい
E てつかぶと
E かぜのマント
パウロ : まほうせんし
レベル : 14
E くさりがま
E かわのよろい
プリン : まほうつかい
レベル : 10
E ひのきのぼう
E ぬののふく
財産 : 827 G
返済 : 23000 G
借金 : 277000 G