パソコンが異音を発するようになりました。少し前までは静かにしている時もあったのですが、今はもう泣かない夜はありません。
 ヴヴヴヴヴー
「うるさいなあ」
 ヴヴ?
「日記書いてるんだから静かにしろー」
 ヴ
「……あれ」
 ヴー?
「何書こうとしてたんだっけ」
 ヴヴヴンヴヴン
「忘れちゃった。あーあ。あーあ!」
 ヴヴヴ? ヴヴヴヴー
「一体誰のせいでしょうか!」
 ヴヴー……
「あーあ」
 ヴヴ
「はあ」
 ヴ……
「いや、ごめん。こんなこと言ったってしょうがないよね」
 ヴヴ。ヴヴヴー
「もういいよ。それとも代わりに書いてくれる? なんて」
 翌日。日記のファイルを開くと、そこに書いた覚えのない文章が。

 一目出会ってジャストシステム
 ラブストーリーがスタートアップ
 タスクトレイに閉じこめたくて
 君アイコンをファイル検索

 恋のヘルプがリモートサポート
 君のハーツをマインスイーパ
 日付と時刻も今はフリーズ
 2人抱き合いリアルプレイヤー

 冷たい君のアンインストール
 ラブストーリーが強制終了
 僕の心はミュート状態
 F2キーを押してください

 ヴヴー
「あのねー。こんなのどうしろって言うんだよー」
 だけどほんの少し、心がなごんだのでした。
「くしゃん」
「それっお嬢様が発作を起こされたぞ」
 バタバタバタ
「あっこりゃいかん」
「手に持っておられるものを取り上げるんだ」
「くしゃん」
「お嬢様、落ち着いて。こんなものでは危のうございます」
「返してー。返してよおー」
「お嬢様」
「あああー」

「申し訳ありません。驚かれたでしょう」
「いえ、しかし一体何の騒ぎです。ご令嬢が何か」
「……他言はなさらないでしょうね」
「もちろん」
「実は……数ヶ月前から、お嬢様がたびたびくしゃみをされるようになりまして」
「くしゃみ。花粉症か何かですか」
「わたくしどももそのように思ったのですが、すぐにお嬢様が望んでくしゃみをされていることが分かったのです」
「望んで、といいますと」
「こより状になったティッシュペーパーが大量に発見されました。どうやらそれを鼻に差し込んでくしゃみをされていたらしい。実際、その後目撃証言も相次ぎました」
「ははあ、なるほど」
「お笑いになっては困りますよ」
「いや、すみません。しかし、くしゃみくらい別にかまわないと思いますが……。家名に傷がつくほどのことではないでしょう」
「問題はその後なのです」
「ほう?」
「しばらくすると、屋敷内でこより状のティッシュペーパーは発見されなくなりました。お嬢様は相変わらずくしゃみを連発されているというのに」
「どういうことです」
「目撃証言により、お嬢様が今度はアルミホイルをよじったものを利用していることが判明しました。そしてまた数日たって、今度はそれがつまようじになりまして」
「そうだったんですか……。どんどん危険なものになっているわけですね」
「そうなのです。さきほどはまち針でした。道で拾った古釘などを使われることもあり、破傷風にでもなったらと思うと気が気ではありません」
「お察しします」
「シャープペンシルを芯を長く伸ばした状態で利用された時もありました。くしゃみをされた拍子に鼻の中で芯が折れて大騒ぎでしたよ」
「ははは、いやすみません。笑い事ではありませんね」
「あまりうるさく言うと、くしゃみのできない鼻ならいらないとアロンアルファを流し込もうとされますし、八方ふさがりで」
「それはまた……」
「くしゃん」
「それっお嬢様が発作を起こされたぞ」
 バタバタバタ
「お嬢様!」
「なあに、血相変えて」
「今のくしゃみは?」
「何もしてないわ。自然に出たのよ」
「は、そうでしたか」
「きっと、誰かが私の噂をしてたんだわ」
「お嬢様」
「すてきな人だといいわね」
「は」
「ぼくね、デフラグの詳細画面が、だいすきなんだよ。きみ、あの画面、ながめにいこうよ……」
「でも、こないだやったばかりだから、待たなくちゃ……」
「待つって、なにをさ」
「デフラグをかけすぎると、HDの寿命がちぢむらしいよ」
 ぼくがこういうと、あなたは最初、たいへんおどろいたようすをしましたね。でも、やがて、じぶんでじぶんがおかしくなって、あなたは、こういいましたね。
「ぼく、いつか、デフラグを四十三回もかけたっけ」
 そして、すこしたって、あなたは、また、こうもいいましたね。
「だって……かなしいときって、ああいう景色がすきになるものだろ……」
「一日に四十三回もデフラグをかけるなんて、あんたは、ずいぶんかなしかったんだね?」
 しかし、王子さまは、なんともいいませんでした。
「抵抗はやめろー。手をあげておとなしく出てこい」
「早く逃走用の車を用意しろ!」
「よく聞け。ここにお前のお母さんがいらしているぞ」
「シンジー。お母さんよー」
「それがどうした、こっちはお父さんだ」
「シンジー。お父さんだよー」
「くそ、なんてやつだ」
 南の島に住む人は誰でも名前がハメハメハ

「やあハメハメハ」
「ようハメハメハ」
「ハメハメハ王家の噂を聞いたかい」
「ああ、ハメハメハ大王が夜型になったとか」
「ハメハメハ女王は朝日の後に起きてきて夕日の前に寝てしまうのにね」
「まさにすれ違い生活、ハメハメハ夫妻離婚の危機ってわけだ」
「夫婦の営みもハメハメハというわけにはいかないようだね」
「おい下品だぞハメハメハ」
「ごめんハメハメハ」

 ハメハメハ ハメハメハ ハメハメハメハメハ
「ウワー」
「何だ?」
「叔父さまの声だわ!」
「トイレからだ」
「どうしたんですか、塩田さん!」
「お父さん! あっ!」
「叔父さま!」
「恵里さん、見てはいけない」
「キャー」

「実に不可解な事件なんだ。鍵のかかったトイレの中で塩田氏は死亡していた」
「ふうむ。密室殺人か。しかし塩田氏は心臓が弱っていたと聞いたが……トイレで発作を起こした可能性はないのかな」
「不可解なのはそれだけじゃない。便器の中から大便が消えていた」
「では密室強盗殺人か。しかしそこに大便があったことがなぜ分かるんだい」
「塩田氏はトイレットペーパーを握りしめていたが、それには使ったあとがあった」
「なるほどね……。これで真相が分かったよ」
「えっ! 本当かい」
「トイレという密室、消えた大便、使用済みトイレットペーパー。このピースを正しい位置に置くことで、パズルは完成する」
「もったいぶらないでくれ」
「事件の鍵を握るのは消えた大便だ。大便はどこに消えたのか、それが分かれば事件も自然と解決するはずだ」
「いやしかし、それは……」
「そう。流されたから消えた。それが真相だよ」
「では、トイレットペーパーは?」
「塩田氏は大便を流した後で、はっと気づいた。『ふくのを忘れたのではないか?』おそるおそるふいてみると、ついていた。弱った心臓に与えた衝撃ははかりしれなかっただろう」
「そうか! あの悲鳴もその時に……」
「悲しい事件だ。塩田氏の大便がこの事件のようにすっきりと割り切れれば、紙につくこともなかっただろうに」
「あの……旦那様」
「何だ」
「秀明様がお見舞いに」
「何度言ったら分かるんだ。会わん。帰らせろ」
「…………」
「早くしろ」
「は、はい……」

「お帰りになりました」
「そうか」
「あの、差し出がましいようですが」
「会ってやれと言うんだろう? だめだ」
「では理由だけでも。こんな時にご子息にお会いにならないなんて……」
「こんな時? 私がそろそろ死ぬということか」
「い、いえ、そういう意味では」
「あわてなくてもいい。自分の体のことは自分が一番よく分かっているよ。もういつ死んでもおかしくない。だからこそ会うことができないのだ」
「……どういうことでしょう」
「そうだな、お前には話しておくことにしよう。話は50年前にさかのぼる。当時私は手段を選ばず多くの人間を破滅に追いやり、金をかき集めるのにやっきになっていた。聞いたことくらいはあるだろう」
「は、はい」
「彼もまた、私が破滅させた多くの人間の1人だった。だが全てを失った時、彼は私に言ったのだ。『呪いをかけたぞ。お前は死ぬ間際に、それまで考えもしなかったことを言うだろう』と」
「考えもしなかったこと……」
「むろん、最初は笑い飛ばした。だが時がたってもその言葉が頭から離れない。そのうちに、あれは本当だった、本当に呪いをかけられたのだと思うようになった。お前はくだらないと笑うかもしれないが」
「いいえ、そんな」
「おそろしかった。この私が、死ぬ間際に突然『神よ感謝します』などと言うかもしれないのだからな。だがふと気がついた。あいつは『考えもしなかったこと』と言ったから、今考えた『神よ感謝します』は除外されるのではないか?」
「なるほど」
「そこで私は、死ぬ間際に言いたくない言葉をたくさん考えた。愛がらみ、下ネタ、流行語、プピーとかバモーなどの意味のない擬音のようなもの。お前はくだらないと笑うかもしれないが」
「いいえ、そんな」
「馬鹿にしていたたぐいの本をたくさん読んだ。自分と意見の合わない者を大切にするようになった」
「そうだったのですか……」
「ああ、お前はよくそのことで感心していたな。がっかりさせたか」
「いいえ、そんな」
「結果的には、彼のおかげで豊かな人生になったともいえる。だが、死ぬ間際に何を口走るか見当もつかないのは同じだ。私を慕ってくれている息子に、そんな最期の言葉を聞かせたくない」
「旦那様……」
「そういうことだ。分かったか」
「はい……」
「ところで、話は変わるが」
「はい」
「ポテトチップスはまずいなあ」
「は? そうでしょうか」
「…………」
「旦那様?」
 花粉症にかかる者は増え続け、症状も重くなっているという。なんという暗い未来なのか。

 20XX年。人類は花粉を避け、ドームの中で暮らしていた。
「大変です!」
「どうした」
「ドームの中に……か、花粉……」
「何だと! おい、しっかりしろ。だめだ、すでに息絶えている」
「市長! 数カ所同時の爆弾テロです! ドームに穴が!」
「ばかな……。いったい何のために」
 けたたましく鳴るサイレン。テレビ、ラジオも緊急特別番組に切り替わる。
「みなさん、落ち着いて防護スーツを身につけ、順序を守って避難してください」
 しかし時すでに遅く、発症してしまった者も数多かった。
「くそー! お前たちも道連れだ」
「な、何をする! うわーっ」
「あの野郎、防護スーツを切り裂きやがった」
「殺せ!」
「おいあんた、大丈夫か。今ガムテープでスーツの穴を……うわっ! 何をする!」
「ふん、どうせもう花粉は入っちまったさ。お前たちも道連れだ」
「あの野郎、防護スーツを切り裂きやがった」
「殺せ!」
 パニック状態になるドーム内。
「市長! 我々も早く避難しなくては!」
「いや、私はここに残る。ドームと運命をともにするよ」
「そんな、市長!」
「市長!」
 涙ながらに説得する部下たち。しかし市長の意志の固さの前に折れ、やむなく去ってゆく。1人残った市長は、外の騒ぎをよそに市長室で静かに時を過ごす。
 そこに現れる1人の男。防護スーツは着ていない。薄く笑う。
「市長さん。あんたもなかなかの役者だな」
「市長としての責務を全うしただけさ」
「ああ。そして、KIKのメンバーとしての責務も全うしてくれた」
 花粉症を発症しなかったために差別された人々のための会、それがKIK(花粉と生きる会)。ドームへの立ち入りも拒まれる非花粉症患者たちが、世の大部分を占める花粉症患者を支配下に置くためについに立ち上がった。この059624ドームでのテロ事件もその計画の一端に過ぎなかったのだ!

 で、このドームから別のドームに避難しようとしたら「あと2人しか入れません」とか言われて死ぬ覚悟で外に出たのに花粉症を発症しなかった人とか、 KIKのメンバーなのに花粉症を発症してしまった人とか、怪しげな医者とか、花粉を操る謎の女とかが登場して未来は怒濤の展開を見せるわけですよ。
「心理テストー。突然、壁にあった鹿の頭の剥製が動きだし、あなたにその角で襲いかかってきました。その時あなたは何と言いますか?」
「嘘だー。うわー」
「その言葉はあなたが、えーと、なんだっけ?」
「いや、聞かれても」

「嘘だー。うわー」

 ザワザワ。ヒソヒソヒソ
「お亡くなりになったんですって」
「まさか鹿の剥製がねえ」
「カレー食べすぎたよ。のどが痛い」
「俺も昨日カレー食いすぎてトイレがきついよ」
「思えばひどい食べ物だね」
「上にも下にもダメージだもんな」
「ワハハハハ」
 ──ガシャーン
<カレーが壊す。人間を壊す>

「カレー乱食防止キャンペーンのCMの一案です。いかがでしょう」
「なんかカレー食べたくなってきた」