小学校低学年の頃、1週間に1回くらいとても変な夢を見た。
どこが変とは言えないけど、いつも僕自身が出てくる。それが大人の姿だったりする。起きた後ひどく動悸がして、1日たっても内容を鮮明に覚えている。
僕は何か気になって、そんな夢を見たら内容をノートに書きとめておくことにした。
『9月6日 きょうみたゆめ
ぼくはちゅうがくせいだった。こいをしました。だめだった。ぐうぜんかのじょがデートしているところを見てしまった。しあわせそうなえがおだった。』
けれどだんだんとそんな夢は減り、普通の夢と区別がつかなくなっていった。使う機会がなくなったノートもいつのまにか忘れられた。
1ヶ月前、掃除をしていたらそのノートが出てきた。読んでみて驚いた。あれは予知夢だったのだ。書かれていることはすべて現実になっていた。
『3月4日 きょうみたゆめ
このままではろうにんしてしまうとおもったけど、なんとかなるようなきがしたのでぜんぜんべんきょうしなかったらろうにんした。』
ほとんどはすでに起こっていることだった。しかしノートの1番最後に書いてある夢だけは、まだ起こっていなかった。
『11月16日 きょうみたゆめ
あるいていたらころんであたまをうってしまいました。それいらいぼくはてんさいになった。みんながバカなので、バカにしていたら、みんながぼくをきらうし、ぼくもみんながきらいになったので山にこもりました。そんなある日、ひさしぶりのらいきゃくがある。
「この山によをすてたてんさいがおられるときいたのだが、知らないか」
「さあ、知りませんな」
ぼくはそうへんじをしました。たずねてきた男は、まきをわっているぼくをしばらく見つめていたが、とつぜんかたなをぬいて切りかかった。
「ヒラリ」
「そのみのこなし。もしやあなたが……」
そして男はぼくのでしになりました。』
こんなことが起こるはずがない。しかし、今までのは全部当たっている。不安と少しの期待があった。僕は友達にこれを見せた。みんな笑ったので、僕も安心して笑った。
転んで頭を打ったのはその1週間後のことだった。さらに1週間後、僕は山にこもった。
別に書いてある通りにすることもない。しかしここまで当たっているのだ、本当に山にこもれば本当にその来客があるのではないかと思った。会ってみたかった。昔から武者修行とかそういう話は大好きだ。
長く待つ覚悟をしていたが、男は1週間で現れた。一目で分かった。時代劇みたいな格好をしている。笠をかぶっていて顔は分からなかった。
「この山に世を捨てた天才がおられると聞いたのだが、知らないか」
来た。ぞくぞくするのを隠しながら僕はさりげなく言った。
「さあ、知りませんな」
男が僕を見つめているのか分かった。来る。来るぞ。
「はーっ!」
男は刀を抜き、斬りかかってきた。それをヒラリと、よけようとしたら転んで頭を打った。
考えてみれば、あのノートの最後に書いてあったということは、もう予知夢と普通の夢の区別が付かなくなってた頃に見た夢だったのかもしれない。考えてみれば、僕は昔から武者修行とかそういう話が好きだったから、願望が混ざってしまったのかもしれない。考えてみれば、天才になったからって刀をよけられるわけはない。そんなことを考えながら、僕の視界は暗くなった。
目が覚めると病院だった。誰が連れてきたのだろう。あの男だろうか。一体何者だったのだろう。
頭を打ったためか、僕は天才ではなくなっていた。元に戻っていた。家族や友人も元通りに接してくれるようになった。何もかも、元に戻ったのだ……。
「元に戻ってたな」
「よかったよかった。一時はどうなることかと思った」
「お前があんな思いっきり斬りかかるからこんなことになったんだぞ。打ち所が悪かったりしたらシャレにならなかったよ」
「ごめんごめん」
「あのニセの刀で適当にボコボコにして、すまん人違いだったって言う予定だったのに。そしたらあいつも自分が妄想にとりつかれていたことに気づくだろうという計画だったのに」
「だからごめんって。でももしよけられたらあのノートにあった通りになるしさ。そこまでは当たってたからつい用心しちゃって」
「全然当たってないよ」
「頭打ったとこまでだろ、当たったの」
「バカのままだったもんな」
「頭打ったのが偶然当たったから、天才になったと思いこんじゃったんだろうなあ」
「それにしてもムカついたね」
「な。自分を天才だと思いこんだバカなんて最悪だ。本物の天才ならまだいいんだろうけど」
「ほんとひどかった。ふってわいた災難だった」
「そう、それだよ」
「何が」
「天災なのかなあって思ったんだ」
「映画見に行ったんだけど、混んでてさ」
「立ち見?」
「いや、なんとか座れた。けど立ち見もずいぶんいて、俺の席の横には杖をついたご老人が立っていた」
「譲ったのか」
「まさか。寝たふりだよ」
「寝たふりって……」
「おかげで映画は音声だけになった。勝負に勝ったが試合に負けたってやつかな」
「もっといろんなものに負けてるよ」
「あー。占いの本なんか見てる」
「いいじゃん別に。けっこう当たるよ」
「前に血液型とか信じないって言ってなかったっけ?」
「あれは4種類しかないもん。たくさんあるのが好き」
「そんなに何種類もあるの、その本のやつ」
「やってみる?」
「うん」
「まず生年月日を足してください」
「足すって?」
「1983年11月23日だったら1983+11+23です」
「ふうん」
「その数から身長と体重を引いてください。150センチ50キロだったら200を引きます」
「身長と体重? 毎日変わるじゃん」
「そこがいいんだよ。そして何日後の運勢を占いたいのか、その数を足します」
「はーい」
「出た数字の1の位から一番上の位までの数を足します。1111だったら4になります。7777だったら28、ではなくそこからさらに2と8を足して10、1と0を足して1になります。そしてその数に9をかける」
「めんどくさいなー」
「出た数字の1の位と10の位の数を足し、それに1を足し、また1の位と10の位の数を足す」
「うーん」
「その数とは……1です」
「当たった!」
「ジャンケンポン」
「グ、リ、コ」
「ジャンケンポン」
「パ、イ、ナ、プ、ツ、ル」
覚えた違和感の正体にしばらく気づかなかった。
「おい。研究発表会も近いんだ、そろそろ真面目に話し合おう。分かってるんだろうな、今回のテーマは『一人数役』だ」
「分かってるよ」
「でもねえ、まだストーリーも決まってないからねえ」
「一人数役か……やっぱり同じ顔の人間が数人って話がいいのかな」
「そうだね。双子とか」
「でも二役じゃなくて数役だからなあ。もっと多い方がいいかも」
「けど三つ子とかだとそんなに顔似てないらしいよ。一卵性じゃないから」
「他人だけどなぜかそっくりみたいな話がいいんじゃないの」
「世界には同じ顔の人間が3人いる、とかいうよね」
「あ、それだ。双子はそれが倍になるとかこじつければ1人6役の話になる」
「なるほど。そしてその6人が一堂に会する……」
「生き別れになってた双子の兄弟が今日初めて会うってとこから始まって」
「待ち合わせ場所に行ってみたら自分と同じ顔が5人!」
「ど、どれが弟なんだ!」
「俺だよ兄貴!」
「じゃあ他のは誰なんだ!」
「通りすがりの者です」
「同じ顔がいたのでつい立ち止まってしまって」
「そういえば世界には同じ顔の人間が3人いるといわれている……」
「これは奇遇だ」
「仲良くしましょう」
「うん、で……それからどうする?」
「えーと」
「あれだ、6人じゃなくて7人いるってのは?」
「はたして、もう1人の正体は!」
「もしやドッペルゲンガー! 自分のドッペルゲンガーを見た者は死ぬといわれている!」
「一体7人のうち、誰がドッペルゲンガーなのか、そして誰のドッペルゲンガーなのか!」
「疑心暗鬼におちいる7人、いさかい、そしてついに殺人が」
「はたしてそれはドッペルゲンガーの出現によるものなのか!」
「そして残された同じ顔の男たちの運命は!」
「高度な演じ分けが要求される一人数役!」
「ようし乗ってきた、どんどんいこう!」
「どんどんいこうだって」
「うん」
「なんだろあの人。一人で何盛り上がってるんだろ」
「しーっ。あんまりじろじろ見るなよ」
「なー」
「何ですか、博士」
「作ってから言うのもなんだけど、透明人間になる薬ってろくな使い道ないよな」
「まあ……そりゃそうですよね」
「なんだよー。気づいてたんだったら早く言えよ」
「いや、せっかくやる気になってるのに邪魔したら悪いかと思って。ほんとにできたら面白いし。博士だったら作れるかと思ったし」
「なんだよもー」
「で、これが完成品ですか」
「ん。飲めば1時間透明人間。でも飲んでも完全に透明にはならないよ」
「というと……」
「2時間以内に摂取した飲食物は透明にならないの。さっき昼飯食ったろ。今この薬飲むとゲロが宙に浮いてるように見えると思う、多分」
「なるほど。じゃ、食後2時間経ってから飲めば完全に透明になれるんですか」
「いや、ならない。この薬自体も飲み物だから」
「ああ、そうか」
「ま、薬の方は無色だから。分かりにくいんじゃないの」
「またそんななげやりな」
「もうやる気なくなったー」
「博士ー……。がんばってくださいよ。世紀の大発明じゃないですか」
「どうせ悪用しかされないしー」
「そんなことありませんよ。きっと何かいい使い道ありますよ」
「全裸でうろうろするのとかバカみたいだしさー。それで何ができるって、誰もいないのに自動ドアが開いてビックリ、とかその程度だよ」
「それはつまらなく言いすぎですって」
「しかもゲロが浮いてるとか言われてさー。あわてて寝転がったけどやっぱちょっと浮いてんだよ、地面から」
「博士……。そんなことやったんですか」
「はたから見れば、なぜか開いた自動ドアの前でちょっと浮いてるゲロなんだよ。あーもー」
「何も寝転がることないのに」
「あれは何だろう、もしかして、宇宙からの知的生命体? みんながささやけばこっちだってチキュウノミナサンコンニチワとか言うじゃないか」
「言ったわけですね」
「宇宙人だ、宇宙人だ。大騒ぎが始まってどうしたらいいのか分からなくなって、デモワタシハモウカエラナケレバナリマセン。とか言ったよ」
「博士……」
「野次馬の中からは不満の声があがったさ。地球は他の星との交流を求めているのに、とかもっとお話を聞かせてくださいとか。だから、チキュウジンドウシノアラソイガナクナリ、カンキョウハカイモナクナッタトキ、マタアイマショウとかなんとかお茶を濁して逃げたよ」
「うわあ……また古典的というか」
「あー恥ずかしい、超恥ずかしーいー」
「追いかけられなかったんですか」
「もちろん追いかけられたさ。ちょうどメシ食って2時間経ったらしくてうまくまけたけど」
「消えた」
「宇宙人……」
「本物の宇宙人……」
「思えば人類はこれまであまりにも自分本位で地球全体のことを考えていなかったのではないか」
20XX年。宇宙から飛来した不定形知的生命体が地球に残したメッセージへの反響は直接それを受け取った人々を中心に徐々に広がりそして
「ぐったりして帰って、しばらくしたら効き目が切れて、鏡見たら疲れた顔で全裸で寝転がった時についた傷だらけだろ? やんなった、もうやんなった」
「博士ー……」
「捨てよ、もう」
「あ。もったいない」
「ご存知の通り、先日木村君が交通事故で亡くなりました。まだ24歳の若さでした」
「うっ。うっ」
「木村君は涙が目から出ず全部鼻から出るという悩みを持ち、同じ悩みを持つ者同士でこの会を設立した。この、涙が他の穴から出る会を」
「うっうっ……く……」
「真木さん。涙が耳から出るあなたも、今日は人目を気にして我慢する必要はないんですよ……」
「わああああ」
ダラー
「うっうっ……ゴクゴク」
「林さん。涙が口から出るあなたも、人目を気にして我慢する必要はないんですよ……」
「わああああ」
ダラー
「うっうっ……ちょっとトイレに」
「梨本さん。人目を気にして我慢する必要はないんですよ……」
「わああああ」
雪やこんこん あられやこんこん
降っても降っても まだ降りやまぬ
「やめえ、そないな歌」
「なんでやおばあちゃん。降ってんで、雪」
「あかん。こんこん言うたらおキツネ様にさらわれるでえ」
「また嘘や。おばあちゃんすぐ嘘言う」
「嘘と違う。こん、いうのは人間の魂のことやねんで。だからこん、言うと魂が口からニョロ、出てまうんや」
「嘘やあ」
「そこをおキツネ様は、こん、言うてつかまえて、持ってってまうんや」
「嘘や……」
「ほんまや。病気の人が死ぬんはな、セキをこん、こん、たくさんするからなんやで」
「そんなん嘘や! おばあちゃん嫌いや、嘘ばっか言うから」
「おやおや、孫に嫌われてもうた。生きててもしゃあないわ。こんこんこん」
「や、やめてや! おばあちゃんやめてや!」
「やめへん。こんこんこん、うっ」
「おばあちゃん!」
「真一。何べんも言うてるやろ。おばあちゃん死んだんはお前のせいとちゃう」
「ぼくのせいや。ぼくがあんなこと言うたから」
「おばあちゃんはな、前から心臓が悪かったんや」
「ぼく、おばあちゃんに嫌いやなんて言うた。だからおばあちゃんあんな、こんこん言うて」
「お前おばあちゃんにからかわれたんや、いつもせやったやんか」
「ほんまは好きやったんや、おばあちゃん、おばあちゃん、ごめんな、おばあちゃん」
「真一……」
こん言うたおばあちゃん こん言うたおばあちゃん
遺影 遺影 僕は大好きさ
「そして被害者はあなたをひどい言葉で侮辱した。そうですね」
「はい」
「公衆の面前で、しかもかつての妻に侮辱され、あなたは被害者に対して殺意を抱いた……」
「異議あり! 裁判長、検察官は憶測のみで発言しています」
「憶測ではありません。被害者の被告への罵倒は目撃証言により、十分殺人の動機となりうるものであると判明しております」
「異議あり。裁判長、検察官の殺人動機の基準は極度に主観的です」
「異議を認めます」
「目撃証言によれば、被害者が被告に対して言った言葉は、離婚した元夫婦の間でしばしば交わされる、ごくありふれたものにすぎません。それが殺人の動機になりうるとはとうてい……」
「べ、弁護士さん、そりゃないよ! あ、あんなひどいこと言われたのに……」
「そうだとも。分かる、分かるぞ! 僕も前に似たようなことがあったんだ。女ってほんと、一度さめると信じられないくらい冷たいよな!」
「ううう、検事さあん!」
ガンガン
「被告人は許可なく発言してはいけません。検察官、冷静に」
「……失礼いたしました。しかし少なくとも今の被告の反応を鑑みれば、被告と被害者の関係が弁護人が考えているようなものではなかったことは明らかであります」
「異議あり。検察官の思いこみにすぎません」
「異議を認めます」
「そもそも被害者の被告に対する愛情は失せてはいなかった。侮辱もそれゆえのものだと考えるのが妥当であります」
「え、ほ、ほんと? 弁護士さん!」
「それくらい分かってほしいわ。私も昔、そんなふうに素直になれなかったことがあった。男ってほんと、信じられないくらい鈍感なんだもの!」
「ううう、弁護士さあん!」
ガンガン
「被告人は許可なく発言してはいけません。弁護人、冷静に」
「……失礼いたしました。しかし少なくとも今の被告の反応を鑑みれば、被告と被害者の関係が検察官が考えているようなものではなかったことは明らかであります」
「異議あり! 弁護人は……その、弁護人は……」
「検察官?」
「……弁護人は……今でもかつての夫を愛しているのですか?」
「裁判長! 検察官の質問は本件と全く……か、かかわりの……」
「弁護人?」
「……もしも……もしも私がそれを否定しなかった場合、検察官は……」
「弁護人……僕たち、やり直せないかな」
「検察官……」
ガンガン
「エヘンエヘン、検察官及び弁護人は法廷を侮辱するのもいいかげんにしなさい」
「まったくだ。独り者には目の毒だってば、お2人さんよう」
「判決を下す」
ガン
「検察官、弁護人両名は結婚という牢獄での終身刑」
「えっ!」
「裁判長!」
「ま、さっさと刑に服していただきたいですなあ」
「裁判長……」
「へへへ、俺とあいつの分まで幸せになってくれよ」
「被告……」
「これにて閉廷」
「寝言と会話しちゃいけないんだよ」
「あ、聞いたことある。なんでいけないんだっけ」
「話すと3年以内に狂い死ぬん……むにゃむにゃぐー」
「ひどいや」