ピーポーピーポー
「救急車だ」
「近いね」
「そういえばさ。幽霊救急車って知ってる?」
「霊柩車?」
「違うよ。幽霊船みたいなやつ。幽霊救急車」
「ううん。知らない」
「ピーポーピーポーって近づいてきて、ピーポーピーポーって通りすぎてくの」
「普通じゃん」
「でも通りすぎる前と後で同じ音なんだって。ドップラー効果ないの」
「ああ」
「それでそのことに気づかなければいいんだけど、気づくと血を吐いて倒れて、その幽霊救急車で運ばれていくんだって」
「うわあ。そういう怪談やめてよー」
「あはは。聞くと不幸になるパターンね」
ピーポーピーポー
「あれ、これ前通るんじゃない?」
「うん」
ピーポーピーポー
「…………」
「…………」
「……今」
「音、変わらなかった……よね」
「うそ……ゴフッ!」
「キャアアア! ガハアッ!」
「どうしました、あ、これは大変だ」
「もう大丈夫ですよ。救急車が来ました」
「い、いや……」
「助けて……」
「そうです、助けに来たんですよ」
「患者は2人。大量の吐血」
「さあ早く運ぶんだ」
ピーポーピーポー
「異常ないから帰っていいですよ」
「はい……」
「運ぶ先は病院なんだね」
「まあそりゃ……救急車だもんね」
「だめだ、絶対赤点だわ」
「いつものことじゃん」
「そうだけどさ……。あーあ、昔は頭よかったのにな」
「へー」
「あ、信じてないでしょ。ほんとだよ。すごかったよ」
「そうなんだ。ちょっと意外」
「小野妹子と蘇我馬子は男だと最初から分かってたレベルだよ」
「へー」
「こんなところにサボテンなんかあったっけ」
「あったんじゃないの。いきなり生えるわけないし」
「3本もある。見覚えないような気がするんだけどなー」
「それにしても変な形のサボテンだね」
「うん、色も変。サボテンて普通緑だよね」
「これは白? クリーム色かな。てっぺんだけ黒っぽいけど」
「トゲも少ないよ」
「ほんとだね。こっちのなんか、ここと……あれ? トゲ1本しかない?」
「うーん、なんのためのトゲなんだか。でもこっちのはわりとたくさんトゲが、いたたた刺さっ」
「……あれ? 洋子? どこ行ったんだろ」
「こんなところにサボテンなんかあったっけ」
「あったんじゃないの。いきなり生えるわけないし」
「4本もある。見覚えないような気がするんだけどなー」
「牛肉入れ替え」という響きはすごいと思った。屠殺した直後にやったみたいだ。
「フフフ……この牛の死骸から取り出した肉を……あの牛の体内に……」
「動くな! 牛肉入れ替えの現行犯で逮捕する」
「な、何を……違う、誤解だ」
「往生際が悪いぞ。この牛が動かぬ証拠……う、これは?」
「牛の体内から中落ちと骨を取り、空いたスペースに別の牛の肉をつめる。丸ごと食べられる牛の丸焼きとして、バーベキュー大会の余興に使われる予定です」
「し、失礼いたしました!」
「いやあ、こちらこそまぎらわしいことをしてしまって」
うわっ。あ、いや、あやしいもんじゃない。ここの卒業生だよ。もうすぐ校舎が取り壊されるっていうから見に来たんだ。
うん、そう。このクラス。2年2組。廊下側から2列目、前から3番目、ここが俺の席で、それでその隣の、一番廊下側に……。
聞く? ちょっと妙な話だけどさ。
ここの席に座ってた女が授業中、いつもノートに落書きしてたんだ。のぞかなくても授業と関係ないことを書いてることは分かった。なにしろそいつ全然黒板見ない、そもそも顔を上げない、あてられるといつも「は?」とか言って、もう明らかに授業聞いてなかったから。
腕で隠すみたいにしてたから何書いてるのかは分からなかったけど、ま、特に興味なかったから無理に見ようとも思ってなかった。でもその日、何の授業だったかな。そいつが当てられて、立ち上がって「分かりません」とか言って、そいつなぜか成績だけはよかったから、いつもはそれで座って終わりなんだけど、その時は教師が「あなたはやる気がない」って怒りだして。そいつは立ったまま黙ってて、その時俺、何気なくそいつの机の上のノートを見たんだ。
ぎょっとした。ノートに描いてあったのは、たくさんの目だったんだよ。そう、目。ものを見る。10cmくらいの大きいのから、すごい小さい、3mmくらいのまで、とにかくノートにびっしり目が描いてある。漫画みたいなのじゃなくて、写実的なの。しかも妙にうまくて、写真みたいだった。いや、写真というか、なんかもう本物みたいなんだよ。びっくりしてさあ。
しばらく見てたら、そいつが座ってさ。俺が見てたことに気づいたらしくて、じろっとにらんできたの。なんだよこいつ、と思ったんだけど、その時気づいた。さっきのノートに描いてあった目、あれ全部そいつの目なんだ。そいつ、授業中ずっと自分の目を描いてたんだよ。
それから俺、そいつが妙に気になりだしてさ。まあつまり、好きになっちゃったというか、恋? 何だよ、別にいいだろ。けどなかなか話しかけられなくて。そのうちそいつ、学校来なくなって、なんか入院したとかで、ああ見舞いとか行きたいなあ、でも別に仲良くなかったし、行けないよなあ、なんて思ってたんだけど。
そのしばらく後の放課後、俺忘れ物取りに教室戻って、で教室には他に誰もいなかったんだけど、なんか変だったんだ。違和感ていうか。なんだなんだ、ってきょろきょろして、ふと上を見たらさ。驚いたよ、目が描いてあるんだ。間違いない、彼女の目だった。いつ描いたんだろう。ぽつんぽつんと、天井に5個ぐらい彼女の目があった。
で、俺はその目に向かって手を振ったり、「退院いつ?」とか「がんばれよ」とか紙に書いて見せたりして……笑うなってば。で、その日だけじゃなくてその後も1人の時にはちょくちょくやって。こんなふうに紙かかげてさ。「無罪」みたいに。だから笑うとこじゃないって。
けど、実物の彼女にはそれからもう会えなかった。いや、死んじゃったわけじゃなくて。なんか空気のいいところに引っ越すとかで転校してったんだ。
ほらそこ、まだ残ってるよ。そう、あの目。でもだいぶ薄くなってるなあ。その頃はもっと本物の目みたいだったんだ。
そんなわけはないってわかってたけど、あの天井の目が見ているものが、彼女に見えてたらいいと思ってた。彼女にはそういう力があって、入院が決まった時にこれを描いてさ、入院中、寂しい時に病院のベッドの上で目を閉じると、クラスの友達の姿が見える、なんてさ。幻想って……あのなあ、わざわざ言われなくても分かってるよ。
え? ああ、そういえばそうだな。なんで5個も描いてったんだろう。予備ってわけでもないだろうし。何か意味があったのかな? え、この席? いや、誰が座ってたかは覚えてない。彼女の成績? さっき言わなかったっけ、授業聞いてないくせにテストの点はよくて……あ。
思い出した。その席、そこも、そこもだ。目が描いてある真下の席、みんな成績がいいやつが座ってたよ。そっか……あの目はカンニング用だったわけか。ははは、なんだそうか。入院関係なかったんだ。
いや、いいよ別に。彼女が本当に、あの目でものを見てたってことだもんな。俺ががんばれとか紙に書いたので、ちょっとは励ませてたらいいんだけど。
「寒い」
「うん」
「おかしいじゃないか。暖かいって聞いてたから来たんだぞ」
「そんなこと言ってないだろ」
「でも暖かいって、昔からそういう話を聞いてたんだ」
「まあたしかによくそう言うけど、それは『思ってたより暖かい』ってことだろ」
「寒いよ。どういうことだよ。なあ、どういうことだよ」
「うるさいなあ」
「寒い。僕は暖かいと思ったから来たのに。なんだよ、なんで寒いんだよ」
「別に来てくれなんて頼んでない」
「来るかって言ったじゃないか。寒い!」
「じゃあとっとと出ろよ」
「何を!」
「なにやってんだろ、あれ」
「ケンカしてるんじゃないの」
「かまくらの中で? なんでまた」
「まあとりあえず、死刑は廃止してほしいよな」
「そうかー?」
「やるんだったらせめて電気椅子にしてほしい」
「同じだろ。ていうか首吊りの方が苦しまないらしいし」
「苦しむとか苦しまないとかどうでもいいの。首吊りが嫌なの。あの縄の輪っかをテレビとかで見ると、もうそれだけで鳥肌立ってくる」
「へー。なんかトラウマでもあるのか」
「ないと思うけど、嫌なもんは嫌だ。今この瞬間にもどこかで誰かが首吊ってるのかと思うとおなか痛くなってくるよ」
「重症だなあ」
「中高年の死因の何位かに自殺が入ってるのとか見るとさ。あれきっとかなりの確率で首吊り死なんだろうとか思ってもう、もうだめ。床を転げ回る」
「考えなきゃいいのに」
「嫌だからよけい考えるの。そういうもんだろ」
「というか自分が首吊らなきゃいいだけのことじゃん」
「だから! 死刑廃止しろって言ってるんだよ。分かれ」
「ああ、そこにつながるのか」
「そりゃオレは死刑になるようなことはしないよ。でも巧妙な罠にかけられ、冤罪で死刑判決が下ったりしてさ。ついにその日が来て、階段の下に連れ出されて、おそるおそる顔を上げると階段の上にはあの輪っかが! なんて考え始めるともう何も手につかないだろ?」
「同意求められても困る」
「なんかあれだ、目隠しとかされるんだよ。で頭つっこまされてガターン、ギュー、グエー。もうだめだ、絶対その前に別の方法で死のう」
「がんばれよ。刑務所だと別の方法で死ぬの難しそうだけど」
「そうなんだよ。それでずるずると執行日になっちゃってさ。多分オレ輪っか見た瞬間に失禁するね」
「うわー本物だー、って?」
「そう。で、首吊ると垂れ流しになるらしいから、死刑執行人がそこですかさず『おいおい、順序が逆だよ』なんて執行人ジョークを飛ばして場の空気がなごんじゃうんだろうな」
「執行人は鬼か」
「で、なごんでオレの肩の力のぬけたところですかさず頭つっこまされてガターン、ギュー、グエー。うんこボトボトボトー」
「お前ほんとは別に怖くないだろ」
「怖いよ! だから少しでも怖くないように考えるんだよ。分かれ」
「あれから30年もたつのに、その時のことはやけにはっきり覚えてたよ。妙なもんだな」
「では本当に……、さっき処刑されたのがその、怖がっていた友達だったんですか」
「ああ。むこうは俺だって気づいてなかったみたいだ。言った方がよかったのかもしれないが、言えなかった。ボタンを押す刑務官が昔の友達なんて、世の中には面白いことがあるもんだよ」
「……彼、落ち着いてましたね」
「そうだな。失禁もしなかったし。したらあいつが言ってた執行人ジョークとやらを言わなきゃいけないような気になってたから、実はちょっとひやひやしてた」
「もしそれを言ったら……彼は気づきましたかね」
「さあ、どうだろうな」
バタバタバタ バーン
「待て! その男は冤罪だ、死刑執行は中止だ!」
「おいおい、順序が逆だよ」
「無駄な抵抗はやめろー! 武器を捨てておとなしく出てこーい!」
「うるせえ!」
パーン パーン
「おーい! お前はそこがどんな場所か分かっているのかー!」
「廃ビルだ! それがどうした!」
「どうやら何も知らないようだなー! そこは地元でも有名な場所なんだぞー!」
「なんだと!?」
「20年前のことだー! 身分の違いで許されぬ恋をした男女がかけおちをしたー! 追っ手が迫り、ついに逃れられぬとあきらめた2人ー! お嬢さん、わたしのためにこんなことにー! いいえ隆彦、わたくしはあなたとならばどこへでもー!」
「うるせえ!」
パーン パーン
「最後まで聞けー!」
「くだらねえ話はやめろ!」
「2人は決心したんだー! この世で結ばれぬ愛ならば、せめてあの世で一緒になりましょうー! 手を取り合って屋上から飛び降りたー! わあー!」
「うるせえ!」
パーン パーン
「それがその場所なんだー!」
「だからどうした! 俺は霊なんか信じねえ!」
「縁起でもないことを言うなー! 2人は死んでなんかいないー!」
「ああ!?」
「飛び降りたが奇跡的に助かった2人ー! そしてその覚悟を見た周囲は2人の結婚を許したのだったー!」
「犯人さん! 今はつらくても、いつか幸せが訪れるわ!」
「誰だてめえ!」
「20年前にそこから飛び降りた女です!」
「そしておれがその夫ー! 武器を捨てておとなしく出てこーい!」
「うるせえ!」
パーン パーン
「ねえねえ。お父さんとお母さんの出会いはどんなだったの?」
「なんだよいきなり。ませたやつだなー」
「教えてよー」
「恥ずかしいよ。こんな、電車の中でなんて言えないよ」
「どうしてー? 人に聞かれると困るような話なのー?」
「そんなことないけどさ」
「じゃあ教えてよう」
「そうだな、教えてやるか。実は、お父さんとお母さんは、ビルのエレベーターの中で出会ったんだ……」
ブー……ン ガタン
「あら?」
「止まった」
「故障でしょうか」
「ボタン押します?」
ガクーン
「きゃああっ」
「か、傾いた!?」
「ワイヤーが切れかかってるんじゃ……」
「このままでは、地上100メートルの高さから落ちてしまう」
「い、いやああっ」
「落ち着いてください」
「で、でも……どうすることもできないわ!」
「あきらめるな! 最善を尽くそう!」
「最善?」
「みんな! 荷物を捨てるんだ!」
「そ、そうか!」
「捨てろ捨てろ」
ポイ ポーイ
「救助隊です! 大丈夫ですか!」
「た、助かった」
ガヤガヤガヤ
「いや、死者が出なかったのはまさに奇跡だ、もうワイヤーが切れる寸前でした」
「すべては荷物を捨てろと言った彼のおかげだよ」
「あなたは……命の恩人です……」
「こうして、お父さんとお母さんのつきあいが始まったんだよ」
「すごーい! お父さん、カッコイイ!」
「さあ、次の駅で降りるぞ」
プシュー
「……どこに」
「どこに」
「どこに荷物を」
しょっちゅう金縛りにあう。月に2〜3回といったところです。足がつるのと同じで、1度やるとくせになってしまうようで。
私の金縛りは鎖骨下あたりを大きな手でぐーっとおさえつけられている感覚のもので、金縛りはみんなそうでしょうがまったく恐ろしいのでした。けれどもどうやったらそれが解けるかはもう分かっていて、全身の力を抜くとだいたい体が動くようになってくるのです。
(うわー大きな手でおさえつけられている感覚で目が覚めたあー)
(わあ、わあ、わあ)
(落ち着け落ち着け)
(ち、力を抜こう)
(でも誰かが本当に押していたら?)
(そうだ、もし本当に押されてるのに力抜いたら、し、死ぬ?)
(けど、じゃあどうしたら)
(目を開けよう。見れば分かる)
(そうか)
(開けるぞ、それっ)
(ぎゃあああ)
(まぶたが異様に重くて開かない)
(こわい)
(こわいー)
(あ、でも目が開かないってことは、これ金縛り確実だ)
(そうか)
(こわいことはこわいけど、力を抜くぞ)
(えいっ)
(グニャー)
勇気と冷静さが求められるイベント。
これにより、日々人間的成長を果たしているのでした。