「貴様あ! なんだその反抗的な態度は!」
「そんなこと言われたって、いやなものはいやです」
「反省の色もない! 罰を与える! 歯を食いしばれー!」
「……く」
「そして食いしばったまま1時間我慢!」
「いやです」
「貴様あ! なんだその反抗的な態度は!
「天使強盗団に告ぐ。お前達は完全に包囲されている。武器を捨てておとなしく出てこい」

「ちくしょう、囲まれた」
「これは……もうだめかもしれないな」
「考えてみれば、今までがうまくいきすぎていた……」
「おい、あきらめるな! 俺達は誓ったはずだ。15年前、悪夢の異次元大震災。あれが起こる前のような、天使たちが幸せに暮らせる場所を作ると」
「……そうだ……そうだった。あの地震で起きた地殻変動で、天国と地獄は強制的に統合されてしまった。そして良心の枷を持たない悪魔たちは圧倒的に強かった」
「またたくまに世界は悪魔の支配下に置かれ、天使たちは悪がはびこる中で虐げられて暮らしている」
「そうだ、だから俺達は決意したんだ。良心を捨て、手段を選ばず資金を集めようと。そして強盗団を結成した」
「天使の俺達にとってそれは、己の身を引き裂くような行為だった。だがそれは天使がそんなことをするとは思わない悪魔たちの油断をつく行為でもあった」

「天使強盗団に告ぐ。お前達の素性はすでに明らかだ。逃げ場はない、おとなしく投降しろ」

「くそ……悪魔警察め」
「悪魔警察か……ふふ」
「おい! 何がおかしいんだ、こんな時に」
「あ、いや。すまん。ただ、ちょっと面白いと思ってね」
「面白いだって? 何が!」
「悪魔警察は、悪魔が支配するこの世界に最低限の秩序をもたらすためにある。けど考えてもみろ、あいつらは悪魔だ。悪魔が悪の誘惑を抑え、正義のために働いている。それって、良心を抑えつけながら強盗を働く俺達と同じじゃないか。そう思ったらなんだかおかしくなってさ」
「…………」
「……ははは」
「そういえばそうだな。同類か、俺達とあいつらは」
「フフッ。負けられないな」
「ああ。必ずここを突破しよう!」

「天使強盗団に告ぐ。今、ご家族の方に来ていただいた。さ、どうぞ呼びかけてください」
「祐助ー。お母さんよー」

「な……」
「か、母さん……う、うう」
「泣くな!」
「す、すまん」

「天使強盗団に告ぐ。今すぐ投降しなければ人質の命はないぞ」
「助けてー」

「うーん」
「さすが」
 国境の長いトンネルを抜けると逝き国であった。

「駅長さあん、駅長さあん。……駅長さん? ……駅長さあああん!」

 夜の底が白くなった。
「暗殺には失敗したが、ターゲットは骨折して入院した。今がチャンスだ」
「ああ。幸い事故だと思われて警戒もされてないようだしな」
「この千羽鶴に毒ガス発生装置を隠しておく。ふふふ、心づくしの見舞いに感激したターゲットが枕元に置き、寝ている間にガスを吸ってあの世行きという寸法さ」
「まったく、いつもながらお前の冷酷さには背筋が寒くなるぜ」
「ふふふ……おい」
「ん」
「あと何羽?」
「850」
「ふー……」

 カサ カサ
「あ、危ない!」
 驚いた顔のアップ
 キキー ドカッ
 空に舞う被害者の所持品

「と、いうのが交通事故シーンの基本だと思うんだ」
「んー。ま、そうかな」
「でさ、この空に舞う所持品、これがほんとなんでもありなんだよね」
「なんでもありって?」
「なんていうか……。たとえば飲みかけのペットボトルでもいいし、本でもいい、ビデオとかCDでも、文房具でも、野菜とか肉とかでも、何だってなんとなくドラマな感じになる。その人を象徴しているというか」
「ああー。なるほどね」
「そういうのって、なんかさ。すごくいいよな」
「いいかなあ。……あ、そうだ。北村君、今日あれ持ってきた?」
「あれって?」
「作ってこいって言われてなかったっけ。学祭のステージにまくやつ」
「ああはいはい。作ったよ、たくさん作った。ほらこれ、もうカバンいっぱいに……」
「あ、危ない!」
 驚いた顔のアップ
 キキー ドカッ
 空に舞う被害者の所持品

 凄惨な事故現場に色とりどりの紙吹雪が舞った。
「おおっ」
「すげー」
 通りがかった人々は口々にトラックと被害者をたたえ、拍手を送った。
「北村君……。あんたバカだ、ほんとバカだよ……」
 被害者の友人だった女性も泣きながら手を叩いた。
「正樹! 正樹! お客様よ!」
「え?」
「やあ。はじめまして、正樹くん」
「ああっ! や、山野辺選手?」
「そうだよ、君のお見舞いに来たんだ」
「ぼくの、お見舞いに? 山野辺選手が? ほ、本物なの?」
「ははは、本物だとも」
「わあ! あの、あの、ぼくは山野辺選手の大ファンで……山野辺選手のホームランを打つ姿が、すごく好きで……だから」
「そうか。ありがとう」
「でも、あの……」
「ん? なんだい?」
「でも山野辺選手、最近はホームランを打たないのでさびしいです」
「あ、ああ。……ごめんよ」
「やっぱり、この前の頭部への死球のせいなの?」
「……そうなんだ。あれ以来、打席に立つと腰がひけてしまって」
「そんな! だめだよ、そんなの! 勇気を出して打席に立ってよ! ホームラン打ってよ!」
「わかってる。そうしなきゃいけないということはわかってるんだが……。でも、怖いんだ。ボールが怖くて」
「山野辺選手……。ぼく、今度手術をするんだ」
「えっ」
「成功率は低いけど、必ず勝ってみせる。ぼく、山野辺選手にこの手術を捧げるよ。だから手術が成功したら、山野辺選手もホームランを打つんだ」
「捧げる……僕に、手術を?」
「そうさ。それなら、打ってくれるね?」
「う、うん」
「よし。約束だ」

「ここ剣崎国際病院第3手術室で行われている手術、クランケ対病巣、すでに5時間を超える長い手術となっています。しかし手術室前の廊下をぎっしりと埋めたご家族の方は誰1人として帰ることなく、息詰まる熱戦を見守っておられます。いやあ、すばらしい手術ですね」
「そうですね。実に白熱した好ゲームです」
「クランケにとってあまりにも重要なこの一戦、これに勝たなければ命はなくなります。まさに天王山。どうでしょう、連戦による疲れからクランケの体力の低下が心配されますが」
「いや、ベストコンディションでしょう」
「しかし手術も大詰めですが、今現在は不利な状況ですね」
「手術自体が非常に難しいですからね。しかし病巣はほぼ完全に切除できそうです。ここはチャンスですよ」
「あ、病巣は切除……しかし心拍数、血圧ともに低下、これは大変危険な状態です。このまま終わってしまうのでしょうか。大事な一戦、この正念場、クランケのペナントレースはここで終わってしまうのか」
「あ」
「打ったあああー! 打ちました! 注射を打った、上がった、上がった、血圧が上がった、入るか、入るか、入ったー! 正常値の範囲内に! 手術終了ー! サヨナラ! サヨナラ! 手術室からサヨナラ! ナースの手荒い祝福を受けながら、今ゆっくりとクランケ、タンカに乗って退場、劇的な! 実に劇的な幕切れ!」
 ワーワーワーワーワー……

「や、やったああ! ……すごいや、ほんとにやってくれたんだ……。ほんとに、ほんとに僕のために手術を……」
「よかったね。さあ、今度は君が約束を守る番だぞ」
「うん! 監督、僕ホームラン打つよ!」
「あ、遠山の金さんだ。お兄ちゃん、遠山の金さんやってるよ!」
「わあ、ほんとだ。やったー、金さーん」
「あら。それ遠山の金さんじゃないわよ。大岡越前よ」
「えー。金さんだよ。お奉行様って言ってるもん」
「大岡越前もお奉行様なのよ」
「でも、ほら。お白州してるよ」
「大岡越前もお白州はするの」
「えー」
「じゃあどこが違うの?」
「入れ墨があるのが金さん、ないのが大岡越前」
「へえー」
「…………」
「…………」
「お白州終わっちゃった」
「入れ墨見せなかったね」
「ね。金さんじゃなかったでしょ」
「でも着物脱がなかったから、入れ墨あるかないかわかんなかった」
「そうだよね。あるのかもしれないよね」
「ないわよ。あったら見せるでしょ」
「でも見せなくても悪人が騒がなかったよ」
「騒がないなら見せなくてもいいよね」
「そうだよ。見せなくてもいいから見せなかったんだよ」
「そうだよ。ほんとは金さんだよ」
「金さんだよね」
「絶対金さんだ」
「金さ」
「やかましい!」
「!?」
「……お、お母さん?」
「雁首並べて金さん金さんと騒ぎやがって。そんなに金さんに会いてえか。そんなに見てえ金さんなら」
 ザッ
「拝ませてやろうじゃねえか、おう。あの夜、見事に咲いたこの遠山桜、まさかうぬら、見忘れたたあ」
 バッ
「言わせねえぜ!」
 ドババババーン
「ああっ! そ、その入れ墨は」
「それじゃお母さんが」
「遊び人の、金さん……?」
「てめえら悪党がいくらしらを切ろうが、この遠山桜が全部見通しなんだよ!」
「え、え、え」
「お母……」
「裁きを申し渡す。木村家長男義伸、次男康伸、打首獄門! 余の者は終生遠島! ひったてえい!」
「うわああああん!」
「お母さあーん!」
「あ、なんか歌ってる人がいるよ」
「おー。アカペラだ」
「ちょっと聴いてこうか」
「うん」

「けっこううまかったね」
「そうだな」
「なんかさ、アカペラってしみじみしちゃうよね」
「うん。……あ、そうだ。アカペラでしみじみしたっていえば、おれ昔さあ」
「うん」
「ア・カペラじゃなくてアカ・ペラだと思ってたんだよ」
「あー。私もそうだったよ」
「だろ? なにしろアカでペラだもん、まさかアで切れるとは夢にも思わないよな」
「まあね」
「でも、アカ・ペラだってことに何の疑いも持ってなかったのに、ア・カペラだってことを知っても別に驚かなかったんだよな。あ、そうなの? って感じで」
「たしかに、『ええーっ!』って感じの話じゃないしね」
「そうなんだよ。何の疑問も持ってなかったことがひっくり返されたのに、別に動じることもないし新鮮さもないわけだ」
「うん」
「そういうことって、世の中けっこうあるもんだなあ、と思ってしみじみしたよ」
「ああ、あるかもねー」
「あるよなあ……」
「でもそれ、アカペラでしみじみした話として出すのは間違ってると思った」
「それでは、まことに僭越ではございますが、新郎新婦のプロフィールを紹介させていただきます。
 新郎のオリアス・ガナファイアさんは、ビワ歴415年7月8日生まれ。今現在封印の期限が切れかけている大魔王ボワゾ、この恐るべき怪物を200年前に封印した、勇者ラバス・ガナファイアの子孫でいらっしゃいます。幼少時より勇者としての厳しい特訓を受けてこられ、時には自分の運命を恨むこともあったそうですが、新婦と出会ったことで、今は感謝していらっしゃるとか。趣味は木像作り。早く大魔王を倒し、この趣味に使える時間が欲しいそうです。
 新婦のユマ・オリノさんは、ビワ歴416年12月9日生まれ。盾職人のお父様と髪飾り職人のお母様、そして弟さんの4人で暮らしておられました。しかしビワ歴422年、突然現れた魔物により、一家は惨殺されてしまいました。お母様にかばわれ、体の下にいたために、1人生き残った新婦。それから幼い子供が生きてゆくのは並大抵のことではありませんでしたが、魔物への復讐、そしてこのようなことが2度と起こらないように強くなる、その思いから魔導師ポーラに弟子入りし、魔法の腕を磨いてこられました。趣味は今は特になし……大魔王を倒してからゆっくり見つけたいそうです。
 お二人の出会いは今から1年2ヶ月前、ビワ歴432年の8月。メディエラ大陸の最北端、パテの洞窟の中でのことでした。この洞窟の最深部にはマナマナの石という大変な魔力を持つ石があり、新郎も新婦も、その石を手に入れるために洞窟内に潜入したのです。
 洞窟内には魔法の効力が失われる場所があり、新婦が苦戦していたところを新郎が助けたのが、お二人の出会いとなりました。お互いの第一印象は、新郎は新婦に対して、『声が大きい』、新婦は新郎に対して、『ぼんやりしている』、だったそうです。
 マナマナの石は手に入れましたが、1つしかないため新郎新婦ともに所有権を主張して譲らず、なりゆきで一緒に旅をすることになりました。そして次第にひかれあうようになり、10月に交際がスタート。連日続く魔物と戦いの中で愛を育み、今年5月に婚約、そして大魔王との決戦直前の本日、挙式されました。ちなみにプロポーズの言葉は、『魔王の脅威のない世界を、僕たちの子供にプレゼントしよう』だそうです」
 パチパチパチパチ
「それではいよいよ、大魔王が封印されている暗黒の塚にパナリアの剣を入刀。お二人の初めての共同作業です。さあ撮影される方、前の方へいらしてください。どうか皆さま、盛大な拍手を」
 パチパチパチパチ
「では、塚、入刀」
 ザク
 ……ズズ……ズズズ……
「……オオオオ……封印を解いたのは貴様らか。礼を言う……と言いたいところだが、どうやら私を倒すために解いたようだな。フハハハハ、何もしなければ少しは長生きできたものを。己の身の程知らず、思い知らせてくれるわ!」
「ここで、新婦がお色直しのために退場いたします。今身につけておられる夢幻のローブから、魔王との決戦に最適な、闇の力を打ち払う効果のあるカーヤの法衣に装備を変更されるとか。どうか皆さま、盛大な拍手でお送りください」
 パチパチパチパチパチ
「続きまして、皆さまより賜りましたご祝辞、その一部を読み上げさせていただきます。順不同でございますので、ご了承ください。まず、新婦の姉弟子でいらっしゃいます、ロミー・ワナ様。
『オリアスくん、ユマちゃん、結婚おめでとう。ユマちゃんが初めてオリアスくんを連れてきた時、実はちょっとたよりないかなと思ったんだけど、今はもうりっぱに世界が認める希望の星になったね。魔法ではまだ負けないつもりだけど、男を見る目はユマちゃんの方が上かな、なんてちょっぴりくやしい気持ちです(笑)。大魔王との戦いも長く続くだろうけど、2人だったら必ずそれを乗り越えられると信じています。本日は本当に、おめでとうございます』」
 パチパチパチパチ
「続いて、以前新郎新婦の用心棒として旅に同行されたヒルト・ゲンガー様。
『オリアスさん、ユマさん、ご結婚おめでとうございます。お二人の活躍をいつも耳にし、人々の期待が日々高まってゆくのを肌で感じ、今お二人にかかっているプレッシャーはいかばかりかと案じております。
 初心忘るべからずといいますが、大魔王との戦いでくじけそうな時、結婚生活が苦しくなった時、お二人にはあの時のことを思い出してほしいと思います。僕の用心棒代金700ローグを値切った時のことです。息のぴったり合ったその値切りに、僕は内心舌を巻き、こいつらはきっといい夫婦になるだろうと思ったものです。と同時に、こんなけちくさい値切りをするやつらに世界の運命がかかっているなんてと暗澹たる気持ちにもなりましたが、そんなところがお二人のいいところです。自分たちの信じる道を仲良く進めば、お二人にできないことはありません。480ローグにまで値切られてしまった僕が言うのだから間違いない。というのを、お二人の門出へのお祝いの言葉とさせていただきます』」
 パチパチパチパチ
「それでは、新婦の準備が整ったようですので、新郎が新婦を迎えに行き、2人で大魔王との決戦をして参ります。どうか皆さま、盛大な拍手でお送りください」
 パチパチパチパチ
「それでは、しばしご歓談ください」
 ガヤガヤガヤ ザワザワ
「……ぐああああああ……!!」
「お待たせいたしました。見事大魔王ボワゾを倒し終え、新郎新婦の入場です。さあ皆さま、盛大な拍手でお迎えください」
 パチパチパチパチ
「ぐ、ぐおお……!! 人間どもめ……!! このままでは終わらぬぞ……私の魂を生贄に……すべてを消し去る……暗黒神を……!!」
 ゴ   ゴ  ゴ ゴ
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ
 ドガーン
「……我は暗黒神バルメリウス……すべての光あるものは……暗黒世界の中に消え去るのだ……」
 ピシャーン ピシャーン ピシャーン
 ゴオオオオオ……
「以上をもちまして、披露宴はお開きとさせていただきます。受付でお配りしたカードに、お二人へのメッセージをまだお書きになっていない方は、本日この後、鏡のむこう、異次元闇世界で行われる二次会でお出しくださいませ。本日はまことに、おめでとうございます」
 パチパチパチパチパチ
 ある日パンドラがトイレに駆けこむと、便器のふたは閉じられて、「開けるな」という貼り紙がしてあった。けれどもせっぱつまっていたパンドラは、迷わずふたを開けたのだった。
 その瞬間、逆流した汚水が便器から噴き出した。パンドラは慌ててふたを閉めようとしたが時すでに遅く、大量の汚水による病、貧困、飢餓、暴力などが世界中に広がってしまった。
 パンドラは汚水が吹き出した後のトイレで用を足した。そしてふたの貼り紙を書きかえて立ち去った。あとには「修理希望」という貼り紙をされた便器だけが残った。

 どんなひどい状況だって、希望はほら、君の胸の中に。