「道行く人たちは足を止めて見学し、町の歴史がわかってとても興味深いです、などと話していました」

「などとってどうかと思うんだ」
「などと?」
「今のニュースみたいな使い方。おかしいだろ?」
「そうかな」
「たとえば殺人犯が捕まって、『むかついたからやった、などと話しているということです』とかいうのはいいんだよ。けどさっきみたいなのは違うじゃん」
「どこが」
「人の言葉の後になどとってつけるのはさ、こいつなんかほざいてますよ、ていうニュアンスがあるんだよ。そう思わないか」
「そんなもんかな」
「そうだよ。たとえば誰かが何か賞を取って、『私の力ではなく周囲の人々の協力あってのことです、などと話していました』ってニュースでやったらバカにしてるみたいに聞こえるだろ」
「ふーん。でもそんなの実際ありそうだけど」
「ああ、あるだろうな。絶対おかしい。これは是正すべきだ。すぐにでもすべきなんだ」

「などと彼は主張していたよ」
「ふーん」
「えー。皆様、本日は当オークションにようこそおいでくださいました。本日の出品商品は、世界的に有名というものではございませんが、まさに珠玉、といった名品揃いでございます。ぜひ、積極的にご参加くださいませ」
「頼まれなくてもそうするさ」
「その通り」
 ワハハハハ
「えー。頼もしいお言葉をいただきましたところで、今回のオークションについて、一言ご説明させていただきます。今回のオークションは、通常のものとは少々異なる、特別ルールにそったものとなりますので、その点ご了承くださいませ」
「特別ルールだと」
「聞いてないぞ」
 ざわざわざわ
「お静かに。皆様ご存知の通り、今回のオークションの出品商品はすべて、日本有数の資産家であった、故・高村喜一郎氏のコレクションでございます。このオークションのルールは、高村氏が遺言書で指定しておられたものなのです」
 ざわざわ
「ルールは3つ。まず1つ、落札希望価格にゼロを使わない。使った場合はオークション参加資格を失うものとする」
「……?」
「ゼロ?」
「つまり百万円などは落札希望価格にはなりえない、なぜなら十万の位以下がゼロだから、ということでございます。たとえば百二十四万三千二百二十三円ならばよい、ゼロを使っていないから、とこのような具合でございます」
「なんだそのルールは」
 ざわざわざわ
「お静かに。次に2つ目のルール、『円』まで言えたら落札決定」
「……?」
「円?」
「このオークションでは、落札希望価格をおっしゃる場合、必ず最後、『円』までおっしゃっていただきます。たとえば七十八万千四百五十八円、とおっしゃった方がおられた場合、その時点でその方の落札が決定するということでございます」
「???」
「どういうことだ」
「さらに高い額を提示なさりたい方は、前の方が『円』と言い終わる前にそれより高い額を提示していただきます」
「??」
 ざわざわ
「そして3つ目のルール、前の者の落札希望価格を下回る可能性のある額を提示してはならない、した場合はオークションの参加資格を失うものとする」
 ざわざわ
「これだけではわかりにくいかもしれませんので、少々お時間をいただきまして、実演させていただきます。おいきみ、相手をしてくれ」
「はい」
「ここにございますこのリンゴ、これが出品商品であり、わたくしとあちらの彼がこれを落札しようとしている場合。ではスタート」
「千二百三」
「千五」
「二千六百四十」
「三千百十三円。はい、ここで落札」
 ガン
「ご理解いただけましたでしょうか。つまり、前の方が『円』と言い終わるより先に自分の希望落札価格を言い始めればよいわけです」
「うむ……」
「なんでまたそんなルールを……」
「会場の音声は録音されておりますので、どちらが早かったか等の微妙な判定はその都度正確に行われます。反射神経が問われる本日のオークション。それでは、始めさせていただきます!」
 パチパチパチパチパチ
「まず最初の商品は、こちらです」
 バッ
「モナリエ・ドッグの水彩画、『ヴィオラの肖像』。円熟期の傑作です」
 おおー おー
「ではスタート、六十四万八千百五十二円から。……落札。ただいまの商品、『ビィオラの肖像』はわたくしが落札いたしました」
 ガン
「あ!?」
「なんだそれは」
「2つ目のルール、『円まで言えたら落札決定』。今わたくしは円まで言い終わりましたので、落札者はわたくしになったというわけでございます」
「おい!」
「そんなのありか」
「以降はこのような油断をなさいませんように。続いての商品はこちらです」
 バッ
「ソーニャ・ハマバーグの油絵、『カモフラージュ』でございます」
 おおー おー
「それでは、スタート。五百二十三万四」
「六百五十」
「七百八十五万三」
「八百」
「千百五十二万千二」
「千二百」
「千二百八十三万」
「ストップ!」
 ガン
「14番の方、失格です」
「えっ! な、なぜだ」
「あなたは35番の方が『千二百』まで言ったところで『千二百八十三万』と言った。これは3つ目のルール、『前の者の落札希望価格を下回る可能性のある額を提示してはならない』に抵触します」
「あ……」
「それでは、オークションを再開します。千三百八十三万二千二百五十一円から。……落札。ただいまの商品、『カモフラージュ』はわたくしが落札いたしました」
 ガン
「うわ」
「くそっ」
「以降はこのような油断をなさいませんように。続いての商品は」

「……それではいよいよ、本日の目玉商品の登場です!」
「来たぞ」
「ついに……」
 ざわざわ
「彫刻家、寺尾義一の最後の作品、『焼きたてパン』でございます!」
 バッ
「おお……!」
「すごい……」
「10センチ×5センチ×5センチという大きさながら、万人が最高傑作と認めるこの作品。今回のオークションへの参加目的はこの作品、という方がほとんどではないでしょうか」
 どよどよ
「それではスタート、二千百三十六万五千」
「三千四百」
「三千七百五十三」
「四千五」
「五千二百三十五万三」
「六千七」
「八千八百九」
「九千五百」 
「一億!」
 シーン
「……きた……」
「億……」
「億の位……」
 ざわざわ ひそひそ
「……ねえねえ」
「しっ。黙ってろよ」
「ちょっとだけ。あのさ、あの一億って言った人、どうして失格にならないの? ゼロ使っちゃいけないんでしょ」
「まだ途中だからだよ。一億、の続きがある。これから千万の位を言うんだ」
「あ。そうか」
 ひそひそ ざわざわ
「……ねえねえ」
「しーっ」
「ちょっとだけ。なんで誰ももう値段上げないの? 九千万まではみんなどんどん上げてたのに、一億になったらもう上げないっておかしくない?」
「一億じゃない。さっき失格になったやついただろ。今上げようとすれば二億と言わなきゃいけないわけだ」
「あ。そうか」
 ひそひそ ざわざわ
「……なんなんだあいつ」
「早く続き言え、千万の位」
「何かに気を取らせてそのすきに言う気じゃないか」
「いや、他の連中の集中力が切れたあたりで言う気だ」
「見ろ、タバコに火をつけたぞ」
「余裕見せやがって」
 ざわざわざわ
「……えー……。困りました。これが最後の商品というわけではございませんので、このような状態は進行の妨げとなってしまいます。規定には希望価格を言い終わるまでの時間制限はございませんので、わたくしにこの状況を動かすことはできませんが……えー……。皆様はこのままずっと根比べをなさるおつもりなのでしょうか」
 ざわざわ
「どういう意味だ?」
「誰か二億と言えってことか」
「しかし、今二億と言ってしまうと……」
 ざわざわ
「よくお考えくださいませ。寺尾義一は3年前に亡くなり、その評価は年ごとに増しております。このようなことを申すのもなんでございますが、今回この『焼きたてパン』、三億まで上がる可能性もあると目されておりました。そして三億で購入しても、今後のことを考えれば決して損はない作品でございます」
「たしかにそうだが」
「おい黙ってろ、みんな機をうかがってるんだ」
「お前がしゃべってるすきに続き言われたらどうする」
「その上皆様、ルールをもう一度よくお考え直しくださいませ。今のような場合、一億九千九百九十九万九千九百九十九円ならば、禁止事項である『前の人間の落札希望価格を下回る可能性のある額を提示』には当てはまら」
「あっ!」
「そうか!」
「一億」
「一億」
「一億九千九百」
「九千九百九十九万」
「一億九千九」
「二億千百十二」
「三億千百」
「四億千百十二万千百十二円!」
 ウワアアアアアア
「な、何、何。どうなったの」
「決まったんだ。一気に均衡が破れた。オークショニアの言葉を聞いて、一億と言っても失格にならないと気づいた参加者が数人、とっさに一億と言ってしまった。そうなると早い者勝ちだ、一億九千九百九十九万九千九百九十九円と早く言った者の勝ちになる。さっき一億と言った87番も続きを急いで言おうとした。一億まで先に言ってた分、あいつは他の連中より早く言い終わるはずだった」
「うん」
「けどその前に二億台が出た。21番はもっとも早く言い終わる二億千百十二万千百十二円を狙っていたんだ。しかし言い終わる前に三億、そして四億千百十二万千百十二円が出た」
「はー……」
「みんなほとんど同時だった。きっと落札した64番は、いや落札できなかった他の何人かも、最初からこの一瞬に賭けていたんだよ」
「うーん……すごいね」
「ああ。『焼きたてパン』は今回の目玉だから、ここで失格になってもかまわないってやつも多かったんだな。参加者がいっせいに希望価格を口にする一瞬、それを誰もが待ちかまえていた……。こんなオークションも悪くないな」
 ワアワアワアワアー
「えー。お静かに。お静かに!」
 ガン
「大変な盛り上がりのところ申し訳ございませんが、ただいまの商品、64番様の四億千百十二万千百十二円という落札価格は無効でございます」
「えっ」
「なんで」
「それは、わたくしがすでに一億九千九百九十九万九千九百九十九円と申し上げていたからでございます。つまりただいまの商品、『焼きたてパン』はわたくしが落札いたしました」
 ガン
「以降はこのような油断をなさいませんように。続いての商品は」
「次はー、西中原ー、西中原ー、出口は右側に変わります。お客様にお願い申し上げます。周りの方のご迷惑となりますので、携帯電話のご使用はご遠慮ください。あー、あと、それからもう一つ……」
「げ」
「来る」
「ようし……」
 ゴクリ
「フルーツバスケット!」
 ワーワー キャー
「どけ!」
「痛い!」
「ぐうっ」
「オラッ!」
「やめて!」
 キャーキャーワーワーワー……

 200X年、シルバーシートに座る健康な若者の多さに世論の怒りが爆発、フルーツバスケット制度が試験的に導入された! この制度は車掌が「フルーツバスケット」と車内放送で言うと、座席に座っている者はお年寄りや体の不自由な方をのぞいて全員いったん立たなければならない、反すれば1年以下の懲役刑に処せられるというものだ! これを時々行うことで、お年寄りや体の不自由な方が席に座れるチャンスを増やそうという狙いがあった!
 そして、その他の者たちにとっては! 車内は弱肉強食、己を鍛える場として絶好の、サバイバル・バトルのステージとなったのだ!

「フルーツバスケット制度の試験的導入から1ヶ月がたちました」
「うむ。効果はどうかね」
「死者17名、重軽傷者700名以上、うち3割がお年寄りや体の不自由な方です」
「あちゃー」
 ジリリリリリリリリリリリ
「……うう……あと5分……」
「さあさあ、もう起きてください」
「どうですか、ご気分は。どこか具合の悪いところはありませんか」
「ん……ないよ……眠いけど」
「それはよかった」
「……んー……あのう」
「はい」
「えーと……あなたたち誰ですか」
「私たちはこの家の者です。あなたが起きた時に事情を説明するために、ここで待っていました」
「この家の者って、ここは僕の……あれ……? ここどこ……?」
「まあ落ち着いてください」
「落ち着いてるよ……眠いけど」
「それはよかった。別にさらってきたというわけではありませんから」
「ても、状況としてはもっと悪いかもしれません。実はここは、あなたにとっては遠い未来なんです」
「未来……?」
 むくり
「あ、やっと起きましたね。大丈夫ですか、体は」
「うん……眠いけど」
「それはよかった。じゃあ説明させてもらいます」
「ご存じでしょうが、あなたのお父様は冷凍睡眠の研究をされていました。そしてその試作品を自宅に持ち帰ったのです」
「冷凍睡眠……? そういえばそんな話してたなあ……。でも試作品なんか見たことないけど……」
「あなたが気づかなかっただけです」
「その試作品というのは、あなたが寝ていたそのベッドなんですよ」
「え……」
「あなたのお父様は、宇宙旅行用の冷凍睡眠装置を開発していました。他の人間が操作しなくても、自分一人で簡単に冷凍睡眠に入れる、そんな装置です」
「そのベッドは、特殊布団で体を包み、枕に頭を当てるだけで100年の冷凍睡眠に入るという機能を持っているのです」
「……ふーん……」
「形を普通のベッドに似せたのは、その方が体に無用の緊張を強いることがなく、100年後の体調もよくなるからなのですが、そのために悲劇が起きた」
「そのベッドを見つけたあなたがそれで寝てしまったのです」
「あー……」
「試作品のそのベッドには、まだ冷凍睡眠を途中で中断させる機能がついていませんでした。そしてあなたが寝ている状態で装置を改造するのは、あなたの生命に関わるおそれがあった」
「あなたのお父様は大変に悲しみ、また責任を感じ、あなたのことを他のお子さん、つまりあなたのご兄弟にくれぐれも頼んでいきました」
「そしてさらにその子孫へと、それは受け継がれたのです」
「そっかー……」
「あなたにとってはショックな話でしょうが……。どうか元気を出してください」
「あなたがこの世界で生きていけるまで、私たちが責任持ってお世話しますから」
「んー……そんなショックでもないよ……眠いけど」
「それはよかった。じゃあ次に、今の世界のことを軽く説明します」
「んーわかった……わかったけどその前にもうちょっと……」
「あ、待って! 枕に頭つけないで!」
 ビーッ
 ガタン
 ブシュー
「……あーあ」
「また作動してしまった」
「次に起きるのは100年後ね。また子孫に事情を伝えないと」
「なんて寝起きの悪い人だ。これで3度目だぞ」
「そうねえ……。でも、いいじゃない。見てよ、この幸せそうな寝顔……」
「タイムカプセル?」
「そうだよ。10年たったら掘り出そうって言ってさ。今日でちょうど10年だよ」
「そんなことあったっけ」
「あったよ。忘れちゃったの? 埋めようって言ったの恵ちゃんなのに」
「うーん……全然覚えてない……」
「2人で張り切ってやったじゃん。友情の証だーとか言って。その頃に大事にしてた物とか入れて、それからほら、手紙書いて」
「手紙?」
「うん。私は10年後の恵ちゃんに、恵ちゃんは10年後の私に」
「へえ。それ見たいなあ。埋めた場所とか覚えてる?」
「うん」
「じゃあ、これから行こうよ」
「いや、これからはまずいよ。まだ昼だもん、夜行かないと」
「? なんで昼だとまずいの?」
「……そっか、ほんとに忘れちゃったんだねえ。まあまだ小学生だったもんね」
「なんでまずいの? ねえ」
「9時頃なら平気だと思うんだけど」
「ねえ、ちょっと」

「ほら、ここだよここ。思い出した?」
「……あのさ」
「ん?」
「ここに埋めてあるの? タイムカプセルを?」
「そうだよ。思い出さない?」
「いや、だってここ。墓場じゃん」
「うん。だから昼はまずいって言ったんだよ」
「言ったんだよって。なんでこんなとこにタイムカプセル埋めるのよ」
「恵ちゃんがここにしようって言ったんだよ」
「私が?」
「うん。自分ちの庭とかじゃ面白くないし、空き地とかだと家が建っちゃうかもしれない、その点ここなら安心だって。私それ聞いて恵ちゃんはほんと頭いいなあって感心したもんだよ」
「……嘘だあ……」
「ほんとだよ」
「……まあいいや。で、どこなの? タイムカプセルは」
「えーとね、たしかこっちの……佐々木家の墓……」
「やな目印だなあ。……あ、これじゃない? 佐々木家」
「ああ、これだこれだ」
 ガタガタ
「ちちちょっと!」
「何? 大声出すと人来ちゃうよ」
「何じゃなくて! なんで墓開けようとしてるのよ!」
「恵ちゃんがここにしようって言ったんだよ」
「私が!?」
「そうだよ。墓場だって安全とは限らないけど、墓の中なら絶対安全だって。私それ聞いて恵ちゃんはほんと用心深いなあって感心したもんだよ」
「いや、ちょっと、ねえ。嘘でしょ?」
「ほんとだよ。この墓の納骨室は鍵がついてなくて他人が勝手に開閉できるけど、こういうのなかなかないんだってさ。私それ聞いて恵ちゃんはほんと博識だなあって感心したもんだよ」
「…………」
「よっと。開いた」
「……骨壷しかないみたいだけど」
「ええとね、あ、これだ」
「だ、だから! そ、それ、それ、それは、骨壺」
「違うよ。タイムカプセルだよ」
「骨壺だよ!」
「しーっ。恵ちゃんがタイムカプセルに骨壺の形のやつを選んだんじゃん。佐々木家の人がもしお墓開けてもこれなら気づかないだろうってさ。私それ聞いて恵ちゃんはほんと」
「嘘! 嘘だよ、なんでそんな嘘つくの!?」
「恵ちゃん」
「おかしいよ……あんたおかしい。人の墓開けたり、骨壺取ったり……。前から変だとは思ってたけど、まさかこんなことするなんて」
「だ、だって。これは」
「やめてよ、開けないでよ! このことは忘れるから! だから、二度と私に近づかないで!」
「恵ちゃん! 待って、恵、あっ」
 ガチャーン


『10年後の恵ちゃんへ。
 げんきですか。10年たっても、私となかよくしてくれてますか。
 私は、恵ちゃんがだいすきです。
 いつもめちゃくちゃなことをする恵ちゃんだけど、
 いっしょにいると本当にたのしいです。

 10年後には恵ちゃんもおとなになっていますね。
 でもきっと、今と同じように、びっくりすることをどんどんやって、
 ついていくと面白いことがたくさんあって、わくわくどきどきするような、
 そんな人だというのは同じだと思います。

 いつまでもかわらず、私とともだちでいてください。 みく』
「お、今日のうまそうじゃん」
「ああ……そうだな」
「何やってんだよ。早く食えよ」
「うん……」
「おい。今日の毒味役はお前だぞ。俺が顔色見る役。わかってるか?」
「わかってるよ」
「早くしろって。殿に少しでも早く食わせてやろうぜ。まあどうせさめてるけどさ」
「あのさあ」
「あ?」
「今日代わってくんねえ?」
「おい、何言ってんだよ」
「俺、ゴボウ嫌いなんだよ……」
「バカお前……ふざけんなよ。仕事なんだからとっとと食えよ」
「いや、マジやばい。くさい。食えねえって。代わってくれよ」
「お前何直前にそんなこと言ってんの? ふざけんなよ。仕事何だと思ってんだよ」
「そんなこと言ってもさ……。俺いつもだったらゴボウがあるってだけで膳ごと投げ捨ててるもん……それぐらい嫌なんだよ。頼むよ」
「代わるにしても手続きとかあるだろうが。何時間かかると思ってんだよ。殿もう寝る時間になっちまう」
「けど……」
「食えって。飲みこんじまえ。ほら」
「うう……」
 ブルブルブル
「…………」
「……だめだ!」
「馬鹿野郎!」
「人の食うもんじゃねえよ」
「いいかげんにしろ。俺らは殿のために……」
「こら! 何をやってるんだ!」
「あっ」
「と、殿」
「いつまでたっても食事が来ないと思ったら……こんなところで止まってたのか!」
「す、すみません」
「あの、今すぐに」
「すぐに? そうか。よし、早く毒見しろ」
「は、はい……」
 ブルブルブル
「…………」
「…………」
「……だめだ!」
「馬鹿野郎! 殿の前で……」
「あー、もういい。代わってやれ」
「殿。しかしそれは」
「いいんだ。こいつはゴボウが嫌いなんじゃない。ゴボウが好きなんだから」
「えっ。殿?」
「たかが藩主のために、ゴボウ様を口に入れるなんてとてもできないんだよ。な」
「と、殿! あんまりです」
「そうですよ! これでもこいつは忠義にかけては人一倍……」
「いいんだ。気にするな。まだ私も藩主として未熟だからな。……ゴボウに劣ると思われるのもやむをえない話さ」
「そ、そんなことはありません! 殿! 殿が国のため民のためにいつも心を砕いているのを俺はいつも見てて、殿のためならいつ命を投げ出しても惜しくはないと」
「お前! そう思ってんなら食えよ! ゴボウ! 今すぐ!」
「いや、無理に食べることはないさ」
「食え! 殿が名君だってわかってるんなら食え!」
「名君などではない。私には数切れのゴボウほどの価値も……」
「た、食べます! 食べます殿!」
「無理をするな」
「いいえ、ぜひ! ぜひ食べさせてください! ぱく」
「あ」
「もぐもぐ……」
「お、おい……」
「……ごくり」
「食った……」
「……はあ、はあ……食ったぞ……ははは、思ってたよりうまいじゃないか……顔色の確認頼む」
「あ、ああ」
「殿……! これでこの忠誠、わかってくれましたか」
「…………」
 ポン
「よくやったな」
「えっ」
「お前はゴボウを嫌い、いつも投げ捨てると聞いていた。もうそんなことはしないな?」
「殿……」
「じゃあ殿は……こいつにゴボウを食べさせるために……?」
「少しくらいの好き嫌いはしょうがない。だがお前はゴボウを罵倒し、ゴボウを作る者さえおとしめた。それはよくないことだ。作物は民が骨身を削って作ったものだ。武士たるもの、そのことを忘れてはいけない」
「と、殿! すみません、殿……うわーん」
「泣くやつがあるか。こんなめでたい席で」
「は、はい……グスン。へへ」
「殿! 毒見完了、異常ありません! 殿のお席にもまもなくお膳が運ばれます!」
「ああ、ありがとう。お前たちのおかげで、安心して食べられるよ!」
 ハハハハ
 アハハハハ……

「聞いたぜ。暗殺に失敗したんだって? 頭領カンカンだった」
「ああ、うん。……毒見役がな……」
「毒見? お前、天井から毒をたらす暗殺術だろ。毒見関係ないじゃないか」
「それはそうなんだが……」
「うまくメシの中に入らなかったのか」
「いや、何もしなかった。できなかったよ……そんな残酷なこと」
 月曜日は市場へ出かけ 糸と麻を買ってきた
 テュリャテュリャテュリャテュリャテュリャテュリャリャー
 テュリャテュリャテュリャテューリャーリャー

「テュリャー!」
 バキ
「見事じゃ。一週間の修行の成果、しかと見届けたぞ」
「師匠!」
「お前ならば必ずやりとげると信じておった。友達が来て、おしゃべりばかりの弟子が多い中で、お前だけは違っていたからのう」
「いえ、わたくしなど」
「苦しい鍛錬であったろう。風呂がわいておる。疲れを癒すがよい」
「師匠……あ、ありがたいお心……」

 ザブン
「冷てー!」
「あ、わかしたの昨日だった」

 テュリャテュリャテュリャテュリャーリャー
『ある時期から、突然世界中で始まった味覚の退化により、かつて人類の誇った食文化は今や絶滅寸前である。もはや口は、呼吸、発声、栄養の摂取、性生活、脳の活性化を目的とした咀嚼のみのための、むなしい空洞となり果てた。消えゆく食文化。この日も、地球上から一つの料理が消えた。カレー最後の日』

「こんにちはー!」
「おや、よく来たね。一人かい」
「うん。ばあちゃん元気……何やってるの。変なにおい」
「ああ。今ね、カレーというものを作っていたんだよ」
「カレー?」
「昔はみんなが食べていたのさ。とても人気のある料理だったんだ」
「リョウリ……? リョウリって何?」
「料理というのは……。困ったね、どう説明すればいいのか……。お前が生まれた頃にはもう、みんな味覚をなくしてしまっていたからねえ」
「ああ、ミカクがあった頃の話かあ」
「そう……そうなんだよ」
「お母さんが言ってたよ。ミカクを持ってる人はもうほんの少ししかいないって。でもばあちゃんは持ってるって。貴重なんだって言ってたよ」
「ふふ、貴重かい。そう言ってたかい」
「ミカクって、昔はみんな持ってたんでしょ。どんなものなの」
「そうだねえ……うまく言えないねえ。口で感じるものなのに、口で言えないとはもどかしいもんだ……ふふ」
「?」
「目で見る、とか、耳で聞く、というのと同じように、口で味わう、というのがあったんだよ。昔はね。それを味覚と呼んだのさ」
「ふうん……」
「でもばあちゃんの味覚もだいぶさびついて、もうあまり味はわからないんだよ。カレーは刺激が強いからまだ楽しめるけど、それも今日で最後かもしれないねえ。材料を手に入れるのも大変だし……」
「じゃあ、もう作らないの。最後なの」
「そうだね……。もうきっと料理は作らないよ。疲れるしね」
「ねえばあちゃん、ぼくもカレー食べたい」
「おや、最後の晩餐につきあってくれるのかい。嬉しいねえ」

「どうだい」
「……なんかひりひりする」
「ああ、そうだろうねえ。うん……うん……おいしい」
「…………」
「無理して食べなくていいんだよ。味がなくてひりひりするだけじゃどうしようもないだろう?」
「うううん、食べる」
「まったくお前は……」
「ねえばあちゃん」
「ん?」
「オイシイ」
「嘘ばっかり」

『大きな何かを失い、代わりに人類は大きな何かを得たのか。だが失われたものの大きさを知る者は、輝く新時代が到来しても、そこで嘆きながら暮らすだろう。ああ、かつて、人類には味蕾があった』
「ガキの頃俺はね」
「はあ」
「吟遊詩人になりたかったんだ」
「そうですか。……無理ですよね」
「うん」
「ていうかどういう仕事だか知りませんけど」
「まあ、仕事内容よりイメージだよ。小さいハープ抱えて旅して、歌ってさ」
「はあ」
「崩壊した世界で、俺は旅を続ける。生き残った人々は文明を復興させようと懸命に生きていた」
「何ですかその世界観」
「ありふれた日常はあの日突然消え去った。世界を破滅させた『絶望の7日間』によって」
「なんとなく深刻さに欠ける名前ですが」
「あの惨劇は一体何だったのだろう。今となっては知るすべはない」
「ないんだ」
「だが奇跡的に生き残った人々は、苦しい生活の中でもひとかけらの希望を胸に生きていた。生き残ったのは神に選ばれたからだ、そう思っていたのである。これはそんな世界の物語だ」
「ふーん」
「優しい歌/風に乗ってやってくる/ほら、聞こえるだろう?」 
「なんか始まっちゃった」
「『吟遊詩人だ!』『吟遊詩人が来た!』『ワー!』」
「そんな扱いなんですか」
「人々は娯楽に飢えてるからね。ポロロン。おまたせ/来たよ/君たちの輝く星」
「優しい歌かなあ」
「苦しい時は/思い出してごらん/大切な人の笑顔/空の恵み/ああ なんて/美しい日々」
「全然来てほしくない」
「ポロロン」
「ハープは合いの手なんですか」
「丘の上で吟唱。聞き惚れる人々。動物たちも集まってくる」
「はあ」
「しかしそこへやってくる武装した兵士たち。『吟遊詩人とはお前か!』 ポロロン」
「吟遊詩人が固有名詞に」
「『世を騒がせた罪で連行する!』 それを聞いて怒りをあらわにする人々。『おい、横暴だぞ』『そうよ。あたしたちは詩を聞いて楽しんでいただけよ』『そうだそうだ』」
「ふーん」
「大地を見れば/萌え出ずる若葉/けれど人は争い/世界は悲しみに満ちる/なぜ?/問い続ける/僕は詩人」
「いいかげんにしろ」
「歌いながら連行されてゆく俺」
「なんか脱力する光景ですが」
「それを押しとどめようと殺到する人々。動物たちも牙をむく。阿鼻叫喚の地獄絵図」
「そんな大ごとになるんですか」
「けれどもその間も俺は歌い続ける。ポロロン。なぜなら吟遊詩人だから。心の中にもあるはずさ/はるかなる地平線/微笑みの虹」
「何を言ってるんですか」
「そして/ラララ」
「えー」
「民衆も武装した兵士には勝てず、俺は城へと連れて行かれる。その道すがらもとぎれることなく俺の口からは即興の詩が」
「なんかこわいんですけど」
「道端に/花が咲いている/昨日とは違う花/明日とも違う花/今日だけの花」
「くどいなあ」
「連行している兵士もしんみりする。『おれたちも……ほんとはこんなこと、したくないんだ……』」
「そりゃまあ、かかわりたくないですよね」
「城に着き、王の前に引き出される。『世を騒がせている吟遊詩人とはお前か』」
「どうやって騒がせてるんだろ」
「『騒がせているかどうかは知りません。しかし、吟遊する詩人であることは間違いありません』」
「はあ」
「ポロロン」
「ふざけてるのかな」
「『わしにもその歌とやらを聞かせてみよ』」
「歌とやらって」
「ポロロン。恐れられる/孤独な王よ/玉座の上に/釣り下げられた剣が見えた」
「ケンカの売り方が露骨すぎる」
「いや、それは違うね。俺の詩は心がそのままあらわれたものだから」
「ろくな心じゃないですね」
「違うんだ。違うんだよ……わからないかなあ。まあしかし、やはり誤解はされるね。側近が血相を変える。『無礼者!』」
「はあ」
「しかし王は笑って言う。『かまわぬ。なかなか見事である』」
「どこが?」
「『どうじゃ。わしに仕えぬか』」
「どうしたらそんな気が起こるんですか」
「『いいえ、わたくしは旅の空の下でしか生きることはできません』『嫌だと言うのか。わしに逆らえば誰であろうと生きることはできぬのだぞ』」
「ふーん」
「縛れど/縛れぬ/それが命/やわらかなものの中で/眠れはしない/ため息を/また天使が集めている」
「さっきから思ってたんだけど、詩の意味がわからないんですよ」
「いいんだよ。だいたいの雰囲気が伝われば」
「雰囲気って言われても」
「王は俺をにらみ、歯がみして言った。『殺せ』」
「その気持ちはわかる」
「刑場に引き出される俺。すでに噂を聞いた民衆が詰めかけ、あちこちで泣き声が聞こえる」
「公開なんですか」
「死に臨んだ俺にはすべてのものが、今まで以上に美しく輝いて見えた。少し時間をくれませんか/最後の詩を/空に放ちたいのです」
「あげたくないな」
「『よし、いいだろう』 俺に同情的な執行人が言う。ポロロン」
「まだハープあるのか」
「どこから来たのか/この風/運んできた調べは/澄んだ空の色/空気のむこうがわに/君がいない/どこまでも続く/山と/海」
「最後まで意味がわからない」
「そして/ラララ」
「えー」
「その頃、王は一人玉座で考えていた。このわしに逆らうとは、生意気な吟遊詩人め。当然の報いだ。あの男が二度と詩を作れないのは惜しいが……。そこまで考え、ハッとする王。そうだ! あの詩を二度と聞けないのだ!」
「別にいいじゃないですか」
「同時に暴君である自分が、今まで気軽に処刑してきたたくさんの民衆の姿をも思い出す。ああ、わしはなんということをしてきたのか!」
「はあ」
「王の間を飛び出し、刑場に走る。叫ぶ王。『待て! 処刑は中止だ!』 しかしすでにそこには俺の冷たいむくろが横たわっているのだった」
「あ、死んじゃった」
「『間に合わなかったか……!』 後悔の涙を流す王。先刻までの暴君の姿はそこにはなかった」
「そうですか」
「死んでいるにも関わらず、俺の口は今にも動き、新しい詩をつむぎ出しそうに見えた」
「ふーん」
「以来王は心を改め、民のための政治をするようになったという。玉座のかたわらに、俺の形見のハープを置いて……」
「それはそれは」
「『……それからもう、100年になる』 語り終える老婆」
「はあ?」
「王の改心によって国は目覚ましい復興をとげた。その背景に一人の吟遊詩人がいたことを、人々は忘れない。それは表に出ることのない、陰の歴史ではあったけれど」
「出てるような」
「『決して忘れてはいけないよ。今世界がこのようにあるのは、彼のおかげなのだから』『ばばさま、忘れないよ。おれは世界を回り、彼のことを人々に伝える』」
「よけいなことを」
「優しい歌/風に乗ってやってくる/ほら、聞こえるだろう?」
「また始まった」
「『吟遊詩人だ!』『吟遊詩人が来た!』『ワー!』」
「あーあ」
「そして吟遊詩人は語る。『今日は僕の……いや、世界中の吟遊詩人の心の中にある、ある人のことを歌いたいと思います』 ポロロン」
「おいおい」
「待ちこがれた雨のように/空から降る歌/地を潤し/消え/あるいは消えることなく/翼を広げる/吟遊詩人」
「やっぱり意味不明だ」
「今、世界中で人々に愛される吟遊詩人。その始まりは、一人の俺だった」
「そんな」
「というわけだよ。ふー。寒い時には心あたたまる話に限るね」
「はあ。そうですか」
「9250円のお返しです。お先9千円から、あ、申し訳ありません。全部千円札になってしまいますが」
「ああ、いいよ」
「よろしいですか。それではお先9千円から、千、2千、3千、4千、5千、6千」
「待て!」
「!? な、何か」
「おれの目はごまかせねえぜ。今てめえは札を折り曲げて両側を数えた……。つまり釣りを半分にしようってわけだ。せこいことしやがって」
「そんな無茶な。そんなことは」
「客の目の前で数えることで、後でどなりこまれても『あなたも見ていたはずです』とつっぱねることができる。まったく、店側に有利なシステムだぜ。もうてめえらの思い通りにはさせねえ」
「あの、お客様。困ります」
「じゃあその手の中の札を見せやがれ。5千円しかねえはずだ」
「いえ! ちゃんと9千円、このように」
「う。どうなってるんだ、さっきは確かに……。わかったぞ!」
「お客様」
「その袖口だ! おれのような客が来た時のために、その袖口の中に札を隠し持ってやがったな!」
「うわ、ちょっ、何を!」
「くそ、何もない。どういうことだ……このスーパーのレジ係は腕が立つとは聞いていたが、まさかこれほどとは」
「あの」
「! その指の形! てめえ! マジシャンからの転向だな! なんてこった……万札で買い物をしたこと自体が間違ってたってのか」
「あの、お会計を」
「なーんてな。誰が負けを認めるかよ。袖口から移したのか、もともと別の場所にあったのか……わかったぞ! 口の中だな! さあ吐け、万国旗と一緒に吐き出しやがれ」
「うご、ぺっぺっやめてください、警察を呼びますよ!」
「サツが来て困るのはそっちじゃねえか、あっそうだ! おい、その防犯カメラ見せろ。全部撮ってるんだろ。あの位置からなら死角もなくて」
「やめてください、やめ」
「どうした? 何の騒ぎだ」
「店長。このお客様が……」
「いらっしゃいませ。何かご不満な点でもございましたか」
「ございましたかじゃねえや。そいつが釣り銭ごまかそうとしやがるんだ。なにしろ元マジシャンだ、こっちが目を皿にしてたってどうしようもねえじゃねえか」
「いえ、そんなことしてないんです。それなのに」
「何をっ」
「まあまあお客様……。困りましたな、そのようなお疑いは。しかたない。お客様、失礼ですが、ご自分でお釣りを数えていただけますか」
「おっ。店長は話がわかるね。そうこなくちゃいけねえ。てめえもよ、最初からそういう態度に出ればよかったんだ、なあ?」
「はあ……。申し訳ありません」
「まあいいってことよ。ああ大丈夫、こっからでもレジに手は届く。9250円だったな……千、2千、3千」
「今何時?」
「6時だ。7千、8千、9千、よし。邪魔したな。ジャリ銭はいらねえ、とっときやがれ。あばよ」
「ありがとうございましたー」
「すごい。店長の妙技にはとてもかなわない……」