「にゃー」
「あっ。何お前猫飼ってるの? うわ小せー」
「ちょっと前に拾ったの」
「やべー子猫だ。かわいい。猫ー。おーい。猫。猫ー」
「名前はデンスケだよ」
「デンスケ? ふーん。デンスケ。デンスケ?」
「何よ。文句でもあるの」
「いや別に。でも何でデンスケ?」
「電柱の下で拾ったから」
「ああそう。ふーん。電柱だからデンスケか。デンスケ。デンスケ?」
「言いたいことがあるならはっきり言いなよ」
「いや別に。ただ、名前で思い出したんだけどさ。名なしの猫って話、知ってる?」
「知らない。怪談か何か?」
「まあ、怪談かな。人間の生気を吸い取る猫がいて、それを飼うと死ぬっていう、よくある話だよ」
「ふうん?」
「生気を吸い取るその猫は、生後3週間くらいの子猫の姿のまま、次々と飼い主を変えながら、年を取ることもなくずっと生き続けている」
「子猫なのかあ」
「この猫は、一度も名前をつけられたことがない。あまりにかわいいのでどんな名前をつけるか迷っているうちに、飼い主が死ぬからだ」
「ははあ、それで名なしの猫ね」
「ま、それだけなんだけど、この話を聞いた人の多くは『ぜひ飼いたい』と言うらしい。そこが怖い話なんだと。子猫の魔力とか、そういう」
「あー。なるほどね」
「なのにお前ときたら、こんなかわいい子猫にデンスケ。デンスケ?」
「結局それが言いたいのか」
「なあ、じいさん。いいかげん折れてくれよ。こっちももうこれ以上は出せないんだぜ」
「あんたもわからんやつだ。いくら金を積まれてもここは売れんと、何度言わせたら気がすむんだね」
「こんなところで食うや食わずの生活をして何になる? 見ろよこの金、これだけあれば悠々自適の余生ってやつだ。うらやましいくらいだよ」
「金なぞいらん。わしは代々伝わってきたこの土地を愛しておる」
「強情だなあ。少しは俺の立場も考えてくれよ。じじい1人に何手こずってるんだって上から毎日毎日……。クビになっちまう」
「ふん、今度は泣き落としか。いい気味だとしか思えんわい」
「ちっ。言っとくが、俺がいなくなったら次に来る奴はこんなに優しくないぜ。売るなら今のうちだと思うがな」
「そうか。ふん。じゃああんたが厳しくすればいいだけだろう」
「ちっ」
「…………」
「なあ」
「…………」
「俺にもじいさんがいた。もう死んだがね。あんたによく似てたよ。先祖代々受け継がれてきた土地だとか言ってさ、まわりが色々言っても絶対売ろうとしなかった」
「ふん」
「けどその土地は、じいさんが死んだらすぐ売られた」
「…………」
「ま、あんたは生きてるけどさ。けど、この土地にでかい組織が目をつけたって時点で、一人でがんばったってどうしようもないってこと、わかるだろ?」
「…………」
「さっき言ったことは、ただのおどしじゃない。あんたがどれだけこの土地を愛していようが、二度と住みたくなくなることをされるだろう。そうなる前に、この金、受け取ってくれよ。信じてもらえないだろうが、あんたのために言ってるんだ」
「……いや、信じるよ」
「え……」
「本当なら、もっとひどいいやがらせがあってもおかしくない。あんたがかばってくれとったんだろ。あんたのじいさんにわしが似ているからかね?」
「いや、それは……」
「どうしようもないことくらいわかっとる。いつかは承知させられるか、その前にわしが死ぬか、どちらかだ」
「それなら」
「けどなあ、それでもぎりぎりまでがんばりたいんだよ。この土地を愛してきた者として、そうせずにはおれんのだ」
「じいさん……」
「わかったら、帰ってくれ」
「いや、それは、それは間違ってる! この金を見ろ、これだけあれば十分幸せに暮らせる。今売ればここに住んでいた時の思い出だって、傷つかずに残るじゃないか」
「あっさり売った後悔が残るだけだろう。そんな金では幸せになぞなれん」
「どんな金かなんて問題じゃないだろ! 金は金だ!」
「それはあんたの考えだろう。わしは違う」
「じいさん! 頼む、頼むよ。受け取ってくれ」
「いらんといったらいらん! その金を置いて、とっとと帰れ!」
「くそ、これだけ言っても……置いて?」
「あ、いや。……間違えた」
「…………」
「…………」
「欲しいかい、少しは」
「まあ、少しは」

 2人は顔を見合わせ、少し悲しそうに笑った。
「よいか! この村で切支丹が拝む像が見つかった! これより踏み絵を行う! この絵の女はまりあというて、切支丹どもが拝んでいる女じゃ! 一人ずつ、これを踏んでゆけい!」

「ど、どうしよう。まりあ様のお顔を踏むなんて、できないよ」
「変な気を起こすんじゃないよ、踏まなきゃ死罪だ」
「けど」
「そんな気にすることないよ、ただの絵じゃないか」
「そうそう、ちゃちゃっと踏んじゃって、あとで懺悔すればお許しくださるさ」
「なんだとお前ら、それでも切支丹か」
「しょうがないだろ!」
「しーっ。みんな耳を貸せ。俺にいい考えがある」
「茂作さん」
「考えったって、踏むしかないよ」
「いや、役人に踏んだように見えればいいんだ」
「……?」
「いいか。こう、右足をあげるだろ。そして踏み絵に下ろす……ここだ! 右足が踏み絵に下りる直前に左足を前に出す! そうすれば、踏まなくても踏んだように見えるというわけだよ」
「な、なるほど!」
「そんな手が……あれ?」
「え? ちょ、ちょっと待てよ、右足を下ろす前に左足を……」
「おいっ何をしておる! さっさと列に並ばんか!」
「は、ははあ」

「どうだった?」
「踏んじゃったよ。思いっきり」
「あたしも」
「俺も」
「やってみて思ったんだけど、あれ無理じゃないかな」
「そんな気がする。茂作にいっぱいくわされたんだよ」
「そうだろうな。この村の者はほとんどが切支丹だ。何も言わなかったら何人かは踏めませんとか言って死罪になる。ああ言っておけば、みんな立ち止まらずに踏むってわけだ」
「ちぇっ。まあしょうがない。早いとこ懺悔して許していただこう」
「そういえば茂作さんは?」
「おいっそこの者! 何をまた並んでおるか! うぬはもうさっき踏んだであろうが!」
「あ、あれ茂作さんだよ」
「何やってるんだあいつ」
「お願いします、お役人様。もう一度、やらせてくださいまし」
「何を申す! 2度も踏んでどうしようというのだ」
「はあ、その。さっきはうまく踏めず、その。つまり、こんなはずでは」
「なんだ、顔以外のところでも踏んだか? まあよい、踏みたければ勝手に踏め」
「あ、ありがとうございます」
(……茂作……)
(あいつ、本気だったのか……)
「よしっ、では踏め」
「はっ」
 べたん
「よしっ! 踏んだ! 次っ」
「う、ぐ……お、お役人様! もう一度やらせてくださいまし!」
「なんだ、ちゃんと踏んでおったぞ。まあ好きにせい。他の者もおるから、列の一番後ろに並べよ」
「ありがとうございます!」
(茂作さん……)
(あの馬鹿……)

「よしっ! 踏んだ!」
「う、ぐ……」
(ああ……)
(茂作……)
「お願いします、お役人様、もう一度、もう一度だけ」
「いいかげんにせんか! 何十回踏めば気がすむのだ! 他の者は全員終わったのだぞ!」
「ですがもう一度、どうか、どうかお慈悲をもちまして! もう少しで、つかめそうなのです!」
「何をわけのわからぬことを! 見よ、他の者までがうぬ一人のためにいつまでもここで」
「お役人様!」
「お役人様!」
「な、なんだ貴様ら」
「どうか、茂作の願いを聞き入れてくださいまし」
「茂作の気のすむまで、踏ませてやってくださいまし!」
「……みんな……」
「気のすむまでだと! 青竹ではないのだぞ! なぜ貴様らまでこんなくだらぬことに」
「お願いいたします、お役人様」
「お願いいたします、お願いいたします」
「……むうう」
「お役人様!」
「……あと一度だ。それ以上は許さぬ」
 ワアッ
「やったな、茂作」
「がんばれよ」
「でうす様のご加護を」
「お前ならできる」
「あ、ありがとう、みんな」
「早くせんか!」
「はっ」
「よしっ、では踏め」
「はっ」

(できる、できる。俺はできる)
(これが最後)
(大丈夫だ、今度こそ)
(右足が下りる前に左足を出す、それだけだ)
(そうだ、できると信じるんだ)
(信じれば山も動くと、でうす様もおっしゃったじゃないか)

「茂作さん……」
「茂作……」
「…………」
 ふわっ
「!」
「あっ!」
「右足が!」
 とん
「浮いてた! 浮いてたよな!」
「うん、確かにちょっと浮いてた!」
「おれも見たよ! 踏み絵踏んでなかった!」
「それで左足が前に出て、地面に下りた!」
「踏んでない!」
「奇跡だ。奇跡が起きた」
「茂作さん!」
「茂作!」
「茂作ー!」
「はあ、はあ、ぜー、ぜー」
「おい、茂作」
「お役人様……。へへ、俺、やりました」
「うむ、しかと見届けたぞ。ひったてい!」
「ええっ」
「キャアアア」
「茂作さーん!」

「……もっとも多く踏み絵を踏んだと言われる殉教者、それがペトロ茂作でございます。しかし彼の奇跡は今もなおこの村に語り伝えられ、皆様ごらんください、あれがペトロ茂作の像です。今まさに踏み絵を踏もうとしている像。今日も彼を慕うたくさんの人々が列を作っています」
「おおー」
「あれが……」
「ご存知かもしれませんが、あの像は可動式になっておりまして、あ、今先頭の方がコインを入れました。そしてレバーを引く」
 ガシャン
「踏んだ」
「踏んだよ」
「残念、踏んでしまいました。このように彼を慕う人々は、毎日のようにこの像で奇跡の再現を、あ」
 ガシャン
「踏んだ」
「踏んだ」
「高速、乗った方がいいかなあ」
「そりゃそうだよ。なんで?」
「あ、言ってなかったっけ。僕、速い乗り物って苦手なんだよ」
「え、知らなかった。酔うとか?」
「そうじゃないんだけど、景色がばーって流れてくのが視界に入るとどうもだめでさあ。なんか速ければ速いほど、気分が沈んでくんだよね。外を見なければ平気なんだけど」
「いや運転してるんだからそれは……別に高速じゃなくていいよ」
「もう入っちゃった。まあ気分が沈むったって、スピード落とせば元に戻るからいいんだけど。暗い顔してても気にしないでね」
「あ、うん」

「……ふー……」
「ほんとに顔つきが変わってきたね」
「……ごめん、気使わせて」
「ううん、別にそんな」
「なんで生まれてきちゃったんだろう」
「え、まだ70キロなのに」
「結局は僕自身が、僕のことを許していないんだ」
「ちょっとペース速いんじゃないの」
「でも僕は、そんな僕を愛している」
「おや……。80キロでいい方向に」
「だから変わることもできずに、この地獄が続いてゆく」
「だめだ」
「新しい場所に踏み出すための足場がないから、醜い自分の中の一番醜い部分に必死でしがみつき、そしてその醜さに吐き気をもよおす」
「あの、ちょっとスピード落とさない? 無理に100キロとか出さなくても」
「……ごめん」
「いや謝らなくてもいいから、スピードを」
「最初からわかってた。君と僕は違いすぎるんだってこと」
「え、なんでそんな話に」
「僕は君が持っているものがうらやましくて、自分の中に取り込みたいだけだった。でも僕と君が違いすぎて、どうすることもできなかったんだ」
「そうだったの?」
「それに気づき、絶望はさらに深まる。僕にとって自分を変えるのは消滅を意味するが、死ぬのは固定だ。君を道連れに、なんて思ってないけど、もし君が」
「ちょ、ちょっと待って、ちょっと。あの、ええと。そうだ、あたしと一緒にいると楽しいって、前に言ってくれたじゃん。あれ嘘だったの?」
「嘘だった。その時どんな気持ちだったのか分からないけど、今と違う気持ちの時は、自分に嘘をついていた時だと思う」
「と、止めて。いやあの、スピード落として話し合おうよ」
「僕が怖い? そうだろうね。当然だ」
「じゃなくて、えーと。えーと……。あ。渋滞?」
「だね。事故みたい」
「はあ……。これで一息」
「事故、か。本当に死ぬべき人間はここにいるのに」
「…………」
「彼らの分まで立派に生きていこうっと」
「そうだね」
「だめですか」
「はあ……」
「犯人の顔見てるの、あなただけなんですがねえ」
「すみません……。人の顔覚えるの苦手で……1回見ただけじゃちょっと」
「全然思い出せませんか」
「はあ……3回会えばだいたい覚えられるんですけど」
「わかりました。もういいです。お帰りください」
「……あのう」
「何か思い出しましたか」
「いいえ。でもあの、私、いつもだいたい3回で覚えるんですよ」
「わかりましたよ。もういいですから」
「いえ、だから、これから誰かの顔を2回で覚えたら、そいつが犯人」
「お帰りください」
「もしもし」
「……もしもし」
「! 裕美子! 裕美子か!」
「うん」
「馬鹿野郎! お前いきなり家出て、3年も連絡よこさないで!」
「ごめんなさい。あのね」
「親を何だと思ってるんだ!」
「お父さん、聞いて。……実は私、結婚したの」
「結婚!?」
「今、お腹に子供もいて……」
「子供!? ふしだらな! お前がそんな娘だとは!」
「ごめん、でも……」
「あきれたもんだ! 親の顔が見たい! しまった! 俺か!」
「え、あ、うん」
「それじゃ腹の子供の親の顔が見たい!」
「え……」
「できれば両親の顔が見たい! 見たいもんだ!」
「お父……」
 ブツ ツーツーツー

「……お父さん……ずいぶん丸くなったね……」
「えー。機長の橋口です。やあ、今日はね、すごいよね! この飛行機は、なんと貸し切り! 白桃幼稚園の元気なみんなのためだけの飛行機になってまーす! みんな、卒園旅行に行くんだって? 機長はとてもびっくりしました。機長がみんなくらいの頃には、卒園旅行で飛行機なんて、とても考えられなかったもの!」
「機長。そろそろ離陸の」
「おっとっと、機長からのご挨拶、なんて紹介されたのに、挨拶してなかったね。ごめんなさい。白桃幼稚園のみんな! こんにちはー!」
「ちょっと……」
「あれ? 声が小さいなあ。もう一回いくよ、こんにちはー!」
「機長」
「はい、元気だねー。そうだよ、空飛ぶんだからね。元気にいこうね! そしてもう1人、一緒に操縦してくれるお兄さんがいるよ! さ、自己紹介をどうぞ!」
「え、あ……副操縦士の安藤です」
「今日はこの2人で飛行機を操縦するよ! よろしくねー!」

「おい、安藤」
「何ですか機長、今の放送は」
「何ですかじゃないだろう! 俺が元気にいこうって子供たちに言ってるところでお前、ぼそぼそ自己紹介しやがって。どういうつもりなんだ!」
「どうって……」
「相手は子供だぞ、しかも園児だ。楽しい空の旅にしてあげたいとは思わないのか!」
「いや、そんなの僕らの仕事では」
「チッ。もういい、離陸するぞ」

「みんな! 機長だよ! 今離陸しました! 空の上からの景色はどうかな?」
「機長、操縦に集中してください」
「え? ちょっと耳がきーんとする? 大丈夫、すぐ治るからね。まだベルトを外しちゃダメだよ!」
「ちょ、手を離さないでくださいよ! 身振りいれてどうするんですか」
「あと、さっき注意されたと思うけど、携帯電話の電源はちゃんと切ってね! 飛行機の機械に重大な影響があるかもしれないんだ! もしそうなったら大変だぞー。ひゅうううう、わあーっ落ちるーっ、がたがたがたー」
「やめてください」
「どかーん! 大変です。飛行機が落ちました! あんなに元気だった白桃幼稚園の園児たちが……。みんなは涙をぽろぽろ流したのでした。機長も流しました。とても悲しいことだったからです。だから携帯の電源はちゃんと切ってね。機長でした!」

「おい、安藤」
「機長! 危ないじゃないですか!」
「横から変な声を入れるんじゃない! 放送がおかしくなるだろうが!」
「放送より操縦を」
「絵本のようにまとめようとしたのに……台無しだよ」
「いいかげんにしてください!」
「何だと!」
「操縦を優先してくださいよ! 僕らはパイロットなんだ!」
「パイロットである前にエンターテイナーだろ!」
「全然違」
 ガー
「あの、橋口さん、安藤さん」
「どうした」
「子供たちが泣いてます。怖いって」
「えっ。こ、怖い?」
「当たり前ですよ、あんなの聞いたら」
「パニックになって通路に飛び出し、転んでケガをした子も……」
「ケガ……ケガをさせてしまったとは」
「機長」
「安藤……。俺のせいか」
「は、はあ……。けど、過ぎたことを言ってもしょうがないかと」
「……目が覚めたよ。俺は間違っていた。正しく操縦して、無事に目的地に送り届けることこそが俺の仕事だったんだ」
「そうです、そうですよ」
「もう放送はしない。いや、もう一度だけしなきゃいけないな。子供たちに謝ろう。今度は、パイロットとして」

「こんにちは。機長です。さっきは怖い思いさせちゃったみたいで、ごめんね。そんなつもりなかったんだけど、そうなっちゃった。機長、反省してます!」
「変わってないじゃないですか。もうやめましょうよ」
「ケガをした子もいるんだって? 心配だなあ……空の上だと、ちゃんとした手当ができないんだよ。どうしよう……」
「あの、あまりそういうことは言わない方が」
「そうだ! みんなの中に、お医者さんはいるかな?」
「機長」
「せーので呼んでみようか。せーの、お医者さーん!」
「機長!」
「今日はどうするの?」
「ばっさり切って……あ、やっぱりほんのちょっとでいい」
「そろえるだけくらい?」
「うん。それで、失敗して」
「失敗?」
「手をすべらせて、切っちゃいけないとこ切って」
「…………」
「よろしくね」

 チョキ チョキ
「……何があったのか知らないけどさ」
「何もないよ」
「あんまり、やけになっちゃだめだよ」
「何もないってば」
「そういう自分をいじめるような、あっ」
「あ」
「ことはよくないよ」
「別に……そんなつもりじゃ」
「心配なんだ。思いつめた目になってるから」
「嘘。気のせいよ」
「なってるって。きっと視野も、あっ」
「あ」
「せまくなってると思う。やっぱりいつもと違ってるよ」
「そう、かな……」
「そうだよ。一時の気の迷いで後々まで後悔、あっ」
「あ」
「するようなことになったら、あっ」
「あ、あ」
「僕だって悲し、あっ」
「あああああ」
「ねえねえ、また見つけちゃった。変な声が入ってるCD」
「また? ほんと好きだねそれ」
「いいじゃん。聴く? 聴こうよ。怖いから」
「聴いてもいいけどさ。もう怖くないよ、いっぱい聴きすぎて」
「いやいや、これはほんとに怖いから」
 キュルキュルキュル
「ここらへんかな? それでは聴いてください」
「またそんな嬉しそうに」
「スタート!」

 ゴオーーーーーーーーーーーーザアーーーーーーーーーーーー

「……何このCD」
「胎児がお母さんのお腹の中で聞いてるのと同じ音が入ってるの。これを聞かせると赤ちゃんが安心して眠るんだって」
「なんでそんなもん持ってんのよ」
「しっ。そろそろだよ!」

 ゴオオーーーーーーーー タスケテー ーーーゴオーーーーーー

「これ! 今の声! 聞こえた? 今の」
「……聞こえた」
「怖いでしょ」
「うん……すごく怖いね」
「あーだりー。ひまだー」
「ひまだなあ」
「けどな、ひまなのは俺たちに原因があるんだぜ」
「なんだよいきなり」
「目的意識がないんだな。だからひまなんだよ」
「そりゃそうだけど、別にやりたいこともないしなー」
「俺たちに必要なのはやりたいことじゃなくて、もうこれしかないって思える何かだよ。他に道はないっていうさ、そういうのがあればがんばれると思う」
「そうだなあ。ないけどね」
「そうなんだよな。……桃太郎はいいよなー」
「桃太郎?」
「いきなり鬼退治に行くだろ? まわりから見れば唐突だけど、本人は『もう鬼退治に行くしかない』って思ってそうしたわけだ。ああいうふうに生きていきたいよ」
「桃太郎ねえ……そりゃ物語の主人公なら目的はあるだろうけど」
「そうかな。そうか。そういえば一寸法師にもあるね。『もう背を伸ばすしかない』」
「そんな話だったっけ」
「かぐや姫は『もう月に帰るしかない』」
「話終わっちゃうじゃんか」
「終わらないよ。帰るという目的があるからこそ求婚断るんだから」
「うーん」
「浦島太郎なら『もう玉手箱を開けるしかない』」
「それは目的じゃない」
「そうかな。……しかし、この言い回し便利だなあ。一言であらすじが言える」
「あらすじにはなってないと思うけど」
「シンデレラだと『もう靴をはくしかない』」
「いやがってるみたいだな」
「人魚姫は『もう泡になるしかない』」
「最後の場面ばっかりだ」
「白雪姫だと『もう毒リンゴ食べるしかない』」
「そんな決意してない」
「わらしべ長者だと『もう藁しかない』」
「ただの貧乏人だ」
「ピーターパンは『もう大人になるしかない』」
「話が違う」
「だから俺たちもがんばろう、ピーターと一緒に」
「えー」