03. エルンスト



「失礼します」

 扉が開き、書類の束を持ったエルンストが入ってきた。
 この男が入ってくると、扉が自動で開いたように見えるのはなぜだろう、と思う。
「2日前こちらに持ってきた案件なのですが、修正が入りました。申し訳ありませんが、こちらのデータを元に作成をお願いします」
「あ? あー、アレか。元々修正あるかもっつってたヤツだろ」
「はい」
「よし、そのおコトバを信じて手ェつけてなかった甲斐があったぜ」
 機嫌をよくしたレオナードに、エルンストは眉をひそめた。
「あくまで『入る可能性がある』という話だったはずです」
「まァいいじゃねェの、ホントに入ったんだからよ」
 エルンストは眼鏡の位置を直しながらため息をついたが、思い直したように言った。
「そうそう、今日はあなたの誕生日だそうですね。おめでとうございます」
 上機嫌だったレオナードの眉がぴくりと上がった。
「……なァ、エルンスト。お前、ケーキ食いたいか?」
「は?」
「ま、いいや。ちょっと待ってろ」
 いかにも嫌そうに、2つの箱を出してきてテーブルに載せる。エルンストは発掘現場の学者のような顔でそれを見た。
「ケーキ、ですね。これは一体何の目的で?」
「レイチェルが、誕生日を祝ったヤツに出せとよ。コーヒーか紅茶をおつけして、親密になれというお気遣いだそうだ。ありがたくて涙が出るぜェ」
「なるほど。それは名案かもしれませんね」
 エルンストが感心したようにうなずいた。時間の無駄だと帰る気はないようだ。
「ナニが名案だよ。なァ、お前レイチェルとつきあい長ェんだよな? アイツに弱みっつーか、黙らせる方法ねェの?」
「ありません」
「即答かよ」
「それに、いいことだと思いますよ。あなたはその言動のために周囲に誤解されやすいでしょうし、逆にあなたが周囲を誤解している可能性もあります。そのような壁が少しでもなくなる機会になれば、今後の宇宙にもよい影響を与えることでしょう」
 ケーキがいきなり宇宙の話になってしまった。守護聖という立場は、話の規模がいちいち大きくなってどうも気味が悪い。
「あーそォかよ。じゃあ、食ってくんだな? コーヒー紅茶どっちがいい」
「コーヒーをお願いします」

 チョコレートケーキを食べながらコーヒーを飲み、エルンストは目を細めた。
「おいしいですね」
「そりゃどうも。そういや、来たヤツ全員コーヒーだな」
「そうですか。しかしこれから先は紅茶を入れることも多くなるでしょう」
「この後誰か来るとも思えねェがな」
「来ますよ」
 エルンストが微笑しながら言い切った。
「エンジュが宣伝して回ってるからかァ? さすがにエトワール様の人望は大したモンだ」
「それもありますが、あなたの誕生日だからですよ」
 こともなげに言い、エルンストはまたおいしそうにカップを傾けた。
「お前……いつもデータがどうこう言ってるクセに、妙なトコで断言するよなァ」
 虚をつかれ、レオナードはしばらく黙ってから言った。



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仲悪い時はレオナードを人格破綻者呼ばわりのエルンスト。これは親密度高すぎました