04. フランシス
「あぁ…珍しく、執務室に収まっていましたね…」
視界に入るだけで、周りの色すら変えてしまう人間が世の中にはいる。隣の部屋の主はその悪い例だとレオナードは常々思っていた。
「ナンだよ。何か用か?」
「用もないのにあなたの執務室を訪れるほど、私たちが親密だと…? あなたのそのお気持ちは嬉しいのですが、残念ながら私が用なくここを訪れることは…全くないとは言い切れませんが、限りなく少ない、かと…」
「だったら早く用を言え」
レオナードは机を拳でゴツゴツ叩きながら言った。
「先日研究院から発行されたばかりの、ディラーク星系の資料が…資料室にないのです…。さては、と思ってここに来たわけですが…」
「……人を泥棒みたいに言いやがって」
しかし、その資料は実際にここの執務室に置いてある。フランシスのことだ、当然そのこともわかっていてこんな言い方をしているのだろう。レオナードは仏頂面で、資料を乱雑に詰めこんだ足元の箱をさぐった。
「コレか?」
「あぁ…。やはり、ここに…!」
フランシスはなぜか驚いたような顔をして言い、あなたには失望しましたと言わんばかりのポーズで頭を振った。この男のことを本心が見えないと評する者は多く、レオナードもそう思ってはいたが、自分を嫌がらせようという意志に関しては本物なのではないかとも思う。
「ほらよ、とっとと出てけ」
「そういえば、あなたは今日誕生日を迎えられたそうですね? おめでとうございます」
資料を受け取り、うってかわって微笑しながら言う。これも嫌がらせのために言っているのだとしたら大したものだと、レオナードはむしろ感心するような気持ちになりながら立ち上がった。
「…何ですか、これは…?」
置かれた2つの箱を見て、フランシスは首をかしげた。
「ケーキ。食いたきゃドーゾ」
「これは…あまりにもあなたには似合わない心遣いですね…。一つ年を重ねることが、人格にこれほどの変化をもたらすとは…まさに、奇跡…」
「うるせェ。俺じゃねェよ。レイチェルのヤツが置いてったんだ」
「あぁ…それで納得がいきました…。やはり奇跡はそうやすやすとは起こらないものなのですね…実に、残念です…」
「いらねェなら帰れよ」
「ぜひ、いただきましょう。何か飲み物があれば嬉しいのですが、それは過ぎた望みでしょうか…」
「ヘイヘイ、お出ししますよ。何がよろしいんですかね」
「そうですね…、ミルクティーを」
ゆったりとくつろぎながらミルクティーを飲み、チーズケーキを食べているフランシスを見ていると、ここはどこなのかと言いたくなる。
「不思議ですね…。あなたの入れた紅茶から、こんな味がするとは…」
「あぁ?」
「優しく、繊細で…人の心をなごませる…」
フランシスはつぶやくように言って、一瞬どこか遠くを見るような表情になった。その変化を目にとめたレオナードは、なぜか見てはいけないものを見たような気になった。しかしフランシスはすぐに普段の表情に戻り、微笑んだ。
「これがあなたの、本当の姿なのかもしれませんね…。人が作り出す味には…その人の本性が現れると言いますから…」
「ああ、そうですか」
「ケーキも…ご自分で作ればよかったのではありませんか? 食べた人々のあなたを見る目は、一瞬で変わることでしょう」
「そりゃ変わるだろうなァ。俺が自分の誕生日のためにケーキ作ったって時点で変わるだろうよ。悪い方にな」
「そんなことはありませんよ…。これ以上、悪くなりようがないのですから…」
「とっとと出てけ」
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レオナードとフランシスは本当に嫌い合ってるけど周りにはそう見えない感じだといいと思います
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