06. ティムカ
「こんにちは。今、大丈夫ですか」
気づかうように言いながら、ティムカが静かに入ってきた。
言葉も態度も遠慮がちなのに、どこか堂々として見えるのは、王族という生まれと育ちのためだろうか。
「あぁん? 何か面倒な話かよ」
レオナードは、ティムカが抱えた数冊の資料と書類を見て顔をしかめた。
「いえ、そうでもありませんが。今僕が担当している執務で、お聞きしたいことがあって」
ティムカは申し訳なさそうに言い、執務机に書類と資料を広げた。
「ここなんです。少し前にあなたが担当したところですよね? その影響分を試算した上でこの仕事をしたいのですが、その方法がちょっと分からなくて」
「ああ、そういやこんなのもやったな。ちょっと待て、読むから」
レオナードが書類を受け取る。あ、こっちも、と付箋のついた資料をもう一冊置きながら、ティムカは思い出したように笑った。
「そうだ。さっきエンジュから聞きましたよ。今日、誕生日だそうですね。おめでとうございます」
レオナードは書類から目を離して天井を見た。一つため息をついて書類を置き、立ち上がる。
「レオナード?」
「誕生日を祝ってもらったら、ケーキと飲み物をふるまわなきゃいけねェコトになってるらしいんでな。悪ィがコッチは中断させてもらうぜェ」
「え……?」
きょとんとした顔のティムカに、応接用のテーブルを顎で示した。ケーキの箱と、皿とフォークを置く。
「どれか選んで食えよ。あと、飲み物の注文。何がいい」
「……そうですね。では、コーヒーを」
ティムカは状況が飲み込めないようだったが、それでも笑ってそう答えた。
応接用のソファに座って、ティムカはクリームの乗ったサバランを食べている。レオナードは執務机で、ティムカが持ってきた書類を読んでいた。
「とてもおいしいです。ケーキも、コーヒーも」
「あァ、そりゃよかった……おい、ティムカ」
「はい。あ、すみません。声をかけたりして」
突然不機嫌な声になったレオナードに、ティムカは恐縮したように言った。
「そうじゃねェよ。この書類」
「……何か、不備でも?」
「違うっての。コレ、お前の領分じゃねェだろうが。クソ……言いたかねェが俺のシゴトだ。なんでもっと早く持ってこなかった?」
つい言葉がけわしくなるが、非はレオナードの方にあった。以前担当した仕事の、影響に関する部分に見落としがあり、後処理が一部抜けていたのだ。そのしわ寄せがティムカに行っていたのだが、ティムカは生真面目に、その部分を自分でフォローしてしまおうとしたらしい。
「自分の仕事の範囲だと思ったものですから……」
「コレをかァ? ミスがあったって怒鳴りこんでくりゃいいんだよ……あーあ、途中までやっちまってんのね。他人のミスで自分の時間無駄に使ってんじゃねェよ、バカバカしい」
「……はぁ」
自分のミスだと言いながら偉そうなレオナードに、ティムカは困惑したように目を瞬かせた。
「お前、王サマだったんだろ? 他のヤツにシゴトさせんのなんか慣れてんじゃねェのかよ? それとも信用できねェヤツにはシゴトなんか任せらんねェのか、王サマは」
「そんなことは!」
ティムカは一瞬声を荒げて腰を浮かせた。しかしすぐに座り直し、レオナードをまっすぐ見つめて静かな声で言った。
「僕はあなたを、守護聖としても仲間としても、信頼しています」
「フーン。じゃあ、自分のモンでもないシゴトをやってみたかったのか? 損する性分だなァ」
からかうようにそう言った後、レオナードはきまり悪そうに頭をかいた。
「ま、アレだ。悪かったな、迷惑かけて。明日にはコレ作ってそっちに持ってく……って、それで間に合うよな?」
「はい。大丈夫です。こちらこそ、持ってくるのが遅くなってすみませんでした」
コーヒーを一口飲み、ティムカは微笑んで付け加えた。
「次にこんなことがあったら、きちんと怒鳴りこむようにします」
←BACK NEXT→
聖獣では最年少なんですよね……見えない
|