07. 聖獣の女王



「レオナード、いる?」

 執務室に入ってきた見慣れない職員の姿に、レオナードは一瞬首をひねってから口をぽかんと開けた。
「オイ! 何でアンタがココに来るんだよ!?」
「あら、いたわね。よかった」
 にっこりと微笑む。いつもは下ろしている髪を後ろで一つにまとめ、宮殿職員の制服を着た、聖獣宇宙の女王アンジェリーク・コレットだった。
「お誕生日だって聞いたからお祝いにと思って。今日はあなたが謁見の間に来る予定はなかったから、私が行くことにしたの。おめでとう、レオナード」
「へェ……そんだけのためにわざわざ? そりゃどうも。レイチェルが置いてったケーキがあるが、あんたも食うか」
 謁見の間ではさすがに敬語を使っているが、ここではその気にもなれない。レオナードが砕けた調子で言うと、女王もそれをとがめずに笑ってうなずいた。
「レイチェルに聞いたわ。飲み物もつけてもらいなさいって」
「あのヤロー……」
「私、紅茶がいいな。ミルクティー」

 皿に置いたケーキに手を付けないまま待っている女王のところに、紅茶を持っていく。
「ありがとう。あら? 私の分だけ?」
「俺は喉かわいてねェもんでな」
「そうね。今日のお客さん全員につきあっていたら、おなかがだぶだぶになっちゃうわね」
 にこにこしながら紅茶を飲み、おいしいと嬉しそうに言う。苺のタルトを食べ、この店のケーキはやっぱりおいしいと笑う。この少女が、この宇宙の至高の存在。
 レオナードは以前エンジュに、エトワールの使命を授かったばかりの頃の話を聞いたことがあった。当時の女王陛下は、この宇宙に人類を生みだすために、想像を絶する負担をその身に受けていたという。
 人類を生みだす。言葉にしてしまえばたった一言だ。しかし、今この宇宙に、どれほど多くの人類が生きていることか。そして当たり前のことだが、自分もその中に含まれているのだ。今、こうして目の前で普通の少女の顔を見ていると、ひどく妙な気分になった。
(しかし、元気になったもんだ)
 初めて女王に会ったのは拝命式の時だった。本当はその頃、女王は人前に出られるような状態ではなかったらしい。ひどくやつれて青ざめ、けれども目だけが異様に輝いていて、凄絶な迫力があった。その前に立った時、レオナードは足がすくむような感覚を覚えた。あの街で誰の前に出ても、そんなふうにはならなかった。これが宇宙を生み、背負う存在なのだと、ただ前に立つだけで知ったのだ。
「レオナード?」
 呼ばれて、我に返る。女王が不思議そうにレオナードを見ていた。
「どうかしたの?」
「いや、何も」
「そう……?」
 首をかしげて紅茶を飲む。女王はしばらく黙っていたが、改まったように言った。
「いつもありがとう、レオナード」
「あ? 何が」
「大変でしょう、守護聖の執務。まだ宇宙も不安定だし、あなたは首座だからなおさら……」
 じっと見つめてくる目。謁見の間でまみえる時も、よくこの目に会う。自分を含めたこの宇宙のすべてに対する慈しみに満ちた、そのくせごく普通の少女の目だ。疑いようもなく、この宇宙の女王の目。
「ヘーキだっての。アンタに心からの忠誠を誓ってる俺様を信用しろよなァ」
 レオナードの口から出たのは、それなりに正直な言葉だった。



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