08. セイラン
「やあ、レオナード」
散歩のついでに立ち寄ったような顔で、セイランがふらりと入ってきた。
「この前言った書類を持ってきたよ。ここからは君の担当だから、よろしく」
しかし散歩をしていたわけではなく、ちゃんと目的があって来たらしい。また仕事が増えたと嫌々それを受け取るレオナードに、セイランが何気なく付け加えた。
「そうそう、さっきエンジュが言っていたんだけど。君、今日誕生日だそうだね」
「……ああ、まァな」
思わず、祝うな祝うなと念じる。祝った客にはケーキと飲み物。なぜそんな妙なルールを自分が守っているのかよくわからないが、ここまで来たら一日通してしまおうという気にもなっていた。
「けど、君にとっては前回の誕生日から1年経っていないだろう? 君の故郷と聖地とでは時の流れが違うだろうから」
「そうなんだろうな。あっちじゃ自分の誕生日なんざ気にしてなかったからよくワカんねェけどよ」
そういえば、聖地に来た時に暦を見たら、出てくる時にブラナガンで見た日付と4ヶ月ばかりずれていた。おかしな話だが、前回の誕生日は8ヶ月前だったということになるのだろう。
今までの客はこんな話はしなかった。セイランなら、誕生日と知りつつ祝わないのも不自然ではない。馬鹿馬鹿しいと思いながらもレオナードがなんとなく期待していると、セイランがふふっと笑った。
「時の流れが変わっても生の営みは変わらない、か。奇妙なものだね。おめでとう」
その瞬間、露骨にがっかりした表情になったレオナードを見て、セイランは眉をひそめた。
「なんだい、その顔は。年を取るのを嫌がる人間が誕生日を敵視するという話は聞いたことがあるが、君もそうだったとは知らなかったよ」
「イヤ、そういうワケじゃねェんだ。誕生日オメデトウなんてコト、お前は言わねェだろうと思ってたって、そんだけ」
「よく理解できないな。がっかりした顔をしたということは、君が勝手に持ったそのイメージを僕が裏切り、君を失望させたということのようだね。謝った方がいいのかい」
「いえいえ、祝っていただいてウレシイですよー。お礼のキモチにコチラをどうぞ。よろしければドリンクもお付けしますよ」
レオナードはやけくその口調で言いながら、冷蔵庫から出した箱を両手に一つずつ持って掲げた。
「なんだい、これは。……ケーキ? 君の誕生日を祝うと、これが出てくる仕組みなのかい」
「ま、そういうコトだ。そろそろ面倒になってきたからなァ、いらねェならそう言ってくれや。テイクアウトご希望ならそれも承るぜ」
「いや、ここでいただくよ」
セイランは楽しそうに言ってソファに腰かけた。
「飲み物もつくんだね? コーヒーをもらおうかな」
「今日は一日、こうやって甲斐甲斐しく働いているというわけかい?」
レモンパイをフォークで切りながら、セイランはくすくす笑った。
「ああ。ったく、シゴトで忙しい方がまだマシだぜェ」
「そのわりに、逃げもせずにちゃんと執務室にいる……感心するところかな、これは」
「執務がちっともはかどらねェんでな。さすがにサボるとやべェんだよ」
「本当にそれが理由かい?」
「あぁ? どういう意味だよ」
「そのままの意味さ。君が客をもてなしているのは、なかなかいい光景だね」
セイランは眉を上げてそう言い、コーヒーをおいしそうに飲んだ。
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セイランは聖獣守護聖の中で一番仕事してなさそう(偏見)
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