10. アリオス
「よ」
入ってきた人物に、レオナードは目を見開いた。
「アリオス……。まさかてめェまで……」
「あ? 何だその顔は」
アリオスは眉間にしわをよせ、レオナードに書類を差し出した。
「こないだの件だが、とりあえず片づいた。ただ数値にちょっと気になるところがあるんでな、こっちにも報告書を持ってきたぜ。ま、大丈夫だとは思うが一応目を通しておいてくれ」
「……ああ」
仕事か。なんとなくほっとして息をついたレオナードに、アリオスが思い出したように付け加えた。
「そういや、さっきエンジュに会ったぜ。お前が今日誕生日だからお祝いしてくださいだとよ。ハッピーバースデー」
にやりと笑ったアリオスに黙って背を向け、レオナードは無言で部屋の奥へと歩いた。
「おい?」
「そこ座れ」
仏頂面で戻り、残り少なくなったため1つにまとめたケーキの箱と皿、フォークを乱暴にテーブルに置く。
「何だこりゃ」
「俺様の誕生日を祝った心がけのいいヤツには、それを出すことになってるんでな」
「ケーキ? やたら用意がいいじゃねえか。そんなに祝ってほしかったのかよ……」
アリオスの口調が哀れみの込もったものに変わった。思わず反論の声が大きくなる。
「ンなワケねェだろ! レイチェルが勝手に置いてったんだ」
「……ああ。そういうことか」
「そのケーキ一つにセットで紅茶かコーヒーをお付けすることになってんですがね。本日限り。さァご注文をどうぞ」
バカバカしい、と踵を返すだろうという期待に反して、アリオスはソファに腰を下ろした。
「じゃあレモンティーを頼むぜ」
注文の飲み物を持っていくと、アリオスはすでに皿に移したケーキを口に運んでいた。
おそらく残った中で一番濃厚な甘さのティラミス。表情は変わっていないが、味を楽しんでいる気配がある。
(甘党か、こいつ?)
「お待たせいたしました」
ドスのきいた声を出しながらレモンティーをテーブルに置くと、アリオスはソファにややふんぞりかえるような体勢になって、ご苦労、と言った。
「……ムカつくヤツだな、お前は」
そう言いながら、レオナードは内心その言葉とは別のことを考えていた。得体の知れない、女王直属の男。詳しいことは知らないが、以前はこの宇宙に害をなす者であったとも聞いている。時には執務で関わることもあるが、どこか人との関わりを避けるところもあり、あまりいい印象はない。
「ふうん、うまいな」
そのアリオスが、紅茶を飲んで感心したように言った。そしてまたケーキをうまそうに口に運ぶ。
(似合わねェよ)
レオナードはその姿に苦笑した。今までの印象が少し崩れる。が、今できた新しい印象も、本人にとってはあまりいいものではないような気がした。
「今日は何人くらい来たんだ? お前のバースデーを祝いに」
「お前で10人目だ」
残ったケーキの数を確認して、レオナードは顔をしかめた。
「へえ。守護聖たちと、エンジュと……レイチェルか? 忙しいな」
エンジュは数に入らない。が、それについてはふれず、レオナードはため息をついた。
「陛下まで来やがったからなァ」
「そりゃよかった。あいつも少しは息抜きができただろう」
アリオスの目に、ふと優しい光が宿る。それもレオナードが初めて見るものだった。
「こっちはちっとも抜けねェよ」
そう答えながら、今日は妙な日だと改めて思った。
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酒好きらしいから甘党ということはない気がしますが
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