11. ヴィクトール
「おいレオナード、印が抜けていたぞ」
アリオスとほとんど入れ違いで、執務室に落ちついた声が響いた。
「あぁん? どれよ」
「ここだ。同じ箇所が抜けているのが3枚ある。相変わらず大雑把だな」
「これか? ……ナンだよ、こんなトコに印なんかいらねェだろ」
「基本の書式くらい守れ。大体お前は……」
「わかったわかった」
説教に変わりそうな話をさえぎり、書類を軽く見直しながら机の端にある印を取り出す。
待っているヴィクトールがふと、応接テーブルの上の開けっ放しのケーキの箱に目をとめた。
「何だ、これは?」
「何って……まァ、あれだ」
「ケーキか。ああ、そういえば今日はお前の誕生日だそうだな。おめでとう」
「…………」
あーあ、言いやがった。レオナードはその言葉を口にせず、ため息にして吐きだした。
(まァいい、これで守護聖全員制覇だ)
まだ印が入っていない書類を机に放り出す。新しい皿とフォークを持ってきてテーブルに置いた。
「ソイツは来客用ってコトになっててなァ。どう見てもケーキってツラじゃねェが、お前も1個食ってけよ。セットのドリンクはコーヒーでよろしいですか」
「何だ、そんなことをしていたのか。今日一日ずっと?」
「説教はナシだぜェ。女王補佐官様のご命令でな。コレを通して他の連中と親密になれとよ」
「ははは、そういうことか。では俺もご馳走になるとするかな。コーヒーを頼むよ」
「へーい、かしこまりました」
テーブルを離れながら一度振り返ると、誰が食うんだと思っていた武骨な形の豆ケーキが躊躇なく皿に移されていた。
コーヒーを出した後に書類に捺印し、レオナードはヴィクトールの前に座った。3枚を広げてみせる。
「コレでイイんだよな?」
「あ、ああ。……しかし、ちょっと待ってくれ、食べている時に見せられてもな……」
「印だけ入りゃ問題ねェんだろ」
「それはそうなんだが」
困惑した様子のヴィクトールを見て、レオナードは思わずくっくっと笑いを漏らした。ヴィクトールも苦笑する。
「まさかお前と向かい合ってケーキを食べる機会があろうとは思わなかったよ」
「まったくだ。聖地ってなァ考えられねェコトが起こるトコだなァ」
レオナードはなにげなく言っただけだったが、ヴィクトールはその言葉を聞いてふと手を止め、レオナードの顔を見た。
「ン? 何だよ」
「いや……」
考えこみ、ヴィクトールはまた少し笑った。
「お前もよくやっているな、と思っただけだ」
←BACK NEXT→
この二人が並ぶと画面いっぱいになって暑苦しいといつも思う。だがそれがいい
|