12. 守護聖補佐



「ただいま戻りました」

 レイチェルのところに書類を渡しに行っていた補佐が、執務机の前で頭を下げた。
「チェックして明日午前中に返すそうです」
「あァ、分かった。こっちは明後日までにまとめてエルンストのトコに……でいいんだろ」
「はい」
「じゃ、キリもいいし今日の執務はコレで終了! 文句ねェよな」
「ございません」
 補佐がもう一度軽く頭を下げ、笑顔をかすかに苦笑に変えながら付け加えた。
「それから、女王補佐官様からご伝言が」
「……ナンだよ?」
「『今日は執務以外でも忙しいのに、締め切り守れて感心感心』とのことです」
「あのコムスメが……」
 苦虫を噛んだように呟き、そんな伝言をきっちり持ち帰ってきた目の前の補佐をじろりと睨む。
 補佐はその視線に動じた様子はなかったが、思い出したように言った。
「あ、申し訳ございません。遅れましたが、私からもお祝いを。お誕生日おめでとうございます」
「……飲み物は何がいい」
「はっ?」
 補佐が目を丸くした。
「今日は俺を祝ったヤツをもてなすコトになってるらしいからなァ。ケーキも1コ残ってるし、片づけてってくれや」
「いえ、しかし、あの」
 いつもあまり表情を動かさない補佐が珍しく慌てている様子に、レオナードは人の悪い笑みを浮かべた。
「甘いモンは苦手か?」
「いえ……」
「じゃあ、そこ座れ。飲み物は?」
 補佐は一瞬、天を仰ぐ目をしたが、観念したように座った。少し間をおいて、いつもとは違う歯切れの悪い小さな声。
「……コーヒーを」

 レオナードのどんな言動にも、まったく敬意の崩れない態度。いつも穏やかな笑み。仕事の協力者として申し分のないこの補佐は、レオナードにとって少し苦手な種類の人間でもあった。
「ほらよ」
「は、恐れ入ります」
 その補佐が、今日は来客用のソファで居心地の悪そうな顔をしている。その目の前に置かれたコーヒーと、最後に残ったショートケーキ。
(なかなかいい光景じゃねェか)
 自分の執務机に寄りかかって立ち、わざと露骨に視線を送った。
 コーヒーを一口飲むと、補佐の表情が緩んだ。
「……本当に美味しいですね」
「あァ? 本当にって何だよ?」
「いえ、今日ここに来られた方が、皆様そうおっしゃっていたので」
「ありがたく思えよ? 俺様のコーヒー飲める機会なんざそうそうねェからな」
「そうですね。私は運がいい」
 嬉しそうに言う。他意はないらしいその言葉が、なぜかレオナードの神経に障った。
「運は悪ィだろ」
「は?」
「よりによって俺の補佐に回されたんだ。コーヒー一杯じゃワリに合わねェよな? 違うか?」
 その言葉に対して返ってきたのは、補佐の心底不思議そうな表情だった。
(……コイツ)
 崩れない敬意と、穏やかな笑み。その陰に当然、自分の態度や言動に対する腹立ちや軽蔑を隠しているのだろうと思っていた。それは別にかまわないが、ずっと隠し続けるつもりなのかと思うとどうも不愉快だった。
(何もなかったのかよ……?)
 補佐はしばらく考えてから、困ったように笑って言った。
「……運が悪いとは、思えませんが」

「本日は先に退出させていただきますが、よろしいでしょうか」
「あァ、帰れ帰れ」
 ケーキとコーヒーを片づけた補佐は、いつもの顔に戻っていた。今日の執務内容と明日以降の予定を手早くまとめ、一礼して部屋を出て行く。普段より少し、慌ただしかった。
 レオナードは一人残った部屋で時計を見た。そろそろエンジュが来る頃だろう。
(……あ)
 補佐の慌ただしさの理由に思い当たる。そォかよ、気を利かせてくださったわけね……。
 他に誰もいない執務室。舌打ちの音も大きく響いた。



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聖獣光補佐は落としたい補佐第一位(二位は神鳥地)