02.レーベ


 あれはたしか2年前、ルイーダの酒場で聞いた話だった。
 暇つぶしに来ていたらしい冒険者たちのテーブルに手招きされ、飯をおごられながら武勇伝など聞いていた時。自分も16歳になったら旅に出るのだと話したら、テーブルを囲んでいる男の一人が「ならいいことを教えてやろう」ともったいをつけて言ったのだ。
「初めて旅に出た時の、最初の戦闘だ。それでそいつが出世するかしないか、大体決まる」
「最初の戦闘で落ち着いていられるかどうかってこと?」
 俺が聞くと、男は首を振ってにやりと笑った。
「そんなんじゃねえよ、もっと分かりやすい。いいか、出世する冒険者はな。旅立って一番最初に会う魔物……最初の戦闘の相手が」
 一拍おき、おもむろにまた口を開く。
「『スライム1匹』だ」
「なんだそりゃあ」
 他の仲間があきれ混じりに笑い声をあげた。
「くっだらね」
「アホだ」
「何だよお前ら! 信じろ、本当だぞ!?」
「何断言してんだ」
「どうやって統計取った」
 笑い声が続く。長い間一緒に冒険をしている仲間なのだろうかと思った。
「どうせ自分の最初の相手がそれだったんだろ」
「いや、残念だが違う。俺はスライム2匹だった。惜しかったんだが…」
「ハッハ! 惜しくねえな。1匹と2匹の違いはでかい」
「お前らしいぜ中途半端で」
「一匹だと出世か。なるほど、がぜん信憑性が増してきた」
「お前ら…」
 思い出すこともなかったその話を急に思い出したのは、町を出て歩き出した俺の目の前に現れたのがまさにそのスライム1匹だったからだ。どうのつるぎを振り下ろし、1ターンで戦闘終了。俺は出世する冒険者らしい。
 出世か。出世って何だろう。
 借金を完済することか。魔王を倒すことか。
 どっちも遠すぎる話だ。初めての戦いで得た金は2ゴールドだった。

 次の戦闘はスライム3匹 おおがらす2匹。いきなり厳しくなった。ようやく倒すともうレベルが上がった。これが出世する冒険者の戦闘の流れなのかもしれない。
 青い空の下、広がる平原で一人、ファンファーレの音を聞く。

 レベルが上がったしHPも減ったので町に引き返した。当然宿屋は使えないので自宅だ。別にもう帰らないと言って出てきたわけではないが、まだ日も高いうちに帰るのはなんだか気が引ける。こっそり忍び込んで自分の部屋に閉じこもり寝た。
 予想はしていたが、変な時間に目が覚めた。階下には人の動く気配がしている。母さんは俺が帰っていることに気づいているだろうか。いきなり降りていったら驚かれるか…。どうも顔を見せづらく、結局窓から脱出した。まるで監禁されていたかのようだ。自分で入ったくせに。一体俺は何をやっているんだろう。
 酒場からはまだ客の騒ぐ声が聞こえるが、少し離れると夜の町は静かだった。そういえば、と昼に入れなかった家に忍び込み、タンスを物色する。
(あ、まただ)
 城にもあったのと同じ、金色のメダルがあった。何なんだろう、これは。
「あら? あなた?」
 扉の外から声をかけられたので急いで窓から飛び出した。窓から出たのは今日二度目だ。
 角まで走って振り向くと、あの家のランプの灯りがともっていた。灯りが窓に映す家人のシルエットの動きがあわただしい。これはまずいかもしれない。見回すと井戸が目に入った。ひとまずあの中に身を隠し、やり過ごすことにしよう。その後で町を出て、しばらくしてずっと外にいたような顔で戻ってくればいい。もっとも、王様にああいう行為の許可はもらったようなものだから、別に逃げ隠れする必要はないのかもしれないが。
(……?)
 ロープを伝って井戸の中に降りて行くと、下の方からぼんやりとした光がのぼってきていた。
(井戸の底から? 何かあるのか?)
 底まで降りると、信じがたいものがあった。家が建っている。小さな、しかしきっちりと建てられた家だった。豪勢に灯りがともっている。夢の中のような光景だ。
 家があれば入り、そして物色する。早くも身に付いた習慣を実行するために俺は扉を開け、
「よくぞ来た! さあ、さあ、はやくこちらへ!」
 やけに嬉しそうな大声で出迎えられた。扉の正面、まっすぐ続く赤い絨毯のつきあたりに、満面の笑みを浮かべている男がいる。
 なぜか歓迎されているらしい。何か勘違いしているのかもしれないが、歓迎されるうちはされていた方がいい。何か食べさせてくれるかもしれないし。そう思いながら近づくと、男は嬉しそうな顔のまま、俺に向かって手を差し出した。
「?」
 握手かと思って握り返そうとしたが、違った。男の手は、何かを受け取ろうとしている時の形をしている。
「…何ですか?」
「何とは何じゃ。メダルじゃよ。ここに来たということは、持っておるんじゃろう?」 
「メダル?」
「知らんでここに来たのか? わしは世界中のちいさなメダルを集めているおじさんじゃ。もしメダルを見つけてきた者には わしのなけなしのほうびをとらせよう。どうじゃ、持っておるかな?」
「ちいさなメダル…もしかして」
 俺はたった今かっさらってきたメダルと、城から拝借してきたメダルを袋から出した。
「これですか?」
「おお、それじゃそれじゃ。よし! おじさんが預かろう」
「は!?」
 俺があげようとした抗議の声は、男の次の言葉に抑えられた。
「5枚持ってくれば、とげのむちを与えよう。がんばって集めるのじゃぞ」
 とげのむち。複数の魔物にダメージを与えられる武器だ。あのメダルをあと3枚持ってくれば、それをくれるというのか。
「ほれ、早くよこせ。それを欲しがるのは世界中でわしだけじゃぞ」
 不思議な男だった。彼がそう言うと、そうなのだろうという気がしてくる。俺はメダルを渡した。渡すことができた。金もアイテムも人に渡せないのに、金貨によく似た形のこのメダルは当たり前のように渡すことができた。そして、これ5枚と引き替えに武器をくれるという。
(なんか、買い物みたいだな)
 5年前、俺とは縁がなくなったはずの。
 ぼんやり立っている俺を、男は笑っているようなそうでないような顔で見ていた。
「よくわからんが、妙な苦労をしているようじゃな」
「…………」
「この場所も、わしも、このメダルも、この世と重なってはいるが、少しばかりずれてもいる。お前の苦労の元がこの世のしがらみならば、ちいさなメダルは、きっとお前の役に立つじゃろう」
 俺は黙って少し頭を下げた。目の前にいる妙な男が、なぜだか急に偉大な人物に思えた。

 当面の目的地は北にあるレーベの村だ。とはいえ死んだら元も子もないので慎重に行く。勇者の称号を持つ者は、死体が残らないような死に方でない限り蘇生可能らしい。が、どういうわけかその際、手持ちの金の半分が消え失せるという。俺のような立場の者にとって、それは死ぬことよりもずっと辛い。
 レベルが3に上がったのでいよいよレーベに向かう。スライムの攻撃がミスばかりになった。こんなに目に見えて強くなるものなんだな。剣や魔法の修行をもっとしていたら、最初から苦労せず進めたかもしれない。その代わりどれが食べられる草かという知識はないだろうからきっと餓死していた。餓死しても蘇生は可能だろうか…。くだらないことを考えているうちにレーベに着き、とりあえず民家をあさる。
「ちからのひみつ」
 本棚に妙な本があった。開こうと思ったが手に力が入らない。『とりたて』がかかっている感覚だ。どうやらこの本は、読むとなくなってしまうらしい。世の中には変わったものがたくさんあるものだ。どんな効果があるのかさっぱりわからないが、なんにせよ俺にとっては換金にしか使えない。けっこう高く売れた。何が書いてあったのか、少し気になる。

 換金できそうな物がないか油断なく見回しながら村をうろついていると、村はずれで岩を動かそうとしている男がいた。しばらくしてあきらめて立ち去ったので、俺はこっそり近寄ってその岩を動かしてみた。
 岩の下には小さなメダルがあった。素早く袋に入れてそのまま村を飛び出した。
 次はどこへ行こうか。とりあえずアリアハンで休んで、その後は…。そういえば、ナジミの塔の老人がどんな扉も開けることのできる鍵を持っているとか聞いた。それだな、と思う。アリアハンに戻る途中にレベルが上がってホイミを覚えた。これならダンジョンでも少しはもつだろう。


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センド : 勇者
レベル : 4
E どうのつるぎ
E たびびとのふく

財産 : 550 G
返済 : 0 G
借金 : 1000000 G