04.誘いの洞窟


 金を手放したくないという欲は、本当に分かりやすい。
 何回かに分けてナジミの塔の宝箱回収作業を行ううちに、手持ちの金がまた増えてきた。千ゴールドを返済して自分の財布が軽くなり、これでいつ死んでも大丈夫だと思ったはずなのに、再び財布が重くなるにつれてバブルスライムを恐れるようになる。もう何度か遭遇したが、遭遇する時のひやりとする感覚の大きさが財布の重さに比例していることが、自分でもはっきり分かる。
 俺が財布を持ってるんじゃない、財布が俺を持ってるんだ。そういえば俺は金に使われているのに、俺は金を使えない。もう慣れたはずなのに改めてそう思うとやっぱり落ち込む。

 塔をあさっている間にレベルが上がってルーラを覚えた。今まであまり考えてなかったが、そういえば海の向こうに行っても、俺が体を回復させる場所はないのだった。遠くに行くにはこの呪文は必須で、逆に言えば常にルーラ分のMPを残しておかなければほぼ確実に死が待っている。ルーラ分を残すとMPにはそんなに余裕はない。今の俺のレベルでは、海の向こうに行くには相当不安がある。とはいえ、アリアハンでのアイテムあさりにも限界があるから、先に進まないわけにもいかない。
 レーベから東に進めば「誘いの洞窟」という洞窟があり、そこにある旅の扉から海の向こうに行けるという。覚悟を決めてそこへ向かったが、途中のほこらでちいさなメダルを見つけたので即座にルーラで戻った。
「よし! これでセンドはメダルを5枚集めたので、ほうびにとげのむちを与えよう!」
 とげのむち。一人旅には本当にありがたい武器だ。一匹あたりの攻撃力もどうのつるぎよりずっと上だし、しばらく様子見て問題なければどうのつるぎは換金するかな。喜んでいる俺に、メダルを集めている男…通称「メダルおじさん」はさらに言った。
「あと5枚、合計10枚になったら、ガーターベルトを与えよう!」
「…ガーターベルト?」
「うむ。装飾品じゃ。今の装備を外さずとも装備できるぞ」
 目の前の男は相変わらず満面の笑みだった。
「…他の物に換えてもらうことはできないんですか」
「何を言うか、もっと喜べ。まあお前にはこれは装備できんが」
「それじゃどうにもなら……いや、できても装備しないけど」
「何じゃ。つまらん奴じゃなあ」
 つまるつまらんの問題ではない。
 5枚のほうびがとげのむちだったことを思えば、きっとそれなりに防御力が高かったり特殊効果があったりするのだろう。他の装備品と併用できるのなら隠れて周りには見えないのかもしれない。だが俺は死んだら蘇生されて国王陛下の前に出る身だ。まだ死んだことはないからどんな状況になるのかは知らないが、その間に誰に見られるかわかったもんじゃない。もっとも、装備できないらしいからこんな心配は無用だが。
「まあよい。いらんのなら売ってしまえ。わしはちいさなメダルが手に入ればそれでよい。ほうびをどう扱われようがへそを曲げたりはせんわい」
 言われなくてもそうするつもりだ。装備できない物を持っていたってしょうがない。俺は日常的に他人の家を物色するが、他人の持ち物を見るという行為は、自分の持ち物を見られても文句を言えないという側面もあるように思う。意味もなく女性下着のたぐいなどを持っていたくない。勇者として恥じない持ち物でありたい。こんな勇者の誇りを披露しても誰もほめてはくれないだろうが。

 とげのむちを装備し、いよいよ誘いの洞窟へ入る。
 聞いていた通り、見るからに分厚そうな壁に行く手がふさがれていた。まほうのたまでこの封印が解けるらしいが、そういえば使い方を聞いていない。レーベに戻って聞いてくるかと思ったが、ふと壁を見ると、まほうのたまと同じくらいの大きさの丸いくぼみがあった。
(これか?)
 はめこんでみる。くぼみにぴったりとはまってカチリという音がした。直後に壁も床も天井も震え始める。あわてて壁から離れたら大爆発が起きた。離れたのに爆風で吹き飛ばされるほどの爆発だった。離れなかったらこっぱみじんだったに違いない。こんなところで蘇生できないような死に方をしたらとても笑えない。
 爆発の後の煙が消えると、行く手をさえぎっていた壁はきれいになくなっていた。さっそく中に入ると、目の前に宝箱があった。あの爆発でよく吹き飛ばなかったものだと感心しながら開ける。丸めた紙が入っていた。広げると、灰色でいくつもの大陸が描いてある。世界地図だった。
(旅立ちの場所に地図か…)
 ちょっと感心した。国名も町のある場所も地形も何もない、ただ灰色一色の陸の形だけの地図だ。行った場所は自分で書き込めということか。ありがたく使わせてもらうことにしよう。
(アリアハンはこれだな)
 南にある大陸に何気なく指で触れた。とたんに、灰色一色だった陸が色を変えた。アリアハンの城下町とレーベがあるはずの場所が明るい色で浮き上がる。周りの平原は黄緑色に、山は茶色、森は濃い緑色に。
 ぎょっとして他の大陸も触ってみたが、色は変わらない。よく見るとアリアハン大陸も灰色のままの場所がある。どうやら俺が実際に見た場所だけ、色が変わるようだ。
(何だこの地図…)
 裏返してみたが、何も説明はない。地図の入っていた箱に何か、ともう一度箱をのぞきこんだ。
 ふたの裏に文字が刻まれていた。

「アリアハンより旅立つ者へ
 この地図をあたえん
 汝の旅立ちに栄光あれ」

 他には何も書かれていない。俺は地図を持ったまま、しばらくそこに立ちつくしていた。
 こんな場所にあるこの地図は、ここを封じた人が置いたものに違いない。
 ここを封じた誰かは、別の誰かがその封印を解き、ここを旅立つのをずっと待っていたのか。
 俺はここが封じられた理由を知らない。別に興味があるわけでもない。それなのに、この地図を手にしたのが自分だったことに、感動と似たような思いがある。
 金を使えなくてもここまでは来れた。これからも進めるだろうか。いや、進もう。強くなって、この地図の、全ての大陸の色を変えよう。どんな旅になるのだろう。苦労も多そうだが、しかし…。
 そこではっと気づいて地図を見直した。どうやらこれは換金できないらしい。俺はほっとして、思わずため息をついた。

 階下に降り、少し進んだところでじんめんちょうが現れた。マヌーサを使われて幻に包まれる。やむをえずメラを使ってMP消費。早々に帰宅した。今度の洞窟もクリアに時間がかかりそうだが、それにしてもルーラは本当に便利だ。
 とげのむちしか使わないのでどうのつるぎは換金した。手持ちの金は800ゴールドを超えた。なんとか千超えるまでは死なずにいよう、と気を引き締め、誘いの洞窟にまた向かう。
 どくけしそうを宝箱から拾った直後、おばけありくいがやくそうを落としていった。少し前まで、やくそうやどくけしそうが手に入ると、換金できる喜びと同時に自分には使えないいらだちも感じたものだ。今は換金対象としてしか見なくなったのか、手に入ったことが純粋に嬉しい。俺も成長したものだと自分に感心していたら、いつのまにか手持ちの金が千ゴールドを超えていた。帰らなければ。この洞窟は床に亀裂が多く、飛び込めばすぐ入り口に戻れて便利だ。
「いらっしゃいませ。ご返済ですか」
「うん」
 最初の千ゴールドを返済してから、まだそんなに経っていない。最初の千ゴールドを返すのが一番大変なのだと言われたが、そんなものかもしれない。この調子でペースを上げていけば、本当にいつか、百万ゴールドを返せるかもしれない。
「残りあと99万8000ゴールドです」
 …いつになるかはわからないが。
 千ゴールドを返済し、手持ちは42ゴールド。これで俺はまたしばらく死を恐れない。

 戻るのはルーラだが行くのは徒歩だ。面倒だから早く海の向こうに行きたい。洞窟をさらに行くと、せいなるナイフを見つけた。とげのむちより弱い。これも今度売ろう、と思いながら進んでいたら通路の角からアルミラージが飛び出してきた。ラリホーで眠らされ、気がついたらアリアハン城の王の間にいた。
「おおセンドよ、死んでしまうとはふがいない」
 どうやら俺は死んでいたらしい。初の死亡だった。
 意外と体は何ともない。死んでおいて何ともないも何もないが。
「そなたの父オルテガの名を汚さぬようにな」
 陛下に何気なく言われた言葉が、変なふうに胸に刺さった。父さんのことはあまり考えていなかったが、考えないようにしていたのかもしれない。やはり俺は、腹の底では父さんに対して複雑な思いがあるようだ。顔も覚えてないのに借金と勇者の肩書きだけ継いでいるのだから当然だが。
 王の間から下がりながら、半分になったはずの手持ちの金を数えた。94ゴールドだった。死んだのはまずかったがこのタイミングでまだよかった。それはそうと、元の手持ちのゴールドが奇数だったら、0.5ゴールドは切り捨てなのか切り上げなのか。まあきっと切り捨てだろう。世の中そんなに甘くない。

 それにしても、やはり死亡のリスクは大きいと実感した。せいなるナイフはもうしばらく持っておこう。売れば千ゴールドになるという時に売ればいい。装備品以外のアイテムは『とりたて』のせいで換金の衝動を抑えられないが、装備品に関してはそうではない。売りたいとは思うが、それは『とりたて』のせいではなく、今ある金を少しでも増やしたいという俺自身の欲求だ。
 売るのを我慢してまた洞窟に向かう。死んだ後の体はなぜか完全回復していた。家にこっそり入って回復といういつものあれをしなくてすむのはありがたい。
 今度はさらに進み、今まで見たことのない場所に出た。どれが正しい道でしょう? といわんばかりの三叉路がある。まずは、と右に行ってみたら、一番奥に青く光る泉があった。この道で正解だったのだろうか。これが旅の扉なのか?
 少し躊躇したが、飛び込んだ。まわりの景色も、自分の意識も歪んでいく。意識がとぎれる寸前、あとの2つの通路にも同じような泉があって、不正解に飛び込むと毒の沼地に沈んでいく、というような想像をしたが、いまさらどうにもならない。


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センド : 勇者
レベル : 9
E とげのむち
E たびびとのふく
E きのぼうし

財産 : 259 G
返済 : 2000 G
借金 : 998000 G