06.カザーブ


 さしあたっての目標は、ロマリアの王様に依頼された金の冠奪還…と言いたいところだが、名の知れた盗賊一味を一人で退治する自信など全くない。「金の冠」という響きには惹かれるが、今はそれより地道に進み、行く先々の町で地道に物品を収集し、地道に借金を返済すべきだろう。
 だが、そんな地道な活動すらおぼつかないのが今の俺の弱さだ。ロマリアから北、すごろく場を通り過ぎ、さらに北に進むと村がある。そのことはもう自分の目でも確認している。しかしいよいよ村に着くというところでアニマルゾンビとキャタピラー2匹ずつに襲われ、通算二度目の死を迎えた。手持ちの金が68ゴールドになってしまった。
「おおセンドよ、死んでしまうとはふがいない」
 ルーラ分のMPをなんとか残そうとしたのが死因だが、考えてみたら戦闘中にもルーラは使えるのだった。唱えればそれでアリアハンだ。死ぬくらいなら唱えればよかった。そんな教訓を得た今回の死を経て、俺は戦闘中のルーラを積極的に使うようになった。以前には死にものぐるいで戦っていた相手からもルーラで逃亡するようになった。こんなことでいいのだろうか。

 何度か道の途中でアリアハンに帰ったが、ようやく北の村に着いた。カザーブという村だった。さっそく物品回収を始める。ロマリア城下町に比べるとさすがに物は少ないが、けがわのフードという頭の防具があった。高そうだ。装備することはできなかった。
(そろそろ新しい防具もほしいな)
 いつまでもキャタピラーに苦戦するのは、防具に進歩がないからではないだろうか。自分自身の肉体を鍛えるだけではやはり限界がある。そんなことを考えていたら、墓場でそんな俺の気持ちを見透かしたようなことを言われた。
「ここには偉大な武闘家が眠っている。彼は素手で熊をも倒したと言われている」
 自分を恥じた。買うことはできないから拾い物に頼っている現状で、その拾い物の装備品に期待してしまっていた自分。こんなことではいけない。自分自身をもっと、心身共に成長させなければ。反省しながら墓の前をチェックした。墓の前だから供え物があるだろうと思ったからだが、なぜか小さなメダルがあった。

 装備していない装備品が増えて袋がごちゃごちゃしてきた。面倒になって全部売る。手持ちが761ゴールドになった。しばらくは死を恐れなければならない。すごろくけんが手に入った。苦い思いがよぎるが、今度こそとすごろく場に向かった。
 ルーラ分のMPを残そうとすると、カザーブからすごろく場までも一苦労だ。カザーブ・すごろく場間のあの短距離のために、また何度かアリアハンに戻る。そろそろ自分の弱さに嫌気がさしてきた。
 ようやく着き、すごろくスタート。戦闘1回の後落とし穴で終了。やはり俺はすごろくには向いていないようだ。

 カザーブには夜にしか取れなそうな箱があったのでうろついて夜を待つことにした。その間にレベルが1つ上がったが悲惨な上昇率だった。HPは全く上がらなかった。体力6減がきいているのだろうか。すごろくへの苦手意識は高まるばかりだ。
 夜を待つ。しかし夜までもたない。まだ日も高いうちにMPがなくなり、アリアハンに戻る。またカザーブに飛び、夜を待つ。待てない。アリアハンへ。その繰り返しが続く。海の向こうを拠点にして活動しているとは思えない帰宅ペースだ。だんだんと家にこっそり入るのが面倒になり、普通に扉を開けて足音を消さずに2階に上がるようになった。
「あら? センド! 帰ってるの?」
 返事もせずに部屋のベッドに倒れ込む。こっそりしのびこんだり「ただいま」と言ったりできたのは、それなりに余裕があったからだと今は思う。
「ごはん食べないのー?」
「…置いといて」
 階下からの声に返事をするがベッドにうつぶせたままつぶやいただけだ。母さんに聞こえたわけがない。それでも、誰もまだ起きていない早朝に目が覚めて階下に降りると、昨晩の夕食がふきんをかけて置いてあった。黙々と食べる。
「…ごちそうさまでした」
 空になった皿に言って家を出る。手持ちの金がギリギリで千を超えていたのでゴールド銀行へ返済に向かった。

 返済をすませ、手持ち4ゴールドでまたカザーブ。夜を待つ。歩き出してすぐ現れたのは、キャタピラー2匹、アニマルゾンビ、じんめんちょう、キラービーという泣けるメンツだった。キラービーは一瞬で全滅させる特技を持っているし、じんめんちょうのマヌーサも困るので先に倒さなければならない。一番相手にしたくないキャタピラーが後に残る。結果、また俺は死んだ。被害額は2ゴールド。まだ運には見放されていないと思うべきだろうか。
「死んでしまうとはふがいない」
 これを言われるのにも慣れてきた。死ぬのにも慣れてきた。しかし、自分の弱さをみじめに思う気持ちにはいまだに慣れない。前よりレベルは上がっている。強くなっているはずなのに、ルーラ分のMPを残そうとすると夜までどころか昼過ぎまでも耐えられない。なぜだ。
 死なないようにと慎重になれば、ますます帰宅は増える。倒れるように眠る。また今日も夜まで耐えられなかった。キャタピラーは強い。ぐんたいがにも強い。アニマルゾンビは嫌いだ。キラービーは怖い。
 繰り返しが続く。また千ゴールドたまった。
「残りあと99万5000ゴールドです」
 ただの繰り返しではないと感じるのは、借金を返すたびにカウンターの男の口から出る借金残額を聞く時だけだ。それでもその額の変化は誤差の範囲と言っていいほど小さい。またカザーブに行く。アリアハンに戻る。何度も何度もアリアハンに戻る。みじめだ。
「そなたの働きに期待しているぞ」
 初めて謁見した時の、王様の言葉がふとよぎった。あれは心にもない励ましだったかもしれないが、それでも仲間を集めた時のために装備品を用意してくれていた王様。それを売って一人で旅立ったあげく、俺は夜まで戦うことさえできない。そして夜を待つのは盗みを働くためだ。
(なぜだ)
 本気で答えを求めているわけではない疑問は、ずっと心の中に浮いたままだ。
 なぜ俺は、こんなことをしてるんだろう。

 戦闘に集中していなかったのかもしれない。キラービーの一撃でしびれて動けなくなった。その後のことは分からないが、当然死んだのだろう。気がついたら王の間で、手持ちの金は372ゴールドになっていた。もうたいして反省もせず、カザーブへ。直後にレベルが上がった。気のせいかもしれないが耐久時間が少し延びた気がする。昼過ぎくらいまではアリアハンに帰らないで村の周りをうろついていられるようになった。
 それでも毎日日が高いうちにアリアハンに帰っているのは同じだが、進歩があったのはいいことだ。しかし少しいい気になったのがまずかったのか、ぐんたいがに2匹とアニマルゾンビという組み合わせに殺されてしまった。手持ちの金は311ゴールドになった。昼まで耐えられるようになると金が貯まるペースも早くなり、そして死ぬ機会も増えてきた。気をつけようと思ったそばからまたキラービーの尾の餌食になった。243ゴールドになった。その後またキラービー。215ゴールド。
 疲れがたまってきたような気がするのはなぜだろう。一度死ぬと体の傷は全部癒えるから疲れなどないはずなのだが、死ぬたびに体が重くなっているような気がする。気力が萎えてきたのだろうか。死に疲れとでもいうものがあるのだろうか。なんだか何もかもが面倒だ。動きたくないし、何も考えたくない。それでも体は勝手に動き、カザーブに飛ぶ。うろついて魔物相手にとげのむちをふりまわす。MPが減ったらアリアハンに戻る。またカザーブに飛んでとげのむちを振り回す。
 機械的に戦っていても経験値はたまる。レベルが上がってリレミトを覚えた。その同じ戦闘で手持ちの金が953ゴールドになった。ぐんたいがにが落としていったたびびとのふくを売る。千ゴールドたまったので返しに行った。
「お客さん。無理しちゃいけませんよ」
 ゴールド銀行のあの男は、俺を見て眉をひそめて言った。
「こう言っちゃなんですが、先は長いんですから」
 別に無理なんてしていない。きっと今の俺は死んだような目をしているのだろうが、それはここ最近でちょっと死にすぎただけだ。

 夜まで耐えることができたのはそれから4日後だった。
 ようやく道具屋に忍び込み、カウンターにある箱を開けることかできた。1つの箱にはこんぼう、もう1つにはどくばりが入っていた。どくばりは俺には装備できない。換金しに行った。2つ合計で29ゴールドだった。
 俺は、このために千ゴールドを超える金を失ったのか。
 むなしいとは思ったが、悲しみや怒りはわいてこない。そんな気力も失っているのかもしれない。とりあえず、これでもう夜を待たなくてもいい。そのことに心底ほっとした。


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センド : 勇者
レベル : 14
E とげのむち
E たびびとのふく
E きのぼうし

財産 : 990 G
返済 : 6000 G 
借金 : 994000 G