09.地底湖


 もらったすごろくけんを使うためカザーブに戻った。
 最初のサイコロで1が出て、足下調べたら落とし穴。終了。だんだんひどくなってきたような気がする。そしてもらい物でも拾い物でも無断で取ってきた物でも、すごろくの結果は変わらない、という当たり前のことを今さら実感した。心のどこかで、俺の落とし穴率の高さは人のタンスから勝手に取った券を使っているせいなのではないか、と因果応報的なことを思っていたのだ。単に俺の運がないだけらしい。

 さて、次はどこに行こうか。アッサラームから進むことも考えたが、あれ以上に敵が強くなったら俺にはどうしようもない。ここは腰を据え、多少の死を覚悟してノアニールの洞窟に挑むべきだろうと心を決めた。
 厳しいだろうとは思っていた。MPがすぐ足りなくなって何度も戻ることを想定していたのだが、待っていたのは別の種類の厳しさだった。入ってみたら意外と進めた。そしてこの洞窟には、少し奥に進んだところにHP・MP全回復の泉があった。何度も戻る必要はない。ここを拠点にして洞窟を攻略すればいい。そう思った時から、怒濤のような連続の死が訪れた。
 まずマタンゴに眠らされバリイドドッグのルカナンで死去。手持ちは467ゴールドになった。ちいさなメダルを手に入れていたのでメダルおじさんに渡しに行く。
「よし! これでセンドはメダルを10枚集めたので、ほうびにガーターベルトを与えよう!」
 予定通り、すぐに売りに行く。高く売れたのでまた千ゴールド返済できた。しかしその後は。

 マタンゴに眠らされバンパイアのヒャドで死亡。手持ちが392ゴールドに。
 マタンゴに眠らされバンパイアのヒャドで死亡。手持ち262ゴールド。
 マタンゴに眠らされバリイドドッグのルカナンで死亡。364ゴールド。
 マタンゴに眠らされバリイドドッグのルカナンで死亡。338ゴールド。
 マタンゴに眠らされバンパイアの物理攻撃で死亡。327。

「そなたのこれまでの旅の成果を、この冒険の書に記録してもよいかな?」
 死んで戻った王の間で、陛下は俺に短い説教をした後いつも言う。そして俺も毎回記録してもらっている。けどこんな内容の冒険の書、記録する方も嫌だろう。俺だって嫌だ。
 そういえばマタンゴに眠らされた時、借金の残りが3万ゴールドになっていた夢を見たことがあった。目が覚めたらいつも通りの王の間で、
「冒険の書に記録してもよいかな?」
 さっきの夢の方を記録してほしいものだ。はいと答えながら、俺はそんなことを考えていた。

 前にもそうだったが、連続で死ぬと心が疲れる。死んだまま起きあがりたくないような気になる。それが少し恐ろしい。気力が萎えつきた時に死んだら、もう生き返ることはできないのではないか。死に続けると、それでもいいかという気にもなる。それがまた少し恐ろしい。
 5匹マタンゴが出た。天敵だが、マタンゴだけならそれほど怖くない。眠っている間にマタンゴ以外の魔物に攻撃されるのが恐ろしいのだ。それでも苦手意識はあるが、戦わないわけにもいかない。攻撃したら1匹だけ倒せたが、他の奴に眠らされた。
 目が覚めたら誰もいなかった。どうやら他の4匹は全員逃げたようだ。その場に宝箱が落ちていた。倒した1匹が持っていたらしい。開けてみたら、キメラのつばさが入っていた。
(お前、もう帰れよ…)
 勝手にそんなメッセージを感じて泣きそうになった。
「…けど俺、これ使えないから…」
 口に出して言ってみたら、いよいよみじめになった。洞窟の中は静かで、泉の水音がかすかに聞こえる。そんな中で自分の情けない声を聞くと、くじけそうになる。
 一人旅をする奴はみんな、こういうものを乗り越えるのだろうか。いや、仲間がいても、それは同じなのかもしれない。

 それでもレベルは一応上がっていく。だんだんと前に進めるようになる。洞窟の奥でてつのやりを見つけた。戦闘中にとげのむちと持ち替えれば、1匹の敵には少し強気になれる。
 さらに、ぎんのロザリオをみつけた。初めての装備できる装飾品だ。今までの装備を外さずに身につけることができる。しかし首にかけると、何やら胸のあたりがざわめいた。どうもこれは身につけていると精神に影響があるたぐいのもののようだ。性格がロマンチストになるらしい。
 ただでさえ神経質になっているのにさらに精神的ダメージを負いやすくなったら、取り返しの付かないことになりかねない。あまり身につけたくないが、守備力が上がるからそういうわけにもいかない。今は精神的ダメージより物理的ダメージから身を守る時だ。

 さらに地下へと降りていくと、また水音が聞こえ始めた。目の前が開ける。大きな池、いや、湖といってもいいくらいの大きさのものが、そこで水をたたえていた。
 こんなところに湖か。見回していると、湖の中に浮いている島に箱が置いてあるのが見えた。
(何だ?)
 飛び石を伝ってそこに渡り、開けてみる。箱の中には大きなルビーと、
(手紙…?)
 嫌な予感がしたが、とりあえず読む。

「お母様、先立つ不孝をお許し下さい。
 私たちはエルフと人間。この世で許されぬ愛なら
 せめて天国で一緒になります……。 アン」

 エルフと人間。駆け落ちした二人は、もうこの世にいないらしい。
 地底の湖は透き通った水面をゆらめかせている。かつてここで、誰も追いつけない場所に行くことを決めてしまった二人がいた。ともに在る未来に優しい光を見いだすことができなかった、哀れな二人。今も静かな湖は、二人の愛も、悲しみも、やはり静かに受け止めたのだろうか…
 そこまで考え、頭を振って止めた。何だこれは。頭が勝手に変な詩を作り始める。まったく、ロマンチストになんてなるもんじゃない。見ず知らずの、しかもずっと昔にあった二人の死が、妙に悲しくてならない。
 ルビーを見た。やたらに大きい。売ったらさぞ高いのだろうが、幸いにと言うべきか町の道具屋で換金できるような物ではないようだった。俺でも里に返すことができそうだ。
(これのために、ノアニールは何年も眠らされたのか)
 改めてよく見ようとした時、ルビーの奥の方で異常な赤さがちらりと光った。まずい、と思ってあわてて目をそらす。なんだか背筋がしびれていた。一人旅には危険すぎる物のようだ。早く手放そう。

 リレミトで洞窟を脱出し、すぐにルビーを女王に渡した。
 女王は嘆き悲しんでいたが、めざめのこなというものをくれた。これで呪いが解けるらしい。しかしその前に、洞窟で手に入れたすごろくけんを使いに行く。
「では、すごろくけんを1枚いただきます」
 スタート地点にいる男は、もう俺の顔を覚えているようだった。俺の落とし穴回数は平均と比べて多いかどうか、気になるが聞いたことはない。
 今回の結果。聖なるナイフ、こんぼう、4ゴールド、どくけしそうを手に入れた。そしてとうとうゴール。ゴール地点には500ゴールドとはがねのつるぎがあった。
 今まででは考えられない結果だ。運命の濁流の中で息をするのもやっとの俺に、これは神が与えたもうた恵みなのだろうか…ロマンチストな俺の目から感動の涙があふれた。


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センド : 勇者
レベル : 17
E とげのむち/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E きのぼうし
E ぎんのロザリオ

財産 : 243 G
返済 : 13000 G
借金 : 987000 G