11.シャンパーニの塔


 いよいよピラミッドへ、と思ったが、その前にシャンパーニの塔へリベンジに向かった。ほしふるうでわでどれくらい変わったかにも興味がある。カザーブからあの道を行き、塔を一気に駆けのぼった。
(…いない)
 最上階。最初に会ったあの場所には、カンダタと一味はいなかった。もう塔から逃げたのだろうか。前に来た時と同じところから飛び降りてみたら、なぜか前と同じようにカンダタと手下たちがそこにいた。
「しつこいやつめ」
 なぜそこにいるのかを聞く前に、問答無用で戦闘が始まる。ほしふるうでわの効果は驚異的だった。自分自身の強さは変わっていないのに、腕輪をつけただけでまるで違う。ルーラの分のMPも残して余裕の勝利だった。
「参った! 金の冠を返すから許してくれよ。な?」
「…そうだな。返してくれるなら」
 はいつくばるカンダタをあっさり見逃す。前に会った時は腹も立ったが、せいどうのたての恩もある。それ以上に金の冠の輝きに目を奪われた。
「ありがてえ。こいつは返すぜ。それじゃあな」
 一味は塔から飛び降りて去っていった。ぽつんと床に残った金の冠を拾い上げ、眺める。
 予想はしていたが、やはり換金はできないもののようだ。装備はできるが、今かぶっているきのぼうしと同じ守備力だった。これを装備してきのぼうしを売るか。
(それもいいけど、さすがに目立つだろうな…)
 カンダタにかつて指摘された「腰巻きと鞭」という少々奇妙ないでたちに、さらに豪華な冠まで加わったら。もしかすると外見のインパクトでカンダタを超えてしまうかもしれない。できることならそれは避けたいと思った。

 この件はしばらく検討することにして、冠を持ったままイシスに行く。ソクラスという男が思索にふけって入り口に座っていたため入れなかった家があったからだ。イシスのまわりをうろついて夜を待つ。じごくのはさみとキャットフライの組み合わせの時は逃げたが、今回は一発で夜まで耐えられた。カザーブの悲劇はもう繰り返さない。
「私はソクラス。こうして朝が来るのを待っています」
 ソクラスは夜には家の中にいて、そんなことを言っていた。昼には「夜になるのを待っている」と言っていた男だ。
 ふと、俺にもこんな頃があった、などと思った。多分、旅に出る前だ。俺は旅になんて出たくなかったが、旅に出るまでは状況は何も動かない。たいした修行もしないまま、行きたくない旅に出るまで、時間が過ぎるのをただ待っていたと思う。
「ああ、早く朝にならないかなあ」
 ソクラスの心中は、あの頃の俺とはまた違うのかもしれない。ただ、俺が勝手に思い出しただけだ。思索にふけるソクラスは、俺が本棚をあさっても何も言わなかった。

 ソクラスの家ですごろくけんを手に入れたので、またすごろくをしに行った。
 100ゴールドを落としたが、すばやさが8上がった。その後さつじんき3匹に殺された。
 すばやさ8上昇は驚いたが、ほしふるうでわのために上昇ポイントも倍になっているのだろう。多分実質は4ポイント上昇のはずだ。もっともそれでも十分嬉しい。
 ゴールできずに死んだが、すごろくは死んでも持ち金は半分にならないのがありがたい。しかもHP・MPも全回復している。これは何かに利用できるかもしれない…と思ったが、すごろくけんの手持ちが0枚が普通の状態の俺にはあまり意味がない話だ。

 色々考えた結果、やはり冠はロマリア王に返すことにした。今後の活動のためにもいつかは返さなければならないものだし、どうせ返すなら早い方がいい。袋も軽くなる。
 冠を返すと、王様はたいそうな喜びようだった。取り戻してくれと頼まれた時にはそれほど深刻な様子もなかったが、やはり大切な物だったようだ。
 さすがは勇者とか素晴らしい功績とか、やたらにおだてられるのを聞き流しながら、何かほうびをくれないだろうかと考えていると、王様は思いがけないことを言い出した。
「どうじゃ? わしに代わってこの国を治めてみるつもりはないか?」
「は!?」
 驚いて思わず王様の顔をまじまじと見る。王様は笑顔ではあるが、冗談で言っているわけではなさそうだった。
「いえ、そんなことは…」
「まあそう言わず、何事も経験じゃよ」
 断ろうとするとなおも押してくる。一体どういうつもりなのだろう。
 さらに不可解なのは、周囲がこの爆弾発言にまるで動じていないことだった。大臣や王妃など、受けろと言わんばかりに俺に目配せしてくる。受けてもいい話なのだろうか。受けてもいいなら受けてしまおう。王様になれば俺の借金などすぐに返せるはずだ。
 俺が承知すると、王様は満足そうにうなずいた。
「よろしい! ではこれより、センドがこの国の王様じゃ!」

 王様業も大変だろうと思っていたが、別に何もやることはなかった。政治について何か聞かれることもない。どうやら王様がいなくてもこの国の政治は成り立つらしい。本物の王様は今まで何をしていたのだろう。
 王様が着ていたのと似たような長いガウンを着せられ、とりあえず城内をうろつく。みんな俺に対して敬礼したり恭しい態度を取ったりしたが、どこか半笑いだった。従者が十数人、いつも俺に付き添っている。放っておいてくれと言ったら、なぜか声をそろえて叫んだ。
「王様はその昔、とても強かったらしい!!」
 今は強くないから護衛するという意味だろうか。何を言っても無駄という雰囲気だったので、俺はそれ以上言うのはやめた。
 それにしても高そうな服だ。自分が着ている物を改めて眺める。売ったらいくらくらいになるだろう。脱いでよく見ようと思い、ガウンの袖から腕を外そうとしたら、十数人の従者がいっせいに飛びかかってきて俺の腕にガウンの袖を戻した。
「何だよ! 何するんだ」
 抗議すると、またいっせいに叫ぶ。
「王様は、王の衣装を、すでに身につけています!!」
 脱ぐ自由もないらしい。色々やっかいだ。
 城内をうろついて、タンスをあさってみた。何も言われない。中の物をふところに入れてみた。やはり何も言われない。しかし一日に三度お召し替えの時間とやらがあり、従者がよってたかって俺を着替えさせる。その時に物色した物も持ち去られてしまう。
 こうなったらルーラでアリアハンに戻るかと思ったが、いざ唱えようとしたとたん、その心を読んだかのように従者たちがいっせいに飛びかかってきて俺の口をふさぎ、またいっせいに叫んだ。
「王様は、呪文を使えない!!」
 何なんだ、こいつらは。
「ごめんなさいね」
 いつのまにか、部屋に王妃が入ってきていた。従者にへばりつかれている俺を見て笑っている。
「一体何なんですか、これは」
「実はね、こういうことは今までにも何度かあったのよ。立派な業績をあげた人が、王位を譲られるってこと。でも今までの王様がしなかったことを新しい王様がしたら、この国が混乱するかもしれないでしょう? だから、ね」
 従者がいっせいにうなずく。俺は今までたまっていた疑問をようやく口にした。
「そもそも、なんで王様はあんなこと言い出したんですか!? しかも誰も止めないし。王様が変わっても誰も困らないんですか、この国は!」
「…あの人ね…自分の執務能力はたいしたことはないけど、人を見る目だけはすごいの。有能な人材をどんどん抜擢して、今では自分は何もしなくても国を治められる体制ができているわ。国王なんておかざりみたいなものだけど、それでもやっぱり窮屈みたいで、時々誰かと交代して息抜きしたがるのよね」
 常軌を逸した話だ。しかし王妃は、そんな王様を信頼しているようだった。
 有能な人材を抜擢する以外に何もしない王様。それは確かにいい王様なのかもしれない。この国は豊かだ。王様は悪のりするところもあるようだが、国民は王様を尊敬しているようだった。
 しかし、息抜きのために交代とは。
「けど、いくらなんでも…。冗談でも何でもなく、本当に王位を譲ってるんですよ。譲られた方が滅茶苦茶なことをし始めたらどうするんですか」
 俺が言うと、王妃はころころと笑った。
「人を見る目だけはあると言ったでしょう? あの人が譲ると言ったのなら、あなたはそんなことをしない人なのよ」

 嫌になったら前の王を探してそう言えばいい。無理に続けさせるような人ではないから。
 王妃にそう言われて、改めて考える。いつでもやめられるとなると、もう少し続けてもいいような気がした。
 慣れてしまえば楽なものだった。俺は金を使えないが、王様はもともと金なんか使わない生活をしている。豪華な料理を食べ、どんな素材なのか知らないがやたらと寝心地のいいベッドで寝る。だんだんと、野宿して魔物の肉を食う生活が悪い夢だったように思えてきた。
 こういうことは今までに何度かあったという話だから、本物の王様が戻りたいと言い出したら、俺はすぐ追い出されるだろう。あの従者たちがその気になればそんなことは簡単なはずだ。それがいつになるのかは分からないが、その日が来るまではここで暮らすのもいいかもしれない。
 しかし数日経つうちに、徐々に落ち着かなくなってきた。その理由はすぐ分かった。旅に出て以来少しずつでも減り続けていた借金が、減らなくなったからだ。豪華でも金とは縁がない生活。その豪華さが、俺にいちいち金のことを思い出させる。
 今までこつこつと返済した金は合計1万7千ゴールド。借金総額に比べればまだ少ないが、これからだ。これからピラミッドに行ってまほうのかぎを手に入れれば、きっともっと…。
 しだいに、考えることが返済のことばかりになり、とうとう俺は王妃に尋ねた。
「本物の王様は、今どこにいるんですか」
「あら…」
 それだけで王妃は、俺の考えが分かったらしい。名残惜しそうな表情になった。
「そうね、庶民の娯楽が楽しめるところにいると思うわ」
 それで大体の目星はつく。俺は一礼して、城下町に行くため歩き出した。床を引きずる豪華なガウンが鬱陶しい。気分はすでに王様から離れていた。
 王妃が後ろから声をかけてきた。
「ごめんなさいね。大切な旅なのに、引き留めてしまって」
「いいえ。いい骨休めになりました」
 実際、これまで休んでも休んでも取れなかったあの疲れはなくなっていた。繰り返し死んだ後の疲れ。心の疲れだ。今までと全く違う生活をしたせいだろう。
(あと、98万3千ゴールド)
 改めて、借金返済の旅に出る。アリアハンを出発したあの日に比べると、ずいぶんと前向きな再出発だった。

「わしはそなたにこの国を譲りたかったのに。まあ仕方あるまい」
 案の定格闘場にいた王様は、賭け事は楽しいなどと言っていて、少しうらやましくなった。俺が格闘場で遊べるようになるのはいつのことだろう。もう王様を続けたくないと言うと、あっさり交代してくれた。王妃の言葉通りだった。
 今は玉座でため息をついている。やはり玉座には、本物の王様がよく似合う。
「しかしさすがは勇者。わしの留守に、よくぞこの国を治めてくれた」
「もったいないお言葉」
 別に何もしていないが、そのことは王様も分かっているはずだ。わざわざ否定することもない。
「まさに、一国の王としてふさわしい人物。このたびはわしが王の座に戻るが、そなたが望めばすぐにでも再び王位を譲ろうぞ。いわばそなたは王となることを約束された身! これからの旅においても、このロマリアにある物は全てそなたの好きにしてよいぞ。わしが許可しよう!」
「…は…。誠にありがたい仰せ…」
 大仰な言い方に驚くが、どうやらこれはアリアハンと同じ、アイテム物色及び強奪の許可のようだ。もうこの国のアイテムは取り尽くしているが、ありがたい話ではある。
 それにしても、「全て好きにしてよい」とは豪気どころではない言葉だ。軽々しくこんなことを言う王様で、この国は本当に大丈夫なのだろうか。顔を上げ、ロマリア王を見た。初めて会った時と同じ、あまり悩みもなさそうな顔で笑っている。その隣の玉座で王妃がほほえんでいた。
(人を見る目だけはあると言ったでしょう?)
 ああ、そうか。苦笑しそうになるのをこらえた。
 この王様がここまで言うのなら、俺は大した悪事のできる人間ではないということなのだろう。


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センド : 勇者
レベル : 19
E とげのむち/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E きのぼうし
E ほしふるうでわ

財産 : 88 G
返済 : 17000 G
借金 : 983000 G