12.ピラミッド
大苦戦を予想したピラミッドだったが、3階に上がるまで一匹の魔物とも遭遇しなかった。3階では何度か魔物も出てきたし、子供が歌っていた歌を間違って覚えていたせいで一回穴に落ちたりしたが、その程度はご愛敬の範囲内で、まほうのかぎはあっさりと手に入った。
こんなに簡単に目的を達したのは初めてだ。ミイラおとこやマミーの床に頭を打ち付ける動きは何度見ても痛そうで嫌だ、などと考える余裕すらあった。あれは本当に痛そうだ。なぜあんなことをするのだろう。
まほうのかぎはピラミッド攻略の目的の一つだったが、この旅においては目的ではなく手段だ。これから本格的な宝物奪取を開始しなければならない。
手始めにイシスの宝物庫だ。まほうのかぎで開く扉だが、昼には兵士が見張っているので夜を待つ。しかし、イシスで夜を待つのは初めてではないので油断していたのか、ひとくいがに毒をくらってしまった。もっとも油断も何も、俺はひとくいがが毒を持っていることを知らなかったのだが。
死が確定しているというのは何とも言えず嫌なものだ。とはいえ直後に夜になったので、これからは町中移動とルーラ移動。毒のダメージは事実上ない。頃合いを見計らって死ぬことにしよう。まったく俺も死に慣れたものだ。
イシスの宝物庫には俺が装備できる物などはなかったが、高そうなものがやたらと入っていた。全部換金したら相当返済できそうだ。喜んでさらに2階に上がり、そこにもあった扉を開いた。
「キャー!!」
とたんに大騒ぎが始まった。俺の目の前にあったのは、今まで開けた扉の中とはまったく違う光景だった。
豪華なベッドがいくつも並んでいる。奇妙な模様が描かれたいかにも高級そうな絨毯がしきつめられている。砂漠では希少に違いない花があちこちに飾られ、芳香を漂わせている。そしてこの部屋には、薄布をまとっただけの姿の女性たちが数十人、寝ていたり座っていたり立っていたりして、扉を開けたまま硬直している俺に悲鳴を投げかけてくるのだった。
(…ハーレム?)
一瞬そんな言葉がよぎったが、ここは女王陛下の治める国だったはずだ。
「あら……あなたは先日いらした勇者様ね」
その女王陛下もこの場にいた。豪華なベッドの一つから半身を起こしてこちらを見たが、くつろいだ姿勢はそのままだった。マッサージでもされていたのか、傍らに侍女が立っている。どうやらこの部屋にいるのは女王以外は全員侍女らしい。そういえば昼間に見た顔もあった。
女王には昼に一度挨拶したことがある。恐ろしくきれいな人だとは思ったが、周囲の評価ほどには感激しなかった。城内で「俺は女王様のためなら死ねる」「何を! 死ぬのは俺だ」など、正気を失ったような言い争いを見かけたりもしたが、そこまで心を奪われるのは何度か接していればこそなのだろうと思ったものだ。
今目の前にいる女王は、昼に見た印象とは違っていた。周囲の侍女たちと同じく、やはり薄い衣装を身にまとって宛然と笑っている。分かってはいたが、本当にきれいな人だ。目が勝手に吸いよせられる。体の線が光って見える。見ているとなんだか脳が溶けそうな気がしてくる。
何も言えないでいる俺に、女王はさらに言った。
「ここはわたくしの寝室です。そのことをご承知でいらしたのですか?」
「え!?」
俺はうろたえ、ようやく声を出した。
「すみません、知りませんでした。間違えました」
一体何と間違えたというのか。口にした直後に馬鹿なことを言ったと思ったが、女王はゆっくりと首を振って「よいのですよ」と言った。
「ここに入ることができたということは、あなたはピラミッドにあった鍵をお持ちなのでしょう?」
「…はい」
ここで「はい」と答えるのは墓泥棒をしたという告白に等しいのだが、そのことについてはあまりとがめられないような気がした。ピラミッドへの侵入は、この国では無謀な危険行為とは見なされていても、悪事とは思われていないようだったからだ。長い間、魔物のために墓泥棒が撃退され続けてきた歴史があるためだろうか。
「ならば、何の遠慮もいりません。ピラミッドは、このイシスの国を造りたもうた偉大なるファラオの眠る場所。その鍵は、ファラオが認めた証です。ですからあなたは、その鍵で入れる場所にあるものも、そうでない場所にあるものも、この国にあるものはすべて、自分の好きなようにしてよいのです。あなたの心の赴くままに」
またアイテム物色の許可が下りた。礼を言おうとしたら、
「そんな、女王様!」
周りの侍女がいっせいに悲鳴を上げた。せっぱつまった悲鳴に何事かと思ったら、侍女の一人が女王をかばって俺の前に立ちはだかろうとした。別の侍女は震えながら自分の肩を抱いたりしている。
その鍵で入れる場所にあるものを…自由にしていい…。
(え…そういう意味なのか!?)
ぎょっとしてまた女王を見た。相変わらず寝そべった姿勢のままこちらを見ている。深い琥珀色の瞳が少し潤んでいるようで、俺はなんだかくらくらした。
(勇者がおいしいのは、金銭的なことだけじゃないんだな)
場違いにもそんなことを考える。しかし、俺の理性はやめろと言っていた。これを契機にこの国で地位を築き、それによって借金返済、などという芸当が俺にできるわけがないし、それができなければ「俺は女王様のためなら死ねる」という人間になるだけだ。いや、すでにもうなりかけているかもしれない。
俺はこの国にとどまるわけにはいかないし、女王のために全部捨てられる人間になるわけにもいかない。借金返済のため、新しい土地へ向かわなければならないのだ。
もっとも、普通の状態ならそんな理性など働かなかったかもしれない。今の俺はひとくいがにもらった毒を持っている。毒持ちの状態でさすがにそれは、という遠慮があったおかげだ。いわば毒のおかげだ。毒に感謝する日があるとは思わなかった。
しかし、何と言って辞退すればいいのだろう。女王も具体的に言ったわけではないのに。
(よし。ここはかつてロマンチストだった経験を生かして、何か詩的なことを)
ぎんのロザリオを装備していた時の感覚を思い出しながら頭をひねる。
「その…。砂漠に咲く花は、旅人が摘んでよいものではないと思います」
…駄目だ。いや、多分ロマンチストだったとしても駄目だ。俺にはこういうのは向いていない。しかし言わんとすることは女王に通じたらしく、彼女は意外そうに少し目を見開いた後、小さく笑った。
「摘まれぬまま朽ち果てる花も哀れですわ」
「いえ、あの」
おろおろとまた言葉を探す俺に、女王は首を振って言った。
「ファラオが認めた方に、何か贈り物をしたいのですが…。そういえば、この花の中に入れておいたものがありました。こちらへいらっしゃいませんか?」
何かくれると言われると、逆らえないのが俺だ。近づき、女王が手のひらで指し示している花の前に座る。花は女王のベッドのすぐそばにあって、俺は女王にひざまづくような格好になった。水に生けてある花をかきわけ、女王が言ったものを探す。花の香りが強い。頭上からは女王の香りもするような気がした。頭がぼんやりしてくる。
「…これは…」
百合に似た白い花の中に、細い指輪が入っていた。精巧な細工の施された、どこかはかない印象の指輪だ。女王はうなずいて言った。
「どうかお持ちになって、あなたの旅にお役立てください」
「は…ありがとうございます…」
「あなたは通り過ぎるだけの旅人ではありません。閉ざされた扉を開く鍵を持つ方。心のままにお進みください。旅人が再び訪れる日を、花は待っておりますわ」
女王の声は耳に心地いい。見上げると、またあの琥珀色の瞳と出会った。吸い込まれるような、包み込まれるような感覚がある。
女王は、この目で見つめることで、この国の人々全てを虜にしてきたのかもしれない。けれどもその目の中にふと寂しさや切なさが見えたような気がして、ここまで言ってくれるのは俺にだけなのではないか、いや言葉など関係ないが、心では俺だけを特別に思っているのではないかと思った。それとも、そんなふうに思わせることさえも、この瞳の力なのだろうか。
ふらふらしながら城を出た。この城の兵士は時々放心して「ああ、女王様」とつぶやいているが、今は俺にもその気持ちが分かる。またいつかここに来よう。借金を返したら…いや、返さなくても立ち寄るくらいならいいのではないか。女王は俺を待っていてくれるのだから。指輪を取り出し、改めてながめる。
とたんにすうっと頭が冷えた。
この指輪は換金可能だ。次の道具屋に立ち寄ったら、俺はこれを売らなければならない。
もうこの城には来れないだろうな、と思った。たとえ女王が気にしなくても、この指輪を売って平気で顔を出せるほど、俺の神経は丈夫ではない。
続いてルーラでアリアハン。ここの宝物庫にも見張りの兵士がいるが、アリアハンでは取れる物はみんな取っていいという許可をもらっているので、昼間から我が物顔で侵入する。
しかし、見張りの兵士はそのことを知っているのかいないのか、俺を見ると困ったような顔をして、しばらく考えてから言った。
「勇者オルテガには世話になった。お前がここで何をしようと見て見ぬふりをしよう」
一体どんな世話になったのだろう。気になったが聞くのはやめた。金銭的な世話ならば、それはそのまま俺が背負った借金になっているかもしれない。そんな話を聞いたら、俺は彼に何か言ってしまいそうだったからだ。
あれだけ宝箱を開けても今回は装備品は何も変わらなかった。全て換金だ。もっとも、攻撃力が増すごうけつのうでわは、少し迷ったあげくとりあえず持っておくことにした。
「いらっしゃいませ。ご返済…」
途中まで言いかけて、すっかり顔なじみになったゴールド銀行の男は目を見張った。俺が持っている金袋の多さに驚いたのだろう。カウンターに袋を並べていくと、彼はいつもよりも早いペースで中身を数え始めた。この男は本当はこんな早さで金を数えることができるんだなあ、などと思う。いつもたいてい返済は千ゴールドだから、急いで数える必要もないのかもしれない。
「一山お当てになったようですな」
数え終わり、男は息をついて言った。一気に1万ゴールドを超える返済は初めてだった。
「まだまだ先は長いけどね」
「いや、あなたはやり遂げるお方ですよ」
相変わらず、励ましているのかとりあえず調子のいいことを言っているだけなのか、よくわからない。けど俺は、この男にこんなふうに言われるのは嫌いではない。
「この山、まだ途中なんだ。また来るよ」
まほうのかぎは取ったが、ピラミッドにはまだまだ財宝が眠っているはずだ。今度はそれを取りに行く。俺はゴールド銀行を出た。またピラミッドに向かう。しかしその前に解毒のために死ななければならない。
アリアハンの城下町を出て、普通に歩き普通に戦いながら死を待った。なかなか死なない。誘いの洞窟まで行ってしまった。俺も強くなったなと薄れる意識の中で考えながら、ようやく王の間に舞い戻った。陛下はあきれ顔だったが、もう何か察しているふうでもあった。手持ちの金は261ゴールドになっていた。さすがに誘いの洞窟まで行くとそこそこ貯まってしまうようだ。
またピラミッドへ。今度はまほうのかぎの階よりさらに上に行ってみた。棺や宝箱が所狭しと並んでいる部屋があった。さっそく宝箱を開けてみる。ぎぎ、と妙な音がした。振り返ると、棺の蓋が開いて中からミイラおとこが出てきていた。
「王様の財宝を荒らす者は誰だ。我らの眠りを妨げる者は誰だ…」
どこからか声がする。ミイラおとこが言っているわけではなさそうだった。ミイラおとこを倒し、宝箱の中身をいただく。しかし次の宝箱を開けるとまた同じことが起こった。また倒し、中身を取る。相手がミイラおとこならば苦戦することはないので、躊躇せずに開けていく。
ふと、ほしふるうでわのところにいた幽霊の言葉を思い出した。
(おうごんのつめは、今はピラミッドで王の財宝を守っている)
もしかしたらこの中に、おうごんのつめがあるのだろうか。胸を高鳴らせながら、宝箱を一つずつ開けていく。とげのむちがあればミイラおとこなど楽なものだ。おうごんのつめは出てこない。いよいよ最後の宝箱になり、これか、と開けてみたら、その時に出てきたミイラおとこが痛恨の一撃を繰り出してきて俺は死んだ。久しぶりに覚悟のない死だった。手持ちの金が1082ゴールドになっている。千ゴールド以上を一度で失ったのは初めてだ。自分で自分に腹が立つ。宝箱の中には金もかなり入っていたのだ。
気を取り直し、換金してまた銀行へ。
「山の続きですな」
「うん」
山はまだ続く。俺はまだおうごんのつめを取っていない。
しかし、最後の宝箱はおうごんのつめではなかった。この階にはないらしい。もっと下かと今まで素通りしていた場所の宝箱を開けてみる。
人食い箱だった。とてもかなわず死に、手持ちが550ゴールドになった。
再挑戦。別の人食い箱を開けてしまった。手持ちが305ゴールドになった。
さらに挑戦。また別の人食い箱。227ゴールド。
犠牲を払ったが、おうごんのつめは見つからなかった。
(ここじゃないとすると…地下か?)
1階の落とし穴から落ちるとピラミッドの地下に行ける。呪文が一切使えない場所だ。とりあえず行ってはみたが、やくそうを使えない身には辛い場所だった。今の俺にはまだ早いかもしれない。
(いつか、必ずまた来る)
必ず奪いに来るから、それまで待ってろよ。
心の中でおうごんのつめに誓い、俺はピラミッドを後にした。
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センド : 勇者
レベル : 20
E とげのむち/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E きのぼうし
E ほしふるうでわ
財産 : 876 G
返済 : 48000 G
借金 : 952000 G