13.ポルトガ
一番手っ取り早い金の稼ぎ方は、これまで行ったことのない場所に行くこと。少なくとも俺の場合はそうだ。
しかし、おうごんのつめを後回しにして次にどこに行くかとなると、目的地がどこにもない。今まで行ったことのない場所であればどこでもいいのだが。
ピラミッドを後回しにするのなら、イシスにいてもしかたがない。とりあえず道を戻ってアッサラームに行ってみた。町に着いた時にはもう夜だった。例によって怪しげな雰囲気が漂う中、まほうのかぎで扉を開いて中のものを物色する。扉がついているわりには高額なものはあまりなかったが、ありがたくいただいた。
アッサラームは夜でも開いている店がある。露店でも夜に営業していたりする。道沿いに開いているそれを横目で見ながら歩いた。露天商たちはかなりしつこい呼び込みをしていたが、俺には誰も声をかけてこなかった。金を使えないのは一目瞭然らしい。
(さすがはアッサラームの商人だ)
少し寂しい気持ちになっていたら、見覚えのあるピンク色の髪の後ろ姿が目に入った。露店の売り物を見ているようだ。後ろから声をかけてみた。
「おい」
「あ!」
振り返って目を見張ったのは、やはりあの時のぱふぱふ屋だった。しかし、夜なのにぱふぱふ屋の格好ではなかった。昼に会った時と似たような服装だ。
今日は休みなのかと聞こうとしたら、ぱふぱふ屋はいきなり言った。
「あんた、ちゃんと借金返してんの? しっかりしなさいよね」
少し腹が立った。これでも多額の返済をした後だ。確かにおうごんのつめは取れなかったが、開口一番こんなことを言われる筋合いはない。
「は? 返してるよ」
「ほんと? まだこっちの口座には1ゴールドも返ってきてないんですけど!」
なんでこいつはいちいちケンカを売るようなしゃべり方をするのだろう。 こっちまで言葉にトゲが生えてくる。
「お前、親が貸した金になんか頼るなよ。自分で働け」
「あー! 開き直る気? 踏み倒そうったってそうはいかないわよ! とりたてくらってるくせに」
「おかげさまで順調に返済してるよ。俺の方はな。もう5万ゴールド返した。そっちが貸した金の倍だ」
本当はまだ4万9千だが、つい多めの数字を口に出した。む、と言葉につまるぱふぱふ屋に、さらに居丈高に言ってやる。
「金が欲しけりゃ働けよ。もう営業時間だろ。働かなくていいのかよ」
なかなかいい気分だ。こんなことを言える機会は滅多にない。
彼女は肩をすくめ、「偉そうに」と苦笑して言った。
「ぱふぱふ屋は廃業したわ」
「え? なんで」
「相棒がこの町出てったの。あいつ、もともとここからずっと北のノアニールって村に住んでたんだけど、少し留守にしてる間に村が呪われたとかで住めなくなってこっちに来てたのよね。ついこないだ、呪いがとけたって知らせが来て帰ってったわ」
自分がやったことが、妙なところにつながっていた。あの太った男がいなくなったことで彼女が失業したのなら、それは俺のせいということになるのかもしれない。
「そりゃ…悪かったな」
「はあ? 何がよ」
「ノアニールの呪いといたの、俺なんだ。失業させるとは思わなかった」
ぱふぱふ屋、いや元ぱふぱふ屋は目を丸くして俺を見た。またうるさく何か言うかと思ったが、
「…そういえばあんた、勇者なんだっけ。勇者らしいこともしてるのね」
感心されてしまった。なんだか調子が狂う。
「やっと帰れるって喜んでたわよ、あいつ。ま、一応代理でお礼言っとくわ。ありがと、勇者様?」
相変わらず馬鹿にしたような態度だったが、礼を言われるとは意外だった。前に会った時にごちそうしてもらった昼飯のことを思い出す。そういえば彼女は、口も態度も悪いが実はけっこういいやつなんだった。なんだか心配になって聞いてみる。
「お前、ぱふぱふ屋やめて、これからどうするんだ? 借金あるんだろ」
「あんたと一緒にしないでよ。借金は全部返したわ。あたしの方はね」
さっきのお返しのつもりか、必要以上に偉そうな口調でにやりと笑って言う。
(そういえば、もうすぐ返し終わるとか言っていたっけ)
正直なところ、うらやましい。
「だからこれからはあんな無茶な稼ぎ方はしなくていいんだけど…。でもまあ、何か仕事はしなきゃいけないわよね。何をしたらいいんだか」
最後はため息混じりだった。それなりに深刻らしい。俺は何の気なしに言った。
「商人になったらいいんじゃないか?」
前に会った時、商人には絶対ならないと言っていた。理由は知らない。
けど彼女には、商人の才覚があるらしい。まだ商人でもないくせに俺に『とりたて』がかかっているのを見抜いたことだけでも、それはなんとなくわかる。才覚があるのにそれを生かさないのはもったいないような気がする。
「商人には…ならないわ」
前のようなきっぱりとした否定ではなかった。何か心境の変化があったのかもしれない。
「才能があるとか言ってただろ」
「才能なんか関係ないわよ。…ねえ、あんたそんな目に遭ってても、お金って怖いなって思ったりしないの?」
金が怖い? 確かに俺はいつも金に振り回されているが、金が怖いと思ったことはない。思ってもいい状況なのかもしれないが、全く思えない。金があればいつだって手に入れたい。俺が「金が怖い」などと言い出すことがあるとすれば、そう言ったら嫌がらせで金をくれるような奴が目の前にいる時だけだろう。
同意できずにいる俺を見て、彼女は少し笑った。
「あたしの父親は、お金にとりつかれてるような人だったわ。お金のことしか考えてなかった。あたしに商人の勉強させたのも、金を稼がせたかったから。…父さん自身は、商人として大成できるような人じゃなかったけど、お金のことになるといつだって目の色変えてた」
「…………」
「あんたのお父さんに貸したお金が返ってこないって知った時は、しばらくは抜け殻みたいだった。その後はなんだか別の人みたいになって、あたしに『金のことばかりでちっともお前を見てなかった』って謝ったりしてたっけ」
いい思い出のはずはないが、彼女は少し懐かしそうだった。
「それからすぐ病気になって死んじゃったけど、死ぬまではずっとそんな感じだった。最初は別の人みたいだと思って不気味だったけど、そのうちに今の父さんが本当の父さんで、今までの父さんがお金にとりつかれた別人だったんじゃないかって思ったの。それであたし、なんだかお金が怖くなっちゃった。お金と関わらないで生きてくことなんてできないけど、なるべくお金のこと考えない仕事をしたいって思ったの。踊り娘目指したりしてみたけど、でもやっぱり向き不向きってあるのよね」
どうやら向いていなかったらしい。それでぱふぱふ屋か。
彼女の言うことは少し分かるような気もしたが、やはり分からないところもあった。金が怖いというのは、自分も金にとりつかれて変わってしまうかもしれないという怖さなのだろうか。だとしたら、あまり心配する必要はないような気がした。
「お前なら大丈夫じゃないか?」
「何がよ」
「金にとりつかれて変わったりなんかしないと思う」
「…根拠もなく適当なこと言わないでよ」
適当なこと、か。それはそうかもしれないが。
「けどお前、自分でも商人の才能あると思ってるんだろ? 商人になった方が儲けられるのに今までならなかったってことは、そんなに金に執着してないからじゃないのか」
「…馬鹿。お金が人を変えるのは、ある程度たまってからよ」
「そんなもんかな」
ある程度たまると、すぐ手元から消えてしまう俺には、その感覚はよくわからない。
「ねえ。あんたのお父さん、勇者だったから借金つくっちゃったんでしょ? 自分も同じ勇者になるの、嫌じゃなかった?」
そういうふうに考えたことはなかった。俺は父さんの跡を継ぐ形で勇者になったけど、この勇者の肩書きは最初から、借金を返すためだけにあった。
それに、父さんは……勇者オルテガは、勇者だから借金をつくったわけではないと思う。オルテガだからつくったのだ。ここまで金額が大きくなったのは、勇者だったからだろうけど。
「なんで俺が返さなきゃいけないんだとはよく思ったけど、勇者になるのは別に嫌じゃなかったな」
「…ふうん」
「父さんと同じったって、俺にはもう借金増やしようがないし」
「そりゃそうね」
彼女はまた笑って、気を取り直したように続けた。
「ま、あたしもこれからどうするかは真面目に考えなきゃねー。ダーマ神殿に行ければ、何になるにしても手っ取り早いんだけどな」
「ダーマ神殿?」
「知らない? ここからずっと東に、職業を司る神殿があるの。そこへ行けばどんな職種でも、基礎と心構えはすぐ身につけてレベル1になれるのよ」
「へえ」
職業を司る神殿。勇者をやめる気はないので用はないが、どこでもいいから行ったことのない場所に行きたいこの状況では、聞き捨てできる話ではなかった。
「その神殿、どうやって行けばいいんだ?」
「今は無理。昔はこの町の近くに道があったけど、崩れて通れなくなっちゃったの。…ただ、その他にも抜け道があるらしいって話は聞いたことがあるわ。この町の北にある洞窟に住んでいるホビットがその道を知ってるけど、気難しくて誰にも教えてくれないんだって」
「ああ、あの…」
けいこぎとこんぼうをもらっていったら怒っていた。当たり前だが。
「そのホビットがね、ポルトガの王様と友達らしいのよ。だからダーマ神殿に行きたい人も、教えろとか無理に迫ったりできないみたい。いくらあまり縁のない国でも、さすがに王様を敵に回すのはね…」
ポルトガ。どこかで聞いたことがある。
そうか、ロマリアの少し北のほこらだ。まほうのかぎがあればポルトガに行けると、そこの兵士が行っていた。地名だけ聞いてもぴんと来なかったのだが、そういえばそこも、これまで行ったことのない土地だった。
「…じゃあ、ポルトガの王様に口きいてもらえば抜け道を教えてくれるかもな」
「何言ってるの? 口きいてもらうってどうやって」
「俺一応勇者だから、王様に拝謁するのは簡単なんだ」
「でも、そもそもポルトガに行けないでしょ? 国境封鎖されてなかったっけ」
「国境の扉を開ける鍵は持ってる」
元ぱふぱふ屋は改めて俺を見て、しみじみとした口調で言った。
「あんた、意外とちゃんと勇者やってるのね…」
国境の扉を開け、ポルトガに向かう。また見たことのない魔物が出てきたが、今まで戦ってきた魔物とそれほど強さには差はなかった。
ほこらから少し南下したところにポルトガはあった。巨大な港のある国だった。町の大部分が港だ。いつも通りアイテムを物色したが、港が大きすぎるために物色エリアが少ないような気がした。一通り作業を済ませ、城に行って王様へのお目通りを願う。東への道に案内を頼まなければならない。考えてみれば、王様に何か頼まれることはあっても、こちらから頼むのは初めてだ。そう思うと少し緊張した。
しかし、こちらから言うまでもなかった。王様が俺にねぎらいの言葉をかけた後、東の国へ行けというご命令を下したからだ。
「東に旅立ち東方で見聞したことを、わしに報告せよ。ノルドにこの手紙を見せれば、抜け道に案内してくれよう」
大臣を通して手紙を受け取る。何も言わないうちに、こちらの用は済んでしまった。
「東の国では、くろこしょうが多く取れると言う。こしょうを持ち帰れば、望みのままのほうびを取らせよう」
「はい、必ずやご希望通りにいたしましょう」
望みのまま。王様という職業の人たちは、平気でこういうことを言う。おかけで俺はそれを拡大解釈して行動することができ、大いに助かっている。これでこの国でも堂々とアイテム物色ができるというものだ。というより、物色の方はもう済ませたから後付の許可だ。早いところこしょうを持ち帰らなければならない。
「そなたへのほうびは、船でよいかな?」
「は?」
なんだかとんでもない話になった。こしょうを持ち帰れば船をくれるというのだろうか。
「…はい。いただけるのでしたら」
船が欲しいなんて考えたこともなかったが、もらえるものならもらいたい。考えてみれば、海を自由に渡れるようになれば、今まで行けなかった場所に一気に行けるようになる。まだ大部分が灰色の、あの地図が頭に浮かんだ。あれを塗り替えることができれば、その過程で大量の金品が手に入るはずだ。
「よろしい。用意しておこう。是非ともこしょうを持ち帰ってくれ」
見聞したものを報告せよと言っていたが、こしょうを持ってくれば報告なしでも船をくれそうだ。どうやら王様はこしょうがほしいだけらしい。その方が俺もありがたい。俺の見聞録ではどんな国でも、手に入れたアイテムリストになってしまうだろう。
城の中には、歩くとダメージを受けるバリアの床に守られた宝物庫があった。望みのままと言っていたし、これも取っていいだろう。前払いだ。
「いかりのタトゥー」という説明書きが入った、いれずみシールみたいなのが入っていた。装飾品らしい。換金直行だ。あと、まふうじのつえという武器があった。使うとマホトーンの効果があるらしい。役に立つかもしれない。これはこのまま持っておこう。
これで千ゴールド返済し、とうとう嘘ではなく返済額が5万ゴールドに届いた。次に向かうのは東の国だ。しかしその前にポルトガで手に入れたすごろくけんで、久しぶりにすごろくをした。
合計で173ゴールドを拾い、落とし穴に落ちた。
恒例行事を滞りなく済ませ、新天地に向かう。
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センド : 勇者
レベル : 20
E とげのむち/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E きのぼうし
E ほしふるうでわ
財産 : 331 G
返済 : 50000 G
借金 : 950000 G