14.バハラタ
袋の中には王の手紙がある。これでおそらく、東に向かうことができるだろう。しかしさすがに抜け道に直行するのははばかられた。東への行き方を教えてくれた元ぱふぱふ屋に報告くらいはしなければならない。
昼のアッサラームを歩き、あの家に向かう。昼のこの町は物売りの声がにぎやかだが、夜に比べるとなんだか殺風景だ。
(しかし、ぱふぱふ屋やめてもあの家に住んでるかな?)
疑問に思いながらも例の家の2階に上がり、扉を叩く。
「はーい。誰?」
中から返事があった。まだ住んでいるようだ。探し回らなくてすむことにほっとしたが、そこで考えこんだ。何と答えればいいのだろう。普通は名前を名乗るのだろうが、俺はまだ彼女に自分の名前を言っていない。しばらく棒立ちになっていたら、扉が開いてピンク色の頭がひょこりと出てきた。
「あー。どうしたの?」
「いや、ポルトガで…」
「上がっていきなさいよ。あんたお昼食べた?」
自分が聞いたんだから最後まで言わせろ、と思ったが、部屋の中からいいにおいがしたのでその言葉を飲み込んだ。
「…食べてない」
「そこ座ってて」
言われた通りに座り、おとなしく待つ。鍋に材料を足しているのが見えた。
「で? 何か用なの?」
テーブルに皿を並べながら聞かれた。湯気が目の前を流れる。屋根の下の食事とは本当にありがたいものだ、とつくづく思う。
「ポルトガの王様からの手紙、もらってきた。これを渡せば抜け道に案内してくれるってさ。いただきます」
「へえ、すごい!」
俺が袋から出した手紙を見て、彼女は目を輝かせた。自分も食べ始めながら、身を乗り出して俺に言う。
「ねえ、あたしも連れてってよ。どうせダーマにも行くんでしょ? そこまででいいからさ」
「いや、駄目だよ」
「なんで!」
あまりにも即答したためか、彼女は大声を出した。が、俺にも即答するだけの理由はある。
「お前、『とりたて』がどんなものか知ってるだろ? 俺の仲間になったら、お前が持ってる金とか金目の物、全部俺に没収されるぞ。別にそうしたいわけじゃないけど、絶対する自信がある」
「う…そうだったわね。まあ、お金は今あまり持ってないけど…」
「それに、途中でいくら金入っても全部俺のものになるし、しかもその金は使えない。宿屋にも泊まれないし、武器や防具も買えない」
「…………」
「あと……これが一番大きいけど、もしお前が死んでも、蘇生の金払えないんだよな」
「…あー…そっか…」
彼女はため息をついた。
「あんたが一人で旅してる理由、考えてなかった…。けど、あたし一人で行ったら、あんたと行くよりも死ぬ可能性高いわよね」
「そうでもないよ」
むしろ俺といる方が、死ぬ確率はずっと高いに違いない。最近になるまで気づかなかったが、俺は他の旅行者に比べて、魔物と遭遇する回数が異常に多い。普通はあんなには会わないようだ。ノアニールから、遠く離れたエルフの隠れ里に、謝罪のため通いつめている老人もいる。俺にとっては魔物の巣だったシャンパーニの塔で、平気で暮らしている奴らもいた。
俺があれだけの魔物に会うのは、俺が持っている勇者の称号のせいらしい。勇者は魔物に狙われるとは聞いていたが、どうも称号を与えられると、その時点で魔物を呼ぶ空気を身にまとってしまうようだ。魔物がそっちに気を取られているから一般の旅行者は少し安全とか、勇者にはそういう効能もあるのだと思う。とはいえ、別にそれが不満というわけではない。魔物に遭わなければレベルも上がらないし、第一借金を返すペースも全然違うだろう。
そのあたりを簡単に言うと、彼女は「なるほどね」と言いながらも頬をふくらませた。
「でも、あんたと一緒に行かなかったら、抜け道通してもらえないでしょ? 別に一緒に行きたいわけじゃないけどさ」
「後から行って、俺の知り合いだって言えば何とかなるんじゃないかな」
「…何とかならなかったら?」
「あきらめてこの町で職業訓練してくれ」
「ちょっと! そこは迎えに参りますとか言うところでしょ!」
「なんでだよ」
人を何だと思ってるんだ。金の貸しがあるからそんなことを言うのか、それとも元々こういうことを言う性格なのか、よくわからない。もっとも、どちらにしても困った性格であることには変わりない。
「…ま、いいわ。なんとかやってみる。あんたの知り合いを名乗って……あ、そういえば、あんたの名前聞いてなかったっけ。教えてよ。知り合いの名前知らないなんておかしいもんね」
「ああ、言ってなかったな。センド」
「センド、ね。ふうん」
それ以上の言葉は続かなかった。こういう時は普通、自分も名乗るものではないだろうか。
「お前は?」
「…あたしの…名前?」
なぜか、不機嫌な顔になった。
「…ルディ」
そっぽを向いてぼそりと言う。
「へえ」
「何よ! 人の名前に何か文句でもあるの!?」
「いや、別に」
文句なんかないが、その間は何だ。
やっぱり変なやつだなと思う。時々ついていけない。
(いいやつなんだろうけどな…。飯もうまいし)
そんなことを考えながら皿を空にした。とりあえず抜け道のことは言ったし、先に進もう。
「ごちそうさま。うまかった。ありがとう」
「どういたしまして。ま、せいぜい返済頑張ってね、センド」
「は? ああ、うん」
別におかしなことでも何でもないのに、名前を呼ばれたことにぎょっとした。それに続いて、なんだかひどく照れるような、気恥ずかしいような気分になった。そういえばこの旅で、俺はあまり人と関わっていない。俺の名前を呼ぶのは家族か王様くらいのものだ。そのせいだろうか。
急に落ち着かなくなった俺を、ルディが変な目で見ているような気がした。なんとか平静を装いながら返事をする。
「お前も気をつけて旅しろよ、ルディ」
言ってから、自分が呼ぶのはもっと照れることが分かった。俺は意味もなくあわて、逃げるように家をあとにした。一人旅に慣れると変なところに弊害が出る。それともこれは、『とりたて』の方の弊害なのだろうか。
「ふむ! 他ならぬポルトガの王様の頼み!」
手紙の効果はてきめんで、ホビットのノルドは東への抜け道に案内してくれた。というより体当たりしてこじあけてくれた。
「さ、通りなされ。ここがバーンの抜け道じゃ」
何事もなかったように平然とした顔で手招きしてくれる。けいこぎとこんぼうを勝手に持っていったことも、もう怒っていないようだった。
(どうやってあの王様と知り合ったんだろう)
洞窟に住むホビットと、離れた国の王。壮大な物語を感じさせる友人関係だ。しかしその話を聞くより、今は次の町かダーマの神殿に着いて、いつも通りの仕事をしなければならない。
抜け道を出て、まずは北に向かった。かなりの距離を歩いたが、その果てにあったのは町ではなく宿屋だった。しかも、タンスも壺もない。俺にとっては本当に意味のない場所だ。馬鹿にされているのかという思いさえわいてくる。落胆しながらそこを出て、今度は南に向かった。一度北に行ってしまったせいで長い道中になったが、なんとかルーラ分のMPを残して、次の町にたどり着くことができた。
バハラタという名のその町に着いた時には、もう夜も更けていた。今日はタンスや壺だけ見て回って、その他のことは一度アリアハンで寝てからにしよう。そう思ったが、川沿いをうろついていたら若者と老人が何やらもめているところに行き会った。
「やめてくれ、それではお前まで…」
「でもこのままでは!」
こんな夜中に何をしているのかと思いながらも横を通り過ぎようとすると、老人がいきなり俺の腰巻きの裾をつかんだ。
「旅の人、聞いてくだされ!」
そして孫娘が人さらいにさらわれたから助けてほしい、と初対面とは思えない頼み事をしてきた。しかし俺は頼まれるのは慣れているし、こういうのは引き受けた方が得る物が多いことは経験上分かってもいる。承知しようとしたら、孫娘の恋人が「僕が行きます! 見ず知らずの旅の人に頼むなんて!」ともっともなことを言って駆け去っていってしまった。
「おお! この上、グプタまで捕まったら、わしは……」
後に残された老人の嘆きのうめきが続く。気の毒に思ったが、とりあえず町の金品を回収してアリアハンに帰った。
アリアハンで体力を回復し、何やらごたごたしているバハラタに戻る。しかしその前に、バハラタで見つけたすごろくけんを使いに行った。
6ゴールドを拾った後、落とし穴。
今さらだが、俺は足元を調べるべきではないのかもしれない。
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センド : 勇者
レベル : 21
E とげのむち/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E きのぼうし
E ほしふるうでわ
財産 : 452 G
返済 : 51000 G
借金 : 949000 G