15.ダーマ
バハラタに改めて行き、今度はくろこしょうの有無を調べることにした。が、調べるまでもなかった。
「西へのおみやげにいかがですか。東にしかない食の宝。こしょう、こしょうですよ」
町に入ったとたんにそんな売り声が聞こえてくる。昼のバハラタでは大きな市が開かれていた。道の左右に売り物がずらりと並び、威勢のいい声が飛び交う。こしょうも、量も種類も豊富にあるようだった。
こしょう一粒は黄金一粒、と言われていたポルトガとは全く違う。東ではこしょうが多く取れる、とポルトガの王様は言っていたが、ここまでとは思わなかった。あの王様が船と引き替えにするほど熱望している宝は、こちらでは別に珍しい物ではないらしい。
しかし、問題はここからだ。俺は金を使えない。いくら多く取れるといっても、ただでくれたりはしないだろう。昨日も何軒か民家を見て回ったが、こしょうの入った壺を発見するというような都合のいい解決はなかった。
さらに俺はこの市で、今までうかつにも忘れていたもう一つの問題を思い出した。もしもどこかでこしょうを手に入れることができたとしても、俺はそれを人に渡すことができない。すぐに換金に走ってしまう。
(…こりゃ、無理かな)
「ちょっと見てってくださいよ」
「どうですか、こしょう」
聞こえる声は俺に向けられるものではない。売り声は俺にはかからない。いつものことだ。
ポルトガの王様にこしょうを渡すにはどうすればいいか。
この町の商人に「ポルトガの王様にくろこしょうを届けてくれ」と頼むのはどうか? …そんな依頼を引き受ける奴などいそうもない。もしいたとしても、俺は金を払えない。「代金は王様からもらってくれ」…さすがに無理だろう。万に一つ、それを承知する奴がいたとして、そいつがこしょうを届けた後にポルトガに行き、「届きましたか? では船を」と要求するのは難しすぎる。俺が王様だったら、届けてくれたバハラタ商人にほうびの船をやるだろう。
歩きながら考えているうちに、だんだんと馬鹿馬鹿しくなってくる。考えるのが面倒だ。
(船はあきらめるかな)
いつのまにか、町の中心からだいぶ離れた場所に来ていた。目の前には大きな店があった。昼だというのに店は閉まっていて、旅装の男がその前でため息をついていた。
「弱ったな。いいかげん営業してくれないと困るんだが」
武器屋でも道具屋でもないらしい。何の店なのかと見てみると、柱に札がかけてあった。
『こしょう専門店』
さすが産地だ。専門店まであるとは。感心している俺の横で、旅装の男は相変わらず弱った弱ったを繰り返していた。俺は不思議に思って声をかけた。
「こしょうなら、あっちの市場でも売ってたけど」
「あ? ああ、そりゃ売ってるだろうさ。しかし物が違う。この店には、名高い産地での収穫をさらに選り抜いた、最高級のこしょうが置いてあるんだ。一般向けのものもあるがね。お偉い方への献上品には最高級の方を持っていかないとまずいんだよ」
「へえ…」
そんなに違いがあるものなのか。ポルトガの王様だって十分に偉いお方だ。俺が持っていくとしても、最高級とやらの方がいいのだろうな。持っていくことができれば、だが。
男は未練がましく店の前を行ったり来たりしながら言った。
「ここのところ毎日来てるんだが、ずっと閉まっている。店主の孫娘がさらわれたとかで、商売どころではないらしい。気持ちは分かるが、こっちも急いでいるんだがなあ」
川沿いを歩き、昨日の場所に行った。あの老人がぽつんと座っていた。
「昨日からずっとここにいたんですか?」
俺が話しかけると、ゆっくりと首を回してこちらを見た。
「やはり、グプタも戻ってきませんわい…」
かすれた声で言う老人は、立つ気力も失ってしまっているように見えた。
「無茶だと思い直して戻ってくれるかもしれんと思ったんじゃが……ああ、グプタ、タニア……」
参ったな、と思った。つい、
自分の祖父を思い出してしまったからだ。
父さんが死んだという知らせが来て、俺に『とりたて』がかかった。それから俺がこの旅に出るまで5年間。じいちゃんはいつも明るかった。途方に暮れていた母さんや俺が、少なくとも表面上はなんとか元通りの生活を送れるようになったのは、じいちゃんが色々なものを笑い飛ばしてくれたからだったように思う。最大のほめ言葉は「さすがわしの孫」。それは今も昔も変わらない。
そのじいちゃんが一度だけ、何かのはずみで俺に弱々しく言ったことがあった。
(この上、お前まで戻らなかったら……わしは……)
たった一度だけだ。だからこそ忘れられない。
「戻るとしたら家でしょう。送りますよ。あれですよね、家」
他の建物より少し高い、くろこしょう屋の屋根を指さして聞いた。老人は力なくうなずいたが、やはりその場を動こうとしない。
「タニアとグプタは幼なじみでな…。グプタはこんなに小さい頃から、よく遊びに来ていたものじゃ。2人とも、わしの孫のようなもの……ああ……」
「俺が連れ戻しますから」
思わず言ってしまった。王様相手の安請け合いはよくやるが、今回のこれは、あまりしてはいけない種類の安請け合いだ。老人は俺の言葉を聞き、伏し拝まんばかりだった。
「おお、おお、本当ですか。連れ戻してくれたら、きっと礼を……わしにできることなら何でも…」
参ったな、とまた思った。こしょうを扱う商人にやってもらいたいことなら、さっきまではさんざん考えていた。しかし人さらいから2人を解放することができたとしても、その後でこの老人にポルトガへの長旅を要求する気にはとてもなれない。さっき自分のじいちゃんを思い出してしまったからなおさらだ。
「いや…。まあ、連れ戻せたら、飯でもおごってください」
「…何も、ありませんか……わしにできることは……」
言い方がまずかったのか、老人は悲しそうに目を伏せた。俺は急いで言った。
「あ、じゃあ…こしょうを下さい」
換金アイテムにしかならないだろうが、ないよりもらった方がいい。それにうまくいけば、グプタとかいうあの元気な若い男にポルトガに行ってもらうこともできるかもしれない。
「…こしょう? たしかにわしは、こしょう屋を営んでおりますが……しかし、あんたは…」
老人は不思議そうに俺を見た。
「何ですか?」
「いや、何でもありません。こしょうですな? 最高のものを何年分でも差し上げましょう。ですから、あの2人のことは、どうか」
「分かったから家に戻ってくださいよ」
俺が言うと、老人はようやく立ち上がった。何度も俺に頭を下げ、よろしくお願いしますを連呼した。俺はこれから、安請け合いの責任を取らなくてはならない。少し反省した。こういうことは繰り返さないように気をつけなければと思う。
人さらいのアジトは町の北にあると聞き、とりあえず様子をうかがいに行くことにした。が、バハラタを出てすぐ、アントベア2匹、ハンターフライ2匹、マージマタンゴ1匹という組み合わせに襲われた。少しがんばってみたが2ターン後ルーラで逃亡。豊富な種類の魔物にいっぺんに出てこられると一人旅の悲しさを痛感する。とげのむちには本当に助けられているが、やはり敵全体にダメージを与えられる武器も必要だ。
(もう少しなんだけどな…)
逃亡ルーラの行き先として決まっているアリアハンの城下町を歩き、井戸のある町はずれの方向を振り返って考える。ちいさなメダル10枚でガーターベルトをもらった時、メダルおじさんは言った。
「次は20枚でやいばのブーメランを与えよう」
あれからもうだいぶ経つ。刃のついていないブーメランでもいいから欲しいという状況は、今も変わらない。
改めて、アジトへ向かった。今度は侵入に成功した。同じ形の部屋が延々続く妙な洞窟をくまなく見て回る。宝箱がかなりあった。喜び勇んで開けたらひとくいばこだったが、俺はここで、ひとくいばこ相手に初勝利をおさめた。ピラミッドでは死亡確定だった相手だ。装備はあの時と変わってないから、これはまぎれもなく俺自身の成長。そう思うと感無量だ。これからは安心して宝箱を開けられるというのも大きい。
意気揚々と宝箱を回収し、最後に残った部屋にを入ろうとしたところで、中から話し声が聞こえたので入らずに引き返した。シャンパーニの塔でも似たようなことをしたなと思い出す。
老人のためにも早く何とかしたいとは思うが、洞窟内をうろついてるさつじんきがあんなに強いのに、洞窟の主である人さらいたちに挑むのは自殺しに行くようなものだ。情に流されるのもたまにはいいが、その流れに金を落とすわけにはいかない。
洞窟内でまたメダルを見つけたので、集めたメダルは19枚になった。あと1枚でやいばのブーメランが手に入る。これさえ手に入れば、戦闘はかなり楽になるはずだ。ひとまず人さらいは後にして、アジトからさらに北へ向かった。
丘に登って景色が開けたところで、前方に巨大な建物が見えた。きっとあれがダーマ神殿だ。あんなに大きな建物ならメダルも一つくらいは。期待に胸が弾む。
巨大な神殿に入り、一巡りしてわかったことは、神殿という場所にはタンスなど置かれないらしいということだ。壺もない。壁にかかっている袋もない。神殿だから俗世間の匂いのするものは排除するとでもいうのだろうか。やいばのブーメランはまたしばらくおあずけだ。
そういえばルディはもうこっちに来ているのだろうか。神殿内は人が多い。世界中から人が訪れているようだ。しかし、その中にあのピンク色の頭は見あたらなかった。
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センド : 勇者
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