16.ガルナの塔


 何はさておきメダルだ。メダルを見つけるまでは、メダルがありそうな新しい場所に向かう。人さらいは後回しだ。
 確実に手に入ると思ったダーマ神殿にメダルが見あたらなかったことで、我ながら意固地になった。しかしそれも悪いことではないだろう。あと一つでやいばのブーメランが手に入る。これが手に入れば戦闘はずっと楽になるはずだ。

「この近くに町や村はないかな。洞窟とかでもいいんだけど」
 ダーマ神殿は、いつも修行者でにぎわっている。その中にいた、商人になる修行をしているという男に聞いてみた。妙な質問だったと思うが、今まで旅を続けてきたというその男は、俺が広げた地図を指さしながら親切に教えてくれた。
「洞窟ではないけど、ここから北の……このあたりに塔があるよ」
「塔か…」
 塔にだってメダルはあるのかもしれないが、できれば魔物に遭遇する心配がいらない町や村で、のんびりと探したいものだ。そんな贅沢の言える立場ではないが。
「町だったら、一番近いのはバハラタだね」
「他には?」
「陸続きだと、ここからずっと東に行ったところに村がある。けど、相当遠いよ」
 できれば村の方がいい。しかし、男が地図で示した村までの距離は、塔までの距離の3倍はあった。これだけの距離だと遭遇するモンスターも強化される気がする。
 塔かな、とつぶやくと、商人志望の男は妙な顔をして言った。
「ダーマの修行者のための塔だよ、あれは」
「あ、そうなのか。色々ありがとう」
「行くの? 君、勇者だろ? 何しに…」
 メダルを探しに。とは言いにくい。修行者のための塔だと聞けばなおさらだ。冒涜していると思われるかもしれない。こっちとしてはそれなりに切実なのだが。
 俺は曖昧に言葉を濁して立ち上がった。

 修行のための塔だけはある。中は妙な構造だった。旅の扉があちこちにあり、そこを通らないと行けない場所があったりする。中の修行者たちは「悟りを開きたい」と言っていた。さまよい歩いた末に自分の道を見つけるのが悟りなのだそうだ。悟りを開く修行のために、この塔はこんな妙な構造になっているのだろうか。
 必死な顔をして、同じところをぐるぐる回っている修行者を見た。何をしているのかと見ていたら、いつのまにか横にいた老人がぼそりと言った。
「正しい道だけを進もうとすると、ああなる。あれではさとりのしょへの道は開かれぬ」
「悟りの…書?」
 悟りというのは修行したり瞑想したりして開くものかと思っていた。悟りについて書いた本があって、それを読めば開けるようなものだったのか。俺が感心していると、老人は面白そうに笑った。
「知らずにこの塔に来るとは珍しい。道理で物欲しそうな顔をしておらんはずだ」
 物欲しそうな顔ならいつもしている自信がある。が、老人が言うのはそういうことではないようだった。何も知らないでこの塔に来た俺をどう思ったのか、老人はさとりのしょのことを教えてくれた。
 それを持って神殿に行き、神官の前で広げれば、選ばれた特別な職業に就けること。「賢者」というその職業に就けた者は、世界にもごく少数しかいないこと。魔法使いと僧侶の両方の呪文を使うことができること。
「はあ、なるほど」
 薄い反応しかできなかった。選ばれた特別な職業になら、もうすでに就いている。魔法使いと僧侶の呪文も一応使える。第一、勇者は転職不可能だ。とりあえず、さとりのしょが俺に必要ないアイテムだということはよくわかった。
 俺の反応に、老人はまた笑った。
「欲しくないようじゃな」
「いや、そういうわけでは…」
 換金できるなら欲しい。それを欲しいといえるかどうかは別として。
 老人は高い天井を見上げ、愉快そうに続けた。
「悟りを開こうと思わぬ者の方が、悟りに近いところにいるものじゃ。さとりのしょはもう何年も見つけた者がおらんが、お前さん、見つけてしまうかもしれんなあ」

(正しい道、か)
 旅の扉を巡ってアイテムを探しながら、老人の言葉を思い返した。
 正しい道というのは、きっと最短距離のことだ。確かに俺は、最短距離を通りたいとは思わない。いつも最短距離を通っていたら、きっと借金は返せない。宝箱はたいてい、最短距離から外れたところに置いてある。
 勇者としての正しい道が、魔王の城への最短距離なのだとしたら、俺はもうとっくに勇者失格だろうな。そんなことを考えながらうろうろしていたら、見つけた宝箱からとうとうちいさなメダルを発見した。とりあえず塔を出てアリアハンに飛ぶ。
「よし! これでセンドは20枚メダルを集めたので、ほうびにやいばのブーメランを与えよう!」
 装備してみたらとげのむちより攻撃力が上だった。しかも全体攻撃。つまりとげのむちとは別れる日が来たということだ。長い間ありがとう。
「おお、今度は気に入ったようだな」
 メダルおじさんは満足そうだった。前回のガーターベルトを受け取った時の俺の態度に、それなりに気を悪くしていたようだ。申し訳ないことをした。あれもいい値で売れたので、その意味ではありがたいものだったのに。
 メダルおじさんには本当に助けられている。この場所がなかったら俺は、今でも一匹ずつしか攻撃できないでいた。考えただけでも恐ろしい話だ。
「次は30枚で、ちからのゆびわを与えよう」
「…指輪ですか」
 いらなそうな気配がした。装飾品に関しては、ほしふるうでわが便利すぎて他のものがすべてかすむ。が、それでも換金できればありがたい。

 また塔に戻り、残りのアイテムを回収する。ぎんのかみかざりを見つけた。男には装備できない。またか。
 最近になって知ったが、カザーブにあったけがわのフードも実は女専用の頭用防具だったらしい。もしも俺が女だったら、前回も今回も装備を変更できたというわけだ。男に生まれたばかりに、きのぼうしのまま旅が続く。どうも釈然としない。
 女専用といえばガーターベルトもそうだった。どうやら女ってやつは、物を買わなくても世界が貢いでくれるらしいな、などとひがんだ考えが頭をよぎる。もっとも女として生まれていたら、けがわのフードにかわのこしまき、ガーターベルトととげのむち、といういでたちで旅をしていたはずで、なかなかワイルドだがあまりうらやましくもなくなった。
 アイテム全回収のため、階段から行けない場所に上の階から飛び降りてみた。さらに落ちるとそこに宝箱。俺の嗅覚もなかなかのものだ。
 宝箱をあけると、古びた書物が入っていた。今までの何度か手に入れた本とは違い、巻いた書物だ。開ける気がまったく起こらない。どうやらこれがさとりのしょらしい。

 もう塔に用はないが、とりあえずダーマに戻った。さとりのしょは町では売れそうもないが、もしかしたらここの修行者が個人的に欲しがるかもしれない。ルーラで大門のそばに降り立ち、神殿に入ろうとした時、視界の端に動く物が入った。振り返ると、南に向かってだんだんと小さくなっていく後ろ姿があった。
(…あ)
 見覚えのある後ろ姿だった。あれはきっと、ルディだ。
「おーい」
 大声で呼びかけてみたが、聞こえないらしい。後ろ姿はどんどん小さくなり、丘を越えて見えなくなった。

 あれがルディだとすると、俺が塔でアイテムを回収している間にこっちに来たということか。しかし、どこに行ったのだろう。修行を途中で投げ出すような性格でもなさそうだが。
「やあ」
 考えながら神殿の中を歩いていたら、北の塔のことを教えてくれた男が話しかけてきた。
「しばらく見なかったね。本当に北の塔に行ったのかい」
「ああ、まあね。そうそう、北の塔でこれを拾ってさ…」
 さとりのしょを出すと、彼は驚いた顔をした。
「これ、さとりのしょかい? すごいな、よく手に入れたもんだ」
「誰か、欲しがってる奴いないかな。俺には必要ないし、譲ってもいいんだけど…」
 格安で。と心の中で付け加える。男は苦笑した。
「欲しがってる奴なんて腐るほどいるさ。あの塔にいる修行者はみんなそうだろうし、この神殿の修行者にも欲しがってる奴はたくさんいる。必要ないなんて言ったら殴られるぞ」
「じゃあ…」
「譲られても駄目なんだよ。他の人が見つけたのを開けても中は真っ白なんだってさ。自分で見つけなきゃいけない。悟りを開きたいと願う気持ちも煩悩だから、それがあるうちはさとりのしょを見つけることができないって聞いたことがあるよ」
 なるほど。つまり俺はメダルと換金アイテムだけを求めていて、悟りなんてどうでもよかったからこれを見つけてしまったのか。売れないし捨てることもできない。どうやら袋を重くするだけのものを持ってきてしまったようだ。
「君も変な奴だなあ。いらないのになんで持ってきたのさ」
「もしかしたら売れるかと思って」
 本音だったが、冗談だと思われたらしく、笑われた。
「ははは、そりゃいいや。その考え方、勇者よりも商人の方が向いてるかもよ」
 その言葉に、さっき見た後ろ姿を思い出す。
「そういえば、さっきここに女の子が来てなかったか? 俺と同じくらいの年で、ピンク色の髪の、ちょっと目がつり上がった…」
「…ピンクの髪の子ならさっきまでいたけど、目はつり上がってたかな?」
 商人志望の男は首をひねった。
(つり上がってなかったっけ?)
 頭に浮かんだ顔の特徴を適当に言ってしまったが、あれは顔の特徴ではなく表情なのかもしれない。そういえば怒ったり険しい顔をしたりしているところばかり印象深い。
「あの子とはちょっと話したけど…君の知り合いかい? アッサラームから来たと言ってたよ」
「あ、じゃあやっぱりあいつだ」
「へえ。いいねえ、あんなかわいい子と」
 冷やかすように言われた。債権者の一人だとは言わず、笑ってごまかした。
「あいつ、修行しに来たんだよな? さっき南の方に向かうのが見えたけど、南にもダーマの修行場ってあるのかな」
「いや。あの子なら、もう修行終わったよ。アッサラームに帰るって言ってた」
「え?」
 修行とはそんなに早く終わるものなのだろうか。俺が塔に向かうためにここを出て、まだ1週間も経っていない。たしか、今目の前にいるこの男も、1ヶ月くらい前から修行していると言っていたはずだが。
「すごい早さだったよ。あっという間に特技を覚えて、商人の認定受けて終わり。3日くらいだったかな。見てて自分が情けなくなったなあ」
 男は、笑いながらも肩を落とした。同じ職業を目指す者にそんなスピードで追い越されては、さすがに穏やかではないのだろう。
(しかし……結局商人になったのか、あいつ)
 そして、やはり向いているらしい。「才能がある」という自己評価も、自惚れから出たものではなかったようだ。よかったよかったと思いながら、しょんぼりしている男を慰めた。
「あいつ、昔商人の勉強してたらしいから。多分それでほとんど終わってたんだと思う」
「そんなもんかな。僕だってそれなりに、ここに来る前にも勉強したんだけどなあ…」
 ふう、とため息をついて顔を上げ、彼はふと首をかしげた。
「…そういえば、君あの塔で何かあった?」
「? 何かって?」
「なんだか雰囲気が変わったよ。あそこで修行すると、勇者でも何か変わるものなのかな」
「いや、別に修行してないけど」
 袋の中にあるさとりのしょも、開いてすらいない。塔に行く前と変わったのは、やいばのブーメランだけだ。装備で性格が変わるのは経験済みだが、これでそこまで変わったとは思えない。
 男は不思議そうに俺を見て、さらに言った。
「雰囲気っていうのとも違うかなあ? なんかさ、君のまわりに妙なものが見えるんだ。うまく言えないけど……待ちかまえて、何か持っていこうとしている…手みたいな」
「…ああ」
 そういえば商人は、相手を見るだけで『とりたて』がかかっているかどうか分かるんだっけ。
「それなら、ずっと前からだ」
「いや、この前はなかったよ」
「この前には見えなかったのが、見えるようになったんだろ。これ、商人にしか見えないらしいから。見えるようになったってことは、順調に商人に近づいてるってことじゃないかな」
「商人にしか…って、じゃ、それは」
 知識としては知っていたらしく、彼は目を丸くして改めて俺を見た。いや、きっと俺ではなく、俺のまわりにあるという妙なものを見ているのだろう。5年前からずっと俺とともにある、俺には見えない何かを。


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センド : 勇者
レベル : 22
E やいばのブーメラン/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E きのぼうし
E ほしふるうでわ

財産 : 125 G
返済 : 58000 G
借金 : 942000 G