17.ムオル
やいばのブーメランを手に入れるという目標も達成し、いよいよ人さらいのアジトに向かった。さらわれてもうずいぶん経つはずだ。あの2人にも老人にも悪いことをしてしまった。
装備の力はたいしたもので、アジトの奥まで行くのもだいぶ楽になった。もっとも、そこまでなら以前にも行ったことがあった。問題はこの後だ。裏側から侵入、などということもできそうもなく、堂々と正面から入って勝負を挑むしかない。
扉を開けると中で騒いでいた数人が話をやめて一斉にこちらを見た。全員覆面や仮面で顔を隠している。アジト内でもそれとは徹底しているものだ。一人が歩み寄ってきて言った。
「何だてめえは。俺たちの仲間に入りてえのか?」
あれ、と思った。どこかで聞いたような声だ。
「ええ、実はそうなんです」
誰だっけ、と思いながら答える。戦わずに侵入できて、こっそり逃がすことができればそれに越したことはない。
「親分は今留守なんだ。出直してきな!」
男は俺の肩をこづいて押し出そうとした。後ろに下がりながら考える。
(親分が留守?)
それなら話は別だ。子分しかない今のうちに戦った方が早い。押し出そうとする腕をつかんで俺は言った。
「いや、間違えた。人さらい退治に来たんだった」
「なんだと!? やっちまえ!」
後ろで見ていた他の子分たちも駆け寄ってくる。戦闘が始まり、俺はやっとこの相手が誰だったかを思い出した。
(シャンパーニの塔のあいつらだ)
なぜむこうが俺を覚えていないのか、よくわからない。こっちは覆面をしているわけではないのだが。過去は忘れる主義なのかもしれない。盗賊にはそういうのが多いと聞く。
(じゃあ、親分はあいつか)
相変わらずあれなんだろうか。あまり会いたくない。
子分はそれほど強くもなかったが、ルカナンを使ってくるのが恐ろしい。どういうわけかあまりきかなかったのでなんとか倒し、子分たちは悲鳴をあげながら部屋を出て行った。早くさらわれた人たちを救い出さなければ。見回すとわかりやすいところに牢があり、中から声が上がる。
「助けて勇者さん! 私、バハラタの町からさらわれたタニアです!」
「つきあたりの壁に牢を開けるレバーがあるはずだ!」
あの時走っていったグプタも、しっかり捕まっていた。その方が話は早い。レバーを上げると、牢は2つとも開いた。牢なのだから開けるのは1つずつでなければ面倒だと思うが、そういうことは気にしないのだろうか。シャンパーニの塔の床が割れる仕組みといい、あの親分は大がかりだがあまり意味のない仕掛けを作るのが好きなのかもしれない。
「グプタ!」
「タニア!」
恋人たちは抱き合ってクルクル回っていた。早く逃げてくれないと困る。野暮は承知で促そうとしたら、さすがに状況に気づいたらしく回転が止まった。
「帰れるのね、あたしたち」
「ああ、行こう! ありがとう勇者さん!」
手を取り合って走っていく。後ろ姿を見送った。俺と一緒だと魔物に会うから、先に行かせた方いいだろう。遅れて部屋の入口に向かったら、「キャー」という悲鳴が聞こえた。
「ふっふっふ。俺様が帰ってきたからには逃がしゃしねえぜ」
聞き覚えのある声。駆けつけると、見覚えのある男が子分を従えて立っていた。子分が俺に気づいて騒ぐ。
「あ、親分! こいつです!」
「お前は…!」
半裸の覆面男がぎょっとしたようにみじろいだ。
「あの時の腰巻き!」
そういう認識はやめろ。しかしそういえば、俺が装備している防具はあの時から全く変わっていない。その装備にこだわりを持っているのか、とこの男に思われたら。そう思うとなぜか腹が立つ。カンダタが斧を振り上げて叫んだ。
「今度は負けはせんぞ!」
戦闘が始まる。カンダタはやはり強い。しかも子分のルカナンがきいてしまい、久しぶりに死んだ。
目が覚めたら俺まで人さらいのアジトの牢の中だったら笑うが、そんなこともなくいつも通りの王の間だった。アジトですごろくけんを手に入れたので、ひとまずやることは決まっている。
1回しかやれなかったが、なかなか盛りだくさんな内容になった。運が4上がり、すばやさが6上がった。キメラの翼と200ゴールドを拾い、8ゴールドと7ゴールドを拾い、200ゴールドを落とした。そしてモンスターのマスに止まり、スライムつむりが出現した。
この戦闘が大変だった。スライムつむりはヒャドを唱えるかホイミスライムを呼ぶ、というのを繰り返していたが、MPが切れると毎ターンホイミスライムを呼び始めた。やいばのブーメランを投げると、たいていスライムつむりに1のダメージを与え、隣にいるホイミスライムは倒せる。しかし時々ホイミスライムが持ちこたえてしまい、スライムつむりにホイミをかけ、1ずつ削っていった努力が水の泡になる瞬間が訪れる。死の危険はあまりない戦闘だというのに、何度も絶望した。
とうとう業を煮やして攻撃をはがねのつるぎに変更した。つるぎでも4か5しかダメージを与えられないが、スライムつむりは1匹しかいないから、いつか出る会心の一撃を待つことにした。なかなか出ない。ホイミスライムが増殖しすぎると時々ブーメランを投げる。スライムつむりはおびえているくせにちっとも逃げようとはしなかった。ダーマで見たメタルスライムを思い出す。少しは見習ってほしい。もちろんこれはスライムつむりに言っている。
ようやく会心の一撃が出て、残りのホイミスライムをブーメランでなぎ払う。経験値が3000入ったので少し笑った。一体何匹のホイミスライムがこの場に呼ばれたのだろうか。
その後落とし穴に落ち、今回のすごろくはそれで終わった。
さて、これからどうするか。どうもカンダタを倒すのはまだ難しそうだが、他に行くところも…と考えかけて思い出した。
(陸続きだと、ここからずっと東に行ったところに村がある。けど、相当遠いよ)
ダーマ神殿で聞いたあの話。今度はそっちに行くことにしよう。
確かに遠かったが、あまり魔物に遭遇することもなく、俺はその村に到着した。ムオルというその村は、村人が自分で「最果ての村」を名乗るだけあって、ルーラに登録することもできない。
「よう! ポカパマズ! ポカパマズじゃ…あ、あれ? 違うか」
とりあえずタンスを、と村の中央まで歩いていくと、初対面の男に満面の笑みで肩を叩かれ、その直後怪訝な顔をされた。怪訝な顔をしたいのはこっちの方だ。男は俺の顔をまじまじと見た。
「いや、似てるなあ。ちょっと若いけどよ」
「あれ!? ポカパマズさん!?」
「いや違うんだってよ。似てるよなあ」
「似てるねえ」
「おお、ポカパマズ殿よく来られた…」
「いや違うらしいんだよ」
村人が次々とやってきては人違いをしていく。そんなに似ているのだろうか。嫌な予感がした。まさか、と思う。アリアハンでも子供の頃から、よく同じようなことを言われたのだ。
(大きくなったわね。ますます似てきたわ)
(目のあたりなんかそっくりだな)
(本当に、よく似てるわね。お父さんに…)
俺は父さんの顔を覚えていないが、あれほど言われるのはよほど似ていたからだろう。まさか、ともう一度思った。この村の人々が俺と間違えているのは…。
「あなたはもしや、アリアハンから来られたお方では?」
あまり当たってほしくなかった予想は当たった。ポカパマズ、というのはアリアハンのオルテガという男の、この村での名前だそうだ。
アイテムをあさりに来た道具屋の2階には、ポカパマズをよく知る人々が集まっていた。ポカパマズに似ているからなのか、俺が壺の中身を取っても平然とした顔をしている。
ポカパマズは5年前、この村の入り口に倒れていたそうだ。それをこの村のポポタという子供が見つけ、それからしばらくこの村に滞在していたらしい。体を治してまた旅に出て、それからはこの村を訪れていないが、滞在の間に彼とすっかり意気投合した村人たちは、今もポカパマズのことを思い出しては語るのだそうだ。
「まだ赤ん坊の息子を残してきたのが心残りだとおっしゃってましたよ」
「そう、ですか」
「そこにいるポポタのことを本当にかわいがって……まるで残してきた息子といるようだ、と」
話を聞いて目を丸くしているポポタという少年は、多分10歳くらいだろう。5年前には5歳くらいか。その頃俺はもっと大きかった…そんなことはどうでもいいが。
「ねえねえ、今の話、本当!?」
そのポポタが、話に割って入ってきた。
「お兄ちゃん、ポカパマズさんの子供なの?」
「ああ、うん」
「うわあ! いいなあー。僕もポカパマズさんの子供だったらなあー」
大人げないことを大声で叫びそうになったがなんとかおさえた。しかし口から出なかった罵声が頭の中で響き始め、その声の大きさに自分で驚く。今まで気づいていなかったのか、気づかないふりをしていたのか。自分の気持ちを改めて実感した。
(俺は父さんを、勇者オルテガのことを、こんなに恨んでるんだな…)
始まってみればこの旅は、そんなにつらいものでもない。しかしそう思っても、この恨みのような憤りのようなものはまるで静まらなかった。
ポポタが目を輝かせて聞いてくる。
「ねえ。ポカパマズさんはどんなお父さんなの?」
また、罵声が頭の中を飛び交った。口から出ないようにするのは一苦労だ。
「…そうだなあ。父さんが旅に出たのは、俺がまだすごく小さい頃で…。それからもずっと家には帰ってこなかったから、俺、父さんのこと覚えてないんだ」
「え…そうなの…」
「父さんと遊んでもらったこともないだろうし。君がちょっとうらやましい」
うらやましい。半分本当で半分嘘だ。
うらやましいのは、こんな妙な目にも遭わず、あの人の子供だったら、などと思えるその立場。うらやまくないのは、あの人に遊んでもらったこと。もし父さんが生きていたとしても、俺は関わりたくない。許すことはできそうにない。
ポポタは俺の答えを聞いて、少し考え込んでから、決心したように顔を上げた。
「ねえ。お兄ちゃんにポカパマズさんの兜をあげるよ!」
「…兜?」
「ポカパマズさんが置いてったんだ。忘れてったんじゃないんだよ。きっとぼくにくれたんだ。ぼくがポカパマズさんを助けたから、お礼にくれたんだ。でも、ぼくには大きくてかぶれないから、お兄ちゃんにあげるよ」
言いながら、ポポタはだんだんと泣きそうな顔になってきた。本当は手放したくないのだろう。
「いや、いいよ。君がもらったんだから、君が持っておきなよ」
くれるものを断るなんて、初めてかもしれない。けど俺は父さんの兜なんて欲しくないし、ポポタにとってはその兜は宝物だ。しかし、ポポタは泣きそうな顔のまま首を振った。
「いいんだ。あげるんだ。ぼく、ポカパマズさんにいっぱい遊んでもらったもん!」
実の息子の俺が遊んでもらったことがないというのが、ショックだったのかもしれない。父さんに遊んでもらって、ポポタはよほど楽しかったのだろう。5年経っても覚えているくらいに。
「今持ってくるからね! 待っててね!」
ばたばたと部屋を飛び出して、重そうに箱を持ってきた。
「ほら、これだよ! かっこいいでしょ!」
嬉しそうにふたを開ける。かっこいいかどうかはともかく、守備力は高そうだった。今装備しているきのぼうしとは比べものにならない。受け取った方がいいのだろうが、しかし…。
「お兄ちゃん! かぶってみてよ!」
ポポタが嬉しそうに言った。部屋にいる他の人たちも、懐かしそうに目を細めて俺を見ている。この村で、俺に嬉しそうに話しかけてきた人々の表情を思い出した。この村に滞在していたポカパマズとは、どんな人物だったのか。
兜を見た。丁寧に手入れされている。ポポタにそんなことができるとは思えないから、誰か大人が定期的にやっていたのだろう。俺はようやく、これを受け取ることに決めた。
(これより強い兜が手に入ったら、絶対売り払ってやる)
腹の中で毒づいた。装備が変わるたびに当たり前のようにやってきたことだというのに、そう思うと胸が変に痛んだ。
装備してみるとその兜は、まるであつらえたように俺の頭にぴったりだった。部屋の中の人々が歓声をあげる。
「すごいや! ポカパマズさんみたいだ!」
ポポタが嬉しそうに言った。
装備が変わってきのぼうしを売り、ムオルを出た。まずやることはいつも通り、手に入れたすごろくけんを使うことだ。
かめのこうらとすごろくけんを手に入れ、拾ったり落としたりで85ゴールドプラス。そして、とうとうゴールした。嬉しいが、今回はまだ次のすごろく場が見つかっていない。今回のすごろくで見つけたすごろくけんはしばらく使うことはなさそうだ。
景品はモーニングスターだった。装備できないので換金し、返済にあてた。
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センド : 勇者
レベル : 23
E やいばのブーメラン/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ
財産 : 397 G
返済 : 62000 G
借金 : 938000 G