19.テドン


「おお! それはまさしくくろこしょう! センドよ! よくぞ成し遂げた!」
 ポルトガの王様はたいそうな喜びようで、約束通り船をくれた。今さらだが、こしょうの見返りに船というのは凄まじい。港に行き、もらった船を見て、その太っ腹ぶりに改めて呆然とした。
 こんな大盤振る舞いをしてもなお、今まではこしょうが手に入らなかったのだろうか。もっともバハラタでもこしょうを売る気はあるようだし、ポルトガの王様がご所望ならあの抜け道も使える。中継地点のアッサラームは商人の町だ。これからはいちいち船をばらまかなくても、王様の口にこしょうは入りやすくなるかもしれない。

 ポルトガから船で少し南下したところに灯台があった。入ってみると、魔法の鍵でも開かない扉の中に旅の扉が見えた。前から思っていたが、この扉を開ける鍵はぜひとも欲しい。手に入れることでまた世界が広がり、回収できる金品が増える。その鍵を入手するだけでだいぶ返済できそうな気がする。
 灯台のてっぺんまで上ると、火の番をしている男がいた。
「よう。あれはお前の船か?」
 眼下に見える、もらったばかりの船を指して聞かれた。
「うん」
「いい船だな。これからどこに行くんだ?」
「いや、特に目的はないよ。これまでは陸続きのところしか行けなかったから、今まで行ったことのない場所に行きたいとは思ってるけど」
 そう答えると、男はひどく感心したようだった。
「気に入った!」
 大声で言い、頭を振った。
「目的などないが、未知の場所に行きたい。本能に駆り立てられるってやつか! いやあ、ロマンだな!」
 別にそういうわけではない。今まで行ったことのない場所の金品を回収して返済に充てたいだけだ。感心している相手によけいなことを言う必要もないが、変に買いかぶられているのはどうも落ち着かない。
「いや、そんなたいそうなものじゃ…」
「おい、お前! この灯台に来たのは正解だったぜ。海の男の俺様が、世界のことを教えてやる!」
 聞いているのかいないのか、男はさらに大声を出し、壁に掛かっている地図を拳で叩いた。
 ここから南、陸に沿って進めば、やがてテドンの岬!
 テドンの岬からずっと東へ行けばランシール! さらにアリアハン大陸!
 アリアハン大陸からずっと北へ行けば、黄金の国ジパング!
 男が教えてくれた世界からはアリアハンの東にある大陸のことが抜けていたが、さしあたってはそれで十分だった。これから船で行くことのできる場所と、その地名が分かった。俺が持つ地図ではまだ灰色のその場所に、それだけでもうかすかに色が付いたように思えた。
「とりあえずは南だな。南に行ってみろ」
「ありがとう。そうする」
「それからな、世界にある6つのオーブを全て集めた者には、船がいらなくなるって話だ」
 話が急に変わった。そして意味もよくわからない。
「船がいらなくなる…?」
「そういう言い伝えさ。俺にも何のことかは分からねえ。だが、お前のようなロマンを追いかける奴は、そういう話が好きだろう?」
 俺は曖昧に笑うだけにした。追いかけているのはロマンとは程遠い。
「いい旅をしろよ! 俺が言ったことは心に刻み込んで忘れるな! 元気でな!」

 船に乗り込み、男の話を反芻した。
 男は知ってて言ったわけではないだろうが、俺には「聞いた言葉を心に刻み込み、一言一句違わず思い出す」という特技がある。これは多分、勇者の特技だ。心に刻み込むのは以前からできた気がするが、それを思い出すことができるようになったのは、勇者の称号をもらって旅に出た後だ。
「ここから南、陸に沿って進めば、やがてテドンの岬」
 船はその言葉に従い、陸に沿って南下している。海の魔物は思ったより強くない。どう見ても麻痺攻撃をしてきそうなしびれくらげが恐ろしいだけだった。
「世界にある6つのオーブを全て集めた者には、船がいらなくなるって話だ」
 思い返しても、やはり意味は分からない。
 そういえば、旅を初めて以来、人の言葉を心に刻み込むのは初めてだった。漠然としか覚えてなくてもなんとかなるものだ。ふと、今までに心に刻み込んだ言葉を思い出してみた。
「起きなさい。起きなさい私のかわいいセンドや」
 あの朝の母さんだった。いつの間に刻み込んだのだろう。寝ぼけていたのかもしれない。さらに過去にさかのぼってみる。
「ねえせめて…せめてこの子が大きくなるまで待てないの?」
 また母さんの声だった。けど、俺はこんな言葉は覚えていない。心に刻んだのは俺のはずなのに、覚えていない。
「すまない。わかってくれ。俺は一日でも早く平和を取り戻したいんだ」
 答えたのは男の声だった。
(…あ)
 俺はこの声を知っている。ノアニールで見たあの夢の中で、確かに聞いたあの声だった。
「お前やセンドのためにも…。なーに、心配はいらな」
 俺は頭を振って、その声を途中で止めた。忘れ去ってしまおうかとも思ったが、それはやめた。思い出さなければいいだけだ。
 自分の頭に手をやった。例の兜は今も装備中だ。
 俺は父さんのことを、今まで何も知らなかった。俺に借金を残したことしか知らなかった。多分、知らないままの方がいいのだと思う。けれどこの旅は、行く先々で父さんの影がちらつく旅でもあった。ムオルに行ってから、こんなことはますます増えた気がする。
 この兜が精神に及ぼす影響は、ぎんのロザリオより深刻かもしれない。そんなことを少し考えた。

 川をのぼり、テドンの村に着いたのは夜中だった。
 奇妙な村だった。夜中なのに店が開いている。村はどこもたいまつの炎で明るく、道には人が行き交っている。
「ようこそ、テドンの村へ!」
「旅の方ですか? どうぞごゆっくり」
 閉鎖的な雰囲気はなく、誰もが歓迎してくれた。大いに結構なことだが、時刻が時刻だけにそれも異様に思えた。夜なのに活気に満ちている。アッサラームとは違う種類の活気だ。アッサラームは夜だからこその活気だが、この村の人々は、夜なのに昼であるかのように活動しているのだ。
(変な村だな)
 もう一度思った。おかしなところが多すぎる。普通に営業している店や民家の壁や屋根に穴があいていたりする。しかし、誰もそれを奇妙だと思っていないようだった。教会の壁の十字架が折れて斜めにかかっているが、神父さんがそれを気にとめている様子はない。毒の沼地に室内まで侵食された家があり、その中に住んでいる人がいた。
 確かノアニールにも、すぐそばに毒の沼地のある家があった。しかしあれは、村人が長い間眠っていて毒草の類を駆除できなかったためにできたものだろう。この村は別に寝ているわけでもないのに、なぜそのままにしておくのか。
 その家の壁にも大きな穴があいていた。何気なく穴から室内を伺うと、住んでいるのは老人だった。毒の沼地の中に立っているようにも見えたが、さすがにそれは目の錯覚かもしれない。この村はたいまつの炎で明るくなってはいたが、もやがかかっていて視界が悪い。少し離れると、人の姿はあまりはっきりとは見えなかった。
 老人は家の中から、壁の穴ごしに俺に話しかけてきた。
「ご不審でもおありかな、旅のお方」
 不審ならたくさんある。しかし毒の沼地が絨毯になった家の住人にそれを訴えて、果たして意味があるのだろうか。そう思いながらも、俺は漠然とした質問をした。
「この村は一体、何なんですか」
 老人は、なんだか寂しそうに笑った。
「さいごのかぎというものがある。牢屋の扉さえ開く鍵じゃ。まずはそれを見つけられよ。バハラタのはるか南の島、ランシールに行くがよい」
 答えになっているとは思えなかったが、その鍵は俺が求めてやまないものだ。村の様子がおかしいことなど、急にどうでもよくなった。
 老人に礼を言って村を去ろうとした。しかしその時、武器屋店内にある2階に上る階段に気づいた。カウンターには主がいて通り抜けることができない。
(夜に営業しているのなら昼には休みだよな)
 ならば日が昇ればあの主人はいなくなり、階段に上れるはずだ。ランシールに向かう前にアイテム回収は済ませなければならない。
 ひとまず村の外に出てうろつきまわった。宿屋に泊まれない俺には朝を待つ方法はこれだけだ。夜を待つのは何度かあったが、朝を待つのは初めてだ。ルーラで来られれば早いが、この村はムオルと同じくルーラに登録できない村らしい。見たことのない魔物の出る地域だったが、それほど苦労せずに朝まで持ちこたえることができた。

「……あ!?」
 朝日の中、村に入って俺は思わず声を上げた。
 村がなかった。いや、あるにはあるが、廃墟だった。昨夜見た穴のあいた建物は、日の光の下で見るととても人の住めるようなものではなかった。ネクロゴンドの山から吹き降りてくる風の音がやけに響く。誰もいなかった。昨日のあの老人も、武器屋の主人も、笑顔で話しかけてきた村人たちも。
 そういえば、魔王が拠点にしているネクロゴンドのそばでは、滅ぼされた町や村もあったと聞いたことがある。この村がそうだったのだろうか。ならば昨夜の村人たちは、幽霊とか亡霊とかそういうものだった、ということになる。昨日は何か特別な状態だったのだろうか。それとも、日が沈めば毎日あの状態になるのだろうか。
 船旅を始めて早々にとてつもない体験をしたことになるが、特に恐ろしいとは思わなかった。以前から死人との交流が多い旅だ。とりあえず目的を果たすため、武器屋の2階に上がりこんだ。やみのランプというアイテムがあった。どことなく希少アイテムの趣があり、換金額への期待が高まる。
 夜には見張りがいて入れなかった牢にも行ってみた。金品は特に見あたらず、あったのは白骨だけだった。昨夜はこの牢の中にも生きた男がいたような覚えがある。あれはこの屍の生前の姿なのかもしれない。ふと壁を見ると、薄れて消えかかった文字が見えた。
「生きているうちに私が持っているオーブを誰かに渡したかったのに」
 オーブ。あの灯台の男は、それを集めると船がいらなくなると言っていた。そのうちの一つを、ここにいた男が持っていた?
 生きているうちに、の意味が気になる。本当の意味で生きていた頃のことだろうか。それともまた昨夜のような状態になれば、この牢屋にいた男はオーブを持ってこの場所にいるのだろうか。

 一度アリアハンに戻った。換金や返済もあるし、ランシールはアリアハンからの方が近い。ルーラで戻ると、船も一緒についてきた。ありがたいことだ。
「たいそうな代物ですな。本当にいいんで…いや、何でもありません」
 道具屋は念押しの言葉を途中で止め、やみのランプを換金してくれた。念を押されても押されなくても、俺には換金以外選べない。思っていたより引き取り価格は安かった。少し残念だ。
「このランプ、何か特別な機能でもあるのかな?」
「ええ。火をともすと夜になりますね。歩き回らなくても時間が経過するわけですな」
 なるほど、夜を待つのに町の外をうろつかなくてもいいらしい。それは便利だ。今まで何度かあったあの苦労を考え、ちょっとため息が出た。これから先にも、夜を待つ機会はきっとあるだろうに。
(…火をともすと夜になるランプ、か)
 旅人を歓迎する雰囲気に満ちた村だった。昼にだけ行ける場所にあったこのランプも、これを使って会いに来いという村人たちの心の表れなのかもしれない。やはりあの村は、毎日日が沈むたびにあの状態なのだろう。さいごのかぎを手に入れたら、すぐにあの牢屋の男に会いに行こう。


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センド : 勇者
レベル : 24
E やいばのブーメラン/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

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返済 : 65000 G
借金 : 935000 G