20.スー


 困ったことになった。
 ランシールに行ってみたが、さいごのかぎは見あたらなかった。それは落胆するようなことでもない。元々簡単に手に入るとも思っていない。問題は、なぜか町の中にいたスライムに、きえさりそうを持っているならエジンベアに行け、と言われたことだ。
 ランシールにはさいごのかぎの手がかりはほとんどなかった。「鍵を手に入れるには壺が必要」などというよくわからない話が聞けただけだ。示された道はそのスライムの言葉のみ。是非それに従って行動したいところだが、その「きえさりそう」というアイテムは道具屋に売っているのだ。
 他に手がかりがないということは、さいごのかぎはエジンベアにあるのかもしれない。だが、きえさりそうなしでは手に入れることができないのだとしたら、買い物ができない俺はさいごのかぎを手に入れることもできない。
 行き詰まったのだろうか。もしかしたら民家のタンスにと期待したが、すごろくけんがあって少し嬉しかっただけだった。あとは魔物が持っていることを期待するしか、と考えかけて気づく。
(持ってても駄目なんだ)
 バハラタのこしょうの時、同じように悩んだはずだった。もし手に入ったとしても、俺はそもそも換金できるアイテムを使うことができない。
 少し考え、とりあえずエジンベアに行ってみることにした。どこにあるのか分からなかったが、地図を見てここかと思うところに行ってみたらそこだった。
「ここは由緒正しきエジンベアのお城。田舎者は帰れ帰れ!」
 入り口の衛兵が邪魔して城に入れなかった。確か、きえさりそうは自分の姿を消すことができるという。早くも使い道が分かった。どうしても手に入れないといけないこともなんとなくわかった。

(…とりあえず、他の場所に先に行くか)
 気を取り直してそう考える。さいごのかぎを手に入れるのも、借金返済の方策の一つだ。まだ行っていない国も多いし、そっちを先に回っているうちに、きえさりそうなしで鍵を手に入れる方法も見つかるかもしれない。
 次はどこに向かうかな。考えながら、いつも通りアリアハンに戻る。
「いらっしゃいませ。ゴールド銀行です。ご返済ですか?」
「うん。千ゴールド」
「ありがとうございます。…残り93万4千ゴールドですね」
「へーえ、一応ちゃんと返してるんだ」
 突然、すぐ横で声がして、肩越しにカウンターをのぞきこまれた。ぎょっとして首を回すと、すぐ目の前に見覚えのある顔があった。
「ル…!」
「久しぶり。でもなかったっけ?」
 商人になってアッサラームに帰ったはずのルディだった。ダーマで後ろ姿だけ見て以来だ。
「お前、アッサラームに帰ったんじゃ」
「帰ったわよ。それからすぐに旅に出たの。ダーマでの修行も終わったから、今度は世界を回っておいしい話がないか、商機を見抜く目を鍛えようかと思ってね」
「商機…?」
 アッサラームにとどまっていれば、例のくろこしょう交易で商機がごろごろ転がってたんじゃないかとふと思った。ルディはノルドともう顔なじみになっているはずだから、あの抜け道も通れる。
(こいつ…結構貧乏くじ引くタイプかもしれないな…)
 自分のことを棚に上げてそんなことを考えている俺の前で、ルディはゴールド銀行のカウンターの男に尋ねていた。
「ねえ。今の千ゴールド、あたしの口座に入ったりしてない?」
「少々お待ち下さい。……入っておりませんね。次回の返済をお楽しみに」
「またぁ!? 6万6千返してて、どうしてあたしには1回も入ってこないのよ! ほんとに公平に振り分けられてるの?」
「公平というか、運ですからな。気長にお待ち下さい」
「何よそれ! あたしの運がないっていうの!?」
 どうも本格的に貧乏くじの匂いがしてきた。

「あなたたち、知り合いだったのねえ…」
 銀行前でのやりとりを酒場のカウンターから見ていたルイーダが、意外そうに言った。言われてようやく、こんなところで遭遇することへの疑問がわいてくる。
「なんでお前がここにいるんだよ」
「いちゃ悪いの? こういう酒場で冒険者登録しとけば色々便利なのよ」
「何もアリアハンに来ることないだろ」
「あんたが決めることじゃないでしょ」
 相変わらずのケンカ腰だ。つい、こっちまで頭に血が上る。言い争いになりそうになったが、そこでルイーダが楽しそうに口を挟んだ。
「センドが仲間を連れてくるなんて初めてじゃない。記念におごるわ。2人とも、好きなもの頼んでいいわよ」
「いや、別に仲間じゃ」
「ありがとう、ルイーダさん!」
 ルディは平然とした顔で言い、いそいそとカウンターの椅子に座った。
「あんたさ、あれからどうしてたの? ダーマ神殿で会うかと思ったけど、いなかったわよね」
 そして平然とした顔のまま、振り返って俺に話しかけてくる。なんだか脱力して、俺もカウンター席に座って普通に近況報告をした。船を手に入れたこと、さいごのかぎのこと、きえさりそうのこと。
「きえさりそう、ね。ふうん…」
 しばらく下を向いて考え、ルディは顔を上げて言った。
「ねえ。あたしも連れてってよ。きえさりそうとかさいごのかぎとか、あたしの交渉術で手に入れてあげるからさ! 世界を回るためには船が一番手っ取り早いから、持っている人探してたの」
 交渉術で何とかなるものだろうか。多分ならない。なるとしても気は進まない。
「駄目だよ」
「なんでよ!」 
「前にも言っただろ。俺の仲間になったら、お前の金やアイテムは…」
「ふふん、ご心配なく。ここまでの旅費で今一文無しだから」
 人のことを言える立場ではないが、商人で一文無しはどうなのか。
「商人なら元手とかいるんじゃないのか…?」
「な、何よ! その哀れみの目は! 馬鹿にしないでよね、元手なしでもお金を稼げるのがダーマの認める商人なんだから!」
「あ、そう。けど前にも言った通り、お前が死んでも俺は蘇生させられ…」
「死ななければいいんでしょ? 平気よ」
 ルディは平然と言い放った。きっとダーマからここまでの道中、ほとんど魔物に遭遇しなかったのだろう。勇者の旅がどんなものか分かっていたら、そんなことは言えないはずだ。死なずにいようとしたって死ぬ時は死ぬ。俺がそう言おうとした時、面白そうに見ていたルイーダが口を挟んだ。
「連れていきなさいよ、センド」
「なんでだよ、無理…」
「あなたが一人で旅してるのは、あなたの旅につきあえるような人がいないからでしょ。自分から同行したいって言ってるんだから、連れていけばいいじゃない。あなたもね、そろそろ道連れがいる旅を経験した方がいいと思うわよ」
 そんな経験をしても、今後に生きることはないような気がする。しかしなんとなく言い返すことができず、俺は黙った。ルイーダがさらに言う。
「死んでしまった時のことを気にしてるの? でも、確か勇者は蘇生呪文を使えるはずよね?」
 そんな話は初耳だ。少なくとも、俺は蘇生呪文なんか使えない。
「俺は使えないよ」
「あら。まだレベルが足りないのね。まあ、いつかは使えるようになるわ。彼女が死んでしまっても、いつかは生き返らせることができる。それまでは遺体をこっちで預かってもいいわよ。冷やしておけば長期保存もできるらしいし」
「ちょ、ちょっと! 怖いこと言わないでよ!」
 あわてて話に割って入ったルディに、ルイーダは笑顔で言った。
「おどかしてるわけじゃないわ。その子の旅に同行するって、そういうことなのよ。嫌なら一緒に行くなんて言わないことね」
 ルディは言葉に詰まり、うつむいてしばらく沈黙した。あきらめるかと思ったが、そうはいかなかった。顔を上げ、少しふてくされたように言った。
「わかってるわよ…。覚悟はできてるわ」
「決まりね。センド、名簿にサインして」
 おいおい、と思う。連れていくなんて言ってないのに、なぜ連れていくことになっているのか。
 しかし、ルイーダの言う通り、少しは一人でない旅を経験するのもいいかもしれない。今みたいな旅を続けてたら、いつか自由の身になっても人とろくに話せない人間になっていそうだ。
「…わかったよ。サインてどこに?」
「ここ。彼女の欄の、依頼人のところね」
 突然、ルディがはっとしたような顔をしてルイーダに手を伸ばした。
「待って! サインならあたしが!」
「何言ってるの。これは連れていく方が書くのよ」
 ルイーダは名簿をぱらぱらとめくり、インクをつけたペンと一緒に俺に突き出した。受け取り、並んでいる名前を上から目で追う。
(……?)
 ルディの名前がなかった。このページではないのだろうか。しかしルイーダはわざわざこのページを広げて俺に渡した。不審に思いながら俺は顔を上げた。
「…名前、ないぞ」
「あるじゃない、ほら」
 ルイーダが指さした欄には、別の名前の冒険者が入っていた。

 ゴールド : 商人
 レベル : 1
 わがまま

「…ゴールド?」
 性格欄の方も気になったが、とりあえず名前欄を読み上げる。ルディは顔を真っ赤にして大声を出した。
「うるさいわね! しょうがないでしょ、本名じゃないと登録できないんだから!」
「ルディって本名じゃなかったのか」
「いつもはそっちで通してるの! ゴールドっていうのはお金をたくさん手に入れるようにっていう願いを込めて父さんがつけた名前よ! 悪い!?」
「いや、悪いなんて言ってないけど」
 その名前にしたら金が入るのならば、俺だって改名したい。そういえばダーマ神殿には名前を変える神も祭られてたっけ。どうでもいいことを思い出している俺をよそに、ルディは一人でなおぶつぶつ言っていた。
「…だから嫌だったのよ…。こんな名前で商人なんて、お金のことしか考えてないみたいじゃない」
 銀行の前で金の話して騒いでいたくせに、今さら何を気にしているのだろう。

「じゃ、まずはそのきえさりそうの道具屋ね!」
 何はともあれ、初めて仲間ができた。その仲間にそう言われ、ランシールに飛ぶ。
「どう? そっちにとってもこれはいい話だと思うんだけど」
 300ゴールド以上の価値のある装備品を今度持ってくる。それをきえさりそうと物々交換したい。ルディはそんなことを言って交渉していた。が、道具屋は首を横に振った。
「駄目ですよ。お金を払って買ってください」
「なんでよ。武器をここで売ってそのお金で買うのと同じでしょ。ちょっと途中を省くだけじゃない」
「同じなら、そうやって買ってください。そんな怪しい話には乗れません」
 けんもほろろの応対だった。途中で道具屋の主人はちらりと俺を見た。なぜ物々交換を望むのかは俺を見れば分かるだろうに、それについては何も言わない。俺はルディに言った。
「もういいよ。行こう」
「ちょっと、あきらめるの早いわよ!」
 いくら交渉しても、きっと無駄だろう。ダーマにいた商人志望の男は、『とりたて』のことを「待ちかまえている手のような」と言っていた。『とりたて』は最高レベルの商人の特技だという。一般商人はきっと、その手の意志に反することはしたくないのではないか。そんな気がした。
「こうなったら…」
 ルディはしばらく眉間にしわを寄せて歩いた後、ぽつりとつぶやいた。が、その続きを言わない。
「…こうなったら、何だよ」
「ちょっと考えがあるの。何も聞かずにしばらくあたしを連れてきなさい。戦闘の時は後ろで防御してるから、危なそうならホイミよろしく」
「おい、勝手に決めるな」
「ずっと連れてけって言ってるわけじゃないわよ。商人やって面白そうな町があったら抜けるわ。それまでは鍵のこととか、色々協力してあげるから」
 協力するも何も、できることなどないと思う。まあそれはいいが、本格的に仲間になって船旅をするなら、後ろで防御しているとしてもせめてHP30はないと困る。
「お前、HPいくつ」
「9」
 これは無理だ。海に出るのはもう少し後にしよう。

 覚悟はできていると言われても、船出とともに死なれたらさすがに気の毒だ。とりあえずはルーラでカザーブに飛び、そこで魔物と戦った。身を守っていてもレベルが上がるのはありがたい。たちまちHPは30を超える。
「どこに行くかな。アリアハンから船を出すか…」
「ねえ。エジンベアに行ってみない? きえさりそうなしで入れればいいんでしょ?」
 無理だとは思ったが、とりあえず飛んでみた。
「ここは由緒正しきエジンベアのお城。田舎者は帰れ帰れ!」
 ルディは何か交渉していたようだったが、やはり無理だった。ちょっと考えがあると言っていたが、本当は何も考えていないような気もする。そのままエジンベアから船出し、西に向かった。初めて海の魔物にあったルディがさっそく瀕死になって焦ったりしたが、レベルが上がるのも早いため次第に余裕が出てくる。
「陸が見えたわよー」
 見張り台からルディが叫んだ。仲間がいるというのもいいものかもしれない、と少しずつ思うようになってきた。例の地図を見ていれば現在地の把握には困らないが、島一つ見えない状態が続くとどうしても不安になる。一人でなければ、そんな不安も少しは薄れる。
 前方に見えてきたのは、これまでの旅では全く縁がなかった大陸だった。海岸近くまで寄り、なるべく地図に色が付くよう、陸に沿って南下した。それから川をさかのぼって内陸に入る。川の上流に村があった。
 スーというその村で恒例のアイテム回収を始めた。村人はやれやれという顔をして言った。
「東の人、することみな同じ」
 かつて東から来た人々が、この村にあった「かわきのつぼ」を奪っていったのだという。
「かわきのつぼ…?」
 そういえばランシールで、さいごのかぎを手に入れるには壺が必要だという話を聞いた。その壺とはこの村から奪われたかわきのつぼなのだろうか。
「もしかわきのつぼを見つけたら、西の海の浅瀬で使うのですよ」
 しゃべる馬がそんなことを教えてくれた。では、その浅瀬で使えば、さいごのかぎが…
「あんた、ちょっとは驚いたら?」
 ルディがあきれたように言った。
「何が」
「馬がしゃべってるってことによ」
「ああ」
 言われてみればすごいことだ。が、言われるまでそのことに気づかなかった。

「ここからちょうど東。海岸の草原に町あったか?」
 東から来たと言ったら、酋長だという老人にそう聞かれた。
 海岸の草原。そんな漠然とした表現でわかるわけがない。だが、俺たちはエジンベアから西に進んでこの大陸に着いた。着いたのは大陸の最北に近いところで、そこから東側の海岸にそって南下した。海岸近くに町などなかったと思う。そう言うと酋長は顔を曇らせた。
「やはり、だめか…」
「何がですか?」
「ずいぶん前、この村の者、そこ出かけた。町作ると言った。が、町できてない」
「町? 新しい町を作るの?」
 ルディが驚いたように聞いた。酋長は顔を曇らせたままうなずいた。
「いい場所、ある。そう言った。そこに町作ればみんなの役に立つ、と」
「へええ…」
「でも、だめだった。とても残念…」
「だめだったとは限らないわよ。あたしたちは船からしか見てないし、そんなによく見たわけでもないし」
 ルディはそう言いながら、俺を伺うように見た。どうやら行きたいらしい。新しい町というのに興味があるのだろう。別に異存はない。今まで行ったことのない場所に行くのは俺としても望むところだ。
「…行ってみるか?」
「うん!」
 ルディは嬉しそうにうなずいた。なんだか、しゃべる馬よりずっと珍しいものを見たような気がした。


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センド : 勇者
レベル : 25
E やいばのブーメラン/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 941 G
返済 : 66000 G
借金 : 934000 G


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ゴールド : 商人
レベル : 12
E ぬののふく