21.ジパング
「あ、あれじゃない? 煙が見える!」
スー大陸の東側。町作りのために村を出た男のいる草原は、案外簡単に見つかった。が、そこには町などなかった。あったのは小さな畑と掘っ立て小屋。そこに老人が一人で住んでいた。
「わし、ここに町作ろう思う。町あれば、きっとみんな喜ぶ」
その口からそんな言葉が出てくる。妄言としか思えなかった。たった一人で何をしようというのだろう。勝手な話だが、町、という言葉でいくらか期待していた金品回収ができなかったことに、少し落胆もした。
町作りという話に大いに興味を抱いていたルディは、もっとがっかりしているだろう。そう思って横目で様子をうかがった。が、落胆したようには見えなかった。むしろ目を光らせて周囲を見回したり、地図を見たりしている。
「…何やってるんだ?」
「何って……できるとしたらどんな町になるかなと思って」
思いがけない返事に、俺はまじまじとルディを見た。
「…ここが本当に町になるっていうのか?」
「なると思うわよ。場所もいいし」
「わかるか! お前!」
ルディの返事に老人が目を輝かせた。
「わかるわよ。いい場所よね。地形も…」
「そうだ。それにあの川…」
何やら話が盛り上がり始める。「潮の流れ」とか「土の質」とかいう言葉が聞こえた。俺にはよく分からないが、どうやらここは大きな町を作るにふさわしい素晴らしい土地であるらしい。
「お前、商人か。ここ残れ。わしと町作る」
ひとしきり話した後、老人はルディの腕をつかんで言った。
「え…で、でも…」
「お前、やれる! 町作る!」
老人は必死の形相でルディを離すまいとしながら、さらに俺にも言った。
「商人ここ置いてく。ここに骨埋める。旅あきらめる」
そんなことを命令されるいわれはないと思ったが、しがみつかれている本人は困った顔をしていても嫌がっている様子はなかった。さっきも興味深げだったし、本人がその気なら俺には止める理由もない。
「おい、どうする? ここで町作るのか?」
「え…。あ…でも…」
「俺は別にいいぞ。こういう場所見つけるためについてきたんだろ」
「そう、ね…」
ルディはしばらく考えてから言った。
「…他の町も見てからにするわ。もっと商売に向いてるところもあるかもしれないし」
老人の顔が歪み、泣きそうな表情になった。
「行くのか。もう、来ないか」
「そ、そんなことないわよ。他の町見て、こっちの方がいいなと思ったらまた…」
「他の町……。町、もうできてる。商売すぐできる。ここ、町できてない。商売すぐできない。お前、ここ選ばない」
老人はこの世の終わりのような顔をしながらそう言い、それでもルディをつかんでいる手を離した。
なんだか気の毒だと思ったが、気の毒という理由だけでルディを説得するわけにもいかない。気まずい空気の中で別れの挨拶をして、肩を落とした老人から離れる。
気になってそっと振り返ると、ルディが老人に何か耳打ちしているのが見えた。すると老人は顔を輝かせて弾んだ大声を出した。
「それ、本当! また来る! 来い! 早く!」
「あ、ちょ、ちょっと…」
ルディは「しまった」という顔で俺を見て、取り繕うように「じゃあね! 来れたらまた来るから!」などと言いながらこちらに駆け寄ってきた。そして俺が何か言う前に急いで言った。
「さあ! 次はどこに行くの?」
俺は小屋の前に立っている老人を見た。嬉しそうに手を振っている。
「絶対また来るって約束でもしたのか?」
「…そんなんじゃないわよ」
「今残ったっていいんだぞ」
もしかすると、仲間になった時に「自分の交渉術できえさりそうやさいごのかぎを手に入れる」と言ったのを気にしているのではないか、と思った。そんなのは元々当てにしていない。
「うるさいわね。あんたそんなにあたしが邪魔?」
「そんなことないけど」
旅は一人より二人の方が色々楽だ。そのことはここ最近でよく分かった。が、元々一人で旅をしていた人間が元の一人に戻っても、やっていけないということはないだろう。
次の目的地はジパングにした。
船旅を始めて最初に会ったあの灯台の男が最後に口にした地名だ。「黄金の国」という聞き逃せないことも言っていた。地図で見て、一番近いダーマから船を出したらすぐ着いた。
黄金の国、という肩書きは勘違いか、あるいは何かの比喩だったのかもしれない。きらびやかなところはあまりない、小さな国だった。そしてこの国はヤマタノオロチという蛇の化け物の驚異にさらされ、定期的に娘を生け贄に差し出しているらしい。
よし。そいつはいずれ俺が倒すということで、今その礼を前払いで…。適当に理由をつけていつものように村の金品を収集する。もっとも、何も理由がなくても同じ行動をしていたことだろう。スーの村でもそうだったように。
この国を治めているのは女王だった。お目通りはかなったが、よけいなことはするなとかガイジンは好まぬとかとか、歓迎されていないことが明白なお言葉を賜っただけだった。つり上がった目の中の黒い瞳が、時々変な金色に光ったような気がした。なんだか気味が悪い。もっとも、この女王は不思議な力でこの国を治めているという話だから、奇妙な印象を受けるのは当然なのかもしれないが。
(イシスの女王陛下も不思議な人だったけど、こんなんじゃなかったよな)
まあ、不思議な力にも色々あるのだろう。あんな態度でも、オロチを倒せば喜ぶに違いない。勝手にそう判断して屋敷内も捜索する。
「うろこのたてがあったわよ」
ルディが収穫を俺に渡そうとした。俺は別のタンスをあさりながら言った。
「それ、お前が装備しろよ」
「え!?」
「あ、知らなかったか? 装備品なら換金しなくてもいいし仲間に渡せる。ほら」
俺はさっき見つけたきのぼうしを渡した。
「し、知ってるわよ…。けどあたし、戦うわけじゃないもの。いらないわ。返済にあてなさいよ。焼け石に水だろうけどさ」
「いつ売ったって換金額は一緒だよ。防御してるだけでもダメージはあるだろ。もしお前が死んだら渡しとけばよかったって後悔しそうだしな」
そう言うと、ルディは怒ったような顔をして、無言で盾とぼうしを装備した。相変わらず、気を悪くするポイントがよくわからない。
「なんで怒るんだよ」
「別に怒ってないわよ! あんたに恵んでもらうなんて、あたしも落ちたと思っただけ!」
やはり怒ったように言われた。恵む、という言葉が気になり、一応訂正する。
「恵んでない。貸しただけだ。抜ける時は返せよ」
「分かってるわよ!」
回収も一段落。村の近くにある山のふもとに洞窟があり、あれがオロチに生け贄を捧げる場所だという話も聞いたが、そっちはまた今度ということにした。蛇の化け物というヤマタノオロチは聞くからに強そうだ。海を渡って他の町を一通り回ってからの方がいいだろう。
何はともあれ日も暮れた。今日は船に戻り、出発は明日にしよう。そう言ったら、ルディが突然妙なことを言い出した。
「あ、今日はあたし、陸で寝るから」
「陸?」
陸で寝ると言ったら、アリアハン以外では野宿とイコールだ。
ポルトガ王から頂戴した船には割と寝心地のいいベッドがついていて、旅の睡眠環境は相当改善されている。わざわざ敷布にくるまって地面で寝る意味がわからない。船で寝てもHPもMPも回復しないが、それは野宿も同じことだ。
「たまには揺れない地面で寝たいの。天気もいいし、村の中なら魔物も出ないでしょ。あんたは船で寝ればいいじゃない」
それはできない。心の中でだけそう答えた。
仲間ができて初めて気づいたが、俺は仲間とあまり離れていられない。目の届く範囲内に仲間がいないとどうも落ち着かない。
なぜなのか最初はよく分からなかったが、だんだんと分かってきた。俺の見ていない間に仲間が装備品を売ったりしないか、俺の知らないうちに民家のタンスをあさって何か手に入れたりしないか。そんな警戒が常に頭のどこかにあるからだ。
仲間が手に入れるものも、全て借金返済にあてられる。ルディは『とりたて』がそういうものだということを知っている。だが、こんな警戒をしていることまではあまり知られたくはなかった。
「ふーん…揺れない地面か。俺も久しぶりに野宿しようかな」
「何よ。別につきあってくれなくてもいいんだけど?」
ルディは露骨に嫌な顔をして言った。
ともに旅をする仲間が何か手に入れないかと警戒し、見張る。俺はさぞ卑しい目をしているだろうと思う。今は気づいていなくても、このまま旅をしていれば、きっとルディもいつかは気づく。もっとも、そんなに長く仲間でいるわけではないだろうから、気づかずじまいということもあるだろうか。
深夜、妙な物音で目が覚めた。ざっざっという、足音と似たような音だ。
(…何だ…?)
村の中だ。魔物ではないだろうと思いながらも、俺はやいばのブーメランを手元に引き寄せた。
「おい、起き…」
言いかけて、ルディがいるはずの場所に敷布だけが落ちていることに気づいた。
(どこ行った?)
心配より先にわいてきたのが、村を探して金品でも手に入れているのではという猜疑だった。自分が嫌になる。大体この村で取れるものは全て取り尽くしたはずだ。
物音のする方にそっと近づいた。黒い影がなにやらもぞもぞと動いているのが見えた。空には月がなく、星のあかりだけだ。頭の頂上でまとめたあの髪型のおかげで黒い影がルディだということはわかったが、何をしているのかはわからなかった。
ため息と小さなつぶやきが聞こえた。
「…また…1…」
何をしているのだろう。直接聞いた方が早そうだと思い、近づいた。
「あたしのレベルが低いせいかなあ…」
「おい、何やってるんだ?」
「きゃあああ!!」
声をかけたらすごい絶叫が返ってきた。
「な、何だよ!?」
「馬鹿! 来るな! 変態!」
黒い影が石をばんばん投げてくる。
「いって! やめろ! 何してるのか聞いただけだろ!」
「な、何って…! 馬鹿! トイレに決まってるでしょ!」
「は? あー…悪い」
あわてて引き返した。船上生活が主になると、陸の旅では当たり前なそんなことも忘れてしまう。しかし、レベルが低いとかいう言葉が聞こえたような気がするが、気のせいだろうか。背後から怒声をかけられた。
「さっさと寝なさい! 回復しないわよ!」
どうせ野宿じゃ回復しないよ、と答えながら元の場所に戻る。やっぱり俺は野宿より船のベッドの方が好きだ。草の上、星の下というのも、たまには悪くないとは思うが。
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