22.ランシール


 あの灯台の男が教えてくれた「世界」は、ジパングが最後だった。だが俺の地図には、まだかなり灰色の部分が残っている。
「次はここかな」
 スー大陸の南に、まだ一度も船を泊めたことがない大陸がある。町が一つもなかったらおかしい広さだ。今度向かうのはそこだ。ジパングから船出して、まっすぐに東に向かった。

 海の魔物は強さにむらがある。同じ海域でも戦闘は楽だったり厳しかったりする。新大陸に向かう途中、だいおうイカがむやみに出てきた。3匹を相手にし、倒して少し進むとまた3匹。まったく腹が立つ。やっと終わって息をついていると、戦闘中は後ろで身を守っていたルディが、折り重なっているだいおうイカの足の間をのぞきこんでいた。
「…どうかしたか?」
「え? べ、別に……ねえ、昼ご飯はこれでいいわよね?」
「あー…いや、一回アリアハンに帰ろう。そろそろMPが限界だ」
 これもだいおうイカのせいだ。新大陸に向かうのは、回復してからにしよう。あの大陸はアリアハンからでも行ける。
 ルーラでアリアハンに戻り、いつも通りゴールド銀行で返済してから通りの向かい側に渡った。
「何? ここ」
 俺が入ろうとした家を見上げて、ルディが変な顔をした。
「実家」
「え!?」
「ここでしか回復できないんだよ」
 言いながらドアを開けたら、ちょうど買い物に出ようとしていたらしい母さんが目の前にいた。
「あ。…ただいま」
「あら、センド! おかえりなさい。今日も泊まっていけるのよね?」
「うん」
「ちょうどよかったわ、今買い物に行くところだから…」
 そう言いかけた母さんが、俺の後ろにいるルディに気づいて目を丸くした。ルディがあわてたように挨拶した。普段とはうってかわって腰が低い。
「あ、は、初めまして。いつもお世話になってます…」
「あら、あら、まあ。今日はお友達と一緒だったのね? ごめんなさい、気づかなくて」
「いえ…」
「まあ、だったら早くそう言えばいいのに、この子は…」
 早くも何も、帰ってまだ20秒くらいしか経ってない。そんなことはどうでもいいが。
「お友達も、今日は一緒に泊まっていただけるのよね?」
「え…でも…」
「遠慮しないで! さ、中に入って。センド、お茶でも入れて差し上げなさい」
 母さんはやけに嬉しそうに言い残し、急いで家を出て行った。
「……どうぞ」
「…お邪魔します」
 微妙な沈黙の後で家に入る。階段を下りる足音がして、じいちゃんが顔を出した。
「おお、センド。帰っ……おお!?」
 ルディを見てじいちゃんも目を丸くした。そういえば、家に仲間を連れてきたのは初めてだった。

 食卓に並んだ料理がやけに豪華だったのは多分気のせいではないだろう。母さんもじいちゃんも、俺とルディを見比べるようにしながらやたらとにこにこしている。なんだか妙に居心地が悪い。
「ね、どういうきっかけで知り合ったの?」
「どうって…。アッサラームっていう町で…」
 ぼったくりぱふぱふ屋がカモをひっかけようとした、と言っていいものなのだろうか。言いよどんでいると、じいちゃんが笑いながら言った。
「答えにくいことを聞くもんじゃない。なあ、センド。一目で芽生える何とやらじゃ。きっかけなんぞ、どんなものであれささいなことさ」
「あら…。ふふ、そうね。つい興味津々で」
「まあ気持ちは分かるが…」
 そして母さんとじいちゃんは顔を見合わせて笑った。相当誤解されている気がしたが、今さら債権者の一人ですとは言えない。旅に出て以来、俺は母さんにもじいちゃんにも、借金の話を全然していない。
 困ったなと思いながら料理を口に運び、横目でルディを見た。ルディは母さんとじいちゃんが笑うのに合わせて笑っていたが、本心から笑っているわけではないだろう。
「ねえ、ルディさんを客用寝室に案内していい?」
 皿を片づけに行くと、母さんが小声で俺に聞いた。いいも何も、他に客を泊められるような部屋はなかったはずだが。
「だって……同じ部屋の方がいいでしょ?」
 もう何も言えない。やはり誤解されている。変に理解があり、しかも誤解している身内は困ったものだと思った。
 一晩眠り、HPとMPは回復したが、家を出る時になんとなく精神的な疲れを感じた。
「またいらしてね!」
「孫をよろしく!」
 今までないことに、母さんとじいちゃんに扉の外まで見送られた。ルディは笑いながら手を振り返している。あの2人の言動をあまり気にしていないようで、俺はなんだかほっとした。

 アリアハンから東に向かい、大陸の南端あたりに上陸した。
「何だ、あれ」
 上陸地点からすぐの場所に、やたらと大きな館があった。周りには建物はなく、それだけが堂々と建っている。近づいてみると、別の方向から「おーい」と声をかけられた。振り向くと、砂浜から漁師らしき男がこちらに手を振っている。
「おーい、旅の人かねー!」
「おー!」
「ありゃ、海賊のすみかだー! 近づかない方がいいぞー!」
「ありがとう!」
 礼を言いながら、まっすぐ館に向かった。不穏な気配がしたら逃げようと思いながら入ったが、中には誰もいなかった。不用心なことだと思いながら物品をあさる。さすがに海賊のすみかだけあって、収穫も豊富だった。なぜかルーズソックスがあった。女専用装飾品らしい。またかと思ったが、今は装備できる奴がいる。
「これをあたしが…?」
 もっとも、本人はあまり気が進まないようだった。
 他にめぼしいものはないかと、館の庭を探した。
「あの岩……怪しいな」
「え? 何が」
 なんとなく分かる。旅立って間もない頃にレーベで見た岩と同じような感覚だ。力を込めて押すと岩は簡単に動いた。今まで岩のあった場所に蓋があり、開けると地下への階段があった。
「…やっぱりな。よし」
 ルディがあきれたようにそれを見ていた。
「あんた、勇者より盗賊向きね」
 そうかもしれない。もっとも、勇者の方が盗賊より儲かりそうだから、転職したいとも思えないが。
 地下は隠し宝物庫で、そこに思いがけない物があった。竜の台座に載っている、赤くて丸い石。
「レッドオーブ、と呼ばれるアイテム。希少で換金は不可能」
 ルディの鑑定はそれだけだったが、今はそれで十分だった。
「これが、オーブ…」
「知ってるの? あたしにはどういうアイテムなのかまでは分からないけど」
「世界にオーブが6つあって、全部集めると船がいらなくなるらしい」
「船が…? どういう意味?」
「さあ」
 灯台で初めてその名を聞き、テドンでそれを持っていた者の亡骸を見た。そしてここで実物を手に入れた。次はそろそろ、言い伝えの意味が分かる番、なのかもしれない。

 いつ海賊が帰ってくるかわからない。長居は無用と去ろうとしたが、どうやら少し遅かったようだ。船を泊めている海岸に戻ると、見覚えのない船がもう1隻そこにあり、夕日に照らされて赤く輝いていた。帆にドクロのマークを掲げ、不必要なほど海賊をアピールしている。
「あーあ…」
 ルディが横でため息をついた。海賊が数人、俺たちの船に群がっている。乗り込んで中を調べている者もいるようだった。こっちも海賊のすみかをあさったから、これでおあいこだ。もっとも、船には金目の物など何も載せていない。魔物の肉くらいしかない。海賊の大声が聞こえてきた。
「何もねえ! 何だこの船ァ!」
「羅針盤もねえぞ! どうやってここまで来たんだ!」
 俺にはあのふしぎなちずがあるので、羅針盤は必要ない。だが、羅針盤のない船は相当不気味に見えるらしく、海賊の動きがあわただしくなった。
「羅針盤がねえだと。おい、また幽霊船か!?」
「てめえ! まだあの骨捨ててねえのかよ! 幽霊船はあれが呼んでんだろう!」
「骨ァグリンラッドのじじいにくれてやったよ。前に言ったろうが!」
 何を言ってるのかよくわからないが、俺たちの船は幽霊船と思われているらしい。好都合かもしれない。幽霊船だと思われれば、きっと傷つけたりなどしないだろう。と思ったら、それは甘い考えだった。
「よォし! 幽霊船かどうか、船底に穴を開けてみよう。沈まなかったら幽霊船だ!」
「よう、いいぞー!」
「やれー!」
 盛り上がっている。仕方なく止めに行くことにして、船に近づいた。ルディがあわてて追ってきた。
「やめてくれ。それ、俺の船なんだ」
「ああ!?」
 後ろから声をかけると、海賊が一斉に振り返った。それほど強そうではなかったが、人数が相当多い。
「なんだてめえは! どういうつもりでここに泊めた!?」
「別にどういうつもりでも…。下りようと思ったから泊めただけだ」
「何を!?」
 気色ばんだ海賊たちが近づいてきた。戦闘になるかと思った時、上から声が降ってきた。
「やめな」
 海賊たちのだみ声の中では、場違いに澄んだ声だった。声に遅れて黒い影が降ってきた。ドクロの船の甲板から飛び降りてきたらしい。おかしら、おかしら、と海賊たちがざわめく。身軽に着地して俺を見据えたのは、すらりと背の高い女だった。多分年齢は30を超えていない。おかしら、と呼ばれているということはこの海賊の首領なのだろうか。なんだか意外な気がした。
「おかしら!」
「なぜ止めるんで!?」
「馬鹿だね。見て分からないのかい?」
 首領は俺をあごで指して言った。海賊たちはざわめきながら改めて俺を見て、それからばらばらと何か気づいたような感心したような声をあげた。
「お…」
「あー」
「へええ…」
 見て分からないか、という言葉も意味不明だったが、それに対する海賊たちの反応もよく分からない。だが、なぜか海賊たちは俺に対する敵意をなくしたらしく、むしろ好意的な表情になった。一体何だというのだろう。
「お前たちは先に戻ってな。あたしが代表してご挨拶しとくよ」
「へーい」
「ハハハ、うまく言っといてくだせえ」
 笑いながらぞろぞろと、館の方に去っていく。中の一人が、俺たちの横を通り過ぎる時に、ルディが装備しているルーズソックスに目をとめた。
「お? おい、それ。俺たちの館にあったもんじゃねえのか?」
「あ…」
 当然とがめられると思ったが、海賊はむしろ嬉しそうに「やるじゃねえか!」と俺の肩を叩いて去っていった。本当によく分からない。
 手下が去った後、海賊の首領は観察するように俺をじろじろと見てから言った。
「女のあたしがおかしらなんておかしいかい?」
 海賊の事情なんて知らないが、珍しいのではないだろうか。そう答えると、首領は笑った。
「ずいぶんはっきり言ってくれるじゃないか。気に入ったよ。あんた、ルザミって島を知ってるかい」
「いや、知らない」
「予言者だの、語り部だの、妙な連中がいるところさ。ここから南に行って、ちょいと西にある。あんたになら役に立つかもしれないね」
「俺になら?」
「あんた、アリアハンの勇者だろ。魔王を倒そうとしてるっていうじゃないか。伝説だのなんだのはあたしらには用はないが、勇者様には必要なんじゃないのかい」
 平然とそんなことを言われて驚く。
「なんで……俺がアリアハンの勇者だって……」
「人相風体を聞いてたからね、すぐ分かったよ。海賊には陸の上の噂も必要なのさ。あんた、なかなかの評判だよ。あんたなら魔王を倒せるかもしれないって、相当期待されてる」
「俺が?」
 あまり人とは関わってこなかったと思うが、誰がそんなことを言っていたのだろう。噂には尾ひれが付くというが、そもそも尾ひれの本体になるようなことをしていないと思う。今までやってきたのは、金品の回収と借金返済だけだ。
「ま、深く考えることはないさ」
 首領は今までの旅を思い返している俺の顔を見て面白そうに言った。
「やれることをやってけばいい。あんたも、あんたもね」
 突然声をかけられ、ルディが少し驚いた顔をした。が、何か考え、黙ってうなずいた。

 海賊が立ち去った後、やっと船に乗る。さっそくルザミの島に向かうつもりだった。しかし甲板から岸を見下ろしたら、ルディがまだ船に乗らず、こちらに背を向けて地面にしゃがみこんでいた。
「おーい。何やってるんだ?」
「な、何でも!」
 飛び上がるように立ち、それでもこちらに背を向けたままだ。
(何なんだ、一体)
 不審に思っていると、ルディはゆっくりと振り向いた。だが、船に乗ろうとはせずにそのまま甲板を見上げている。
「ねえ、センド」
「何だよ」
「あたし…やっぱり、スーで町作りしようと思う」
 意外と長い二人旅だった。そんなことをふと思った。しかし、スーの草原を訪れた後に見た町はジパングだけだ。色々な町を見て回りたい、と言ってはいたが、本当はあの時点で気持ちは固まっていたのだろう。
「そうか」
「…うん」
「じゃ、その……行こう」
 どう言っていいのかよくわからないが、とにかくあの草原に送っていかなければならない。ここから船で行くか、別の町にルーラしてそこから行くかだが…。
「あ、ちょっと待って!」
 ルディがあわてたように叫んだ。
「その前にランシール! 最後にもう一回、ランシールのあの道具屋と交渉する!」
 どうやら、交渉してきえさりそうを手に入れると言ったことを、やはり気にしていたらしい。
「いいよ、そんなの。大体手に入れても使えな…」
「あたしが行きたいの!」
 まあ、それで気が済むならいいかと思った。どちらにしてもそろそろお別れだ。急いで一人旅に戻ることもない。

「だ、か、ら! これときえさりそうを交換してって言ってるのよ!」
 交渉術などというものではなかった。前に来た時と同じことを、より大声で言っているだけだ。 あれでは営業妨害だろうと思ったが、最後にもう一度、と言われたのでなんとなく止めに行きにくい。道具屋には申し訳ないが、気の済むまでやってもらおう。終わるのを待ちながらぼんやりと周囲をながめた。ランシールは町の奥に神殿がある。町よりも大きそうな神殿だ。だがダーマ神殿とは違い、扉で固く閉ざされていて、招かれざる客は入ることができない。
(あれも、さいごのかぎがあれば入れるんだろうけどな)
 そう考えた時、カウンターを手のひらで叩く音がした。
「わかったわよ! もう頼まないわ!」
 終わったらしい。意外と早かった。肩を怒らせて戻ってくる。
「じゃ、スーに行くか」
 交渉については触れずに言うと、ルディは悔しそうにうなずいた。
「ねえ。あそこにはエジンベアから行くのよね?」
「そうだな…。いや、ポルトガの方が近いかな」
 あの草原はルーラでは行けない。一番近い町にルーラで飛んで、そこからは船だ。地図で見ると、一番近いのはポルトガのようだった。エジンベアでも大差はなさそうだが。
「エジンベアからにして」
「なんでだよ。どこから行っても同じだろ」
「同じじゃないわ! エジンベアの門番が通してくれれば、きえさりそうなんてなくてすむんだから! もう一度あの門番と交渉させて!」
「…あのな、ルディ」
 険しい顔で訴えるのを、とりあえずなだめることにする。やっぱり名前を呼ぶのは苦手だな、とどうでもいいことを少し考えた。
「俺はもともと、そんな交渉頼んでない。大体鍵なんか、ないならないでいいんだ」
 魔王を倒すという、勇者として受けた使命には、もしかしたら必要なのかもしれない。だが借金を返すという、俺にとって切実な方の目的には、あればありがたいという程度のものだ。
「鍵がなくても、旅を続けてれば金は稼げる。お前に借りた分だって、いつかは全額返すよ」
 黙っていたルディの表情がぴくりと動いた。何かよけいなことを言ったかな、と思ったが、ルディはそのまま目をそらして少しうつむいた。
「…もう一度だけ、交渉させて」
「だから…」
「それで最後。うまくいってもだめでも、あたしはスーに行くわ」


-----------------------


センド : 勇者
レベル : 25
E やいばのブーメラン/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 741 G
返済 : 69000 G
借金 : 931000 G

------------------------

ゴールド : 商人
レベル : 14
E ぬののふく
E きのぼうし
E うろこのたて
E ルーズソックス