23.エジンベア


 あまり気は進まなかった。厳然と行く手をふさいでいたあの門番に、交渉の余地などないと思う。これから町作りを始めようという時に、わざわざ幸先が悪くなるようなことをしに行く必要があるのだろうか。
「今度こそ、あたしの腕の見せどころよ!」
 しかし行くという本人は、拳を固めて気合いを入れている。
「本当に行くのか?」
「当たり前でしょ!」
 言い放ち、ルディは俺を睨んだ。
(……?)
 その時、何か違和感を覚えた。何なのかは分からない。ただ、俺は無駄な気遣いをしているのではないか、とふと思った。
「何よ?」
 考え込んだ俺に怒ったように言う。何かおかしい、という感覚はさらに増したが、追求してはいけないような気もした。
「…分かったよ。エジンベアだな」
「そうよ! さっさと言う通りにすればいいのに。城に入りたいのはあんたでしょ!?」
 それは確かにそうなのだが。

「ねえ、門番はこないだと同じ人? ちょっと見てきて」
 門から離れた場所で、隠れながら城の様子をうかがう。門番の姿は見えるが、甲冑で顔が見えなかった。近づいてみると、まだ相当離れているにもかかわらず門番が俺に向かって身構えた。前と同じ男だった。相変わらず、問答無用を絵に描いたような顔をしている。無駄とは思ったが声をかけてみた。
「こんにちは」
「…………」
「中に入りたいんだけど」
「ここは由緒正しきエジンベアのお城。田舎者は帰れ帰れ!」
 こんな奴と何を交渉するというのだろう。元の場所に戻り、
「同じ奴だよ。やっぱり無理…」
 そう言いかけた時、突然ルディが俺に何か投げつけてきた。じんめんちょうの鱗粉のような、きらきらしたものが視界いっぱいに広がる。
「!?」
 目の前のそれを払う。ルディは同時に自分にもその粉をかけていた。何だこれは、と言おうとした時、文句を言う相手の姿が薄れて消えた。
「な…!?」
「急いで! 門の中へ!」
 言われて、自分の姿も消えていることに気づく。考える前に城門に走り、なるべく音を立てないように門番の横をすりぬけた。
 入れた。エジンベアの城に入れた。
 柱一つ一つにも凝った装飾が施されている、やたらときらびやかな城だ。一般庶民は閉め出されているらしく、うろついているのは貴族ばかりのようだった。女はぎょっとするほど腰の細いドレスを着ていて、男も何かひらひらした衣装を身につけている。
「ちょっと、何か言いなさいよ」
「うわ」
 ぼんやり城の中を見ていたら、かわのこしまきの裾を引っ張られ、何もないところから声がした。
「いたのか」
「いるに決まってるでしょ」
 どうやらさっきから裾をつかんではいたらしい。
「何なんだ、これ」
「きえさりそう。さっき買ったのよ。あんたに見つかったら没収されて売られちゃうから、こっそり持ってたの。あー緊張した…」
「買ったって…いつのまに」
「交渉しながら。あのおじさんに身振りで黙っているように伝えて、お金そっと出してそっと渡してもらったの。あんたがよそ見してる隙にね」
「…けど、金は?」
「商人の特技」
 きえさりそうの効果はもうなくなり始め、目の前にゆっくりと、少し得意げな顔が現れた。
「商人には、魔物と戦った後に他の職業の人じゃ見つけられないお金を見つける特技があるの。それをこっそり集めてたのと、あとは地面に埋まってる金目の物を掘り出す『あなほり』で貯めたのよ」
「それで、300ゴールドをか?」
「正確には301ゴールド。海賊に会った海岸で掘ったのが最後で、その時2ゴールド出てきたから。ほら」
 ルディは内ポケットから1ゴールドを取り出し、指に挟んでひらひら振った。何か考える前に、俺は無意識にそれを取り上げた。
「え…」
「あ」
 もう1ゴールドは俺の手から離れない。まずいと思って手を広げようとしても広がらない。
「ちょっと…! 何考えてんの!? 返しなさいよ!」
 ルディが取り戻そうとして俺の拳を追いかけたが、金を握りこんだ拳は我ながらいい動きでそれを避けた。
「あー…もう!」
 ルディは一度足を踏み鳴らし、開かない俺の拳を睨んだ。少し離れた場所で談笑していた貴族がこちらに顔を向けた。まずいと思ったが、追い出される気配はなかった。例の城門警備に全幅の信頼を寄せているのだろう。城の中にいる者は、不審者に見えても不審者ではないということだ。
 しかし目立ってはいる。視線を気にしながら、俺はルディに謝った。
「悪い」
「…もういいわよ。何か手に入れたら全部あんたの物。そのことわかってて仲間になったんだもの」
 ルディは小さくため息をついた。落胆というより、安心したようなため息だった。
「いつ気づかれるかってひやひやしてたけど、ここまでばれなくてよかった」
 なんだか妙な気分になった。
 いつからだろう。いつからルディは金を貯め始めたのだろう。
 ランシールの道具屋との交渉に失敗した後、「こうなったら…」と言っていた。その時からだろうか。それとももっと前、ルイーダの酒場で仲間になった直後からだろうか。
 一緒に連れていってくれるのならきえさりそうを手に入れてあげる。ルディはあの時そう言った。そして、本当に手に入れた。
 きえさりそうを欲しがっていたのは俺だ。けど、俺は何もできなかった。それどころか、ルディは絶対に俺に見つからないように金を貯めなければならなかった。きえさりそうを手に入れるまでの、一番の障害は俺だった。

「わしは心の広い王様じゃ。田舎者とてそちを馬鹿にせぬぞ」
 入ってしまえば、一応アリアハンの勇者としての扱いを受けることはできた。王様にも拝謁がかなった。一言目から田舎者扱いなのには閉口したが、こういう王様の方が話は早いかもしれない。
「どうじゃ? 見る物聞く物すべて珍しかろう!」
「は、どれもこれもまぶしいばかりです」
「そうじゃろ、そうじゃろ!」
 適当に返事をすると、王様は満足げだった。俺はさっそく壺のことを切り出した。
「ところで陛下。この城には秘蔵の壺があると聞きました。無理なお願いだとは存じますが、どうかお慈悲を以て、それをお貸しくださるわけには参りませんか」
「秘蔵の壺? 壺ならたくさんあるが、どれのことじゃ?」
「かわきのつぼ、と呼ばれるものです。もしかすると陛下ほどのお方にとってはさほどの価値を持たないのかもしれません。しかし私の旅には必要な物なのです」
「ほう? 聞き覚えのない名じゃのう。それがこの城にあると申すか」
「そのように聞きました」
 本当はそんな話は聞いていない。きえさりそうを持っているならエジンベアに行け。さいごのかぎを手に入れるのは壺がいる。かわきのつぼはスーから東に奪われた。聞いたのはそんな話で、そこから勝手に判断しただけだ。
「勇者として世界を巡るため、是非ともお借りしたいのです。陛下の広いお心と、このエジンベア城の美しさ、雄大さを世界に伝えるためにも…」
「わっはっは! 良いことを言うのう!」
 エジンベア王は大喜びだった。
「勇者センドよ、残念ながらわしはこの城にある全ての宝を知っているわけではない。見ての通り、数が多すぎるゆえのう」
「は…やはりそうですか…」
「しかし、そちが自分でこの城を探すというなら、探してよいぞ。わしが許可しよう。広い城ゆえ大変かもしれぬがの。そちの旅に必要な物ならば、貸すとは言わぬ、わしが授けよう。持っていくがよい」
「誠にありがたき幸せ…」
 頭を下げた俺を、ルディがちらりと見た。あきれたような顔をしている。こんな心にもないことをすらすら言えるとは俺自身も意外だ。普段口数が多いわけでもないのに。レベルアップと同時に、目に見えない借金返済に関するステータスも上がっているのかもしれない。

 予想通り、かわきのつぼはこの城にあった。地下のパズルを解いたら隠し部屋につながり、そこに蔵されていた。こんなところに置くということは、スーから持ち去られた当初はそれなりの価値を認められていたのだろう。今の王様がそれを知らなかったのは幸運だった。
 さて、あとはその他の金品も回収しよう。なにしろ必要な物なら持っていっていいという国王陛下直々の仰せだ。不法侵入のようなものだっただけに少しは遠慮していたが、これで心おきなく普段通りの活動ができる。クローゼットを開けて高そうな衣装を持ち出し、本棚からめぼしい本をいただいた。庭も見て回る。花壇に囲まれた芝生のエリアがあったので怪しいと思って調べたらちいさなメダルがあった。
「なんでそんなところにあるのわかるのよ…。ますます盗賊顔負けね…」
 ルディがますますあきれた顔になって言った。
 何もないところを掘って金を見つけるほどには大変ではないだろう、と思った。

 エジンベアから船を出し、西に向かった。あの草原の近くの海岸に着くと、例の老人がすでにそこで待っていた。近づいてくる船に気づいたらしい。
「商人! 来たか!」
 甲板にいるルディに大声で呼びかける。
「お前、約束守った! わし、嬉しい!」
「当たり前じゃない! さあ、ここに世界一の町を作るわよ!」
 駆けるように船を下り、ルディは老人と手を取り合って宣言した。
(やっぱりあの時に約束してたのか)
 その後から船を下りた俺に、ルディは振り返ってあっさり言った。
「じゃ、ここでお別れね。これ返すわ」
 投げるように装備品を返される。最初から身につけていた冒険者用の上着もその中に入っていて、ルディは以前に昼間のアッサラームで会った時と似たような格好になっていた。
「…これはお前のだろ、ぬののふく」
「あたしがもらった物だけど、あたしのじゃないわ。酒場に登録した冒険者全員が、もれなくもらえるルイーダさんからのプレゼントよ。もういいの、あたしの旅は終わりだから。あんたの返済の足しにした方が、ルイーダさんも喜ぶんじゃない?」
 ひらひらと、追い払うように手を振られた。
「じゃあね。けっこう楽しかったわ。たまには遊びに来なさいよ。今度は町作りの腕見せてあげるから」
「ああ」
 しかし、改めて周囲を見るとまた疑問がわく。
 こんなところに本当に町ができるのだろうか。人数が倍になったといえば聞こえもいいが、1人が2人になっただけだ。
「…どうやってここに町を作るんだ?」
「なんとかなるわよ。人を集めれば、その先は早いわ」
「人って、どこから連れてくるんだよ」
 聞くと、ルディは得意げに胸を張った。
「あたしにはね、人脈があるの」
「人脈? 商人のか?」
 商人になってまだ間もないだろうに、いつそんなものを作ったのだろう。
「そ。…ふふ、あんたにも関係ある人脈よ」
「? 俺に商人の知り合いなんか…」
 言いかけて、言葉が止まる。
 そうだ。全くいないわけではなかった。
(オルテガさんには返していただくものがあるんですよ)
(勇者に金を貸すのなら、担保も勇者でなければね)
(センドさん。百万ゴールドは、あなたが支払うんですよ)
 あいつらを、知り合いと呼べるのなら。
 俺の表情の変化をどう思ったのか、ルディは少し笑った。
「誰のことだか分かった?」
「…………」
「あんたのお父さんが亡くなって、借金をひとまとめにして『とりたて』の対象にしようということになった時に、一応つながりができたのよ。たいしたつながりじゃないけどね」
 俺は黙っていた。
(そういえば、俺はあいつらのことを何も知らないな)
 今さらそんなことに気づく。あの時にアリアハンに来たあいつらが、金を貸した本人なのか、貸した本人がよこした使いなのかどうかすら知らない。
「でもつながりは薄くても、話を持ちかければ絶対乗ってくるわ。この場所に町ができたら、交易の幅は今よりずっと広がる。誰にとってもいい話よ」
 父さんの死の知らせからさほど日も経たないうちにアリアハンに来たあの商人たち。俺に平然と百万ゴールドの『とりたて』のことを話した商人たち。
 国が違うのか、顔つきも服装もばらばらだったが、そろって冷たいようなぬるいような、よく分からない目で俺を見ていた。
(あいつらと町作りを…?)
 味方につければさぞ頼もしいことだろう。しかし、何か不安になった。本当に、「誰にとってもいい話」だけで済むのだろうか。
「…やっぱり、気にいらない?」
  少し眉を寄せて尋ねられた。俺は首を振った。
「いや、そんなことない。けど、気をつけろよ」
「うん」
「じゃ。また来る」
「うん。そっちもせいぜいがんばってね。返済」
「うん。せいぜいがんばる」
 ルーラの巻き添えにしないように少し離れた時、きえさりそうの礼を言ってなかったことにふと気づいた。唱える前に気づいてよかったと思いながら振り返る。下を向いていたルディが驚いたように顔を上げた。
「な、何よ! 早く行ったら?」
「いや、もう行くけど。言い忘れてたから…」
「何を?」
 改めて言うことではないのかもしれない。少し口ごもったが、とりあえず言った。
「ありがとう」
「は?」
「おかげでエジンベアに入れた。助かった」
 それだけしか言えなかった。言葉以上に感謝していたのだが、エジンベアの王様に壺をせがんだ時のように言葉がすらすらと出てこない。ここで出てきても金にならないからだろうか。
 ルディはしばらくぽかんとした後、みるみるうちに顔を真っ赤にした。
「そ、そんなの! 連れてってもらう時の交換条件で…。それにあんたの返済が早くなれば、それだけあたしの口座にも返ってくるから、だからそうしただけよ! 助けたわけじゃないんだから!」
 あれ、と思った。怒っているように見えるが、ここで怒るのも妙な話だ。怒鳴ってはいるが、もしかすると照れ隠しなのだろうか。怒っているのと区別が付かない。今までにも、怒っているように見えて実際はそうでない時もあったのかもしれない。いつがそうだったかはわからないが。
「まあ、でも俺は助かったから…。ええと、それじゃ、元気で」
「…あ、あんたこそ、借金返す前に死んだら承知しないからね!」
 死んだって死なないよ、と思ったが、そうとは限らない。父さんだって、死なないと油断していたからあんなことになってしまったのかもしれないし、俺もなるべく死なないようにしないと。
「気をつける」
 手を振ってアリアハンに飛んだ。道具屋に直行し、ひとまず袋の中のものは全部売った。
「おしゃれなスーツですね。それなら9900ゴールドになりますが」
 エジンベア城にあった服はとんでもない額だった。2着で2万ゴールド近い。おかげでだいぶ返済できた。岩を並べて開く隠し部屋があの城の衣装部屋だったら、それで俺の借金は全部なくなっていただろう。
 かわきのつぼは西の海の浅瀬で使う、とスーのしゃべる馬は言っていた。スー大陸の西の海にあるのなら、アリアハンから南下するのが早そうだ。

 一人で航海するのも久しぶりだ。凪いでいるのに、船体に当たる波の音が妙に大きく聞こえる。
 ルディから取り上げた1ゴールドを取り出して眺めた。輝きが鈍い。長い間土に埋まっていたのかもしれない。
 戦闘の後で、普通は見逃すような金を見つける。ぴんと来たところで穴を掘り、金や金目のものを見つける。商人にそんな特技があるという話は、以前聞いたことがあった。が、すっかり忘れていた。もし覚えていたら、俺はルディがこっそり金を手に入れていることに気づいて、取り上げて、きっとエジンベアには入れなかっただろう。
(…301ゴールドか)
 あいつは俺が気づかない間に、どれくらい地面を掘ったんだろう。どうにかなるものでもないとあきらめていた俺のすぐそばで、俺に気づかれないように、あいつはずっと。
 自分が情けなかった。
 くすんだ輝きの1ゴールドは、金袋に入れずにアイテムと一緒に袋に入れた。気休めかもしれないが、俺がいつかまた死んだ時、そうしておいた方がなくしにくいような気がしたからだ。


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センド : 勇者
レベル : 25
E やいばのブーメラン/はがねのつるぎ
E かわのこしまき
E せいどうのたて
E オルテガのかぶと
E ほしふるうでわ

財産 : 995 G
返済 : 90000 G
借金 : 910000 G


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プレイヤー補足。

トップにあるようにこのプレイ日記ではきえさりそう(とおうじゃのけん)は購入禁止の例外事項です。
おうじゃのけんは必須アイテムではないし、きえさりそうはモンスターが持ってたりすごろく場に落ちていたりするので、硬派な人は最後までゴールド使用禁止を貫くらしい。根性なくてすみません。もっとも換金可能アイテム使用禁止ルールもあるため、どちらにしてもこの段は例外になってしまうのですが。

普通に購入するのもあれかと思ったので、低いですが一応ハードルを設けました。
「仲間の商人が、戦闘の後で見つけた金、穴掘りで見つけた金、穴掘りで見つけたアイテムを売ってできた金。の合計が300ゴールドになったら購入」
商人が勇者に隠れて金を稼ぎ、こっそりきえさりそうを購入、という流れです。
というわけで、「20.スー」「21.ジパング」「22.ランシール」、この3章については、最後に書いてある「財産」が実際のプレイデータとは異なっており、実際のデータから商人が見つけた分をさしひいています。

「20.スー」で商人が稼いだ金は80ゴールド。内訳は2、7、26、29、16ゴールド。全部戦闘後に拾ったもの(まだあなほり覚えてない)。最初がやけに少額なのは、実際にはカザーブでのレベル上げの前にアリアハン大陸でも少しレベル上げしたからです。死ぬと後が大変そうなので(リセット禁止は暗黙の了解)
「21.ジパング」で49ゴールド。内訳は戦闘後が24、13ゴールド。あなほりで2、1、1、2、2、1、1、2ゴールド。
「22.ランシール」で172ゴールド。内訳は戦闘後が13ゴールド。あなほりでいのちのきのみ(150)、2、1、2、2、2ゴールド。

合計301ゴールド。当分二人旅かと思いましたが、いのちのきのみが大きかった。
それにしてもこうやって内訳を書くと、商人がすごくけなげな子に見えてくる。たくさん掘ったものです。
町とダンジョンの数から考えれば、プレイ日記もようやく後半。もうしばらくおつきあいいただければ幸いです。では。